第40話(完結)

 それからしばらく、色んなことへの後始末があって俺の身の回りはごたついた。

 例えば告白の顛末を報告してこよちゃんにこっぴどく叱られたり、気付けば校内での俺のあだ名が『彼女持ち』になってたり、嫌がる先輩にしつこく付きまとい過ぎた俺が危うく停学になりかけたり、いつの間にか結菜と詩織が付き合い始めてたり。

 母抜きの、父とだけ会って少し話をしてみたり。

 けれど、それらすべてを列挙することにはあまり意味がないように思えるので。象徴的な出来事をひとつだけ。

 あの屋上での告白からもう何ヶ月も経ったある夜に突然、姉貴が俺の夢へと尋ねてきた。

 考えてみれば当然かもしれないけど、その頃の俺にはもう姉貴の声も姿もはっきりしなくなっていて、記憶にも上手く残らなかった。

 姉貴の絵は先輩と一緒に、学校の焼却炉で燃やしていた。

 大したことは喋らなかったような気がする。最後に別れを告げられなかったことを軽く謝られて、それから尋ねられるままに俺の近況を少し話したら、何でもないことひとつひとつを、偉いねみずくん、と。昔みたいに褒めてもらえた。

 それから、ふとした拍子に感情が抑えきれなくなって泣き出してしまった俺を、姉貴は優しく抱きしめて、こう言ってくれた。

「正しく生きるって、きっととてつもなく難しいことだよ。頭ではこうするのが正しいってわかっていても、それを理解していることと実際の行動に移すこととの間には、大きく深い溝がある。世界にこうあって欲しいという祈りと、所詮こうでしかありえない現実とは、すごくかけ離れた位相にある。

 それでもみずくんが、私みたいな妄想を愛してくれていたことそのものは、きっと一生無駄にはならないよ。だって人は生まれた時から誰かの愛し方を知っているわけじゃないもの。私はいつまでもあなたの内側の深い場所に居座って、あなたが自らこの世界へと繋がり続けていられるよう、いわば愛の根源みたいなものを供給し続けるんだ。だからみずくんは安心して。この世界を憎んでもいいし、裏切ってみてもいい。誰かを傷付けても、傷付けられても。それでもあなたは生き続ける限り、この世界へと愛で繋ぎとめられているんだからさ。

 誰かを愛すること、世界を受け入れるっていうのは、結局はそういうこと。

 そして、いつしかあなたは、また別の誰かを愛で繋ぎとめることが出来るようになるんだ。例えその表層自体は口先だけの偽りでも、行為だけの紛い物でも。少なくとも私は、それこそが恥じるところなんて何ひとつない、誇るべき純粋な愛なんだと思う。ねぇみずくん」、


 人を愛するってきっと、とても素晴らしいことだよ、と。

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純愛0% 言無人夢 @nidosina

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