第55話 16-2暗い世界に花束を

「さぁ、審判の時が来たようだね」


 制服姿の男が、箱を投げ捨て言い放つ。帽子を深く被り、顔は見えない。


「遅かったじゃないか、お前」

「おや……生き急ぐのは良くない癖だよ、もう少し待ちなって。舞台を整えようじゃないか。お客さんもいるようだしね?」


 ハイデを見てにやりと笑った男が指を鳴らすと、世界が混ざり合い溶けあうようにぐるぐると回転を始めた。

 不思議と、潤は落ち着いていた。ハイデの体温が手から伝わってくる。

 玄関にいたはずの三人は、フローワールドへ飛んでいた。初めて皆で集まった空き地。ハイデと男がそこに居る以外は、何も変わっていない景色。そこにジャンの姿。クロに背を叩かれ、ぎこちない笑みを浮かべていた。


「なんの茶番だ?」

「思い出してもらう為の、走馬燈さ。お前はずっと審判を受けてきた。身に覚えはないか? いくつものヒントが転がっていたはずだぞ?」

「…………」

「仕方ない、場面を変えよう」


 再び指を鳴らす。今度は、小さな小屋の中だった。

 部屋の片隅で、ジャンとロベリアが会話をしている。


『ジャンは、人を追い詰めたりしないでね』


 ロベリアの声。


「まだわからないか?」

「…………」

『自分が知っている事が全てだと思わないで。NPCと違って、関わっていない間もそれぞれの人生を生きている。そこに年齢なんて関係ない。子供だから、女だから、そういうのは、区別にも差別にもなりうる』


 ロベリアの声が、不自然なほど反響している。

 身に覚えがないわけではない。だがしかし、そんな事はあり得ないと思いたかった。これだけ非現実的な状況下でも、現実味を追ってしまう自分がいる。足元が不安定になって、どうにか地に足をつけようと足掻いているような心境で。


「お前は過去に、人を追い詰めた事があるな? 忘れたわけじゃあるまい」


 フラッシュバックする。


『学生でいられるのも今のうちだぞ、■■■。まだ若いんだから』


 過去の自分が、誰かにそう言い放つ。


『この前もそうやって休んでただろ? 俺もそうだったからわかるんだよ、■■■。逃げたくなってもな、逃げちゃいけない時があるんだって』


 不鮮明な記憶。通話越しに、誰かに言い放ったその言葉。


「思い出したか? いや、まだだ、まだ足りないな」


 指を鳴らす男。

 切り替わった世界は、酒場。カブトと話し込むシーン。


『選ぶ側の人間だとばかり思わないようにな。人との繋がりってのは、片方だけが必死に取り繕ってもどうしようもない時がある。後悔しても、遅ぇんだ』


 カブトの声が響く。

 思い出す、遠い昔の出来事。


『あぁ、連絡来なくなったな。忙しいんじゃね? ほら、学校サボってただろ、■■■。この前俺から結構ハッキリ言ったから、行くようになったんじゃないかねぇ』


 またも通話越しに、誰かに話している潤の声。


「ははは、まだあるぞ」


 指を鳴らす。

 自室で、クロと話している自分の姿。


『もし……もしお前も誰かを演じてる時があるなら、本来の自分を見失わないようにな。そのままでも受け入れてくれる世界が、きっとあるから』


 雑音が消え、綺麗に聞こえてくるクロの声。

 痛みを伴うぼやけた記憶。


『俺がここに来るまで、どれだけ大変な思いをしたと思ってんだ‼ わかるか⁉ わからねぇよな‼ ■■■‼』


 顔も見えない相手に、マイクを咥える勢いで怒鳴りつける過去の潤。

 無言で指を鳴らす男。


『優しさのつもりでも、それが誰かを傷つける事は往々にしてあるわ。いつか恨まれてしまう事も、ね』


 カフェで悲しそうに呟いたユリィの声が、こだまするように響く。

 こめかみを両側から締めあげられるような痛み。


『■■■がもっと大人になったら、な。きっと思春期だろ、きちんと色んな経験をして、それでもって言うなら俺はここで待ってるから』


 すすり泣く声を聴きながら、通話終了アイコンを押す過去の潤。


「…………どうだ、思い出したか?」

「……全部知ってたのか。なるほどねぇ」

「俺が誰だかわかんないか? 本当に? そうかそうか、じゃあこれならどうだ?」


 目の前の男が、くるりと回って見せる。


「慣れ親しんだこの姿、返してほしいんだろ?」


 高らかに響くアウルの声。きらびやかな衣装で、爽やかに笑うアウルのアバター。


「どこでそれを……‼

「どこって、わからないか? お前はこれを自分一人で作り上げたと? とんだ大馬鹿野郎だな。本当になにも変わっちゃいない。俺はずっと、そんなお前が大っ嫌いだったんだよ、潤」


 アウルの顔が醜く歪み、アウルの声で暴言を吐く。

 潤はそこで初めて、腹に力を込めて叫んだ。


「うっせぇよ黙れ、わかってんだぞスオウ‼」

「……なんだよ、わかってんじゃねぇか。いつから気づいてた?」


 潤の言葉に、ニンマリと笑うアウルの姿。


「日付超えてから配達に来る業者が、あると思うか?」


 ほんの数日前、路地裏から突然ログアウトさせられた日の事を思い出す。あの日、ちょうどそのタイミングで訪れた業者。時間はとっくに0時を過ぎていた。


「なんだ、つい最近じゃないか。やっぱり馬鹿だな、お前は」


 潤の手を強く握り締めるハイデ。ずっと、すぐ隣で、何も言わず立ち尽くしている。


「馬鹿で理解力のない立花潤くんの為に、ここはひとつ、昔からの大親友スオウくんが昔話をしてあげようか」

「なにが大親友だ……」


 アウルの姿でけらけらと笑うスオウ。指を鳴らし、懐かしい潤の実家へと飛ばされる。

 そこには、まだ幼い顔をした潤の姿があった。

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