間章 始まりのその先

第23話始まりのその先 その1

「お勉強をします」


「嫌です」


「君に拒否権はないよ?」


ガシッ


「アアッー!嫌だー!!なんでここに来てまでお勉強なのよーー!!!はーなーしーてー!」


「・・・・お前は駄々っ子か」


非現実との邂逅から早一週間。


俺ーー東条 未治はなんとか東京での暮らしに少しは慣れることができた。


学校では友達も増えた。最近では放課後何人かで東京の美味しいところや遊べるところなどいろんなところに案内してもらっている。もちろん主導は疾風である。彼は早く俺がクラスに馴染めるように色々根回ししてくれているのである。拝むほど感謝を述べたい。疾風さんまじカッケー。


それに学校だけではない。アパートの大家さんや近所の人にも良く助けられている。大家さんは70代にはとても見えないほどの若作りなおばあさんで、いつも「これ、余ったから食べてな〜」とおかずをおすそ分けしてくれる。一応一通りの生活スキルは向こうで教わってきたのだが、いかんせん料理するのがめんどくさい時はあるのだ。そういう時に来るこのおすそ分けは本当に助かっている。・・・・コンビニ弁当よりもはるかに美味しいし、芋煮が大好きです、大家さん。


それと隣に住んでいる人も時折お土産をもらったり九州土産をあげたりするうちによく話すようになった。・・・・ある有名芸大を目指す俺より4つ年上のお姉さんだ。


ショートヘアーの髪は茶色に染まっており、ふわっと軽くパーマがかけられている。プロポーションも整っており、大人の魅力というやつを自然体で感じるほどの美人さんだ。


現在は二浪中で、「また来年には三浪になってるよ〜」とのほほんと話していたが俺はそんなんでいいの!?と少し驚いた。・・・・どうやら芸大の受験生にとって二浪三浪は当たり前なのだとか。・・・・やばいな芸術家の道。


最近ではお互いにゴミの日に気づかなかった時教えあったり、大家さんじゃないけど余り物料理をおすそ分けしあったりと隣人としてとても良い関係を築いていると思う。俺にとっては少し年の離れた姉のような感じだろうか。姉いないからわかんないけど、・・・・なんというか近過ぎず、遠過ぎずって関係だと思ってる。


そんなこんなで俺の東京での生活は軌道に乗り出したのである。


・・・・ひとりの居候を除いては。


「ミリエル・・・・流石にこれはあかんよ、の世界のルールを全く知らなかったなんて・・・・」


「だっていらないじゃん!!私は『異世界大戦』で勝てればそれでいいのよ!!そんなの勉強しても何にもならないわ!!」


「いやいや、そうは言っても・・・・それじゃあミリエルは家の外に出られなくてもいいの?この世界の交通常識とかモラルとか知ってない以上むやみに外に連れ出すわけにはいかないよ」


「それはっ!!・・・・・それは、そうだけど・・・・」


「ほら、それなら勉強するしかないんだよ・・・・俺が『異世界大戦』について学んだように、ミリエルもこの世界について知らなくちゃいけないでしょ」


「・・・・・勉強キライ」


「というわけで・・・・はいこれ」


ドンッ!


「っ!・・・・何・・・・これ・・・このは」


「学校帰りに近くの図書館、って言う本を借りる場所で借りてきたんだよ。最初のうちは上にある絵本で基本的なことを知っていけばあとは自ずと下の方も理解できるでしょ」


「いやいやいやいやいやいやいやいやいや多過ぎでしょう!?いったい私に何冊読ませる気よ!!」


「135冊」


「無理よ!!無理無理!!こんなの読んでたら私寿命で死んじゃうわよ!!」


「どうせ天使様は何千年くらいか生きるんでしょ。・・・・・・独学なら百年くらいで読み終わるんじゃない?」


「はっ発想が神様すぎる・・・・冗談よね?」


「当たり前でしょ、ゆうて1ヶ月もあれば全部読めると思うよ。幸い言語や文字に関しては翻訳みたいな能力がついてるんでしょう?まぁ最初のうちは俺がつきっきりで見てあげるから」


「うー・・・・・やだ〜・・・・勉強キライ〜」


ミリエルは相当勉強が嫌なのか不貞腐れた顔をしている。俺の家に唯一ある机の椅子に座り、背もたれをギーコギーコと左右に揺らしながら文句を垂れていた。背もたれが揺れるごとに彼女の真っ白な長い髪もフサフサと揺れていた。


そもそもミリエルはその容姿からして奇異の目で見られてしまうのではないかと言う問題もあった。特に羽根とか・・・・しかし、そこはこちらの世界のためにある魔法を習得したのだと言う


「ほら!この通り!なくなったでしょ羽根・・・・・これは認識阻害の幻惑魔法なの・・・・魔力の見えないこの世界の人間たちには見えないようにできるのよ。それに私の赤い瞳も黒くすることができるの」


というわけで彼女は白い髪以外は普通の少女になることができるのだ。


とは言っても彼女はこの世界のルールを全く知らない。これではたとえ危険はないとしても信号を無視して車に轢かれたり・・・・いや、という『発想が神様』なことが起きてしまうかもしれないのだ。それは避けないといけない。もし起きればたちまちテレビ出演待った無しだ。あまり公で目立つと後々面倒になるのは誰でも想像できよう。


故に俺は手始めにミリエルにこの世界の一般常識を叩き込もうとしているのだ。交通ルール、お金のルール、乗り物の種類とそれに乗る方法などなど・・・・下手したら俺たちが幼稚園に入る前で習うようなところからだ。


そしてゆくゆくは居候の責務を果たしてもらおうと俺は画策しているのである。


「ミリエルには今後食材の買い物とかいろいろお手伝いしてもらうんだから・・・"働かざるもの食うべからず"っていうことわざもあるしね」


「・・・・わかったわよ、たしかに何もしないのは"天使"として失格よね・・・・」


そう言うと恐る恐る一番上の「のりもの」という絵本に手を伸ばす。


ちなみに今のミリエルの格好は白いお花の刺繍の入ったワンピースの上に、俺が貸したグレーのパーカーを羽織るというカジュアルな格好をしている。というのも俺は最初ミリエルの格好について色々考えていたのだ。もしもあの戦闘の格好しかなかった場合、どうやって彼女の服を揃えればいいのだろうかと。


まぁ女ものの服を買う分には百歩譲って行けるけれども・・・・・下着とか必要なのか微妙なラインだけれどブラジャーとかはさすがに勘弁してほしい。あの空間に男一人で入ったら死ぬね。絶対。


・・・・こんな感じで一人戦々恐々としていたのだが、それは無事杞憂に終わったのだ。どうやらミリエルは通常時白いワンピースを魔法で召喚しそれを身に纏って行動しているらしく、あとは上着かなんかを着せるだけで違和感ない服装になったのである。


これで万事解決とはいかないだろう。だが今後彼女自身がお店に行って自分の好みに合った服を買えばいいのである。今はその埋め合わせになれば十分であろう。


「おお・・・・きゅうきゅっ、きゅうきゅうしゃ・・・・怪我をした人を運ぶくるま・・・・」


ミリエルは椅子に座ったまま足をブラブラさせつつ本を真剣に読み始めた。なんだかその光景が微笑ましくて俺は笑みをこぼす。


「・・・・一週間後、その本でテストするからね、しっかり覚えるんだよ」


「てっテスト!!・・・・・うっ頭が!・・・・嫌な記憶が流れて・・・・」


なんだかミリエルが途端に唸りだしてしまった。そんなにテストが嫌なのか、気持ちはわかるけど・・・・


「結果次第で次のステップに進めるから・・・・早く外に出たければ頑張って覚えるんだね」


「わかってるわよ〜」


そう言ってミリエルはまた本を読み始めた。俺は邪魔をしてはいけないと思い、ベッドに横になって思案を始める。


考えることはあの夜の後、・・・・ミリエルによって彼女らの住む異世界についてと『異世界大戦』のルールを教えられた時の記憶が俺の頭の中で再生される。


あの夜、様々な驚きが隠せないままに語られた真実は、未治にとって、とても刺激的なものだったのだ。

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