第17話 発生

 ~1年後~


「おーい!そろそろ切り上げるぞー!」


 小麦が背丈の半分ほどに育ち風でたなびいている中で、農夫の男は息子にそう叫んだ。


「わかった! この辺りの様子を見てから帰るよ!」


「遅くなるなよー!」


 農夫の息子はしゃがみ込み、土をつまんだ。そしてそれを口に含んだ。


「・・・うん。栄養は問題なさそうだな。日が照ってるせいで、少し乾燥しすぎだけど、これくらいなら問題ないだろ」


 口から土を“ぺっ”と吐き出すと、立ち上がって腰を“トントン”とたたいた。


「さてと、俺も帰るか」


 そう言って振り向いた彼は、遠くの空に黒い点を見つけた。


「なんだ?」


 彼がしばらく見ていると、その黒い点は少しずつ大きく、巨大になっていった。気のせいか、何かの音も聞こえてきた。


「・・・っ!」


 彼がそれが何であるかに気がついたとき、もうそれは空を一面に覆って、辺りを暗くしていた。


「親父! 大変だァァァ!」


 彼は自分の家に向かって走り出した。しかし、もはや何をしても手遅れだ。





 数時間後、それが通り過ぎた後には草一本すら残っていなかった。




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「状況はどうなっている?」


「すでに、帝国領内の東側は壊滅です。蝗害は西向きに移動しています。おそらくこのまま、帝国を東から西側に喰らい尽くすでしょう」


「本当に、未曾有の規模だな」


 オットーフォンは“ふー”と息を漏らして、椅子にもたれかかった。


「そういう予想でしたからね。驚きはしませんよ」


「そうだとしても、だ。全くもって、驚くべき規模だ。聞いた話じゃ、作物を守るために畑にいた農夫の服が、バッタがいなくなった後には全て食い破られていたそうじゃないか。それも、農夫の体もろとも」


「口から体内に入られて、体を食い破られた農夫の話もありますよ。ようするに、それだけ被害が大きいと言うことです」


 オットーフォンは“食い破られた”という農夫の姿を想像して、気分を悪くした。


「・・・それより、こっちの準備はどうなってる?予定通りか?」


「それについては問題ありません。準備をする時間は嫌と言うほどありましたからね。国外からも小麦を輸入し、すでに帝国内に住む人間をある程度の日数養えるだけの分は集まっています」


「それで、販売プランの作成は?」


「問題ありません。ミカエル商会から提案があり、問題なかったのでそれをこちらも利用します」


「わかった。一番大事な、商会の経営状態はどうだ?」


「小麦をとんでもない量仕入れたれたので、ミカエル商会もダリア商会も、金庫の中身は半分以下になりました。もし蝗害が起きなかったら、間違いなく潰れていましたね」


 オットーフォンは自嘲するかのように笑う。


「我ながらとんでもない博打に出たもんだ。しかし、どうやら博打には勝ったな」


「ええ。これから金庫ははち切れんばかりになるでしょうね。単純に考えて、商会の総資産は以前の1.25倍程度になるでしょう」


「ぼろもうけだな。笑いが止まらん」


 オットーフォンはニコリともせずそう言った。その様子を見て、若い男は恐る恐る尋ねる。


「何か不満なことでも?」


「・・・まあな。あいつらさえいなければ、これの数倍のもうけが出たと思うと、物足りない」


「しかし、それには危険が伴いますからね。結局、これが一番無難でしょう」


「危険と言っても、あのフォートとか言う奴が一人で言っているだけだろう?まったく、忌々しいことだ。そういえば、あの件はどうなっている?」


 あの件というのは、フォートについての調査、および勧誘、そして暗殺のことである。これは今、若い男に一任されていた。


「残念ながら警備が厳重で、調査だけで精一杯ですね」


「・・・そうか。まあいい。たのんだぞ」


「ええ。お任せください。・・・あ、そうだ忘れるところでした。実はこれから2週間ほど休みをもらいます。いいですか?」


「任せろといったそばから休みか。まあいい。しかし2週間? 少し長すぎないか?」


「まあ個人的な用事なので。理由は秘密です」


 オットーフォンはしばしの間若い男を見ていたが、何をしても理由を言いそうに無いとわかって諦めた。


「いいだろう。お前のいない間の替えはいるんだろうな?」


「大丈夫ですよ。“信頼できる”部下に引き継ぎは済ませてあります」


「そうか。ならいい。せいぜい体を休めるんだな」




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「会長、すでに各地への運搬は完了しました」


「わかった。そのまま随時、機を見計らって販売を開始するように伝えてくれ」


「了解しました。それでは失礼します」


 そう言うと、ナーベは会長室を後にした。それと前後するように、会長室のドアがノックされた。


「入れ」


「失礼します」


 入ってきたのはフォートだった。


「お、久しぶりだな。最近は仕事が忙しくて、ろくに顔も出せなかったんだろ?」


「ええ。我ながら、とんでもない大仕事を作ってしまいましたよ。すぐにでも魔法道具部門に戻して欲しいくらいです」


 現在、フォートは仕事がとてつもなく増えた食料部門にサポートとして入っている。その間、魔法道具部門はターラと会長の二人で処理をしているのだが、ターラはいつも「フォート様に会いたい」と文句を言っている。


 ちなみに、食料部門の責任者はエルフの少女、ミーナである。


「ミーナさんの僕への当たりがなぜかキツいんですよ。僕なんか怒らせるようなことしましたかね?」


「さあな。自分で考えることだ。それより、ここに来たのはそんな世間話をするためじゃないんだろ? 用事は何だ」


「ああ、そうそう忘れるところでした。実はこれから二週間ほど休みをもらいたいんです。ミーナさんにはもう許可をもらってあるんですけど、一応会長にも連絡しておこうかと」


 フォートが休みをもらいたいとミーナに頼んだとき、ミーナは


『これだから人間は・・・』


 とか、


『休みだけもらおうなんて、この穀潰しめ!』


 とか、


『お前みたいな役立たず、いてもいなくても変わらないからさっさと行け!』


 とか、他にもいろいろ罵倒されたが、それは会長には秘密だ。



 会長は思いがけない“お知らせ”に、フォートの顔を見た。


「二週間? 長いな。何のためだ?」


「まあ、個人的な用事です」


 会長はしばらく窺うようにフォートを見ていたが、すぐに手元の書類に視線を落とした。


「まあいいだろう。今まで商会のために休み無く働いてきたんだ。少しくらい体を休める時間が必要だ。ゆっくり休んでこい」

 会長からのそんな労りに、フォートは苦笑いした。


「ええ、まあ・・・休む・・・ですね」



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