第27話 6-6失声の少女ハイデ

 街を出て、真っ直ぐ北へ進み山を越える。山の向こう側には豊かな森が広がっていて、元居た荒野とは全く違う世界に見えた。


『へぇ、こりゃまた見事なもんだなぁ』


 カブトの明るい声に反して、ジャンとユリィはふらついていた。


「はぁ……はぁ……なんでゲームなのに……こんな疲れんだよ……」

『この……ヒール……脱いじゃダメかしら……?』

『色々とまずいからやめといた方がいいぜ、ユリィちゃん』

『そんな重装備で飄々としてられる貴方が人外に見えてしかたないわ……』


 疲労のせいか、口が悪くなるユリィ。けたけたと笑うカブトの背中で、ハイデは心配そうにジャンを見ていた。


「そんな顔するなって、大丈夫だから」


 笑って見せたものの、表情が固まっていた。

ハイデは相変わらず不安そうにしていたが、足をパタパタと動かし、カブトの背中からするりと降り立った。


『お、もう歩くつもりか?』


 カブトの声はまるで聞こえていないように無視し、ジャンの元へ駆け寄るハイデ。触らないように身をかわそうとしたが、逃げる体力が残っていなかった。心配をよそに、ジャンの手を強引に掴んだ。


「え、おい、何して……」


 装備していたグローブを外し、ジャンの素手を華奢な両手で優しく、しっかりと包み込み、静かに目を閉じた。

 されるがまま立ち尽くしていると、すっと息を吸って、甲高い音が鳴り響いた。


「……これは……?」

『口笛か?』


 ハイデの口から、メロディが紡がれる。それは小鳥のさえずりのようにも聞こえ、とても優しい音色だった。


「……体が……軽くなっていく……」


 嘘のように疲労感が抜けていく。どんなにバフをかけても抜ける事のなかった肉体的疲労感。それが、溶けだして消えていくような感覚。


「まるで魔法みたいな……」

『魔力はない。魔法ではない。祈りとか、奇跡とか、そういう類のものかも』


 ハイデと距離をとっていたロベリアが呟く。


「どういう仕組みだろう……僕の疲れなんて、ゲーム内のものじゃないはずなんだけど……」

『ジャン、いま、暑い? 寒い?』


 ロベリアはハイデから目を逸らさず、ジャンに問いかける。


「え? えっと、どっちでもない、かな」

『うそ、私はすごく寒いわよ? もう夜だし、標高が高いから余計に。ローブを着てて良かったと思うくらい』


 ユリィの言葉に、ジャンは驚いた。

 先ほどまでのひんやりとした風が、とても弱く感じる。五感が遠のくような、不思議な感覚。静かに眠りにつく瞬間や、意識を手放す瞬間に似ているが、とても心地いい。そして、未だに口笛を奏で続けるハイデから流れ込んでくるメッセージ。


―今日はもう終わり。休んだ方が良い。この先に木こり小屋があるから、そこで―

「これは……ハイデ……?」


 ハイデが口笛を止め、瞼を開きジャンの目をじっと見つめる。


『おいおい、何見つめあってんだお前ら。時は止まってねぇぞー』


 耐えきれなくなったクロが茶化す。ハイデの言葉はジャンにしか伝わっていなかったらしい。疑問を口にするか迷ったものの、真っ直ぐ見つめてくるハイデを見て思いとどまった。さっきのようなメッセージではなかったが、その目から秘密を強いられている気分になったのだ。


「あ、あぁごめん、ハイデありがとう。もう少し進んだら今日はもう休もうと思うんだけど、みんな大丈夫?」

『そうしてくれると助かるわ……あと一時間もこんなとこにいたら死んじゃう……』

『おばさん体力なさすぎ、運動してない、自堕落』

『うっさいわねこのつるぺたチビ』


 ついに言い返したユリィは、心身ともに限界のようだった。

 グローブを装着し直し、前へ進む。ハイデの言っていた小屋はすぐに見つかり、そこで今日はお開きという事になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る