第57話 16-4暗い世界に花束を
もはや、これが現実かゲームの世界なのかもわからなかった。場面は変わり、真っ黒な世界で向き合う潤、スオウの動かすアウル、そして手を握ったままじっと待っているハイデ。
「いくら念入りに作り込んでいても、あくまで人の手で作ったもの。ヒューマンエラーというのはつきものなのさ。その典型的な例が、そこに居るハイデ」
アウルの姿をしたスオウが、憎らしそうに吐き捨てた。
ぎゅっと握った手から、ハイデの強い意志を感じる。
「お遊びで作った妹のアバターが、突然ゲーム内に出てきた時は心底驚いたさ。対応に追われてメールなんか返してる暇もなかったし、シナリオを組み込んだ優秀なAI達がなんとか誤魔化してくれたから良かったものの……つじつまを合わせるために、俺がどれだけ寝ないでシステムを弄り回した事か」
ハイデの手が震えている。何か言いたげにも見えるが、いつもの言葉は伝わって来ない。口を少し開き、息を漏らして、そしてやめる。
「あぁ無理だよ、ハイデの音声データはとっくの昔に消したからね」
けらけらと笑うアウル。
「自分で作って声を吹き込んだとはいえ、耐えられなかったんだ。愛おしい妹の声で、妹のように振る舞うハイデの姿を、俺は直視できなかった。だから消した。どこで入り込んだのやら……おかげで新しいクエストを急遽追加するハメになったけどね」
一定の距離を保ったまま、笑っているアウルの目はとても鋭い。明確な殺意を感じる。
「穴だらけになった舞台で、よくもまぁ長々と踊ってくれたよ」
「……楽しかったか?」
「あぁ、十分楽しませてもらった。わずかな期待に賭けてアカウントを取り戻そうと必死になるお前の姿も、何度も何度もバレそうになりながら必死にアウルを隠してきたお前の姿も。俺はずっと見てきた。時にNPCに紛れ、時に誘導して。懐かしさすら感じたね。まるで、夜通しオンラインゲームをやっていた頃のようでさ」
五年にも上る付き合いの中、そうして二人は友情を培ってきたはずだった。そう思っていたのは潤だけで、スオウは最初から憎み、この時を待っていたわけだ。
ハイデが、意を決して潤の手を両手で握り、口笛を奏でる。
「……ははは、そうだ、これもお前は忘れてるんだもんな」
「…………?」
「妹と一緒に、三人で話した時の事さ」
ようやく、喉に深く刺さった魚の骨がとれたような気がした。
「配信の……俺の配信の、エンディングで流すBGMを作ろうって……」
「作曲なんかできもしないのに、慣れないソフトで作った不格好なメロディ。作った本人が忘れてるなんて、思いもしなかった。これもバグだ。俺が仕込んだプログラムにはそんなもの入れてない。そもそも、あの時のデータすら俺はもう持ってないんだから」
不快感を表に出すアウル。
「その口笛が鳴る度に、潤が目を閉じる度に、俺が監視するためにキャラに配布していた装備品を上書きされてね。全く、どこまで邪魔をすれば気が済むんだ?」
愛してやまない妹の面影を、苦しそうに睨んでいる。
ようやく理解ができた。駆け巡るフラッシュバック。ロベリアが気に入っていた指輪が消えていた事、手にアクセサリーをたくさんつけていたクロの腕が、ただのベルトに変わっていた事。あれは全てハイデが書き換えたものだったらしい。
「データの中にしか存在しない、偽物の妹がこんなにも愛おしくて、こんなにも鬱陶しいとは思わなかったなぁ。普段の動きや仕草は妹そのものなのに……声を奪ってもなお、こうしてお前と一緒にいる。お前のそばで、必死に何かを伝えようとする。生きてる時ですら、そんなもの無意味だったのに」
「ち、違う‼」
「何が違うんだよ、言ってみろ‼」
一気に距離を詰め、胸倉を掴み締めあげてくるアウル。目は血走り、ポリゴンと思えない程細やかな動きで怒りを表す。
「お前が妹に言った事、やった事、お前自身はずっと忘れてただろうが‼ 一人の人生を終わらせたんだぞ‼ それだけじゃねぇ、遺された俺の気持ちがお前にわかるか⁉」
「っ……」
ものすごい力で締め上げられ、足が地面から離れていく。
「お前にとっちゃ何気ない言葉だったんだろうな‼ 記憶にも残らない程‼ そんなクソみたいなお遊びに振り回され、いらぬ虐めにまで遭って、家族にも言い出せなかった妹の気持ちがお前にわかるわけねぇだろ‼」
「ぐっ……ぅっ」
「楽に死ねると思うなよ……例え身体が死を迎えても、お前の意識は、痛みは、五感は、全て俺の箱庭の中で永遠に生き続けるんだ……ははっ……はははははっ‼」
突き飛ばされ、地面に転がる潤。必死に酸素を求め、咳き込みながら這いつくばる。
「さぁ立てよ、勝負と行こうじゃねぇか‼」
高らかに宣言したアウルが、どこからかルナシスの持っていた武器を装備してこちらに笑いかける。跪いていた潤の身体を光が包み込み、ジャンのアバターへと変わる。
「なんの……はぁっ……つもり……だっ」
何とか立ち上がった潤に、アウルは投げナイフを突きつけた。
「来ないなら俺から行かせてもらうぞ‼」
踏み込んだアウルに、潤は立ち上がりハイデを突き飛ばした。
「危ない‼」
身をよじり頭を反らすと、目の前をナイフが過った。
「いい反応じゃねぇか‼ これならどうだ‼ あぁ⁉」
高くジャンプしたアウルから、ナイフがいくつも放たれる。左腕に装備した小さな盾ではじき返し、潤も駆け出した。
「くっそっ……やめろ‼ お前と闘うつもりはない‼」
着地したアウルの胸倉を掴み、剣も使わずに投げ飛ばす。地にナイフを突き立て踏みとどまったアウルは、醜く歪んだ笑顔を浮かべて立ち上がった。
「じゃあこれは? ほらよっ‼」
投げられたナイフが、立ち尽くしているハイデに向かう。
「馬鹿野郎‼」
既の所で手を伸ばすと、ナイフが数本腕に刺さるのを感じた。
「っ‼」
―潤‼―
「ぐっ……」
「はははっ、お前本当に単純だ、なっ‼」
次々に飛んでくるナイフに、避け切れないと感じたジャンはハイデに覆いかぶさった。背中が燃えるように熱い。
「まるでハリネズミだなぁ⁉」
―もうやめて‼―
「ハイ……デ……っ」
―……潤くん、わかった、私は平気―
「…………?」
―私を狙ってるようで、当てるつもりはない‼―
そう言って駆け出したハイデに、ナイフが飛んでくる。ぴたりと足を止めたハイデの周りを、ナイフは掠める事もなく飛び去って行った。
「はぁっはぁっ……くそ……」
腕に刺さったナイフを抜く。血は流れず、痛みだけが鋭く残る。
「なぁ、潤。知ってるか?」
ナイフを投げながら、アウルは問いかけてきた。
「はっ……‼」
転がるように避けるジャン。背中のナイフを抜き、立ち上がる。
「俺の虚弱は生まれつきなんだ。だから両親はいつも俺につきっきりだった」
射線上にハイデが来ないよう、逃げ回る。
「それでも腐る事なく、俺の回復を祈り、太陽みたいにいつでも笑ってくれた」
一気に距離を詰め、ナイフを直接振り下ろしてくるアウル。盾が間に合わず、剣で抑える。
「そんな妹を、世界で一番愛していたのは他でもない、俺だ‼」
「うっ……」
思い切り腹を蹴りあげられ、息が詰まる。うずくまった潤に、アウルはなおも攻撃をやめない。
「お前さえ居なければ‼ あいつは‼ 死なずに済んだ‼」
「ちがっ……ちがうっ…違うんだ‼」
「何が違うってんだ‼ 全部お前のせいだろ‼」
「本当は寂しかったんだよ、あいつは‼」
思い切り剣を振りかぶり、アウルへ切りかかる潤。
「でもお前のせいじゃない、親のせいでもない、全部病気にした神様のせいだって‼」
「お前に何がわかるんだよ‼」
「俺は聞いたんだよ本人から‼」
アウルの動きが止まる。
「そ、そんなわけあるか‼」
「嘘言う訳ねぇだろふざけんな‼ はぁ……はぁ……最後にあいつと話した時、確かにそう言ってた……はぁっ……」
「でもログにはそんなの残って……」
「お前が監視してたの、知ってたんだよ。だから、入院する隙を狙って死んだ。綺麗に、そのデータを消してな」
「そん…な……」
「確かに俺も、まさか死ぬなんて思ってなかったよ。だからいつもの相談なんだろうと思って、話半分で聞いてた。けど、確かにそう言った」
「…………」
「誰も幸せになれないなんて、こんな世界は間違ってる、お兄ちゃんじゃなくて私が病気になればよかったのに、そしたら誰も悲しまないのに、って」
「それは違う‼」
「そうだ違う‼ 俺もそう言った‼ お前が死ねば、悲しむやつなんかごまんといる‼ 俺だってそうだってな‼ けどな‼ 途中で切れたんだよ‼ お前が仕組んだ通話終了プログラムでな‼」
「はっ……⁉」
「だからあいつは俺のせいで死んだ‼ それは間違ってねぇんだよ‼」
今度は潤が飛び掛かる。油断していたアウルが、腕を交差させナイフで剣を受け止める。はじき返すだけの力はなく、じりじりとにじり寄っていく潤。
「俺のせいであいつは死んだ‼ ただの勘違いだってお前に笑えるか⁉ 俺は死ぬなって言ったんだ‼ 伝わらなかっただけで‼」
「そ……それじゃあ俺のプログラムのせい……」
「あれはあいつの為を想って、回線不良を装った終了プログラムだったんだろ⁉ 知ってるよお前のやりそうな事は‼」
「くっ……じゃあどうすりゃ良かったんだよ‼」
アウルの目が妖しく赤く光り、強靭な力で潤を思い切りはじき返した。
倒れ込み、ガードするしか出来ない潤に、それでも攻撃をやめないアウル。
―もうやめて‼―
ハイデが駆け寄り、涙を零しながら手を握る。必死に、祈るように、震えながら口笛を奏で続ける。
「やめろ‼」
ハイデに襲い掛かるアウル。なんとか力を込め、握った手を引き寄せ覆いかぶさる。背中に、衝撃と鈍痛が走る。全力で蹴られ、殴られ、ハイデにぶつからないようにそれでも庇う潤。ハイデは潤の下で、ボロボロと泣きながら震えている。
「お前の‼ その‼ 口笛が‼ プログラムをおかしくするんだよ‼ 偽物の癖に‼」
内側から、骨が軋む音がする。
「うっ……ぐふっ……うぁっ……‼」
「はぁ……はぁ……くそが……何度も何度も手間取らせやがって……お前の為だけに……はぁ……何人分のAIデータ吹き飛んだと思ってやがる……はぁ……」
「気が……済んだか……」
「なんだよ……まだ喋る力あんのか……はぁ……」
「お前……うっ……もしかして……げほっ」
気が遠くなる程の痛みに、息が詰まる。思うよう言葉が出ない。なんとか体を起こす。節々が嫌な音を立て、そのたびに引き裂くような痛みが走る。
「ハイデ……大丈夫か……?」
大粒の涙を零しながら、起き上がった潤の顔を両手で包み込むハイデ。その手から、震えと温かさが伝わってくる。腕の力が抜け、ハイデの胸に顔を埋めてしまった。
「わりぃ……力が……はぁ……」
起きようとするも、ハイデの腕が優しく潤の頭を包み、抱きしめられる。
体温だけじゃない、鼓動まで聞こえてくる。
「……そっか……ハイデ……ごめんな。俺が悪かった……俺が………それでも、信じてくれてたんだな……ごめん……」
優しいリズムと温もり。溢れ出る涙を止める事も出来ない。呼吸をするだけで体中が痛む。抱きしめて離さないハイデからも、涙をすするような音が聞こえる。
「俺の……夢に出てきたのも、お前だったんだろう、ハイデ? どうやったのかまるでわかんないけどさ……チートか……そっか……ははっ……チートなんかじゃないよ……俺をずっと守ってくれてたんだもんな……」
全てが繋がっていく。
アカウントさえ手に入ればどうでもいいと思って始めたゲーム、フローワールド。決して短くはない時間を共に旅した仲間達の顔が浮かぶ。
方向音痴で、甘い物が大好きで、大人になりきれずロベリアといがみ合っていたユリィ。
チャラい自分を演じる事で過去を乗り越えようとしていた、心根の優しいクロ。
空気が読めないふりしてなんでも笑い飛ばしていた頼れる男、カブト。
口数は少なくても、誰よりも仲間を案じて走り回っていたロベリア。
手のひらで転がされていた事が悲しいわけではない。彼らの、その全てがただのデータでしかなく、もう会う事は出来ないのかと思うとどうしようもなく寂しかった。
「ふんっ……気に入らねぇな……偽物だろうと、邪魔しようと、妹の面影を持ったままそいつにそれだけ必死になるなんてな……もういい、ハイデも潤も、ここですべて終わりにしてやる……っ」
背後から聞こえるアウルの声が、再び近寄って来る。
その時、黙り込んでいたハイデから言葉が流れ込んできた。
―潤……お願い……思い出して……―
「…………?」
―私の名前を、呼んで―
「ハイ……?」
答えようとしたその時。
早送りで巻き戻される時間。耳鳴りのような頭痛、エコーのかかった高い声が聴こえる。
『カレンダーの動物でハンドルネーム決めちゃうなんて、初めて聞いたよ‼』
音質の悪い、サイズの合っていないヘッドセットから聴こえる懐かしい声。
『面白いね、潤くんって』
顔も見えない相手の何気ない話でも、全力で笑ってくれた少女。
『私? 私はね……』
ぼやけて、いつまでも思い出せなかった記憶が、ハッキリと浮かんでくる。
『本に挟む栞に奈良の奈で、カンナ、だよ』
「……栞奈……かんな……カンナ……っ‼」
その瞬間、どこからともなく風が吹き込んできた。
「な……なんだこれ⁉」
潤とハイデを包むように風が舞い、花の香りが漂う。真っ暗な世界は光と共に白へと変わり、痛みが流れ出るように、身体が軽くなっていく。風と共に舞う花弁が大きな群れとなり、形を成してハイデの背中に吸い寄せられていく。
それはまるで、大きな天使の羽根のようだった。
「やっと、思い出してくれた……っ‼」
ハイデの口から、はっきりと美しい声で言葉が紡がれる。それは、潤の初めてのファンで、どれだけ辛く当たってもずっと慕ってくれていた、栞奈の声。
「嘘だろ……お前の声はとっくに消したはずじゃ……‼」
唖然とした表情で膝をつくアウル。目には大粒の涙が浮かんでいる。
声を取り戻したハイデが、悲しそうな表情で兄を見つめる。
「お兄ちゃん、もうやめよう?」
「やめろ……やめろ‼ そんな声で話しかけてくるんじゃねぇ‼」
気が狂ったように頭を掻きむしり、叫ぶ。
「人の記憶は、データじゃないの……お兄ちゃんがどれだけ消しても、私の声を覚えてる人がここにいる」
「やめ、ろ……」
「私の事を、覚えててくれる人がいる」
「やめてくれ……」
「私はずっと、お兄ちゃんの記憶の中で生きてきた」
「……忘れられるわけ……ないだろ……っ……」
「お兄ちゃんの思いも、全部見てきたよ」
「俺……俺はっ……お前の為を……思って……お前が悪いんだよ‼ どうしてもっと早く助けを呼ばなかったんだ‼ 俺を置いて‼ 勝手に死んで‼」
「うん……ごめんねお兄ちゃん……だから、あっちでもお兄ちゃんでいてくれたんだよね?」
「うっ……くそ……」
ハイデが見せる幻想を、潤は黙って見ていた。
「ルナシスの姿で……それを、潤くんの手で……それが、お兄ちゃんの、私に対する復讐だったんでしょう?」
振り下ろした剣で弾け飛ぶルナシスの姿。歪んだ笑顔で消えゆくルナシス、驚き、ブラックアウトしていく潤。スカートの端を強く握り、複雑な表情で涙を浮かべ立ち尽くすハイデの姿。
「やっぱり……見てたのか……」
力なく呟くアウル。
「ごめんね、潤くん。ハイデとしてのデータが、ずっと邪魔をしてたの……」
綺麗な白髪をなびかせ、花の香りをまとい優しく笑うハイデを、潤はただ見つめていた。
「ハイデのデータを何度も消して、それでも消えないデータに、お兄ちゃんがずっと上書きし続けて……そのたびに、私は自分を見失いかけてた。ハイデって可愛い少女を演じるしか、なかったの」
「だから……」
潤の事を良く知るハイデ、何も知らないようにゲーム内での役を全うするハイデ、その理由が見えた。
「でも、潤くんはずっと、私……栞奈に気づかなくても、ハイデの言葉を拾ってくれたから。私が時間をかけて隠し続けてきた、データ復旧パスを、何度でも拾ってくれたから」
度々ハイデの言っていた言葉を思い出す。
『私の名前を呼んで』
ハイデの中に生きる栞奈の希望を、知らず知らずのうちに潤は何度も拾い上げていた。例え正体に気づいて貰えなくても、必死に救おうとしてくれていた。内に秘めた思いを、何度上書きされても消えずに残っていた栞奈の意思を、望みをかけて発動キーにしていたその思いを、やっと理解した。
潤の目から、次々に流れ出す涙。後悔と懺悔が混ざり合い、言葉にならない。
今の潤があるのは、出会った時からずっと支えてくれた栞奈のおかげではないか。嫌な事があれば悪態をつき、面倒になれば適当にあしらい、潤のせいで虐められても心配かけまいとずっと黙っていた。
誰よりも寄り添い支えてくれた栞奈の事を、意図的に記憶の隅においやって、増えるフレンドの数字しか見えていなかった潤を、死してなお想い続けてくれた栞奈。
潤と触れ合う度に、潤と目が合う度に、肉体を失い声を奪われてもずっと、潤にメッセージを送り続けた彼女の姿。
「パスなんか……どう……やって……」
力なくへたりこむアウルが、ぽつりと呟いた。
「なんだ、やっぱり気づいてなかったのか……」
軽くなった体を起こす潤。ハイデに支えられ、立ち上がる。真っ白な景色が、一層光って見える。
「ハイデ……と、その中に宿っていた栞奈の意思が、ずっと俺にメッセージを送ってたんだよ。声じゃない、言葉で」
止まらない涙を拭い、震える声で言い放った。
いくつもの危機を乗り越えてこられたのは、ハイデの中で栞奈が懸命にデータの改ざんを行っていたからだった。兄の箱庭の中で、バレないように動かなければならない。仕込んだ復旧パスを、声の出ないハイデに代わって潤が言う必要があったのなら、今までのやりとりをスオウが知らなかったのも無理はない。
「そんな、馬鹿な……じゃあ、最後にAI達がハイデと会話してたのも……」
「聞こえてなかったのはお前だけ、みたいだな、スオウ」
「そ……そんな……そんな……俺は、栞奈をずっと……なのに……俺には何も言ってくれなかったじゃないか……どうして……」
アウルの姿をしたまま絶望の表情を浮かべ、力なく頭を垂れる。潤の手を握ったまま、ハイデはふわりと宙に浮いた。
「ごめんね、お兄ちゃん。心配、かけたくなかったの……こんなにも想ってくれて、ありがとう。だけど、もう、行かなきゃ。潤くんは、沢山の人に、希望を与え続けてる。潤くんのおかげで救われた命がたくさんある事を、私は知ってる。生きる希望を与えてくれる、特別な人だから」
「でもお前……お前は……」
「ごめんなさい、さよなら、お兄ちゃん……私は幸せだったよ……」
大きな翼を広げ、優しく暖かい風が潤とハイデを宙に浮かせる。
眩しい光の方を目指し、風を切って飛んでいく。
足元に、遠く小さくなっていくアウル……スオウを残して。
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