第5話「優姫が覚醒!? 守るために戦う勇気!」
〈前回のあらすじ〉
〈本編〉
「……ん……ゃん……ろちゃん、こころちゃん!!」
「はっ――!」
目を覚ましたこころの瞳に、暗い夜空が映った。
「こ、こは……?」
「川だよ」
戸惑うこころに、疲れた声で優姫が答える。
「痛っ……」
体を起こそうとして全身に走った鋭い痛みに、こころは思わず顔をしかめた。
「無理しちゃダメラブ! じっとしているラブ!!」
「う、うん……」
珍しく語気の強いラブリィの言葉に従い、再び河川敷で横になる。
「ミラクル、エスクリダオ」
ふと、こころはその名を口にした。
怪物との戦闘で消耗していたブレイブとハートを襲い、変身解除はおろか死の間際まで追い込んだ少女。
『対魔法少女戦用魔法少女型殲滅兵器 魔造少女ミラクルエスクリダオ』
ドラゴニアは彼女をそう呼び、『魔法少女殺し』とも言った。
(白い、髪……)
漆黒の中で輝くように浮いていた白髪のツインテール。
それが、こころの中で少し引っ掛かった。
「強かったね……」
強かったというレベルでは無いことを重々わかりながらも、優姫は小さく呟いた。
その頭の中では、あの少女の言葉が何度も繰り返されていた。
『守りたいと思って、それを成し遂げようとする……その『勇気』は評価する。でも、後先を考えない『勇気』なんて、『勇気』じゃない。そんなもので……何も守れやしない!!』
バトリィやラブリィ、そしてこころの願いを守りたいがために戦ってきた自分自身を、否定されたように感じた。
(また怪物が出て、あたしたちが行ったら、きっとあの子も――)
ドラゴニアが生み出す怪物とは違い、エスクリダオの標的はただ1つ、魔法少女である優姫とこころだ。
魔法少女になってから初めて、優姫は体の震えが抑えられないのを感じた。
◇◇◇◇◇◇◇
エスクリダオの実戦投入から約1ヶ月。
桜が周辺で咲き誇るリバーサイド中津里の屋上で、ドラゴニアは隣に立つ少女に目を向けた。
「本当に魔力の蓄積は大丈夫だな?」
「はい」
短い少女の答えに頷き、ドラゴニアは強く手を叩いた。
「よし、今日こそ頼むぞ?」
「はい……」
少女が見つめる中、新たな怪物が降り立つ。
「カーニー!!」
全身を硬い装甲に覆われたような出で立ちのドラゴンに、ドラゴニアは目を爛々と輝かせた。
「おお! 流石はアスモデウサ様とベルフェゴーラ様の残された魔導書にあった生物だ。イケてる魔獣になったぞ!! なあ!?」
「……そうですね」
同意を求められ、渋々と言った感じで少女は頷いた。
「カーニー!!」
『きゃあああああああ!!』
『助けてぇえええええ!!』
「怪物!」
「出た……」
サウスビル1階のカフェにいた優姫とこころは、すぐに店外へと出て怪物の姿を確認した。
「ラブリィ!」
「ラブ!」
即座に、こころはミラクルハートへと変身する。
しかし――
「優姫ちゃん?」
「え? あ、うん。バトリィ!」
一瞬呆けていた優姫がバトリィの手を握るが、何も起きない。
「え――?」
変身が、できなくなっていた。
「そんな、何で……?」
「どういうことラブ……?」
「わわわ、わからないバト!」
3人が戸惑う中、ハートは優姫を真っ直ぐ見た。
「優姫ちゃん。わたしが行ってくるから、優姫ちゃんはどこか安全な場所にいて。お願い」
「え、ちょっと待って!!」
くるりと踵を返して駆け出しかけたハートの手を、優姫は掴んだ。
「またあの子が出て来るのに、1人じゃ危ないよ!」
「優姫ちゃん……」
捕まれたその手で、ハートは優姫が必死に体の震えを抑えていることを感じ取った。
「……大丈夫。この間決めたじゃん。怪物を倒して、あの子が出てきたら、すぐに逃げる。あの子の目的はわたし達なんだから」
「そう、だけど……」
この1ヶ月近くの間、優姫とこころ、バトリィとラブリィは議論を重ねていた。
エスクリダオにどう対処するか。
どうやって先代の魔法少女たちの情報を手に入れるか。
このまま――魔法少女として戦い続けるか。
完全な答えが出たわけでは無い。
しかし、こころは言った。
『少なくとも、怪物と戦えるのはわたし達しかいない。それに、お姉ちゃんのことを諦めたくない』
エスクリダオとの戦闘は避けて撤退する。
それが、ひとまずの結論だった。
「大丈夫。怪物はすぐに倒すから」
「あっ……」
わずかに緩んだ優姫の手をすり抜け、ハートは再び駆け出した。
そして、暴れる怪物の頭頂へとドロップキックを見舞う。
「カニ!?」
「お、来たな」
「………」
三者三様の反応が返ってくる中、ハートは宙を舞って怪物の前に立った。
「想いあふれる心の光、ミラクルハート!」
いつもの口上を名乗り、さらに言葉を続ける。
「これ以上は、やらせない!」
「ハート・シューター!!」
「カーニー!!」
怪物に殺到する光弾。
その爆煙が晴れた時、ハートは驚愕の声を上げた。
「効いてない!?」
「フフフ、アタシの魔獣はパワー自慢でな! そこに『カニ』とやらの硬い装甲が合わされば無敵だ!」
「何で今日はマトモな怪物を出すの!?」
「『今日は』って何だ! アタシだってな、望んで変なヤツを出してるわけじゃないんだぞ! いや、違う! いつもマトモだろうが! 見た目が変なだけで! ……って、あれ?」
ハートの言葉に怒鳴り返していたところで、ドラゴニアはブレイブの不在に初めて気が付いた。
「おい、ブレイブとやらはどうした?」
「あなたになんか教えてあげない!」
「何だと!?」
さらに怒りのボルテージを上げていくドラゴニアの隣で、少女が小さく呟いた。
「ひょっとして、変身できない……?」
「何!? それは本当か!?」
「ひゃ、ひゃい!?」
唐突に振り返ったドラゴニアに肩を掴んで揺すぶられ、少女はガクガクと頷く格好になった。それを見て――少女自身は意図せぬことだったが――肯定ととったドラゴニアは、口の端を歪めた。
「と、いうことは……よし、今だ! 行け!」
「え……え?」
「良いから、早く! 1人しかいない内にアイツを倒せ!」
「は、はい――」
ドラゴニアに急かされ、少女は「ミラクルエスクリダオ」となって屋上から飛び立つ。
「こうなったら……ハート・バインド!」
「カニ!」
「ハート・ストライク!!」
「エスクリダオ・リフレクション――」
早期打倒を狙ったハートの攻撃の前に、またしてもエスクリダオが立ちふさがる。
ハート渾身の一撃はエスクリダオのシールドに阻まれ、怪物は拘束を解いた。
「そんな……エスクリダオ!」
「予想より早いラブ!」
「……ミラクルハート、あなたを倒す」
「くっ――」
それは、咄嗟の判断だった。いや、本能的な動作だった。
目で捉えられない速さで駆けるエスクリダオの拳を、ハートは交差した腕で受けた。しかし完全に受け止めるには至らず、そのまま殴り飛ばされる。
「う、あ……」
「カーニー!!」
「!」
地を跳ねるハートに迫る熱線。かろうじて避けたものの、スカートの裾が黒く焦げた。
「ハート! 撤退するラブ!」
「……まだ、ダメだよ」
「そんな!」
「ハート……」
近くの木立の影に隠れて優姫が見守る中、ふらつきながらもハートは立ち上がり、怪物とエスクリダオを見据えた。
その様を見て、エスクリダオが言葉を発した。
「あんたもバカなのね。あんた1人では、あたしとこの怪物には敵わない。それはもうわかっているはず。なのにどうして、まだ戦おうとするの?」
「……守りたいから」
「え?」
やや浅くなっていた呼吸を整え、ハートは落ち着いて言葉を返した。
「ママとパパとの約束も守れてないけど、まずこの街を守れてないから。お姉ちゃんの真似なんて嫌だけど、それでも、お姉ちゃんは街を守ったんだ……だから、わたしも街を守るまで、逃げるわけにはいかないの!」
「――!」
エスクリダオはしばらく言葉を失っていたが、ややあってから絞り出すようにして前回と似たことを口にした。
「守りたいと思って、それを成し遂げようとする……その『勇気』は評価する。でも、後先を考えない『勇気』なんて、『勇気』じゃない。そんな、もので……何も守れやしない……何も守れないんだ」
それはまるで、自分に言い聞かせるような、そんな様子でもあった。
そしてその言葉は、再び優姫の胸に刺さっていた。
しかし、ハートは笑った。
思わぬ笑顔にエスクリダオが戸惑う中、ハートはゆっくりと告げた。
「守れるんだよ」
「え……?」
「わたしのお姉ちゃんは、相手が今までの相手よりも強いかもしれないとわかってて、戦いに行った。そして守ったんだ。……わたしとの約束は守ってくれなかったけど。それでも、守りたいと思ったものは守れたはずなんだ」
ハートの脳裏に浮かぶのは、昨年のクリスマスイブのこと。
『アスモデウサとベルフェゴーラよりも、はるかに強そうな予感がするぜ』
『そんな! お姉ちゃんとひかるさんが苦労して倒した悪魔より強そうって……』
『行ってくるから、こころは先に帰ってて』
ハート――こころは、強大な悪魔が来ているとわかっていて、それでも迷わず駆けていった杏子――ルアの背中を見送った。
「だから、何も守れなくなんてない。ううん、守るために、どんな相手とだって戦うの!」
(そうだ――!)
ハートの言葉を受けて、優姫は初めて魔法少女になった時のことを思い出した。
あの時、ただ「守りたい」という想いだけで走り、守ったのではないか。
たとえ、それが命知らずであることに違いは無くても。
「……もう、やめて……」
「エスクリダオ?」
「もう、やめてえええええええええええええ!!」
「――!」
頭を振り乱して叫んだエスクリダオが、再び地を蹴った。
構えていたハートが発動した「ハート・バリア」の展開よりも速く間合いを詰め、その拳で再び殴り掛かる。
「何だと?」
数瞬の後、最初に言葉を発したのは、ドラゴニアだった。
「あんたは……」
「ブレイブ!」
驚愕するエスクリダオとハートの間に立ち、エスクリダオの拳を受け止めているのは、紛うこと無きブレイブだった。
「……そうだよ。あたしは守りたいの。ううん、守るんだ」
「くっ」
一旦距離を取ったエスクリダオの前で、ブレイブは静かに決意を固めた。
「バカだろうが、『勇気』じゃなかろうが、そんなの関係ない! あたしは、守りたい! ただそれだけなんだ!!」
そう宣言した瞬間、ブレイブの体が眩く輝いた。
「何だ!?」
「う――」
「な、何?」
「まぶしいラブ~」
周囲を明るく照らす光が収まった時、ブレイブの出で立ちはやや変わっていた。
もともとツーピースで軽装な見た目だったが、袖丈や着丈、スカート丈などが全体的に短くなり、足元には淡く輝く羽が付いた。
「満ちあふれる勇気、ブレイブフル!」
『ブレイブフル』の宣言と共に、ブレイブから強い波動が周囲に拡散する。
「な、何だ。ちょっと見た目が変わっただけか。やってしまえ!」
「カーニー!!」
「ご命令通りに」
明らかにブレイブの魔力が増大したことには気付きつつも、ドラゴニアとしては退くわけにはいかなかった。
エスクリダオが突進し、怪物の口内で魔力が高まっていく。エスクリダオがブレイブとハートを引き付け、怪物の熱線で焼き払う算段が瞬時に組まれていく。
「ブレイブフルカリバー!!」
ブレイブの求めに応じて瞬時に現れた大剣は、いつもとは違っていた。
そのサイズはブレイブの身長ほどにも達し、ささやかながら装飾が施されている。
「ダークネスカリバー!!」
エスクリダオも剣を呼び出し、ブレイブと切り結ぶ。
しかし、ブレイブの身のこなしはエスクリダオのそれを凌駕し、すぐに圧倒した。
(何だよ、何なんだよ!)
地団駄を踏むのは、ビルの屋上で様子を眺めるドラゴニアだ。
このまま戦い続けても負けるだけ――そんなことはわかっている。
だが、魔界とは違って怪物を創造する悪性魔力の収集に困る人間界では、一度出現させた怪物を「はい、わかりました」と言って消すわけにもいかない。
(エスクリダオを退かせるか?)
その考えをドラゴニアは却下した。
ただでさえ、エスクリダオのおかげで怪物は生き延びているようなものだ。
退かせてしまえば、怪物は瞬時に抹殺される。そうなってしまえば、悪性魔力の回収という点で困る。
(あぁ! もう!)
ドラゴニアは身悶えして髪をかき乱した。
消耗しているハートはブレイブのサポートに回っているため、実質的な戦力としてはブレイブ1人だ。ドラゴニア自身が参戦すれば状況の打開も見込めようが、
『あと、魔法少女との戦闘は極力避けること。貴方の実力は認めるけど、万が一のことがあったら困るから』
サタニア=デモニアの言葉がそれを止めていた。
ドラゴニアが頭を抱える中、戦闘はいよいよ終盤へと差し掛かっていた。
幾度目かの鍔迫り合いの末、ブレイブがエスクリダオを怪物の方へと飛ばす。
「ハート・シューター!!」
「くぅ……」
そこにハートの放つ光弾が炸裂し、一瞬の煙幕が生じた。
「たぎれ! あたしの勇気!」
大きく振りかぶったブレイブフルカリバーに善性魔力が満ちていき、巨大な剣を形作る。
「『超絶・ブレイブフルカリバー』ァアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
「「「やっぱり技名が適当!!!」」」
振り下ろされた巨大剣が、煙を、怪物の体を切り裂いていく。
「カーニー!!!!」
断末魔と共に、怪物は消滅した。
「クソ、退くぞ!」
「は、はい!!」
「逃がさない!!『ブレイブフル・ストリーム』!!」
「――!」
ブレイブフルカリバーの切先に集中した魔力が、転送魔術を発動しかけたドラゴニアへと一直線に向かう。
(フン、魔術の発動タイミングを狙うとは、良い判断だ。だがな――)
並行して防御魔術を発動しようとするドラゴニア。
しかし、そのドラゴニアと迫る光線との間に、エスクリダオが割って入った。
「エスクリダオ・リフレクション!!」
シールドを張ったエスクリダオだったが、魔力の残存量で劣るエスクリダオでは耐え切れず――
「あああああああああああああああああ!!!!!」
光に飲まれたエスクリダオの絶叫が一帯に響く。
エスクリダオの目元を覆っていた漆黒の仮面にヒビが入って行き、最後には粉々に砕けて散った。
「おい、エスクリダオ!」
フラリ、と揺らいだエスクリダオの体は、そのまま地面へと真っ逆さまに落ちた。
魔術をキャンセルしたドラゴニアが飛んでエスクリダオの元で膝をつき、ブレイブとハートも比較的近い距離まで駆け寄った。
「おい、大丈夫か!」
「う……申し訳、ありません……」
ドラゴニアに支えられながら立ち上がったエスクリダオの顔を見て、ハートはある名前を口にした。
「ルア……?」
「「「え?」」」
バトリィとラブリィ、そしてブレイブが聞き返す中、エスクリダオはハートに目を向けた。
改めて正面からその顔を見て、ハートは信じられない思いでもう一度その名前を口にする。
「ミラクル、ルア……お姉ちゃん」
「大、丈夫……っ!」
ハートに答えかけたエスクリダオは、慌てて口を押え、次いで目元に手をやった。
(仮面が――!)
全身から血の気が引いたのを、エスクリダオは感じた。
頭が真っ白になり、何も考えられなくなっていく。
何も考えられないのは、ハートも同じだった。
(まさか、嘘……)
全身から力が抜け、へたりとその場に座り込む。
「ハート!?」
(今だ――!)
ブレイブが慌ててハートに駆け寄った隙に、ドラゴニアは転送魔術を発動した。
「あ、待っ――」
ブレイブが言い終わらぬ内に、ドラゴニアとエスクリダオの姿は消えていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「………」
「………」
ドラゴニアは、ドアの隙間からエスクリダオの様子を窺っていた。
街外れの洋館に戻って以来、エスクリダオは部屋に籠って一歩たりとも出てきていなかった。
『ミラクル、ルア……お姉ちゃん』
『大、丈夫……っ!』
ハートの言葉と、エスクリダオの返答。
そして、その直後のエスクリダオの挙動。
さらに、今こうして部屋に籠って隅で体育座りをしていること。
(エスクリダオはあの魔法少女が探していたニンゲン、そしてあの魔法少女はコイツの――)
無意識の内に、ドラゴニアは胸元の黒く輝くペンダントに手をやっていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「………」
「………」
「………」
「………」
中津里駅近くの公園には、もう10分程度にもわたって気まずい沈黙が下りていた。意を決して、優姫がその沈黙を破る。
「あ、あの、さ……」
「間違い、だよね」
「へ?」
不意の問いに、優姫は答えられなかった。いや、不意で無くても答えることは難しいだろう。
なぜなら、その問いは――
「エスクリダオが、お姉ちゃんなわけないよね……?」
〈次回予告〉
次回、『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ Brave&Heart』第6話。
「ウソでしょ!? ミラクルエスクリダオの正体!」
あたしたちが、奇跡起こすよ!
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