第12話 4-3はじめまして
『ここの通貨はリンって言うんだとよ。全員1000リン持ってるよな?』
クロの声かけに、全員が腰のポーチを確認する。ジャンのポーチにも、銀色の硬貨が十枚入っていた。
「あるね、これで最初の装備を整えろって事かな?」
『集合場所が市場のすぐ裏ってあたり、そうだろうな』
『ジャン、はい』
ロベリアが握り締めた小さな手を、ジャンに差し出した。
「ん、なに?」
『まとまりのないパーティ構成は致命的。あたしは欲しい物ないから、ジャンに任せる。ちゃんと考えて使って』
相変わらず表情は固まったまま、目も合わせずに話すロベリア。手を出すと、ジャンの手のひらに先ほど見たばかりの銀硬貨が十枚乗った。
『嬢ちゃん頭いいな、じゃあおいらも任せるわ。あ、でも酒とか売ってたら……』
『じゃあ私も、甘い物食べたいし九枚だけ預けるわね』
『俺はなんでもいいぜ、全部預けとくわ!』
「えっ、えっ、ちょっと」
否応なしに、ロベリアから渡された銀貨の上へさらに銀貨が乗る。零しそうになり、両手で抱える羽目になった。
『俺らのステはもう伝えてあるし、一番ゲーム慣れしてそうだしな、しっかり頼むぜリーダー』
クロが思い切りジャンの背中を叩いた。
「うっ……」
思わず声が漏れる。
『おぉ、良い反応じゃねぇか。ロールプレイに慣れてるな?』
カブトは楽しそうに見ているが、叩かれたジャンは静かに怒っていた。
『ちょ、ちょっと、今のは痛いわよ‼ まったく、ジャンくん大丈夫?』
「う、うん、大丈夫、気にしないで……」
心配するユリィと、未だ息が詰まるジャンにクロが眉をひそめた。
『心配しすぎだって、ゲームだぜ?』
『何言ってるのよ、これだけしっかり感覚があるのに配慮が足りなさすぎるわ』
『えっ……もしかしてお前ら……』
『おいおい嘘だろ……まさか』
カブトも気づいたようで、唖然としている。ロベリアは淡々とした口調で口を開いた。
『ジャン、もしかして五感機能ついてる?』
「えっ……えっと……」
『キャラメイクの時に、項目があったはずだよ』
『あら……あったかしら?』
『おばさんもなんだ。馬鹿だね、老眼?』
固まるユリィをよそに、いつまでも立ち尽くしているわけにもいかず、市場へ向かいながら話す。背中の鈍痛を引きずりながら、落とさないようにポーチへリン硬貨を仕舞った。
『変更不可能とか言われたら外すだろ普通……』
『おいらも新機能なんざついていける気がしなかったんでな、変更しちまった』
『五感が有効化される、フローワールドの企画段階で主軸になっていた物だから、調整の済んでいない早期アクセスでは危険。あたしは無効化した。おばさんみたいにドMじゃないから』
すっかり黙り込んだユリィから、声をかけてはいけないオーラを感じる。大人な対応を心掛けているつもりだろうが、ここまで言われては口を開くに開けない。賢明だと思った。
「いてて……プレイヤーが何人いるのかも知らなかったんだ、僕。読み飛ばしちゃったのかもしれない……」
『なるほど、そりゃ悪かったな……痛みがあるってわかってたらやらなかったさ、まだ痛むか?』
加減もなしに思い切り叩いた張本人から謝罪をされては、こちらも飲み込むしかない。こういう関係がジャンは大嫌いだった。
許せなくとも、謝られればそれを受け入れるしかない。そういう空気を読まなければ、除け者にされるのは【許さなかった】側の人間である。
「平気、ちょっとびっくりしたけど、言ってなかったしね。気にしないで」
ただし、本心で許すかどうかは話が別である。表に出さなければ、腹の内でどう思っていようが個人の勝手だ。
『で、まず何から揃えるんだ?』
路地を抜け市場に出ると、全員が足をとめカブトが問いかけてきた。
「それなんだけど、まだクエストも何も受けてないし、戦闘もやってないからね。防御を固めたり薬品を買って近場でレベリングするべきなのか、それとも攻撃特化させて進むだけでレベルが上がるか……」
『MMOは総じてレベルが上がりづらい』
「そう、そこが問題。それに物価もよくわからないから、初期費用が多いのか少ないのかもわからない。たぶん、最初だから装備もアイテムも安く手に入るだろうけど、それでも装備を揃えたら消耗品まで揃えられるかどうか」
『あー、たぶん無理だろうねー。シーフ系は軽装って相場が決まってるけど、盾役のカブトなんか結構高くつくんじゃね?』
クロの発言も一理ある。表情を見る限り、さっきの一撃を本気で反省しているようには見えた。ほんの少しだけ、口調こそ変わりはしないが、態度が柔らかくなった気がした。今だけかもしれないが。
「冒険手帳が更新されないんだよね。誰かに話しかければフラグが立つと思うんだけど」
ジャンはポーチから手帳を取り出すと、メニュー画面が現れた。他のメンバーも確認している様子が見える。開いた状態での身動きは出来る、誰がメニューを開いているかも一目でわかる。小さいようで、これが今後重要になりかねない要素だと考えていた。
「さすがに課金はまだ出来ないか……」
『なんだ、早速リアルマネーを使う気なのか?』
思わず出た言葉に、クロがジャンを見た。
「使えるなら使っても良かったんだけどね。まだサービス開始してない状況じゃ使えなくても仕方ない」
『あとで俺から運営に確認してみるよ。もしかしたら金かけなくても貰えるかもしれないしな』
「どうだろ、システム確認って意味だと、本当に課金してきちんとインベントリに入るか確認されそうな気がするけど」
『確かに。そうなったら俺が課金するよ。詫びに現金ってのもなんか違うだろうけど、気持ち的なもんだ、受け取ってくれ』
クロの申し出を断ろうとしたが、目から本気が伺えて断れない空気だった。
「……わかった。ありがたく受け取る。うまくいけばだけどね」
『仮に課金が出来たとしても、有料アイテムはトレード出来ない場合がある』
「ロベリアの言う通り、買っても僕が受け取れなかったら意味がないからさ」
『それでも、俺が課金アイテム装備してれば多少は効率良くなるんじゃないかねぇ』
「ユリィはどう思う?」
黙り込んでいたユリィの顔を見ると、意識的にロベリアを見ないようにしている事だけはハッキリと伝わるが、先ほどまでの苛立ちは収まっているように見え、話を振ってみた。
『もし出来るようなら私も課金するわ、痛いのは嫌だもの』
『五感システム切り忘れたんじゃなくて、ドMなんでしょおばさん、気持ち悪い』
またユリィに悪態をつくロベリア。年上の同性になにか恨みでもあるのだろうか。この調子では先が思いやられて仕方ない。
「アイテムで考えらえるのは、装備系かブースト系、インベントリ拡張とかそのあたりかな。とりあえず今は装備を整えよう。一応、回復アイテムから見に行こうか」
ジャンの言葉を合図に、全員が歩き出した。
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