ようこそフローワールド

第6話 3-1ようこそフローワールド

 関所のような場所に座らされているジャン。数人のNPCらしき人物に囲まれ、順番が回って来るのを待っているようなシーンだった。

 目の前に並んでいた人物が呼ばれ、続いて別の窓口から女性が呼び掛けてくる。


『お次の方、どうぞ』

「は、はい」


 窓口へ立つと、パンフレットのようなものを差し出された。


『ようこそ、旅のお方。フローワールドは初めてですか?』

「…………」


 選択肢の表示を待つが、出てこない。


『あの、旅のお方……?』

「え? あれ、えっと、はい、初めてです」

『承知しました。こちらのガイドブックを参考に、ぜひ素晴らしきフローワールドの世界をご堪能ください』


 どうやらAIがかなり優秀なようで、普通に会話が成立してしまった。受け取ったパンフを片手に出口を目指しながら、少し緊張気味にきょろきょろとしてしまう。


「すげぇな……色々不具合があるとはいえ、結構な熱量で作り込んである……事前情報なんかどこにもなかった気がするけど……」


 誰も聞いていないとは思いつつも、意識して声を低くする。今頃スオウは何をしているのだろうか。少し心細さを感じつつも、前に進もうとして足を止める。


「っと、どこだっけ、集合場所……」


 手にしたパンフを開く。観光マップのような図に赤いマークが点滅していた。


「はいはい、ここに行きゃいいのね」


 クイックジャンプが出来ないかマップを触ってみたが、さすがに未踏の地は出来ないらしい。妙な違和感だけが残ったが、喉に刺さった魚の骨のように気になるだけでスッキリしない。仕方なく、方角を気にしながら目的地へ向かった。

 人々の行きかう街道を、ぶつからないように進んでいく。季節は春に設定してあるのか、あちこちで多種多様な花が咲き乱れ、心なしかいい香りがする。


『人間の脳って、単純に出来てると思わない?』


 唐突に声をかけられ、驚いて振り返ると勢いでぶつかってしまった。


「ってて、すみません」


 危うくアウルの声が出そうになり、咄嗟に低くシフトする。


『いいのいいの、驚かせようとしたんだから。あはは』


 声をかけてきた相手は、ジャンより少し背の高い女性だった。


『あなた、プレイヤーでしょ?』

「はい……あ、じゃあ、あなたも?」

『そ、私もプレイヤーよ。君より先にここに来て、あまりにも花が綺麗だったから眺めてたとこ。NPCっぽくない挙動してたから、すでにプレイヤーってわかったわ』


 背丈だけでなく、出るとこは出て締まるところは引き締まった体つきの、恐らく年上だろう人物に少しだけ緊張を残したまま会話を続ける事にした。何しろここは仮想空間。ジャンにとっては馴染みのあるホームだ。人見知りなのは腐りきった現実世界の潤だけで十分だと思っていた。


「あの、僕、ジャンって言います。よろしくお願いします」

『そう、ジャンくんね。私はユリィ、よろしく』


ボイスチェンジャーが使えなかった事を考えると、ユリィは本当に女性プレイヤーで間違いなさそうだった。ただ、年齢まではわからない。見た目は年上だが、アバターだけで判断するのは早計だろう。


『ここに来て真っ先に驚いたの。花の匂いがするでしょ?』

「はい……するわけないのに、良い匂いだなって思ってよそ見してて、それでぶつかっちゃって」

『気にしないで、あと敬語もやめよ? どのくらいのボリューム感なのかわからないけど、これからパーティとして冒険するんだし!』


 ユリィはけらけらと笑って、潤の肩に手を伸ばした。


「あれっ⁉」

『えっ⁉』


 ほぼ同時に声を発する二人。ユリィの手が触れた感触と、温かさが伝わって来たのだった。

 本来なら、当たり判定の問題でポリゴンが跳ね返されるかすり抜ける事はあっても、感触までは伝わってくるはずがない。しかし、ユリィの反応を見る限り感触があったのは間違っていないようだった。


「い……いま……」

『うそでしょ……手、ちょっと手を貸して‼』


 返事をするより早く、ジャンの手を握るユリィ。柔らかく、しっとりとした感触が伝わってくる。


「えっと……これって……」

『すごいじゃない‼ ついにゲームもここまで来たのね‼』


 困惑するジャンをよそに、ユリィはキラキラした目つきでジャンの身体を触っていた。


「ちょ、あっ、くすぐったっ……」


 油断すると声が少しずつ上ずっていく。バレてはまずい、今のところ不審がられてはいないはずだからこそ、このまま隠し通さねばならない。


『あら、ごめんなさいね、楽しくってつい……いやね、さっき私が言いかけたの、人間の脳って単純に出来てるって話ね』


 ユリィはニコニコと笑いながら、道端の花を一つとって匂いを楽しんでいる。


『花の匂いも、花を見てるからそう感じるだけなんだって思ってたのよ』

「よくある無果汁のジュースみたいに?」

『そうそう。でもこの様子じゃ、本当に花の匂いがしてるって事みたいね』


 多くの人々が行き交う中で、ユリィとジャンだけが街道の真ん中に立ち尽くしていた。誰一人としてぶつかる者はおらず、同一人物が同じ場所をぐるぐるしている様子もない。ただのモブキャラクターですら、かなり多くのパターンが用意されているらしい。


「……で、集合場所に向かわない……の?」


 少しずつ敬語を外していく。ユリィの言う通り、これからデバッグを共にするかもしれない仲間と、ずっと敬語では弊害が出るだろう。


『え? え、えぇ、行きましょうか』


 ユリィはそう返事をするが、一向に動く気配はなかった。


「……もしかして、迷子?」


 恐る恐る言ってみると、ユリィは顔を引きつらせた。どうやら図星のようだった。


『うっ』

「花を眺めてたんじゃなくて、迷ってただけ?」

『し、仕方ないでしょ! 人がいっぱい居て、自分がどこにいるのかもわからないんだもの‼』


 ユリィは、顔を真っ赤にして反論してきた。ポリゴン相手に言うのもおかしな話だが、生身の人間と接しているような錯覚を起こす。表情豊かで、声に合わせ繊細な動きを再現する。ポリゴンを動かしているのは間違いなく生身の人間だろうが。


「じゃあついてきて。僕が先に行くよ」


 どこで正体がバレるかわかったものじゃない。その恐怖心と緊張感だけは忘れてはならないと、再度心に決めて先へ進んだ。

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