第42話 12-2流浪の詩人ルナシス

「へぇ、それでボクを探してたのか。そりゃあご苦労様」


 無事に街へと到着した一行は、ルナシスに案内されしばらくの拠点となる宿屋へ入った。隣の部屋にずっと居るらしいルナシスは部屋を訪れ、我が家のように寛いでいる。


『ハイデの声、聴いた事があるって、シスターが言ってた』

「あるよ」


 あっさりと言い放つ。


「随分前だけどね。ハイデがあの教会に来たばかりの頃、ボクが世話役をやってたんだ」

『じゃあ、ハイデちゃんは声が出ないわけではないのね?』

「どうだろうなぁ。ボクも聞いたのは一度だけだったし、それ以降はこの通り、なんにも話さないからさ。話せないのも同然だと思うよ」

―ルナくん変な匂い……―


 当の本人、ハイデの言葉が伝わってくるジャンは、どんな顔をして話を聞けばいいのかわからなかった。ただひたすら、吹き出しそうになるのを堪える。


「それにしても、ハイデが大人しくついてくるなんてね。ボクが誘った時には来てくれなかったじゃないか?」

―だってくさい……―

「またそんな顔して。あーあ、反抗期かなぁー、お兄ちゃん悲しいなぁー」


 これを笑わずにいられるのは、もってあと数分だろう。出来るだけ話を真剣に聞かなくてはならないのに、口元が緩んでしまう。平然を装い、肘をつく形で口元を隠す。


『随分と軽いお兄さんね……』

『クロみたい』

『え……俺こんなに酷いの……?』

『大差ない』


 いつものように毒を吐くロベリアを見て、ルナシスが満面の笑みを見せた。


「そこの子猫ちゃんはずいぶんとツンデレなようだね? 少し背伸びをしたような気丈さがとってもチャーミングじゃないか」

『…………』


 ロベリアの顔が明らかにひきつる。


『気持ち悪い……』

「そうそう、ツンデレってのは割合が大事なのさ。デレを求めて多くしがちだけど、ツンが多いからこそデレた時の喜びがあるってもんだろ?」


 当のルナシスは全く気にしていない様子で、詰まる事もなくすらすらと言ってのける。


「そちらのご令嬢は高嶺の花ってとこかな? 旅なんかしてると身体が固まって仕方がないだろう、そうだ、ボク実はこの街でマッサージをやりながら小銭を稼いでいるんだけど、良かったら……」


 スパーン。

 軽やかな、それでいて痛そうな音が、弾けるように部屋に響いた。


―教会に居た頃より酷い‼―


 ハイデの手には、クロが渡していた書物。それがあまり分厚くなかった事に、一種の優しさを見た気がした。偶然持っていたのが薄かっただけかもしれないが。


「なんだよハイデ、ヤキモチかい? それにしては優しい感じっ」


 ガッ。

 やはり、偶然だったらしい。辞書ほどもありそうな分厚い本の角で、思い切り殴った。


『すげぇ……ハイデがこんなにわかりやすいアクション起こしたの初めて見た……』

『気を許している証拠……なのかしら……』

『本心から殴っている。あたしにはそう見える』

―会えてよかったと思った私が馬鹿だった―

「その辺にしといてやりな、ハイデ」


 ジャンの声にはっとして、それまでルナシスの隣にいたハイデが駆け寄ってくる。いつも以上にぴったりとくっつき、腰を下ろした。


「いたたた……ボクの綺麗な髪が血に染まったら、何人の女性が心配するやらわかってないな、ハイデ……」

『ルナシスってよりナルシストって感じだな、ある意味尊敬するほどの自信……』

「んー? 君は確か、フロ?」

『クロ‼』

「そうだったそうだった、いやぁすまない、男の名前はうっかり忘れちゃうもんでね。で、君も似たような匂いがしたけど、どうやら違ったようだね?」

『女好きって意味では、似たようなもの』

『だからここまで酷くないっての‼』

「そうさ、シロ君はもっと自信を持っていい‼ ボクほどではないけれど、磨きをかければ女の子が自ずから寄って来るもんだよ」

『クロだって……はぁ、なんだろう、こいつと喋ってると疲れる……』

―神様に叱られたらいいのに、なんなら数十回は天罰を喰らわせてもいいくらい―


 いつも以上に力の入っているハイデの手から、並々ならぬ勢いで言葉が伝わってくる。

 そこで、新たな事実に今更気づいた。

 ジャンから離れていても、ハイデの言葉がわかるようになっている。

 今までは、手を繋いでいるか目を合わせていない限り、ハイデの思いが伝わってくる事はなかった。それが、今は少々距離が離れても十分なほどに浮かび、消えていく。

 妙な胸騒ぎを感じハイデを見るも、ハイデはルナシスを見て眉間に皺を寄せるばかりで、ジャンの視線には気づいていないようだった。


『ジャン、クエスト』


 ロベリアの声で我に返り、左手で冒険手帳を開きクエストタブを確認する。

 そこに表示された文字は、やはり番号がなく簡素なものだった。ただし、クリア条件がはっきりと載っている。


「赤く染まる純白の花……条件……ルナシスをウィント・チェルの地まで……」


 その先に書かれていた文字は、「運ぶ」。


『どういう意味だ? 護衛じゃないのか?』

「ん、どうしたんだい君たち、急に難しそうな顔をして」


 ルナシスにはメニューが見えていないのだろう、不思議そうな顔をしてこちらをみている。なにか不穏な空気を感じたが、カブトを見ても、ユリを見ても、下手な事は言わない方がいいという意思を表してジャンを見ていた。


「いや、なんでもないよ。ちょっと聞きたいんだけどさ、ウィント・チェルって場所、わかるかな?」

「もちろん知ってるさ、このあたりで一番大きな集合墓地だからね」

「墓地……?」

「あぁ。この周辺の街は人の行き来が盛んだから、道半ばで事切れてしまう人も多いんだ。そんな無縁仏を弔う為の墓地。それがどうかしたのかい?」


 誰も、答える事は出来なかった。

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