第15話 《稀代の落ちこぼれ》


「……骨が折れてるみたいね。《ヒール》」


 リンの状態を一通り診たサラが怪我をしていると思われる箇所に手を添え魔法を唱える。すると、穏やかな優しい光の魔法陣が現れリンの怪我を癒し出した。


「私はあまり、この手の魔法は苦手だから応急処置しか出来ないけど」

「い、いいえ、ありがとうございま……うっ」

「無理はしちゃダメ。ゆっくりと呼吸をして」


 リンを治療するサラ。その一方、彼女たちより前に立つケイは目の前に広がる状況に怪訝な顔つきになる。

 まず、気になるのはティアを抱えるオーガ。その姿は、まるで大切なものを敵から隠すかのように体を丸め、抱えているものを見えなくしている。しかし、オーガの腕の隙間からティアと思わしき白い髪の毛が見えている。彼女がいることは確実だろう。

 そして、運よくサラからの攻撃を逃れたオークが二体。厚い皮膚のおかげで槍が浅いところで止まったということか。

 森を燃やす炎は、多分リンのもの。ティアを助けようとして魔法を放ったと見て間違いない。

 と、こちらも一通り状況を把握したところで痛みが楽になったリンが背後から訊ねてきた。


「どうして、ジャスティス先輩と、アンタがここに?」

「森から信号弾が見えて駆けつけたら、ティアを追ってお前が森の奥に向かってと聞いてな」

「でも、それだけで居場所が分かるわけが……」

「これ」


 ケイはリンに見えるようにあるものを取り出す。それを見てリンは目を細めた。

 それは、ティアがケイにあげたお守りのペンダントだった。


「それが、何?」

「これは、魔力を注ぐと光るという品物だ。貰う前にティアがこれに魔力を注いだ。んで、この中にある魔力を頼りにサラが魔力探知を行い魔力の残りカスを辿ったらここに着いたというわけだ」


 人の体内に存在する魔力には、それぞれ違いがある。指紋や声帯のように個人個人で特徴があり、絶対に他と被らない。そして、それを認識し体から漏れ出る微かな魔力を探し当たるのがサラの最上級魔法、《チェイスマジク》。絶対的な魔力探知能力と、複雑な魔法陣を作り上げるセンスが求められる魔法だ。

 リンに説明し終わったケイは視線を隣のサラに移す。


「サラ、どのくらいで終わりそうだ?」

「出血を止めて、骨を繋げるとなるとあと3分はかかるわ」

「そうか」


 軽く返事をするケイであるが、実際にリンの傷を治療するとなると応急処置だけでも5分はかかる。苦手と言っているが、十分優秀過ぎる部類に入るだろう。

 そんなサラの凄さなど、露知らないケイは前方に視線を向ける。


 雑魚な魔獣たちを全滅させたとはいえ、あと残っているのはDランク魔獣が二体、Cランクが一体。そして、気絶している女生徒が一人。

 ティアを救出して、この場から逃げるにしてもサラがリンの治療を終えるまで待たなくてはいけない。その間に相手が襲ってこないなんてあり得ない。

 さて、どうしたものかと腕を組んで思案顔をするケイ。だが、サラは治療を続けながら淡々とした口調で告げた。


「なので、さっさとティアさん救出して来なさい」

「……あのねぇ、サラさんよ。今、戦えるのは俺一人で、相手はオークとオーガなんですけど?」

「だから? いいから早くしなさい。事態は一刻を争うわよ」


 治療する手を休めることなく、横目で見つめてくるサラは言葉にせずとも急かしているのが分かった。まぁ、確かに事は時間を争う事態であるのだが。

 はぁ、とどこか疲れたようにため息をつくケイ。これから繰り広げられる光景と後始末を考えると憂鬱になる。


「へいへい、分かりました」


 出来ればサラが殲滅したほうが早い気がするが、治療する間は彼女たちは無防備になる。誰が彼女たちを守るのかなんて愚問だ。

 ケイは、先ほどオークの腕を斬り落とした剣を一振りする。ピュッ、と空を切る心地よい音とともに地面に血が飛び散る。付着した不純物を取り払った剣は日の光を反射させてキラリ、と煌めく。


「ちょ、ちょっと、何をしているのアンタ?」

「え? 素振り」

「そ、そんなもの見ればわかるわ! 私が言いたいのはまるであれと戦うみたいな状態になっていることよ……ぐっ」

「ほら、大人しくしてなさい」


 大声を出したせいで痛みが走るリンをサラが注意する。だが、憧れのサラからの注意もリンの耳には右から左へと流れた。


「勝てるわけないでしょ! 相手はオークとオーガで、アンタは魔法が使えない落ちこぼれないのよ!!」


 魔力量0の《稀代の落ちこぼれ》。学院の成績も最低で、これまで彼がまともに戦闘した姿を見たことのないリンはケイを引き止める。スライムやゴブリンなどの低ランクの魔獣なら、まだ勝機があるだろう。しかし、相手はD,Cランクの魔獣。熟練の冒険者が束になっても勝てるか怪しいのだ。それを、たった一人の、自分と同じような境遇にあるケイが勝てるなど予想が出来ようか。

 リンの精いっぱいな忠告に、どう答えようかと迷うケイ。だが、その時に意外な人物が口を開いた。


「……大丈夫よベネェラさん」

「えっ……」

「あの人は、そんじょそこらのことじゃ死なないから」


 まるで疑う余地もないとでも言いたげな口調で、断言したのは学年主席の優等生、サラ=ジャスティスだった。

 彼女は、幼子を諭すような優しい声色で続ける。


「だから、安心しなさい」

「………」


 その時のサラの表情は本当に穏やかで、温かいものだった。

 常に冷静で、凛とした佇まいを見せるサラからは予想できない優しい表情にリンはそれ以上何も言えなくなった。


「……ハードル上げられても困るんだけど」

「あら、自信ないの?」

「ねぇよ、むしろ俺が満々とか言ったら怒るくせに」

「ま、そうね」

「そこは否定して……」


 ケイのツッコみが可笑しかったのか、サラはクスクス、と鈴が転がったように笑う。サラの美しい微笑みに、学院の男子達が見たら一瞬で心奪われていたことだろう。


「はぁ、それじゃ、やりますか」


 サラの絶対的な信頼が重く、何もしていないのに疲労感が積もる。

 ケイは再び嘆息つくと、意識を切り替える。視線を前方へ寄越す。

 途端、ケイの目つきは鋭くなり表情も真面目なものへと変わる。突然目の前の人間が纏う雰囲気が変わったのを感じたのか、魔獣たちは思わず前かがみになっていた背を逸らした。

 弱肉強食の世界に生きる魔獣。野生で培われた闘争本能と生存本能。培われた魔獣たちの本能が告げる。


 あれは、危険だと。


 通常なら逃げるところだろう。厳しい世界を生き抜く彼らは人間よりも賢い。騎士道や倫理など存在しない彼らには、逃げることも立派な戦術。馬鹿正直に突っ込むほど獣ではなかった。

 けれど、彼らが逃げることはなかった。オークはティアを抱えるオーガの前に立つ。オーガもまた、場を静観しようと一歩後ろへ下がる。


「ブウウウ!」

「ギュウウウ!!」

「手負いが一体に、顔になんかかかってるのが一体……」


 威嚇するように唸り声を上げるオーク。だが、ケイはそれを正面から受け止めてもなお表情を崩すことはなかった。静かに、オークの状態を頭に刻む。

 状況を観察して分析を終えたケイは、スーハ―、と小さく呼吸を数回に分け行う。そして、三回目に空気を吸い込むと地面を蹴った。


「ブオオオオ!」


 オークは近づくケイに棍棒を振り上げ、巨大な腕を下した。

 鉄槌のごとく振り下ろされた剛腕が、地面に叩き落される。凄まじい衝撃が、地面にクレーターのように土に伝わり亀裂を走らせた。まともに喰らえば間違いなく肉片になる威力。


「ブオオ」


 やったか、とオークは振り下ろした腕を持ち上げ地面を確認する。

 しかし、そこに肉片どころか人間の血一滴も存在していなかった。あるのは、抉れた地面と粉塵だけ。


「ブオッ!?」


 予想外の光景にオークは驚きの声を上げる。

 タイミングは完璧だった。手応えさえあったのに、何故目の前に敵の死体がないのか。そして、敵はどこに姿を消したのか。

 ケイの姿を探し、視線を左右に振る。だが、どこにもケイはいなかった。

 その直後。


「まず、一体」

「ブオッ!」


 不意に背後から聞こえる声にオークは振り返ろうとした。

 しかし、スパンッ! という軽快な音と共に、振り返ったオークの首がずり落ちる。

 斬られたオークは断末魔さえ上げることなく、地面に伏した。


「次」

「オオオオ!!」

「っと」


 一体のオークを瞬殺させたケイは、背後で重たいものが落ちる音を聞き次に意識を向ける。

 視線を前へ寄越した途端、片腕のオークが怒号に似た声で鳴き、殴りかかる。しかし、ケイはヒラリ、と軽々しく自身の何倍もある拳を回避。


「ほれっ」


 踊るようにステップを踏み、横へ体を流す。動作の途中でケイは剣を右から左に持ち替え腰に巻かれていたポーチに手を伸して、取り出した小型のナイフを投擲。

 ケイの手から離れたそれは、地面を殴り体勢を崩したオークの両の眼に深く刺さった。


「ブオオオオ!?」


 突如、視界から感じる激痛と襲いかかる暗闇に混乱した悲鳴が響く。目頭を押さえた手には生暖かく、べっとりとした感触が伝わる。それが、己の血であると理解するのに時間はかからなかった。


「よっと」


 真っ暗な世界で暴れるオークへ一気に距離と詰めたケイは、オーク目前で軽く飛び上がる。すると、まるで羽でも生えているのかと疑われるほどに、軽々とオークの頭上まで到達した。空中で剣を両手で握り、高々と振りかぶり、落下の勢いを利用して下ろす。

 振り下ろされた剣は、オークの脳天を通過。文字通り、頭を縦に真っ二つにした。


「これで、二体目」


 剣を抜き、地面に着地するケイ。飛び散る血しぶきがシャワーのように彼の周りに降り注ぐ。


「な……なにあれ……っ」


 異常なその光景に、リンは唖然としていた。一体、今自分の目の前で行われている事は現実なのかと疑うほど、あり得ないものだった。


 元来、魔獣とは人を襲う脅威だった。作物を食われ、村を襲われ、力なきものを痛みつける悪の化身。人間は、魔獣に滅ぼされてしまうのを待っていた。

 その時。

 人は、魔法という奇跡を授かった。この世の法則に則り、強力な力となった魔法。最初はただの魔力の塊だったそれを人は長い年月をかけて改良し、魔法陣を開発しさらに詠唱という安全装置まで取り付けた。

 魔法の発展により、人類の文明は進み、今では様々な魔法装置が作り上がるほど。誰しもが魔力を持ち、簡単な魔法なら扱える世界。

 魔獣に対抗する人類唯一の武器。


 それが、魔法。

 それが、ないのに。


「あ、あり得ない……」

「そうでもないわ」


 思わず呟いた言葉に、サラに拾われびっくりするリン。が、サラは彼女の驚きなど気づかずに喋った。


「確かに、あの人は学院で落ちこぼれと呼ばれていて、成績も最低。けれど、そんな彼でも、いいえ、彼だからこそ持つ事が出来た武器がある」


 剣を構え佇むケイの背中をサラは慈しむような視線で見つめ、そして続けた。


「彼、ケイ=ウィンズのオンリーワンの武器。それは___」




 王国最強の剣。




「えっ……?」


 サラの放った言葉に、リンは訊き返すように呟く。王国最強の剣、そのワードはリンには、いや学院の生徒なら誰しもが聞きなじみのある言葉。むしろ、学院のほとんどの生徒が彼を尊敬していると言っても過言ではない。


「それって、まさか……」

「……ケイ=ウィンズ。彼は、グランザール王国最強の剣、ジャック=オレフの一番弟子。そして、剣術という分野において言うならば学年……いいえ、学院一の腕よ」

「なっ、学院長のっ!?」

「この事実は、一部の人間しか知らないわ。別に黙っている訳じゃないけど、誰も話を信用しないのよね」


 衝撃の事実に、リンは口をパクパク、とさせる。

 ジャック=オレフは王国最強の騎士として王国内どころか諸外国にもその名を轟かせた男だ。戦場では【雷獣】と恐れられ、雷属性の魔法とその剣で最年少で騎士団長まで上り詰めた。当然、そんな彼の元には数多の人間が弟子入りを志願してきた。貴族、平民問わず、だ。

 けれど、誰も彼のお眼鏡に通る者はおらず彼の技術は結局騎士団に入って目で盗むと言うのが暗黙の了解となった。現在は、騎士団を引退しているために彼の剣を見る機会もすっかりと減ったが。

 王国最強の剣術が彼の両腕に込められている。魔法を扱えない彼が、唯一会得した武器。

 奇しくもそれは、リンが現在使えるものと同じだった。


「どうして、ジャスティス先輩が、それを……」

「……まぁ、色々あってねぇ」

「そう、ですか」


 一体、彼らの間に何があったのか気になるリン。しかし、今聞く場合ではない。

 視線をケイに向ける。残りはオーガが一体。

 オーガは残りが自分一体だと気づき、呆然と立ち尽くす。17体もいた魔獣があっという間に倒されるという光景を予想出来ていなかったようだ。

 危機的状況に、オーガはケイを鋭い眼光で睨む。しかし、彼の表情は一変せず真剣なもの。

 逃げられない。長らく上位に位置してた魔獣は本能的にそう察するとティアを近くの岩傍に置いた。

 魔獣のその行動に、不信感が積もるケイ。まるで、我が子をベッドに寝かせるかのような優しい手つき。魔獣とは思えなかった。


(どういうことだ?)


 不可解な魔獣の行動。それをいくら考えても解答は得られない。だが、ティアから手が離れたなら好都合だ。これで、ティアに気を使う必要もなくなる。

 ティアを降ろし、ケイの目の前まで歩み寄るオーガ。体長2mの巨体に固い皮膚に覆われ、口からはみ出る牙を剥き出しに吠える。


「オオオオ!!」

「流石はCランク。迫力あるなぁ」


 迫力あると言っているケイであるが、怯えている様子は見えない。相手はプロの冒険者複数パーティを組んでようやく討伐出来ると言われている魔獣。油断しているつもりはないが、気を引き締めなおす必要があるようだ。


「グルルルオオオオ!!」


 気合を入れたオーガが雄叫び同時に、巨体を揺らして迫る。

 巨体からは考えられない速度で、距離を詰めたオーガの一振りがケイに襲いかかる。轟々と、風を唸らせる音が耳を刺激し、それだけで破壊力が伺える。

 豪快に振り下ろされる金棒を横へ回避する。ドゴンッ、と地面を破壊する音が轟く。

 オークとは比にならない衝撃。地面には亀裂が走り穴が空いていた。魔法で身体強化出来ないケイが一発でも喰らえば無事では済まないだろう。


「うわぁ、こっわ」

「オオオオ!」


 穴を空けた地面を見ながら、ケイは呟く。攻撃を躱されたオーガが追撃してくる。

 口を開き、照準をケイに合わせる。


「ケイッ! 何か来るわよ!!」

「マジかよ! やべっ」


 オーガから流れる魔力に変化を感じたサラがすぐに大声で忠告する。ケイがサラの言葉に返事した途端、オーガの口から蒼い焔が放たれた。

 躱した直後で体勢が整っていない状態のケイに避けれない。このままでは直撃コースだ。


「《アクアウォール》!」

「スマン!」

「油断しないで!!」


 高熱の蒼い焔がケイの前に出現した水の壁に阻まれる。冷気と高熱がぶつかり合い、煙が立ち昇った。ケイは後方で、片手で魔法を発動させたサラに感謝を述べる。

 過去の生き物がマナを取り込み突然変異種し、魔獣と化した。その結果、一部の魔獣は魔法に似た、けれど魔法とは違う力を得ている。今回のオーガがいい例である。

 オーガの高温の焔をサラのおかげで脱したケイは間合いを詰める。すると、待っていたとばかりにオーガは自身の腕を薙ぎ払った。

 横目で迫る金棒を視認するケイ。顔数センチまで引き寄せるとケイは最小限の動きで首を動かし躱す。金棒が空気を殴る音と風が彼の頬を撫でる。

 躱されると思っていなかったオーガが驚きの顔をしたような気がした。


「【一刀__」


 一度、剣を鞘に収めオークに近づくケイ。足に力を籠め、爆発的に地面を蹴る。

 急に上がったケイの速度にオーガは僅かに反応を遅らせ、躱すタイミングを見失った。

 懐に潜り込んだケイは光の速さで剣を引き抜く。


「__羅刹】!!」


 キラリ、と煌めいた剣はオーガの腹部に閃いた。

 固い皮膚に刻まれる剣傷。

 同時にオーガの悲痛の叫びが木霊す。


「オオオオ!?」


 舞う血しぶき。

 響く悲鳴。

 固い皮膚を持つオーガは、刃物も通らないと言われているがケイはまるでそんな事関係ないとばかりに簡単に刻む。だが、攻撃はこれだけでは終わらない。


「【風蘭】!」


 振り抜かれた剣を引き戻し、さらに切り込む。

 次々に刻まれる剣傷。

 オーガは今までに経験してこなかった事態に戸惑いが隠せない様子だ。


「グオオオオ!!」


 いい加減にしろとでも言うような怒号と共に叩きつけられる腕。バックステップで避けると、オーガは攻撃の手を休めず金棒と腕と焔がケイに迫る。

 しかし、ケイは全て躱す、躱す、躱す。

 踊るように、揺らぐように、風に乗るかのように華麗に舞う姿に思わずリンは見惚れてしまった。

 あれが、本当に《稀代の落ちこぼれ》? 学院の生徒と教師の大半から冷たい目で見られ、蔑むような視線に晒されていた生徒。

 果たして、これのどこが落ちこぼれと呼ぶに値する所なのだろうか。

 リンは、彼の剣に、技に、動きに、目を奪われてしまう。自分も似た境遇にある分、魔獣と戦う彼が輝いて見えた。

 オーガの攻撃を全部回避しているケイは、敵から視線を逸らさないまま思考は止めないで次の攻撃の一手を探っていた。


「決め手は……」


 吐かれる焔。蒼い閃光がケイの視界いっぱいに広がった。

 オーガは目の前に広がる蒼い焔がケイを飲み込むのを目撃し、手応えを感じる。


「グオオ……」


 消えぬことなく燃える焔。しかし、暫くすると自然と焔は消失した。

 消失してケイがいた場所には、真っ黒に焦げた地面と燃えたカスだけが残っていた。


「グウウウウ」


 燃えカスが目に入ったオーガは自然と唸り声を上げた。とうとうやったのか、と前へ足を出そうとした。

 その時。


「グオッ!?」


 突然、オーガは自身の脚に力が伝わらずに膝が地面につく。

 何が起こったのか、とオーガは自身の脚を見る。そして、目を見開く。

 視線の先では、自身のかかとが大きく斬り開かれていた。

 そこは、まさにリンに斬られた場所。一寸の狂いもなく、なぞられ深くなった剣筋が描かれている。


「救出成功」

「グオオ!!」


 そして、さらに背後から聞える声に首だけ向けると今度こそオーガは雄叫びを上げた。

 そこには、ケイがいつの間にかティアを抱きかかえていた。

 いつの間に移動した、いやそもそもどうやって回避した。などという疑問よりも前にオーガは、怒号のように声を荒げてケイを睨む。

 これまでよりも迫力を増した視線は、まるで大切なものを取られた憎しみのようだった。


「悪いけど、これはテメェのもんじゃねぇんだよ」

「オオオオオオオオオオ!!」

「おお~怖い怖い」


 駄々っ子みたく声を発するオーガに若干の狂気を感じながらケイは、素早く傍らを通過してサラたちのいる所まで移動する。


「ティア!」

「怪我はある?」

「いや、気を失っているだけだ。目立った怪我は見当たらない」


 リンは親友の無事に安堵し、サラは治療に専念する。ケイはリンの隣にティアを置く。

 見れば、リンの出血も止まっておりもう少しで完了と言う所だろう。それを証明するように、サラが口を開いた。


「ケイ、3分よ」


 言外に、さっさと終わらせろというサラの言葉にケイは小さく頷く。


「オオオオオオ!!」


 盛大な咆哮に振り返れば膝をつけていたオーガが傷などお構いなしとばかりに立ちあがっていた。息を絶え絶え、流血が目立ち虫の息にしか見えなかった。

 オーガの正面に立ち、剣を構える。


「……お前は、一体何が目的だったんだ?」


 それだけ傷ついて、死にそうな状況なのに逃げる事なく自分を睨みつけるオーガ。そこにはケイが知っている魔獣とは全く異なる生き物のように思えた。

 当然、オーガからの返答はない。


「じゃあな」

「オオオオオオ!!」


 両者とも終わりを感じたのか、ケイは静かに別れを告げ、オーガは特攻のごとく駆け出す。

 交差する、剣と金棒。

 ピキーン! という音が木霊す。互いに背を向ける両者。

 直後、生々しい肉が崩れる音が響く。


「討伐完了」


 ケイは剣一振りし、こびりついた血を払う。地面に散らばる血が幾何学的な模様を描いた。

 終わったケイは剣を収め、サラたちの元へ戻る。久々の実戦で凝った肩をほぐす。


「終わったみたいね」

「おう、そっちもか?」

「えぇ、ふふっ、可愛いものね」


 微笑むサラの視線を追うと、リンとティアが寄り添うように眠りについていた。確かに、美少女たちの仲睦まじい姿は微笑ましいものだった。


「人の苦労も知らずに」

「まぁ、大変だったみたいだし仕方がないでしょ」


 と言って、サラは淡々とリンが放った思われる炎を消火した。さっきまで人一人治療したというのに余裕そうだ。羨ましいものである。


「魔獣は?」

「いないわ。一体、何だったでしょうね」


 探知魔法で周辺を索敵していたサラの報告にケイも難しい表情を見せる。

 一斉に起こった森の異常。ティアを攫うという不可解な行動。種類の違う魔獣が共闘。

 考えれば出てくる一連の出来事には果たしてどんな因果関係があるのか。考えが尽きない。


「まぁ、後のことは任せるわ」

「もう、貴方はいつもそうやって面倒なことは放棄して、一応チームリーダーでしょう」

「ハハハ、難しいことはお前等みたいな優等生に任せます!」

「堂々と丸投げされても……」


 考えるだけ無駄と結論づけたケイに、サラは呆れたようにため息を吐く。

 こうなっては、何を言っても無駄だろう。


「はぁ、もういいわよ。早く森の先生たちと合流しましょう。リンさんは貴方が背負って。私はティアさんを背負うから」

「持てるのか?」

「甘く見ないでくれる? リンさんはムリでもティアさんは小柄だから大丈夫よ。重力魔法で軽くするし」

「ずるっ!」

「悔しかったら、やってみることね」

「ぐぬぬぬ……っ」


 先ほどの仕返しなのだろうか、ケイには出来ない芸当でティアを運ぶと宣言するサラに、ケイも悔しそうに唸った。その顔にサラは愉快そうに微笑んだ。


「さぁ、戻りましょう」

「へいへい」


 テキパキとした口調で指示するサラにケイは今度こそ疲れたように返事をする。

 最後にもう一度振り返れば、屍となったオーガの体が横たわっている。

 それが、ケイにはやけに人間らしく思えてしまった。

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