第36話 10-2明晰夢

『おい、聞いてるか?』


 クロの声で、我に返る。


「あ、あぁ、ごめん……なんだっけ?」

『ったく、ちゃんと話を聴けっての』

『ジャン、どうしたの? 寝不足?』

「ん、ちょっとな……それで、話はなんだ?」


 宿屋の一室、一番広いユリィとロベリアの部屋に集まり、作戦を考えていたところだった。


『次の目的地だよ。もうここのメインクエは終わったし、サブも大体終わっただろ?』

『こっから先が二股にわかれてるっつー話よ。どっちから回るかってな』

「二股? またエリアが増えたの?」

『マップ見ろ、増えてるから』


 確認すると、元々あった未踏破の地と同じくらいの距離に別のアイコンが表示されていた。以前見た時にはなかったエリアだった。


「また増えた……」

『増えたというより、ここは元から実装されていたみたいよ。フラグを立てなきゃ表示されない仕組みになっていたみたいね』

『ちょっと長いサブクエ、あの一番最後で、新しい街の名前が出てきた。たぶん、これがフラグだったんだと思う』


 ロベリアはベッドでくつろいだまま、つい最近手に入れたばかりのリングを眺めていた。性能も良かったが、それ以上にデザインが気に入ったらしい。


『で、順当にいけば元から表示されてた方の街で、次のメインストーリーが進むだろ』

『けど、ハイデ嬢ちゃんのクエストがメインかどうかはわからん。旅人とやらを捕まえるとしたら、もしかしてこっちかもしれんからな。こういうレアクエストってのは、そう簡単に終わらないようになってるもんだろ?』


 ハイデ。あの夢を思い出して、ぞっとする。当の本人は相変わらずジャンの手を握ったまま、ジャンのマップを覗こうとしている。


―ルナくんはもっと遠くに行ってそうだけど、このどちらかだとしたら、こっち―


 言葉が流れ込んでくる。


―この街、女の子が多い。娼婦の街って呼ばれてた時代があったくらい。ルナくんは女好きだから。でも……―

「なんだ?」

―ルナくんがこの国を出たの、ずいぶん昔だから……―

『おーい、お楽しみのところ悪いんだけど、どうすんのか決めてくれリーダー』

「ご、ごめん、ハイデはこっちって」


 ハイデの言う街を指さす。クロは呆れたように軽い溜息をついて、冒険手帳を閉じた。他のメンバーも、それぞれ自分の装備を確認して旅立つ準備を始める。


『なぁ、一ついいか』


 準備をしながら、クロがまた口を開いた。


「僕?」

『前から気になってたんだけどさ、お前の声、どっかで聞き覚えがあるんだよな』


 心臓が跳ねあがる。


「え?」


 準備をしていた手が止まる。クロを見ようとしたが、焦りと不安で見る事は出来なかった。


『あぁそれ、私も気になってたのよ』

『そうか? おいらにゃわかんねぇや、テレビもろくに見なくなっちまったからなぁ』

『テレビなら俺ん家にねぇよ。あんまり興味ないしな』


 寝不足も相まって、足元が浮いたような感覚に目が眩む。なんとかして取り繕わなければ。自然な間を置いて、慌てずに。そう思った時、一つの案が思い浮かんだ。


「それさ、結構言われるんだよね、クロックで配信してる人に声が似てる気がするーって。僕、クロックでは音楽系のメンツで集まってたから、なんかゲーム配信してる? その人の事、あんまり知らなくってさ」

『もしかして、アウルの事?』


 かかった。ロベリアはアウルの存在を知っている。


『あ、それだ、アウルだ‼ あー……まぁでも、あいつすっげぇテンション高いし、ちょっと違うかもな。ジャンが知らないのも仕方ないか』

『あたしは一度見て、コメントの雰囲気についていけなかった。あれ以来見てない。けど、あたしの周りにもファンが結構いた』

『俺は結構好きで見てたぜ。なんつーか、あいつは女の子の扱いが上手い気がして』

『見てる理由が不純すぎる、気持ち悪い』

『ちょっと参考にしてただけだろ⁉』

『どうせ同じアウルのファンだからって口実で、女の子捕まえてたんでしょ』

『いやー……それはその……』

『図星みたいね』


 アウルを知っているのは、現状二名。ロベリアは一度見た事があるだけ、クロはそれ以上、フォローもしていた可能性が高い。残るはカブトとユリィだけ、これ以上突っ込んだ話は危険かもしれないが、カブトは知らないだろう。アウルがアウルとして活動を始めた頃には、もうクロックアカウントを失っていたはずだ。


『へぇ、そんなに有名な人だったんだ』

『だったってお前……今でも活動してるはずだろ? あいつ引退したの?』


 しまった。うっかりしていた。まさかそこで引っかかるとは思わなかった。焦りがさらに加速して、頭が上手く回らない。


『アウルなら活動休止してる。もしかしたら戻ってこないかもだけど。ネットニュースでそんな記事を見た』

『えっ⁉ マジで⁉ 俺、アカウント復活したらアイツの配信真っ先に見に行こうと思ってたのに……ログアウトしたら調べてみよう……』

『アウルって変わった名前ね、フクロウかしら。そういえば、みんな名前はどんな基準でつけたの?』

『おぉ、そりゃおいらも気になってた。ジャンは?』

「えっ? えっと、お、いや、僕は本名から……」


 全力疾走した後のように高鳴る鼓動をどうにか鎮めようと必死になりすぎて、自分が何を言っているのかわからない。


『てことは、じゅん、か? いいな、純和風って感じで、じゅんだけに』

『カブト、寒い』

『風邪か?』

『………………馬鹿ばっか』


 考えがまとまらず、無駄にポーチの整理を繰り返す。


『で、本名がじゅんなのか?』


 明らかな質問をされているのに、何も言わず妙な間が空くのも怖い。焦りは加速していく。


「そう、だね。潤だよ」


 こんなところで本名を明かす事になるとは思っていなかった。声が震えていないか不安になってくる。スオウに言われた通り少し低めの声で喋っているものの、いつまで誤魔化せるかわからなかった。


『へぇ。お前ゲームする時は本名に寄せて、入り込むタイプか?』

「うん、ロールプレイングってそういうものだと思ってるから。みんなは?」


 時間を稼ぐために、質問で返した。ベッドに腰掛け、足をぷらぷらと揺らしながらジャンを見ているハイデの視線が、ただ見ているだけの純粋な目が、なぜか怖く感じた。


『私も本名よ。一部だけどね、百合子だから』

『見事におばさん』

『私の親に謝りなさい、ロベリア』

『そういうロベリアは? あれか、シャインクロニクルの』

『そう。あのゲームは良作だった。いつもパーティに入れてたキャラ』

『俺はカルミア派だったなぁ』

『半裸だからでしょ』

『ちげぇよ! いや、違くもないか、衣装が可愛かったんだよなぁカルミア』


 ロベリアとクロの言うタイトルは、ジャンもプレイした事があるゲームだった。作中のロベリアは活発な少女で、両親を亡くした過去にトラウマを持ちつつも、気丈に戦うキャラだったのを思い出す。一方でカルミアは露出の多い衣装で、ハニートラップをしかけて獲物を狙う盗賊のリーダーだ。クロ好みというのもわかる気がする。


『おいらは虫だぞ』

『カブトムシ?』

『そう、クワガタと迷ったんだけどな、呼びにくいだろ?』

『虫だと思うとカブトでも嫌だわ……』

『んで俺のクロって名前は―』

『ジャン、そろそろ時間』

『おいこら聞けよ‼ ……って、マジだ、そろそろ出ないとな』


 窓の外を見ると、もうすぐ夜明けだった。マップで見た距離を考えると、早朝に出れば少なくとも夜になる前には目的の街へ到着できるだろう。


「順調にいけばいいね、夜中は敵も強くなるし、視界も悪いし」


 今は守るべきハイデがいる。今まで通り無傷でいられる保障はどこにもない。いつ傷を負ってもいいように、回復薬とは別で外傷を治す傷薬は常に持ち歩いていた。


『夜中の敵だと魔除けじゃ追いつかないだろうしな、さっさと出るか』


 全員が準備を終え、忘れ物がないか確認する。最後に出ようとしたハイデが、部屋の隅に飾ってある花を一輪だけ持ち出し、置いて行かれまいと急いで部屋を出た。


「それ、どうするんだ?」


 手招きをして、顔を寄せるように仕草で訴えかけてくる。少し屈んでみせると、その花をジャンの耳の上へ器用に挿し入れ、にっこりと笑った。


「ぼ、僕には似合わないって‼」

『おー? またいちゃついて……ぶっ‼ おま、なにしてんだよっははははっ』

『あらやだ可愛らしいじゃない、似合ってるわよジャンくん』

『頭に花が咲いてる』

「その言い方はやめて‼ もう、ありがたいけどこれは……」


 花を手に取り、ハイデの長い髪を耳にかけると、同じようにそこへ花を挿す。


「うん、ハイデの方がずっと可愛いよ」


 真っ白の長い髪に、小さく連なった白い花。ところどころにピンク色が入っていて、よく似合っていた。

 ジャンの顔をきょとんと見つめた後、ワンテンポ遅れて徐々に顔が赤くなっていくハイデ。困ったような表情で俯き、目を泳がせている。


『へぇ、ジャンはストレートに言うタイプなんだな』

「え、何が?」

『可愛いって』

「えっ……あっいや、そうじゃなくて」

『いいじゃない、真っ直ぐ言わないと伝わらないものよ?』

「ユリィまでそんな……ちが……いや、違うっていうとその……」


 可愛いと言ってしまった手前、それを取り消すのも可哀想に思えて、何も言えなかった。ロベリアは無表情のままだったが、他はニヤニヤしながら宿を出る。


「はぁ……行こうか、ハイデ」


 いつも手を繋いでいるのが当たり前になったせいか、自然と手を差し出す。顔を真っ赤にしたまま、ハイデは嬉しそうにその手をとった。

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