第65話 夜はまだ終わらない その3

「ふぅ、腕痛い・・・・え、待って。骨折?」


俺は拳銃の衝撃で痛めた腕(実はめちゃくそ痛いけど折れてはいない)をさすりながら、誰もいなくなった部屋で一人そうつぶやく。


すでには解いてある。警察には俺という存在を認知されては困るので、隠れるために透明になっていた訳なのだが、今となっては誰もいないのですでに解除してしまっていた。


「それにしても、アイヒスの魔法は優秀すぎだろ。もはやなんでもできるんじゃ・・・」


そう、言うまでもなくこの透明化を実現させていたのはアイヒスの魔法なのだ。


『詠唱:透明化インブイジブレ


それが俺を透明化させていた正体だった。俺が念話で合図を送り、アイヒスがそれに合わせて俺にその魔法をかける。そうやってさっきまであの人たちを翻弄したり、突然物が現れたりなどの怪奇現象を再現していた訳である。


途中で社長に「人間じゃねぇ!!」とか言われたけど、確かにこれは人間のできることではないよね。ある種反則にも等しい策ではあった。だけど別にゲームでもなんでもないし、ズルは思いついたもん勝ちというやつだ。恨まれるのは筋違いというものだろう。


とにかく、今回はアイヒスが裏で大活躍してくれていたお陰で、特に危なげもなくことが済んだ。ミリエルは今回あまり活躍できていなかったのだが、二人には後で何かお礼をしておこうと思う。


と一人思いにふけっていた頃、だんだんっと階段を上る足音が聞こえてきた。


俺は「まさか警察が戻ってきたっ!?」と急いで隠れようとしたのであるが、その姿を確認してそれは杞憂であったと安堵する。


「・・・・たくっ、話を聞いていれば無茶なことをするな、未治。人の事言えねぇんじゃねーか?」


「いやーなんのことだかさっぱりだなー」


「おいおい・・・・」


俺の棒読みに若干呆れの表情を滲ませながらも、疾風は穏やかな笑みを俺に向けていた。


疾風は俺の作戦のとおりに、俺が組織のオフィスへ行くと同時に警察へと向かい、その場所へ向かうように要請するという役を担っていた。


結果としては無事にここまで来てもらうことに成功したため、疾風も警察官の皆さんと一緒にパトカーに乗ってここまで来たのだという。ちなみに、俺が交わした会話も念話でつながっていたためにしっかりと把握している。


「聞いていてひやひやしたぜ」


「おつかれ疾風。ちゃんと予定通りバッチリだったよ」


「お疲れはお前の方だろ未治。結局お前が一番危ない仕事だったんだからな」


「いやいや、そうでもないさ。あいつら扱いやすいバカだったから思考を読みやすかったよ」


「ははっ、お前結構楽しんでそうだもんな」


疾風は少し引きつった笑いを浮かべている。心外だな。別に楽しんでなんかはない。


「それで、下の方はどうなったの?」


といっても、俺はこれ以上この話題を掘り下げられたくなかったので話を切り替えることにした。疾風はそれを察したのか、何も言わずに話に乗ってくれる。


「・・・・観念したのか抵抗なくパトカーに乗せられてたよ。最初の方は多分お前のことを叫んでたけどな」


「あー、透明人間がどうのとか?」


「ま、そんなところだ」


「そう・・・・別に警察の人には見られてないから、きっと夢でも見たんだろとか言われて流されるでしょ」


「そりゃそうだな・・・・俺も最初見せられた時は夢かと思ったし」


そう言って疾風は未だ現実なのか判断が付かなそうにしている。いやいや、お前だって現実離れした相棒がいるじゃないか。何で俺だけおかしいみたいに言うんだよ。


まぁ疾風の気持ちは分からなくもないけど。


「そりゃあさ、ここはあっちの世界ってわけじゃないだろ?なのに本調子とはいかずともこの世界で異世界生物の力が使えちゃうのはやばいよな」


「まぁ、ね。もうここまで来るとよくあるバトル漫画の世界だって現実にありそうだと思えるよ。魔物退治のプロがいたりとか」


「ああ。違いない」


どうやら疾風も小さき戦場リトルガーデン以外で異世界生物の力を見たのはこれが初めてだったようで、それで改めて現実と空想の曖昧さを実感させられたのだとか。


もう数週間経ったことである程度驚かなくなってきたと自負する俺であるが、それでもこっちの世界で非現実的なものを目にした時は驚いてしまうだろうと思う。リアリティというか、情報の重みがやっぱり違うんだよね。疾風もそういう感じでさっきみたいなことを言ってたんだと思う。


疾風もなんだかんだ言ってこのゲームのことを現実と完全に思っているわけではないらしいということだ。


「それで、お前の異世界生物は?」


「ん?・・・・先に帰っててって言っといたからもういないよ。何か用あった?」


ミリエルとアイヒスは作戦中ずっとミリエルは念のため疾風の護衛、アイヒスは俺の合図で魔法を打つために同じ魔法でこの部屋に隠れていたのである。しかし今はそれも終わったので二人には先に帰るように伝えていた。ちなみに、二人には転移の魔法があり、俺の家まで一瞬で帰れるらしいので道は伝えていない。優秀すぎる二人である。


「まぁ、二人には謝っとかないとなって思ってただけだ。あの魔法使いの子に関しては俺の勝手な都合で殺そうとまでしてたしな・・・・」


そう言いながら疾風は目線を下げた。やっぱりその件に関しては申し訳ない気持ちがあるようだ。


当の本人はさっき「・・・・ああ。過ぎたことはいいのです。強いていうならば貢物があ(ry」とか言ってた気がするけど、こういうのはやっぱり本人通し向き合ってしないといけないよね。


「・・・・わかった。帰ったらアイヒスに疾風から話があるって言っておくよ」


「ああ。ありがとな・・・・本当にありがとう、な」


と疾風は重ねるように感謝を述べた。


それはなんだか今のことに関する感謝だけじゃない気がして。


「・・・・どうしたの?」


俺はその違和感が気になって尋ねてみる。すると疾風はさっき俺が割ったガラス片たちを見つめながらゆっくりと話し始める。


「・・・・本当ならここに立つべきだったのは俺だった。だけど俺はお前に任せるしかなかった。俺がもしお前の役だったら、ここまで上手くことが運ぶことはなかったよな」


「適材適所だよ。俺はこういう心理戦みたいなことは大好きなんだ。だから俺がこの役に適任だった。それだけ」


「ああ、そうだ。お前はすげぇよ・・・・俺がずっとできなかったことを簡単にやってのけたんだからな。俺は、」


疾風はその言葉を止めた。唇を固く閉じるように交差させ、拳は血が出るのではというほど強く握りしめていたのを俺はしっかりと見ていた。


何かを言おうとしている、だけど言い出せない。


だが、疾風はその唇を緩めた。


「・・・・俺は、結局何もしてない。ただお前に俺の尻拭いをさせただけだった。俺が自分を守りたいがために行動していた間にも香奈は苦しんでいたと言うのに・・・・異世界大戦に出会ってたくさんの金を手に入れて・・・・俺はなんでもできると勘違いして・・・・本当はどうにもなってなかったのにな」


疾風はまるでダムが決壊したかのように言葉を紡ぎ続け・・・・


「かっこ悪いよ。ヒーロー」


させるわけにはいかなかった。


「っ!?」


「ふふ、そんなに驚く?」


「あ!いや!?別に。ちょっとびっくりしただけだ!」


「そう。でもこれ以上疾風が反省することは何もないんだよ。何故なら疾風は・・・・最初から最後まで、誰かを笑顔にしたいと思える人だったから」


「・・・・どう言うことだよ」


「とぼけんなよ。普通高校生みたいな子供が突然『悪の組織の決定的証拠が見つかったから来てくれ』と言っても、せいぜい痛い子供のいたずらにしか思われないでしょ?こんな簡単に警察が動くかっつーの」


「・・・・それは」


「ずっと前から、警察に言ってたんだろ?作戦段階からお前は警察に対して絶対の信頼があった。そして警察に俺が社長と対峙する前に持たせておいた証拠の書類の一部を渡す役目を迷うことなく引き受けたんだ・・・・それが疾風が決して自分のことばかりじゃなかった証拠だよ」


「・・・・」


当たりか。


俺が疾風に計画の全貌を話す前から、疾風は警察が来ることを疑うことはなかったのだ。だからそんな可能性だってあると思っていた。


「・・・・流石だな。お前には隠し事はできない。ああ。そうだよ。俺はずっと前から警察に直接行って直談判したことが何度かあったんだ」


最初はもちろん突っぱねられ、話すら聞いてもらえなかった。それが疾風は悔しくて悔しくて何度も挑んでいったのだという。


来る日も来る日も、疾風は警察に入っては受付の人に組織を調べて欲しいと頼んだ。だが聞いてくれない。次第に疾風は警察に対して悪い感情を抱きつつあったほどだった。


だが、転機が訪れる。理解者が現れたのだ。


「・・・・俺が警察に来てた時にいつもいたおっさんがいてな。ある日を境に俺の真剣な顔を見て信じてくれるようになったんだよ」


その人は別に高い地位にいる人ではなかった。だが疾風の話を信じ、真剣に考えてくれたのだとか。その人に疾風はだいぶ救われていたらしい。


そしてその人のおかげもあり、数人の人が疾風の言葉を信じるようになった。するとその噂がたまたまとある捜査班を取りまとめるお偉いさんの人の耳にも入り、その人が疾風に会って話したいと言い出したのだという。


疾風は願っても無いチャンスとばかりにその要請を受けることにし、そのお偉いさんと話すことになった。そこでお偉いさんは、ある巨大な裏組織が数多くの傘下の組織を束ねて闇金融や裏取引の場の提供などを行なっているのだと包み隠さずに話してくれた。そしてその中の一つの組織なのではないかと話したのである。疾風の話と照らし合わせてもその可能性が大きいとも話していたのだという。


だがそれだけでは警察組織を動かすことは難しいのだと疾風に告げた。何かそれを証明する決定的な証拠が見つからない限りは、上からの許可が下りることはない。その証拠が未だ全く掴めていないのでこちらも捜査が進まず困っていると。だから証拠が見つかるまでなんとか待ってもらうことはできないかと疾風に頼みごとをしたのだという。


だが疾風は焦っていたのもあり、それが見つかるまで待つという選択肢を取ることができなかった。そして警察が無理なら自分で見つけようと暴走気味になっていたのである。だが、結果としてはこの直談判はこの作戦の成功に大きく貢献してくれた。いざ警察に言ったところですぐに動けなかっただろうものを、疾風のお陰ですぐに逮捕に踏み切らせることができたのである。


今回の策は疾風が香奈を守りたい一心で、裏で努力を重ねて来たからこそ成功したと言っても過言ではないのだ。いや、それがなければ組織を崩すことは難しかった。間違いなく疾風の行動が香奈を救ったのであった。


「疾風は確かに馬鹿なこともやってたかもしれない。けどお前はそうやって着実に香奈を助けるためだけに動いていた。誰にも信じてもらえなくても、その怖さを振り切って疾風は香奈のために頑張った。そのどこにお前が恥じることがあるのか、俺にはわからないよ」


「・・・・」


疾風は黙り込んだまま、ガラスが割れて吹き抜けの風が吹く窓を見つめる。俺はそれを見てさらに続けた。


「それに、もうさっきふっきれたんじゃないの?俺は逃げないって。何があっても香奈のことを守るって。それなのにまたうじうじ言うのかい?」


「う、ま、まぁそうだけど」


「ならいいの。今回は疾風が努力して積み上げたものを使って俺が少しだけ手助けしたってことで。別に俺だってお前の尻拭いをした覚えはないしな。堂々と俺が助けたって胸張って香奈の元にいけよ」


俺が言い終わると同時に疾風は振り返って俺と顔を向き合わせた。その表情は真剣に、何かを決めたと語っている。


「・・・・それで、いいんだよな?」


「もちろん」


疾風の問いに俺は即座に答えてみせた。すると疾風の表情は少しだけ緩やかになっていく。


そして、俺に対してわずかな笑みを見せた。


「・・・・わかった。次は失敗しないから」


表情は緩やかに、だが拳にはさらに力が入った。その声にはさっきよりも決意のこもったしっかりとした何かが含まれていたような気がした。


俺はそれを見届け、疾風に真っ直ぐ向いたまま話を始めた。


「・・・・おそらくこれから捜査が進んで組織の全体像が明らかになっていく。その中で上の組織とやらがもしかすると香奈の父さんの上司たちと結託する可能性だってまだある。今度は直接危険な目にあうかもしれない・・・・常日頃警戒しろというほどではないけどまだまだ気が抜けない状態ではあるんだ」


俺はさっき社長が脅し文句に使った言葉を疾風に伝えた。組織との契約が強制的に破棄されたことで、香奈の父親の会社の元上層部たちが、自分たちの悪行を知る香奈たちの存在を野放しにはできないと考えるかもしれない。極端に言えば殺されることだってあるかもしれないのだ。


幸い疾風が警察に頼み込んで、香奈の家族の身の安全を守るために監視を用意し、陰ながら警備してもらえるということになったのだという。これである程度は安心できると思う。


だが、それでも全てをまかなえるわけではない。警察の監視が付いていても、その監視の目を盗んで襲われる可能性だってある。それが俺としては少し気がかりに思っていたことでもあった。こればかりは俺にも良い策はない。香奈が少しでも気を付けるとしか言えないことなのだ。


だけど疾風はそうじゃない。


「問題ない。俺が香奈のことを守るから」


疾風は当然のようにそう言い切って見せた。


これなら俺も安心できるというものだ。


「何かあったらまた力になるさ」


「ああ、頼むよ。『やるからには、全てを完璧に』だからな」


「そうそう、よく覚えておくんだよ。もう間違っても自分の身を犠牲にしてまでなんて考えたらダメだからな」


「わかってる」


疾風は微笑とともにそう答える。本当にわかってるのだろうか?・・・・少し心配だけど多分大丈夫なのだろう。俺はそう思うことにしたよ。


「あ・・・・朝日が」


「あちゃ、もう朝かよ」


気がつけば、吹き抜けの窓から一筋の光が漏れ出てきていた。ということは今大体5時くらいかそのあたりだろう。


とてつもなく長い夜が明けて、また新しい一日が始まろうとしている。今日が明日、明日はすでに次の明日だ。


俺と疾風は階段を降りてビルの入り口から外に出た。春の風はまだ冷たくて、パーカーだけの俺はその寒さに身震いする。だが心なしか多少の暖かさも感じて少し歩いたらもう何とも思わなかった。


「香奈にちゃんとただいまって伝えないとね」


「ああ。そうだな。どうやら今日ははるばる起こしに来てくれるらしい」


「いやいや、もう寝てる時間ないんじゃね?」


「まぁ・・・・2時間は?」


「決定だなぁ〜。ふぁ〜」


俺につられて疾風も、二人であくびをして香奈にどう説明しようかと軽く話し合う。


と話しているうちにも、俺はふとここでまだ言い忘れていた言葉があることに気づいた。


それは疾風との戦いでは言えなかったあのセリフ。




「これでチェックメイト・・・・ふぅ、ようやく言えたよ」



俺は最後の締めくくりとして、疾風にも聞こえない独り言でそう呟いた。

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