大国ポタンと兄の噂
第30話 8-1大国ポタンと兄の噂
森を抜け、小道を進む。場所が場所なだけに、敵との遭遇率が高い。
「面倒だね……ハイデもいるし、アイテム使おうか」
『ここじゃあんまり経験値も美味しくないしな、いいんじゃね? ドロップ品もダブりまくりだしな、わざわざ戦うのも疲れる』
ゲーム内において、一番の問題点はやはり五感機能だった。それさえなければ、多少無理をしてでもプレイは出来る。何度かユリィが狙われた事もあったが、ここまで奇跡的にノーダメージで来ている。誰一人力尽きる事なく進めているのは、システムが緩いのか、かなり慎重に進んでいるからだろうか。
『じゃあ魔除けのお香焚くよ……と、ハイデ、これは平気か?』
ジャンの袖を握り締めついてきているハイデは、笑顔で頷く。
「よし、じゃあ進もうか」
腰にお香を下げ、薄い煙を引きずりながら進む。パーティの平均レベルより低い魔物が出て来なくなったおかげで、快適に進み始めた。
『ねぇジャンくん、結局、ハイデちゃんの口笛についてはどう考えてるの?』
カブトを挟んで後ろをついてきていたユリィが、歩きながら問いかけてくる。
「うぅん……五感システムの緩和が一番近いかなって」
『でも、私達の疲労感ってログアウトしてからも残るでしょ? それも緩和出来てるのなら、説明がつかないわよね』
『ユリィちゃんが試せたら話は早いんだがなぁ』
『試せるものならね。でも無理は言えないわ』
『あたしも、仕組みが気になる。けど、ハイデが危ないから』
『あー……俺も試してみてぇなぁ……スキル削除とかできねぇかなぁ……』
「馬鹿、クロのは下心だろ?」
『お前は懐かれてるからそう余裕ぶっこいて言えるんだよ、ばーか』
『はいはい、その辺にしておきなよ、ハイデちゃん困ってるじゃない』
白い髪をなびかせ、きょろきょろと視線を泳がせながらついてくるハイデ。
ジャンもあれから、なるべくスキル取得は魔法系を外すようにしていた。既に使っていたスキルに関しては問題がないようだが、詳しい話を聞かない事にはどれがハイデにとっての毒なのかもわからない。五感機能を少し弱めてくれるのは随分と気が楽にはなったが、これからずっとハイデが傍にいるとも限らない。
『ほぅれ、見えて来たぞ』
一番背の高いカブトの声に、一同が顔を上げる。
高い外壁に囲まれた国が見えた。すんなり入国させて貰えるのか、多少の不安を感じる。近づけば近づくほど、その外壁がどんどん空に伸びているように感じる。壁には小窓のような隙間があり、大砲もいくつか確認できた。盾に長い門の前には、重苦しい装備を身にまとった兵士が数人立っている。
「すみません、旅の者ですが」
ジャンが声をかけると、一人が仲間を嘗め回すように見ながら近づいてきた。
『何の用だ』
「この子……ハイデが道に迷っていたので、連れてきました」
ジャンの後ろに隠れ、顔だけ出したハイデを兵士はまじまじと見つめる。
『全く、お前はまた抜け出したのか』
どうやら知っているらしい。それどころか、国から抜け出したのはこれが初めてではないようだった。
『ご苦労、感謝する。中で詳しく話を聞きたいところだが、少々複雑な事情でな。少し待ってもらえるか?』
「えぇ、大丈夫です」
そう言うと、別の兵士に耳打ちをしてからこちらを見た。
『ひとまず関所に入れよう。こちらへ』
あまり歓迎されていない空気が伝わってくるが、無駄な戦闘は避けたい。ゲームのシステム上、戦闘になるまでレベルはわからない上に、体力ゲージも見えない。ここで無理に歯向かうのは危険すぎるだろう。
門の手前に小さく備え付けられた木戸を開き、中に招かれる。
『おっとハイデ、お前は教会に戻るんだ』
ハイデは微動だにしない。ジャンの袖を握って、隠れている。
『ハイデ、お前は教会に戻るんだ』
少しの間を置いて、兵士が同じ言葉を繰り返す。
『……なんか様子がおかしくないか?』
クロが小声でジャンに耳打ちする。
『ハイデ、お前は教会に戻るんだ』
全く同じトーンで繰り返す。ハイデはじっと見つめるだけで、何も反応を示さない。
「もし僕らが中に入れて貰えるのなら、僕らが教会まで送り届けますよ」
『ハイデ、お前は教会に戻るんだ』
『ダメだな、何かセリフの変わるキーワードがあればいいんだが……あ、そうだ、ジャン』
クロがポーチから何かを取り出し、ジャンに差し出した。それは、丸めて紐で留めてある紙だった。疑問に思いながらも、それを兵士に差し出してみる。
兵士はちらりとその紙を見ると、途端に口を開いた。
『おぉ、これは……‼ 見つけてくださったのですね。ありがとうございます、これは責任を持ってあいつの家族に渡しておきます。これは気持ち程度ですが、どうぞ受け取ってください』
セリフどころか態度まで変わり、五00リン金貨五枚と教会の利用証を押し付けてきた。冒険手帳をちらりと確認すると、受けた覚えのないクエストに完了のマークがしるされている。
『やっぱりな。内容が遺書というか、家族に向けた別れの言葉だったから、何かのクエストアイテムだと思ったんだよ』
『自動で受注してクリアしたってわけか、おめーやるな‼』
カブトがクロの頭をがしがしと撫でまわす。
『痛い痛い‼ 痛くないけど装備からしてすごく痛い気がする‼ てか視界がぶれまくる‼』
『なにやってるの、馬鹿二人』
ロベリアの声で急に静かになる。彼女がまだ小さな子供という事実をジャン以外は知らないだろうが、それでも身なりが子供の彼女に言われれば恥ずかしくなったのだろう。
『この利用証があればいつでも教会をご利用になれます。国内にいくつか点在してますが、神に祈りを捧げ人生の新たな一歩を踏み出す事が出来る素晴らしい施設です。ぜひお立ち寄りください』
さっきまでとは打って変わって、明るく優しい雰囲気になった兵士。何事もなかったかのように奥の扉が開き、国内へ入る事が出来た。
門の中は、この世界に来たばかりの時に集まった街、ラチュラよりさらに規模が大きいように見える。あちらは花で溢れ活気づいた街だったが、ここはどうも閉鎖的な空気が漂っている。あちこちに転々といる住人達はみな、白い服を着てクロスの付いた二重のネックレスを下げていた。
「うぅん……なんか、暗いね」
『そうね、白い建物が多いのに、どうしてこんなにどんよりしてるのかしら』
「進めばわかるかも。教会に行けばいいんだよね。さっき兵士が言ってたの、ジョブの変更とかかな?」
『アバターの変更、名前の変更も考えられる。利用証は、消費アイテム?』
「いや、重要アイテムに入ってる。使っても消えないと思うけど」
『つってもなぁ……今さら見た目を変えても……』
「そう? 私はそろそろ髪を短くしようかと思ってるわ。邪魔なのよ、暑いし」
各々が好き勝手言う中、ジャンは更新されたマップを頼りに教会を目指す。ハイデはずっとジャンについているが、教会が近づくにつれて顔色が曇っていく。もう少しで教会が見えるかというところで、ハイデはジャンの袖を引っ張り、何か言いたげな顔をしていた。
「ん、どうした?」
どうやって伝えるか悩んでいる様子だったが、ジャンもまたハイデの身振りからくみ取ろうと見つめ返す。急いでいるような雰囲気で、ジャンの手を取り強引にグローブを外した。
「手?」
頷くハイデ。素手になった片手を差し出す。その手をしっかりと握って、いくつか深呼吸をすると前を向いた。このまま先へ進むらしい。
後ろでクロの冷やかす声が聴こえたが、無視して進む。見えてきた教会の入り口では子供たちが走り回り、シスターが教会入り口を掃除している。シスターも子供も、見かけた住人達と同じく真っ白の服を着ていた。
声をかけようとした時、わずかに手を握る力が強くなる。同時に、シスターがこちらに気づいて、声をかけてきた。
『あら、旅人さん? 珍しいですわ。最後に旅人がここへ訪れられたのはいつだったかしら』
「これ、貰ったんですが」
利用証を差し出すと、シスターはそれを覗き込んで微笑んだ。
『あぁ、ご利用になられます? 中へご案内いたしますわ、どうぞこちらへ』
案内され、中に入ろうとする。ハイデに対しなにかアクションがあるかと思ったが、ふと見るとハイデは完全にジャンの後ろに隠れていた。顔色が悪い。
「大丈夫か?」
ハイデは答えようとしない。元より声が出ないのでは答えられないのも無理はないが、ただでさえ真っ白な素肌から、血の気が引いて陶器のような青白さに変わっていた。握っている手は冷たく、反して汗ばんでいくのが伝わってくる。
『どうかした?』
進もうとしない二人に、ロベリアが小声で問いかけてくる。何か異様な空気を察したのだろう。シスターには聞こえないように配慮してくれたようだ。
「あ、あぁ……いや」
ハイデの手に、さらに力が入る。
「……なんでもない、ちょっと疲れてんのかな、立ち眩みがしただけだよ」
ロベリアは納得していない様子でジャンを見ていたが、額に汗を浮かべ息が上がっているハイデに気づき、それ以上は何も言わなかった。
次の瞬間、甲高い耳鳴りのような音が鳴り響く。
ジャンは思わず立ち止まり、頭を抑えた。
「っっ……なんだこれっ……」
思わず素の声が漏れる。どうにか目を開き、後ろにいた仲間が無事か確認しようと振り返った。
全員、何事もなくそこにいた。いや、何事もないというより、動きが全くない。まばたきすらしておらず、ユリィに至っては何か言おうとしていたのか、口が開いたままである。
「は……はぁ?」
握っていた手から、温かいものが流れ込んできた。
「ハイデ?」
隠れていたハイデとジャンだけが、動いている。ハイデは苦しそうに目を閉じているが、力強く握った手から温かさと共に、またしてもメッセージが流れ込んできた。
―ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい―
「落ち着け、どうした⁉」
―私はここに居ちゃいけない、ただのプログラム、プログラムが勝手な行動は許されない、もしも動けばその時は―
「なんだ、どうなってる……?」
―……潤……じゅん……じ……ん……―
背筋が凍る。それは、ジャンの現実世界での名前だった。
「お、おい、しっかりしろ、どうしたんだ⁉ お前は誰なんだ、なんで……」
ハイデの呼吸はどんどん上がっていく。いつまでも目を開こうとしない。呼びかけにも応えない。止まったままの時も、戻らない。
―……潤。それとも、アウルくん?―
耳元でうるさく鼓動が鳴り響く。冷や汗が止まらない。どうして、なぜ、それを知っているのか。ハイデは、ただのNPCではないのか。
「お前は……誰だ……?」
―潤くん、うん。そっちの方が良いな。私好きだよ、その名前―
「なん……だこれ……何か……思い出せねぇ……」
―どうしてそんな事言うの、酷いよ潤くん……―
―私が悪いの、ごめんね潤くん―
「どうなってるんだ……俺が、俺がおかしくなったのか? それともバグか?」
―…………ごめん。ジャン、もう大丈夫だよ。私の名前を呼んで―
「ハイデ……?」
視界がブレる。足元が崩れたような感覚に、後ずさる。もう少しでバランスを崩し、倒れそうになったところをクロが受け止めた。
『おいジャン、平気か⁉』
「え、あ、あれ……」
『もう、いきなり立ち止まったと思ったら、ポリゴンが急に消えかけてびっくりしたのよ⁉』
「なにがあった……?」
『ポリゴンが形を失いかけていた。ぶれていた。ステータスでは通信エラー、その後スリープへと変わった。再度ログインが確認できた、さっき』
ロベリアも早口でまくしたてる。
「わかんな……い……」
ハイデは何事もなかったかのように、他のメンバーと同じく心配そうな顔でジャンを見ている。さっきまでの出来事はハイデの意思なのか、それとも、無意識なのか。
『少し休むか?』
「い、いや、大丈夫……あぁたぶん、最近隣のマンションが工事始めたから、回線が不安定だったのかも」
適当な事を言うと、意外にもあっさりと信じて貰えた。
激しい動悸に眩暈がする。ただのNPC、ただのクエストキャラのハイデが、なぜジャンの正体を知っているのか。問い詰めたい反面、心配そうにこちらを見ているハイデが、正直に答えるとは思えなかった。握ったままの手に力が入る。
『なぁんだ、平気そうで良かったじゃねぇか。んでも、具合が悪かったら遠慮せず言うんだぞ、いざとなりゃおいら達だけでも進んで迎えに来るからよ』
「……ありがとう」
大きく深呼吸をして、教会の奥へと進んだ。
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