第18話 5-5始まりの街ラチュラ

「はぁ……はぁ……はぁ……」

『おいジャン、大丈夫か?』

「へ、平気、ちょっと運動不足が……はぁ……」


 ジャン達は街を出てから、ほとんど進んでいなかった。

 街を一歩出ればそこら中に野生動物、もといモンスターが湧いており、クロやカブトの言っていたサークルシステムにも悩まされ、ジャンはひたすら逃げまどい走り回っていた。

 こちらから殴りかかるか、敵から狙われ一定の距離になると自動的に戦闘が始まる。パーティリーダーであるジャンを中心にサークルが現れ、他のメンバーはそのサークルから出る事が出来ない。ジャンが動けばサークルも動くが、味方が端で立ち止まっていればジャンもまた動く事が出来なくなる。

 このシステムのおかげで、カブトやクロ、ロベリアが戦っている間、三人が戦いやすいようにジャンが位置を調整しなくてはならなかった。一度サークルが表示されると、サークル外の敵には攻撃が入らない。加えて、サークルキーパーのジャンにヘイトが集まりやすいらしく、なおさら走り回る必要があったのだ。


『ジャン、ごめん、あたしが動けないから』


 ロベリアが小さな手でジャンの背を撫でる。


「いや、いいんだ……はぁ……魔法に詠唱はつきものだろ?」


 笑ってみせたが、汗だくで息が上がり恰好がつかない。


『やばいな、街で一泊してからの方が良かったんじゃねぇか』


 クロの声に辺りを見回すと、もう日が傾いて暗くなりつつあった。さっきまでの街の喧騒は遠くに聴こえ、風の音がかすかに鳴っている。足元が少し明るく照らされているのだけが救いで、数メートル先はあまり見えない。


「時間の進みは……比較的長い方だね。プレイ時間と照らし合わせると、大体一時間で時間帯が変化してる」

『おいら達が先にログインしてた間も、早朝から昼って変化があったな。四時間でゲーム内の一日が終わるくらいだと思うぜ』

「だとしたら、今が夕方から夜に変わったんだとしても、朝になるまで二時間はかかる。オフラインのゲームなら宿屋で寝て朝になるだろうけど、ここじゃそういうわけにもいかないだろうし……」

『おばさんなにしてんの』


 ロベリアがユリィに声をかけるが、ユリィはどこか遠くをみつめぼんやりとしている。


『耳まで遠くなったの?』


 さらに追撃するも、ユリィはそれを手で制しただけだった。


『ジャンくん、ちょっと』


 ユリィに呼ばれ、横に立つ。口元に指をあて、耳を澄ますようにジェスチャーで伝えてきた。他のメンバーも異様な空気を感じ、息を潜める。

 風の音がする。さらに遠くから、荒い息遣いと獣臭。


『敵か……?』


 カブトの小さな声に誰も答えない。緊張した空気に包まれている。

 頬を撫でるような、少しひんやりとした風に乗って、獣臭がさらに強くなる。


「様子がおかしい、普通の敵じゃない」


 ジャンの声に全員が身構えた。どこから来るか、それぞれがあらゆる方向に目を向ける。まだ街を出て数十メートルも離れてないが、サークルが出てしまうと街には入れない。いざとなる前に逃げるのも手だが、そちら方面に敵がいないとも限らなかった。


『来た‼』


 詰まったようなユリィの悲鳴が聴こえ、次の瞬間臭いが一気に増した。

 目の前に現れたのは、身の丈2mを超えた毛むくじゃらの大男だった。その手にはボロボロになり錆びた斧が握られている。


「こっちだ‼」


 ジャンの声と同時に、サークルが展開される。最悪な事に、モンスターの目の前に後衛であるはずの三人がいる配置だった。


『お前ら、下がれぇええ‼』


 クロが駆け出し、切りかかったものの、大男の一振りで吹き飛ばされてしまった。


「クロ‼」

『ジャン、まずい、こいつレベルが20を超えてる‼』


 ロベリアが冒険手帳を片手に叫んだ。


『ジャン、こいつぁリーダーモンスターだ、逃げるしかねぇ‼』


 暴れ始めた大男の前にカブトが走り出て盾を構える。振り下ろされた斧が火花を散らし、カブトの身体を押し戻す。


「み、みんな、北西に向かって走って‼」

『いくぞ‼』

『わかったわ‼』

『了解』

『手を離すぜぇ‼』


 カブトが斧を振り払ったと同時に、北西へ向かい走り出す五人。ジャンを中心にサークルは移動を始め、後ろから大男が迫りくる。幸い足は速くないらしく、のそのそと歩いているだけで全く追いつく気配はない。


「このまま北西へ……待って‼」


 ジャンが大男の姿を確認した時、足を止めた。

 大男は立ち止まったかと思うと、どこからか鎖鎌を出し振り回し始めた。


「やばい、あいつ投げるつもりだ‼」


 大男の目線の先に居るのはユリィだった。ジャンは踵を返し、ユリィの前に躍り出る。男の手から鎖鎌が投げられ、まっすぐに回転しながらジャンの目前まで飛来する。


『馬鹿野郎‼』


 カブトは咄嗟に前へ出ようとするが間に合わない。

 ジャンは思わず目を閉じ、片手で鎖鎌の取っ手を掴む。幸いにも、刃先が少し皮膚を裂いただけでどうにか掴み取れた。


「くっそぉおおおおお‼」


 鎖を足で踏みつけ、そのまま鎖の上を駆け抜けて大男へ走り抜ける。思い切り飛び上がり、首を狙って剣を抜いた。

 目が合う。振り下ろした剣先が、大男の首元へ鈍く刺さる。吹き出した血が、ジャンの頬に飛び散った。生温く、ぬるりとした感触、鉄の匂い。


「うっ……」


 クリティカルヒットを叩きだしたものの、大男は倒れる気配がない。


『ジャン‼ 走って‼』


 ロベリアの声にはっとして、力の入らない足腰で転びながら走り出したのは、街へと戻る道だった。誰かが何かを言っている気がするが、ジャンの耳には入ってこない。

 ただ、そこにあるのは恐怖心と気味の悪さだった。

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