流浪の詩人ルナシス
第41話 12-1流浪の詩人ルナシス
『いやぁ、聞かない名前だなぁ』
「そうですか……ありがとうございます。どうぞ、お気をつけて」
街へ向かう道すがら、行商人と遭遇する事が多かった。この先になる目的の街は貿易が盛んらしく、同じ方向を目指す者も、逆にすれ違う者も多い。時にそれがサブクエのフラグにもなっていたりと、当初一日で到着する予定がなかなか前に進めずにいた。
『うーん……やっぱり、もう片方の街だったのかしら?』
『まだわからない。行ってみないと』
『つってもなぁ、それだけ人が行き交う街なら、仮に居たとしても探すのは大変そうじゃあねぇか? おいらやユリィちゃんなんか、一発で迷子になっちまうぞ』
『探す側が探される事になるなんて笑い話にもならねぇよ』
遭遇する敵も少しずつ強くなっているが、ハイデの力でかなり戦闘が楽になった。
ジャンは当初予定していた前衛のアタッカーに回るようになり、完全に攻撃スタイルで進んできたクロもそのまま前衛に、後衛ではユリィとロベリアが援護してくれる。
ただし、ハイデを守るという一点でカブトやジャンは同時に攻撃をする事は出来ず、代わりにハイデは口笛で全員の体力ゲージを徐々に回復させてくれていた。護衛という意味では気を遣う事になるが、難易度はそれほど高くないのが救いだった。
さらに、戦闘に関わらずユリィやロベリアに触れられない事に変わりはなく、ハイデの祈りをきちんと発動するにはその度にジャンが歌う必要があった。口笛だけではユリィの五感機能を抑える事はできず、数時間に一度は休んで歌う羽目になっていた。
ログアウトしてからもメロディを思い出そうと調べたが、そもそも音楽の知識などほとんどないジャンがどう調べていいのかもわからず、思い出せないままだった。
―ジャン、そろそろ祈りの時間―
そして、ハイデとの会話も相変わらずだった。
「よし、休憩」
『いいの? もう少し行けば街が見えてくるはずよ?』
「祈りの効果が切れると進みが悪くなるし、なにより危険でしょ?」
そう言うと納得したようで、道を逸れて休める場所を探す。
『あっちの木陰はどうだ?』
「いいね、そこにしよう」
カブトの示す先に見えた大きな木を目指す。辺りは草原で見晴らしがいいが、その木は樹齢数十年は軽く超えていそうなほど大きかった。
「……あ、でもここだと印がつけられないな」
柔らかい芝を踏みしめながら呟く。ちょうど良さそうな木の枝は見つけられたが、雑草や小さな石が邪魔をして模様を描く事は難しそうだった。
―色のはっきりした砂とか、ない? 塩でもいいけど―
「…………」
下手に返事をしてしまうと、また会話を不審がられてしまう。目で返事をしつつ、インベントリの中を探した。
『何か、探し物?』
「ん、あぁ、なんか代わりになるものないかなって。こう、石灰みたいな」
『なっつかしいな、あれだろ? 学校のグランドとかで使ってた』
「そうそう、それならここでも使えるんじゃないかと思って」
あたかも自分が思いついたかのように言うのは気が引けたが、ハイデとの意思疎通についてはまだ慎重に考えている最中だった。いつかは言ってもいいんじゃないかと思い始めているが、考えがまとまるまでは待った方がいいだろう。
『お、いいの見っけ』
クロがポーチから取り出したのは、スケルトンの魔物が落とした骨粉だった。特に効果のあるアイテムではなく、恐らくクエストアイテムだろう。
「使っていいのかな、クエストで必要になったらどうする?」
『大量にあるから足りるだろ、ほらよ』
虹色のブレスレットが揺れるクロの手から投げられた小さな袋を、落とさないよう受け取る。なんとなく直接触るのは躊躇い、一気に出ないように袋の口を絞って傾けた。
「ユリィ、じっとしててね」
『はいはい、お願いねぇ』
ユリィの周りをぐるぐると回りながら、手際よく骨粉を撒いていく。何度も見ているうちに模様を覚えてしまい、ハイデがやるより早いという事でジャンの仕事になっていた。
「よし、こんなもんかな。じゃ、やるよ」
―いくよ、ジャン―
膝をつき、目を閉じる。真っ暗な世界の中で、ハイデの口笛が高らかに響き渡る。声を合わせ、メロディを辿る。風の音が遠くなり、心地のいい時間が流れる。目を閉じている間、視界の外では何かが変わっているのではないか、と意味もなく考えていた。
旋律が終わりに近づいた時、何か香水のような匂いを微かに感じた。気にはなったものの、歌が進むほどにその感覚も薄くなっていく。五感が鈍っていく様子がよくわかるようだった。
歌が終わり、静かに目を開ける。そこには、いつものようにじっと待っているユリィ、見守っているカブト、ロベリア、クロ。そしてその奥に、見知らぬ男が一人、じっとこちらを見ていた。ジャンの視線に気が付くと、にやりと笑う。
「随分上手くなったじゃないか、ハイデ」
―ルナくん‼―
膝をつき手を合わせたままのジャンを置いて、ハイデは立ち上がり男の元へ駆け出した。
「おいおい、相変わらずだな、まったく」
―ルナくんも相変わらずだね、変な匂いする‼―
ハイデの頭を撫でる男に、残された全員がポカーンとしていた。
『誰だお前』
いくつものベルトを巻いた手をダガーに添え、戦闘の構えで声をかけたクロに気づき、男は顔を上げた。明るい金髪に白のメッシュが入った髪をわずかになびかせ、にっこりと笑った男はまさにイケメンという風貌だった。
「やだなぁ、ただの旅人だよ。ボクの名はルナシス、皆からはルナって呼ばれてる。ハイデとは兄妹みたいなもんさ」
探していた目的の人物があっさりと目の前に現れた事に、一行は驚きを隠しきれなかった。そしてジャンは、言い表せない違和感にまだ、戸惑っていた。
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