第43話 12-3流浪の詩人ルナシス

 久しぶりに五人のパーティメンバーだけで食事を摂る。

 ハイデはルナシスに誘われ、本屋に行くと言って出て行った。危険はないか心配したが、むしろ今は離れた方がいいと思い直し、こうして全員での食事をしている。


『どう思う?』


 ロベリアが口を開く。誰に向けられた言葉でもなく、誰かが答えるべき質問だった。しかし誰も答えようとしない。少しだけ間を置いて、ジャンが答える。


「運ぶってあたり、ちょっと引っかかるというか……」

『そうねぇ……ましてや墓地でしょう?』

『あんまりいい予感はしねぇな……NPCの死亡イベントはいくつか見てきたが……』


 カブトはそこで言葉を切った。

 ここまで、メインやサブを問わず何度か死亡イベントがあった。

 それは、冒険に出たままの父が帰ってこない事を心配した少年に依頼され、見に行けば既に亡くなっていたクエスト。

 ある時は、道端で倒れていた旅人に声をかけると、次の街に住んでいるという家族へ宛てた手紙を渡される一方通行のおつかいクエスト。

 またある時は、薬を頼まれ持ち帰ったところ間に合わず、その薬が報酬になったクエストなど。

 そのどれもが、心の痛くなるような内容だった。しかし、今回のクエストはそれ以上の、妙な胸騒ぎが付きまとう。気づけば付き合いの長くなっていたハイデの、少なくとも心を許しているだろう大事な相手。血縁でなくとも、じゃれている様子はどう見ても兄妹である。


『あのナルシストが死ぬとはまだ決まってない……だろ?』


 クロが無理に明るくしようと試みるも、本心からそう思っているようには見えない。


『護衛なら護衛って出ると思うわ……運ぶという表現をしたのが、どうにも……』


 ユリィの言葉が、ここにいる全員の総意で間違いなかった。


『もし本当に奴が……奴が死ぬんだとしたら、ハイデ嬢ちゃんはどうなるよ?』


 カブトが言葉に詰まる。カブトなりに考えて発言しているようだった。


『ここでさよなら、かもしれない』

『一連のイベントがここで終わるのか……』

「無きにしも非ずだね。ハイデにとってはお兄ちゃんだろうし、もし本当に死んじゃったら、離れたくないと思うのも当たり前だと思う」


 ジャンがそう言うと、部屋はまた静寂に包まれた。重苦しい空気が流れる。

 味のしない食事を、ただ細かく砕いて飲み下すだけの作業。空腹も満腹もない、数値上の回復を目的としただけの食事。各々思うところがあるのか、食が進まない。


『結局、なんなんだろうな、このクエスト。数字がない事に関しても、運営は検証中としか言わなかったし』


 めげずにクロが語る。手元の皿は既に空になっており、積み重ねて隅に寄せられている。勢いで流し込んだのだろう。


『検証中ってのが気になるよなぁ。もともと振ってあった番号が抜けてるなら、今までのメインクエストに穴があってもおかしくねぇだろ? でもメインは全部連番になってる。サブだって、全部に番号がついてんだ。取り逃しは今のところないはずだぞ』

『実装するかどうかまだ迷ってるのか、とも考えた。だけど、それにしては出来すぎている。ユーザー名変更のアイテムは、テスト段階を理由に実装されていない。ハイデは喋れないけど、受け答えはできてる。次のクエストも出てる』


 それぞれが考えを述べる中、ジャンは一人黙って考えていた。

 ロベリアが言うように、ハイデはキャラクターとしてきちんと動いている。ジャンとだけ意思の疎通がとれている事や、アウルを知っていた事も含め謎があまりにも多すぎる。

 ジャン、ではなく、潤やアウルを知っていたわりに、その直後には全く知らない素振りを見せていたハイデ。ゲーム内のジャンに話しかけているのか、現実の潤に話しかけているのか、時々わからなくなる。かと思えば、ハイデというゲーム内キャラクターに沿った動きも見せる。

 ここで皆に全てを話して、それぞれの考えを聞く事も考えたが、それには危険が多い。特にクロはアウルをよく知っている。アウルではなく、ジャンとして心の内や過去の話をしてくれた事も含めて、ここで正体を明かしてもいいものか。まだその時ではないという思いも消えない。それなら、いつか話す時がくるのか、と自問するも、その答えも出ない。

 ハイデについての疑問はまだある。変更が不可能と言われていた五感機能の緩和を実現させる祈りの力。それまでに蓄積した疲労まで拭い去るというのは、半ば現実世界へも干渉しているのではないだろうか。運営が何を企んでいるのか、わからない事があまりにも多すぎる。

 そんな事を考えていると、ドアを開ける音と高らかな声が飛び込んできた。


「たっだいまー。はぁー疲れた、まったく、こんなにたくさん本を買って読み切れるのかい?」


 ノックもせずに入って来たルナシスに、全員が身構えた。


「おや、まだ食事の途中だったようだね、すまない」

『いやぁ構わんよ。そんで、目当ての品は見つかったのかい、嬢ちゃん?』


 ルナシスの背後からひょっこり顔をだすハイデ。両手が塞がるほどの本を重そうに抱えているルナシスに反して、ハイデは手ぶらでにっこりと上機嫌そうだった。


「ハイデが探してる本、なかなか見つからなくてねぇ。散々歩き回って、それでも見つからなかったよ。その代わり、本屋に入る度に『ついでだから』って言わんばかりにぽいぽい本をボクの手に……」

『よくそれだけの量が買えたわね』

「言ったろ? ボクはこの街に長く居座ってるけれど、何もしてないわけじゃない。それなりに仕事はしてるのさ」

『例のマッサージって奴か?』

「いやぁ、それは副業みたいなもんさ。本業は別。今夜も仕事があるから、残念だけどハイデはお留守番だな。良い子にして待ってるんだぞ?」

―本を置いたらさっさと出て行けばいいのに―

「そんな顔するなって、なるべく早く帰って来るから、な?」

―都合よく受け取るんだから、もう……―


 ハイデはルナシスから本を受け取ろうとして、あまりの重さにふらついている。これだけの本がハイデに降りかかれば、体中が傷だらけになってしまうだろう。ジャンが立ち上がり、代わりに受け取った。


「へぇ、ハイデが懐くだけあるね、君。名前は?」

「ジャン。言ってなかったっけ?」

「どうだったかな、すぐ忘れてしまうから、ボクは」


 積み重なった本を、崩れないように上から少しずつ手に取っていく。課金で拡張していたジャンのポーチに次々と書物が追加されていく。どのアイテムにも重量と大きさが設定されていて、全てを受け取ると空きがほとんどなくなってしまった。


「さすがにもう少し拡張するかな……」


 拡張限界までまだ余裕があったはず、そう思いながら、一つ一つ整理していく。自動で整理する機能が備わっているが、配置をわかりやすく自分の手で置き換えるのがジャンの癖だった。

 並べながら、特に気にも留めていなかった本のタイトルに共通点がある事に気づいた。


【フロー神話】

【ドレンジア地方の歴史】

【時の仕組みを紐解く哲学】

【花に込められたメッセージ】


 どれも、この世界、フローワールドの設定資料のようで、運営が用意したこの世界をよく知る為のユニークアイテムのようだった。


「ハイデはファンタジーよりこういう書物の方が好きなのか?」

―おとぎ話も好きだよ。でも、今はこの世界をもっと知りたいの―


 他のメンバーの手前、全く意味のない身振りを加えて伝えてくる。そうでもしないと、ジャンが答えられない事を心得ているのだ。


「そっか。勉強になっていいんじゃないかな」

「……ハイデの言葉がわかるんだな、君は」


 少しだけ低くなったルナシスの声が響く。顔を見ると、悲しそうな、辛そうな、複雑な表情をしていた。


「わ、わかるって言っても何となくだよ。僕の受け取り方がハイデの本当に伝えたい事と合ってるかどうかわからないし」


 焦って答える。それに納得したのかしてないのかわからないが、ルナシスはそれ以上問い詰めてくるような事はなかった。いつものトーンで、貼り付けたような笑顔を浮かべる。


「さ、ボクはそろそろ仕事に行かなきゃね。それじゃ、みんなゆっくり休むんだよ。ここのベッドはなかなか寝心地がいいんだ、きっといい夢が見られるさ」


 最後にハイデの頭を軽く撫で、鼻歌交じりに部屋を出て行った。


『……ジャン、どうする?』

『仕事について聞けば良かったな、外はもう真っ暗だぞ』

『おいら嫌な予感しかしねぇ……』


 ハイデにせがまれ一冊だけ本を出して渡した後、ベッドに飛び乗り早速本を広げたハイデの姿を見ながら、考えていた。ジャンにとっての不安要素は、カブトやクロの言うものだけではなかった。言い表せない違和感がある。強いて言葉にするのであれば、違和感がない事が違和感になっている。この引っかかりが何なのか、説明がつかない。


「後をつけるのも手だけど、ハイデを連れて行くわけにはいかないだろ?」

『そりゃ、まぁ……じゃあ手分けするか?』

 どうするのが最善なのか整理もつかない頭を掻き、元の位置に座って残っていた食事を流し込む。全て食べきるまでに、そう時間はかからなかった。

「よし、じゃあカブトはハイデを見ててくれ。それからクロも。あとは……ロベリアにも一応居てもらおうか。いざとなれば遠距離での攻撃力もあった方がいいだろうし。ユリィ、一緒に来てもらえる?」

『えぇ、もちろんよ』

『よりによって五感の利く二人で行くのか?』

「その五感があった方が良いんだよ、尾行だしね」


 いまいち納得できていないクロに、続けて話をする。


「緩和されるだけで全くなくなるわけじゃない。いくら明るい街だと言っても、匂いや気配はわかる方が良い。ただ念のため、出る前にもう一度ハイデの力を借りよう。どのくらいの時間になるのかわからないけど、途中でバフが切れたら大変な事になるからな」

『なるほどねぇ』

「ユリィもわかるだろ、あのルナシスって男、香水みたいな匂いがすごく強い」

『そうね、ハイデちゃんの祈りがまだ効いてるけど、それでもわかるくらい強い匂いがするわ。まるで何かを隠してるみたいに』


 胸騒ぎが収まる気配は全くない。正直、恐怖心はまだある。ハイデと離れる事も心配だが、高火力アタッカーや防御の鬼が三人もついていれば大丈夫だろう。ここは仲間を信じるしかない。


「よし、早速準備をして出よう。何かあったらチャットで声をかけてくれ。なるべく見るようにするから」

『わかった』

『気を付けるんだぞ、二人とも』

「ありがとう」


 隣の部屋からルナシスが出て行ったのを確認して、準備を進める。既に本の世界に入り込んでいたハイデを説得して祈りを行うのは少々手間取ったが、クエストがあるからと説得して祈りを行った。目を開き、違和感の元を探そうと目を走らせる。今回も、その大元はわからなかった。装備を確認して、ユリィと二人、宿屋を後にした。

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