2.選ばれた勇者(3)

 俺の前に現れた女、上新井は昨日俺がゲーム内で出会った幼女の事を知っていた。

 彼女曰く俺がみた幼女はイデアと言ってこのゲームの開発元「デミウルゴス」、そこの社長の一人娘らしい。

 それでいて彼女は去年、事故で死んだらしい。


 ……は?


 ……どうゆうことだ?




「……じゃあなんだよ、俺は幽霊と喋っていたのか?」


 あまり動揺を出さないように静かに口を開く。

 まだこの女の話が真実である保証もない、冷静に話を聞かなきゃいけない。


「……どうか私の話をお聞きください」


 彼女はそれだけ答え悲しそうに話を続ける。


「亡くなったと言いましたが正確には事故のショックで重症を負い植物状態になったのです」


「それって……」


「手を尽くしましたが回復は見込めませんでした」


「それで、どうしたんだよ」


「イデアお嬢様の事故をうけ社長は大変心を痛めました。 どうにかしてお嬢様ともう一度話がしたい。 その思いで当時企画していたプロジェクトを私用されたのです」


「……プロジェクト?」


「それこそがわが社が開発を進めている最新AIプロジェクト……、『ワイルド・シミュレータ』でした」


「……なんでここでゲームの名前が出てくるんだよ?」


「ワイルド・シミュレータは元来自然界を再現した世界で人工知能の成長過程を観測するためのプロジェクトでした」


 ワイルド・シミュレータの起源が研究のためであることはいちユーザーである俺も知っていた。

 だがそれとこれとがどう繋がるっていうんだ?


「社長はそのプロジェクトを利用してイデアお嬢様をゲームの中に呼び出したのです」




 ……呼び出した?




「社長はイデアお嬢様の脳神経を直接コンピューターと接続し新しい人工知能IDEAを生み出したのです」




 ……なんだよそれ?




「……つまりあなたが昨日であったのはゲームの中に生きるイデアお嬢様本人なのです」


 彼女の言葉が事実であるかどうかは仕事明けの疲れた俺の脳ではすぐに判断出来なかった。

 本当に俺は幽霊と話してたってのか?

 ただゲームの彼女の事を思い出して他のキャラクターにない不自然なリアリティがこの素っ頓狂な物語に妙な説得力を与えた。


「……なんでそんなまどろっこしい真似をするんだ?」


「ゲームの中で生まれたイデアお嬢様は生前の記憶を全て無くされ幼児のようになってしまいました。 これを嘆いた社長はせめてゲームの中だけでも自由に生かそう、そう思われたそうです」


 それはそれは感動的なお話で。


「そして社長は生前のイデア様を動物園に連れていくという約束をしていました。 その約束を果たすべく作られたのがあなたもよく知るゲーム、ワイルド・シミュレータなのです」


 このゲームにそんな壮大な裏設定があったとはな……。


「この事は社外秘となっておりますので他言は無用でお願いいたします」


「……ならなんでその事を俺に話したんだ?」


「あなたはイデアお嬢様に選ばれたからです」


 ……選ばれた?


「ゲームがリリースされてからイデアお嬢様は親衛隊の私と共に行動しておりました。 その間他のプレーヤーとの接触は殆ど起きませんでした」


「……なんでだよ?」


「イデアお嬢様の為に用意された動物だけの世界でしたがお嬢様はその動物達に興味を示さなかったのです」


「おかしいぞ、あんなに俺につかみかかってきたのにか?」


「だからあなたは特別なのです」


 彼女はコホンと息をつき改めて俺の方へと視線を向ける。


「これは私の推察ですがあなたはこのゲームの本質である野性味を発揮していたからではないかと思います」


「……野性味って?」


「あなたはあなたのキャラクター、狼としてあのゲームを楽しんでいた。 その姿がお嬢様に本物の獣の様に映ったのでしょう」


 俺を睨みながら彼女は淡々としゃべり続ける。


「このゲームに参加するプレーヤーの殆どがゲームとして楽しんでいてどうしても中の人間が見え透いてしまう。 そんな中で純粋に自然を楽しむあなたが珍しく見えたのでしょう」


「……はぁ」


 なんか誉められてるのかどうかわからんぞ。

 俺がため息をつくと上新井とか言う女はこほんと息をつき俺に目的を伝える。




「ともかくあなたにはこれからゲーム内でイデアお嬢様と行動を共にしていただきます!!」




「……共にするって何をしたらいいんだよ?」


「あなたはただ黙ってイデアお嬢様についていけばいいのです」


 俺の唯一の自由な時間を子守りの時間にまわせってのか?


「……拒否権はないんですか?」


 俺がそれを言うと彼女は物憂げな顔をして俺に言う。


「勿論拒否していただいても構いません。 あなたは一介のプレーヤーですからね……」




「でも……」


 それだけ言って上新井さんは俺の前に土下座を始める。


「……どうかイデアちゃんの為に、……協力していただけないでしょうか?」


 彼女の顔は見えない。

 ただその声を聞いただけで涙声だってことはわかった。

 確かにこの女は最初から胡散臭くてこうゆう詐欺もあるんだろうとは思う。

 けど最後の最後の彼女の言葉には確かに「誠意」を感じた。


 俺もしばらく営業で人に頭をさげる仕事をしてるからなんとなくわかる。


 彼女の最後の言葉はビジネスの匂いがしない。

 純然とした彼女自身の言葉だ。


 ……まぁ彼女と長く続いた試しがないから不確かな感だがな。


 とにかくこいつは素性も怪しいし礼儀知らずなのは間違いない。

 でも話を聞いてやる価値はあるように感じた。


 所詮一緒にゲームで遊ぶだけだしな。



 とにかく営業マンとしての利益を見定める感とゲーム内で鍛えた動物的感が俺にそう告げるのだ。

 俺は彼女の誠意に騙されてもいいやって、そう思った。




「……わかりました。 なんだかまだわからないことは多いですけど出来る限りやらせていただきます」


「……ありがとうございます!!」


 彼女は潤んだ瞳を俺に向け笑いながら手をとってきた。

 ……ち、近い。


「では早速お嬢様に会いましょう!」


 先程までのきつい印象から一転して上新井さんは明るい感じになった。


「……先に飯食べてもいいですか?」


 俺は気まずいながらも空腹を主張する。家についたのは九時で話し込んでしまって今は九時半だ。


「……こ、これは失礼しました。 私が押し掛けたばかりに」


 上新井さんは顔を赤らめ俯いた。

 先程までのツンツンっぷりが嘘のようだ。

 恐らくこっちが彼女の素なのだろう。


「……夕飯は何を食べられるのですか?」


 話は済んだ筈なのに上新井さんはうちに居座り私生活にどんどん踏み込んでくる。


「……今から作るんですけど。」


 俺は少しイラつきながら答える。


「……よ、よかったら私が用意したものがあるのでそれを食べてもらえないでしょうか?」


 ……え、……用意した?


「……いいんですか、そんなのもらって?」

「大丈夫です! なんなら毎日作りますよ!!」


 ……毎日?

 ……なにかがおかしい。


「……えぇと上新井さん? あなたこのあとどうする予定なんですか?」

「……え? あなたと一緒にイデアお嬢様の護衛ですよ?」

「……それってどこでする気なんですか?」

「勿論ここです!」


 ……なにかがおかしい。


「……えぇと、いつ帰られる予定ですか?」

「当然住み込みで働かせていただきます!」




「へ?」

「へ?」




 こうして俺と上新井、電脳少女イデアとのよくわからない共同生活が始まるのだった。

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