第63話 夜はまだ終わらない その1
「あの家族についてはどうなっている?」
「へい。未だ出資者の招待はつかめていない状況です」
「そうか。早急に見つけろ。必ずあいつらの後ろにいるはずだからな」
「へい。全力を尽くします」
都内某所。そこには、表の社会にはとても行けないような凶悪なゴロツキたちによって作られた組織のオフィスがあった。
彼らは己のルールでのみ動き、己のしたいことをするために行動する。裏の世界ではそれが普通であり、そのことに何も遠慮することはない。だが、そんな連中でも腕っぷしが強いだけでは生き残れない。社会とはそう言う風にできている。時には悪党でも上に尻尾を振り、媚びを売ることだってする。そうやってこの組織は作り上げられたと言っていいだろう。
この組織は巨大な裏組織の傘下の一つに当たる、様々な下請けを担当している会社でもあった。その業務は主に滞納している顧客の家に行き、返済の催促をする業務だ。
幸い優秀な人材を確保しているこの会社は、その業務を今まで滞りなく行ってきた。そのおかげもあってか、最近では上の組織からさらに重要な仕事を任されるようにもなった。
組織の長はその結果に満足するとともに、まださらなる高みを見るべく、今回の大きな仕事について、自分がゼロから上り詰めた実績のある自慢の頭脳で思考を巡らせる。
「・・・・一体どう言うつもりなんだ?何故この大金がポンと出せる奴があいつらのバックにいやがる?」
その顧客は、巨大製薬会社の借金を全て背負わされた家族だった。
最初はその会社の重役から依頼が来たと上からの通達があり、交渉の席を設けたことから始まった。
初めは何を言っているのかよくわからなかったが、話を聞くうちに、どうやら取り潰しになる会社の責任を全てあの家族の父親に擦りつけようと考えていることがわかった・・・・のだが、そんなことはどうだっていい。顧客の事情に関わらず、きっちりと金を返してもらえればそれでいいだけなのだ。
交渉は成立した。重役は会社の借金額分の金を借り、その返済をあの家族に任せる形で契約した。もちろんこれは不正な契約ではあるのだが、返済できる人間があの家族の父親しかいないとか色々ごまかした結果、あの家族はすんなりとその返済を了承した。その時はあまりにもバカな家族だと笑ったものだ。
ーーまぁ大体追い詰められた人なんて追い込めば追い込むほど思考がまとまらなくなるものだ・・・・流石にそれでも浅慮な気もするが。
そして契約は成立し、家族は借金の返済を始めた。最初の内は自分たちへ順調に返済金額を支払い続け、このまま払い終えるかに見えたのだが、どうやら貯蓄が底を尽きたようで、ある日を境に返済額を滞納するようになっていった。
それはそうだ。巨大な会社一つ分の借金を支払える家庭などほんの一握りしか存在しないし、そんな者がこんな事で失敗するはずもない。全ては計画通りに事が運んでいたのだ。
そして滞納し始めた家族に対して自分たちがはいそうですかと簡単に引き下がるわけにはいくはずもなく、何度も何度も家に訪問して返済額を払わせるために様々な手段で家族に圧力をかけ続けた。
その結果家庭が崩れかかろうとも御構い無しに。
そうやって不安定な関係になっていた方が後々面倒にならなくて済むこともあるし、そもそもあの家族がどうなろうとこちらは知ったことではない。
とにかく金を払わせること、それだけが会社にとって利益となる。
そして散々の圧力で弱ったところにさらに深い沼を用意して、永遠に金を払わせる奴隷のような状況に落とす。例え財産を全て払わせた後でも、記憶が確かならばいささか顔の良かったはずのあの娘を裏の世界で売り飛ばし、さらなる利益を生み出す。
ーーそれが社長の今回の真の思惑だった。
しかし、そうはならなかった。思わぬところからの出資者の潤沢な資金源によって、家族は破滅することなく、ぎりぎりで踏みとどまってしまったのである。
これでは返済額の規定分が全て払われてしまい、家族は解放されてしまう。それだけはこの会社の発展のために阻止しなければならなかった。
今は苦しい理屈で借金額を上乗せし、期間を少しづつ延ばすだけで精一杯なのだが、もしも出資者の正体がつかめたならば、その出資を妨害して、あの家族を再びどん底に落とせるかもしれない。今はとにかく出資者を探すことに尽力しなければならない状況なのである。
「くそっ!一体誰なんだ!?俺の出世の邪魔をしやがって!!ただじゃおかねーぞ!!」
社長の表情には若干の焦りが浮かび上がっている。今は社の発展を左右する重要な時期に直面しているのだ。上の組織がようやくこの会社に目をつけ、仕事がいくつか回ってくるようになってまだ少しの時間しか経っていない。こんなところで失敗したならば、一瞬で上の組織とのつながりは無くなってしまうだろう。そうなれば、二度と出世することは叶わない。
社長には、大いなる野望があった。
「俺はいつか・・・・俺のことをバカにした奴らのことを鼻で笑い、跪かせてやるんだ!そのためには・・・・こんなところでつまづいている余裕はない!!」
かつて最底辺だった自分のことを、多くの人は馬鹿にして、自分を幾度も踏みにじった。社長はその復讐を果たすために、這い上がるようにここまで上り詰めてきたのだ。
いつか世界中の誰もがその権力を認め、平伏させるために。誰も自分には逆らえないような地位を手に入れるために。
そのために、まずはこの仕事を滞りなく終わらせなければならない。
「・・・・絶対に捕まえてやる。おそらく出資者はあの家族と接点のあるやつのはずだ。ならば家族を使ってお引き寄せればいい。いや、待てよ。もしかしたらあの娘と繋がっている可能性もある・・・・ならば娘だけでもいいか。どちらにせよ、方法はいくらでもある」
社長の目には、すでに先の未来しか見据えてはいなかった。それは欲にまみれた感情か、はたまた未来視か。
そんなもの、現実世界であればなおさらわかることだ。
「・・・・くだらない。そんなことのために、俺の友達は苦しんでいたなんて」
「っ!?誰だ!?」
「こんにちは、悪党さん。突然の訪問失礼しまーす」
夜はまだ、終わらない。
☆☆☆☆☆
「テメェ・・・・一体何もんだ!?」
「・・・・最初の質問がそれですか?もっと聞くべき事があるでしょうに」
とあるオフィスの一室。そこに、俺と一人の人相の悪い男が向かい合っていた。
俺がある方法で誰にもばれずにここまで侵入し、そこに居たおそらく一番偉い人であろう男が一人になった頃を見計らって突然登場してみせたのである。
そのあまりの唐突さに男も驚きが隠せなかったようで、さっきから事態が飲み込めていない様子で口を開いたり閉じたりしている。金魚みたいだなぁ、いや鯉・・・・そんなんどうでもいいや。
「・・・・チッ。誰だか知らねぇが放っておくわけにもいかねぇ・・・・おい!!テメェら!!このガキ追い出せ!!」
と、無駄な思考の最中に男は正気に戻ったようで、部屋の外に控えていた黒服の男を数人呼びつけていた。
男たちは4人がかりで俺のことを確認次第にじり寄ってくる。全員が屈強な身体をしていて、素直な肉弾戦では到底勝てないだろうと非力な俺には絶対に必要ない推測をしてみる。そう、普通に俺が相対するならば絶対に勝てない。
だが俺は仮面越しで誰にも伝わらない中、余裕の表情を浮かべてその場に佇んでいた。何故ならば何も問題はないからだ。
力で負けるのならば、別の方法で勝てばいいだけ。
「っ!?消えた!?」
「ど、どういうことだ!?」
「くそ!どこに行きやがった!?」
俺が合図を送った瞬間、この場にいる誰もが俺のことを見失った。皆が皆、あての外れた方向を向きながら怒鳴り散らしている。
だがそのいずれかにも俺はいない。
「ここですよ。ここ」
俺は皆の背後にあったデスクに腰掛けつつ、また合図を送った。すると俺のことを突然背後に現れたと認識した者たちは、言葉を忘れるくらいの驚きの顔を見せた。
「ば、ばかな!!一体どうなってる!?」
「くそっ!!いいから捕まえろ!!」
ここでひとりの黒服が冷静に他の黒服へと指示を飛ばす。今度は全速力で俺の元へと近づいてくる黒服たちだが、俺が再び合図を送ることでまたしても黒服たちは俺のことを見失ってしまった。
「ほら、ここですよ」
「くっ!?そっち!?」
「いやいや、こっちですよ」
「そこか!!・・・・また消えた!?」
「ここここ〜」
「くっ!今度はそっちか!!」
俺はしばらくの間、黒服たちに対して消えたり現れたりを繰り返して翻弄し続けた。とりあえずこのくらいで十分かな。まだまだシナリオには先があるから、こんなところで尺を使うわけにもいかない。
俺は最後に先程黒服を読んだ男の背後に立ち、姿を現した。
その手に、黒く光る拳銃を握りながら。
チャキ
「なっ!?貴様!?」
「「「「社長!!!!」」」」
「へ〜、社長だったんですか。とりあえず大人しく話を聞いてもらえませんか?」
俺は勤めて冷静にそう社長に呟いた。社長は冷や汗をかきながらも俺のことを見る。
「・・・・わかった。わかったから銃を降ろしてくれ」
「話がわかる人で助かります」
そう言って俺はあっさりと銃を降ろしてしまう。しかしその隙を黒服が襲ってくることはなかった。それはさっきあれを見せたことが生きているのだろう・・・・まぁそもそもこの状況を生み出すためにやったのだから間違いはないのだけど。
俺は社長が座るよりも先に、部屋の真ん中に設置してあったソファに腰掛けた。社長はそのことを咎めることなく、対面のソファへと腰掛ける。
ここからがようやく交渉フェイズだ。
「それで、何の用でここに来た?」
社長は俺のことを警戒する目で見ながらそう切り出してきた。俺はそれに澄ました声で答える。
「・・・・そうですね。簡単に説明すれば、貴方が今お熱な家族について交渉しに来たと言えば伝わりますかね?」
「っ!?まさか、お前が出資者なのか!?」
「出資者?・・・・まぁどうでもいいです、あながち間違いではないので。今日はこの契約に終止符を打つためにここに来たのですよ」
「そうか・・・・そういうことか」
ここで社長は思案顔で考え始めた。それを俺は静かに待つことにする。
この部屋には今俺と社長と、そして4人の黒服がいる状況となっている。おそらくこの他にも部下はたくさんいるのだろうが、それらが現れる気配は今のところ感じられない。
この場の誰もが、俺のことを警戒して目を離していないのである。そのため、応援要請を
出すという考えすらなくなっているようだ。
それでいい。そうやって無駄に怖がられていた方が都合が良いのだ。仮面で表情が読めないというのもそれを引き立たせるいい要素にもなっていると思う。
と考えを深めていたところで社長が言葉を発した。
「・・・・それで、どうやってその終止符とやらを打ちにきたんだ?」
社長は射殺すような鋭い目で俺に問いかける。その威圧感は流石8(ヤ)9(ク)3(ザ)さんと言うべきか、そこら辺の子供が見たら一瞬で泣くレベルの怖さを感じさせる。
だが、俺はそれでも余裕を崩すことはない。
「簡単です。あの家族が背負っている借金の総額、それを全て払いに来たのですよ」
俺は恐れることなく、さも当たり前のようにはっきりとそう言った。
それを聞いた社長は嘲笑する。
「何?借金の総額だと?ハッ!!バカ言え!!」
社長は俺の言葉を鼻で笑い、バカにするような口調で責め立てる。
「そんなの不可能、無理に決まってる。お前はあの家族がどれだけの額の借金を背負わされているのか知ってるのか?あの家族はな、一般人では到底払えきれない、場合によっては会社一つは買えるくらいの額の借金を背負わされているんだぜ。そんな果てしない額の金をたかだかガキごときが全て払うだと?笑わせんな!そんなホラ吹いたところで誰も笑いもしねぇよ!!」
社長はそう言いながらも汚い笑みを浮かべ、その場にいる黒服もそれにつられて俺のことを笑い、完全に舐めた目で見ていた。
どうやらまだ俺のことを小馬鹿にできるほどの余裕があるらしい。さっき組織の頭を簡単に危険にさらした連中のくせに、もうその警戒心は解かれている。よほどお花畑な頭をしているようだ。
「そうですか。じゃあこれを見れば大爆笑ですね」
ならば、そのメルヘンな夢もぶち壊す程度に、軽くジャブを打つとしよう。
俺はまたしても合図を送った。すると突然俺の手に銀縁の黒いケースが握られ、それと同時に同じものが何個もゴロゴロと床に転がり落ちた。
「っ!?」
社長はその光景を見て信じられないと言うような顔をする。おそらくまるでケースが瞬間移動か何かで俺の手に渡ったのだと思っていることだろう。その顔、愉快愉快。
「さて、ではこの中身を確認してもらっても?」
俺は握られたケースを机に置き、社長の方にロック錠が来るように回した。社長はそれを開けるのを少しためらったものの、一呼吸を置いてそのケースを開ける。
中に入っていたのは、大量の札束だった。
「な!?これは!?」
「確認、お願いします」
俺は社長に中身の確認を促す。それに応じた社長は、部下を読んで転がるケースも含めて慎重に一枚ずつ枚数を確認していく。
そしてしばらく経った後、社長は少し疲れた様子で俺を再び見た。
「・・・・全て確認した。確かにあの家族の借金額の総額分に十分足りる額だ」
「そうですか。それは良かった」
「テメェ・・・・どうやってこんな金集めることができるんだ!?普通一般個人がすぐに出せる金なんかじゃねーはずだろ!!」
「それは教えられません。企業秘密というやつです」
「クソッ!!!!本気でどうなってやがる!!!!何もかもおかしいじゃねーかっ!!!!」
社長は悔しそうに俺の前にも関わらず感情をあらわにした。全く思考を読むまでもなくわかりやすい人だ。面白いように俺のシナリオ通りに動いてくれる。さっきから仮面越しでニヤニヤが止まらないから勘弁してほしい。
だが仕方のないことだとも思う。普通なら、俺みたいな子供が突然こんな額の金をポンと出してくれば、それは驚くに決まっている。それどころか、もはや誰が出してもビビるくらいの金を俺は出しているわけなのだ。
その額は、およそ2000000000円。
香奈の家族が背負っている額が大体10億近くのはずであったので、これで十分足りるというかその分払っても余りある額の金が、今この場に存在していることになる。
改めて見ると俺ですらうっ、と思えてくる金額だ。こんなにたくさんの金を見たのも初めてだし、まさかそれを自分が出すなんて夢にも思わなかった。
だけどその夢物語すらも可能にしてしまうのが異世界大戦というゲームなのである。
ちなみに、この金を換金する前の俺のステータスはこんな感じだった。
Player 東条 未治
RANK 1865
POINT : 265912352
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