第16話 前例

「・・・高すぎる?」


「はい。このままカルテルを形成した場合、最悪の場合は帝国から二つの商会が“消えます”」


「わははははははは!」


 フォートの言葉にオットーフォンは吹きだした。広い会議室を、笑い声が反響する。


「2つの商会がなくなる? 一応確認するが、その2つってのはどこの2つだ?」


「ミカエル商会とダリア商会です」


 フォートの答えに、オットーフォンの笑い声はいっそう大きくなる。


「けっさくだ! 君は小麦を売ると商会が潰れるとでも言いたいのか? 馬鹿馬鹿しい! 高く売れば儲けこそ出れども、商会が潰れるなどあるわけがないだろう!いや、そもそも小麦という商会が扱う商売品の中のたった1品目のために商会が潰れるはずがない!」



 オットーフォンが笑うのも当然だった。そもそも、できるだけ高く売るというのは、いわば商売の大原則である。


 にもかかわらず、“高く売ると潰れる”などというのは、あきらかに冗談以外の何物でも無かった。



 しかし、フォートは真剣だった。


「僕は二つの商会が“経済的に”潰れるとは言っていませんよ。潰れるのは他の原因です」


「他の原因?」


「ええ。このままではおそらく、二つの商会は“暴力”によって潰されます」






「・・・どういうことだ?」


 会長はフォートに尋ねる。フォートはオットーフォンから会長の方に視線を移す。


「言ったとおりですよ。このまま売れば、二つの商会が襲われる可能性が極めて高いと言うことです」


 フォートの言葉に、会長はしばし思考した。


「・・・つまり、高く売りすぎれば身を滅ぼすと?」


「ええ。ここまでの高値だと、初めのうちは売れるでしょうが、しばらくすると買うことが出来る人間は限られてくるでしょう。王族や貴族といった富裕層だけに」


「そのどこが問題なんだ? 買える奴にだけ売ればいいだけだろう?」


 フォートの発言に、オットーフォンは疑問を挟む。


「それが問題なんです。もし仮に、僕たちが富裕層だけに小麦を売るようになったら、市民はどうなると思いますか?」


「どうなるって、そりゃあ・・・」


「飢えるんですよ。いうまでもなく。そしてそうなったら、彼らはこう思うでしょう『商会が小麦を王族や貴族にだけ売っている』と」


「おいおい、そりゃあ間違いだろ。商人は買うことが出来る奴だけに売るだけで、別に市民を差別しているわけじゃない」


「それはこっちの言い分です。彼らには彼らの言い分がある。そしてそうなったとき、彼らがとる行動は一つです。『生きるために自分たちに小麦を売らない商会を襲って奪う』」


「・・・つまりお前は、このままだと私たちは小麦のために市民共に襲われるといいたいわけか?」


「その通りです。そしてそうなったときの被害は計り知れない。死人もおそらく出るでしょう。そして何より、失った信用を取り戻すのは至難の業です」


 フォートは断言した。確かに、彼の言うことには一理ある。彼の言うことが事実であるならだが。


「その根拠は?」


 会長はフォートに聞き返す。会長は今のところ、フォートが言っていることに対しては半信半疑だ。


「なぜこの値段で売るとそうなると言える?そこまで言うと言うことは、何か根拠があるんだろうな?」


「根拠はあります。でも・・・言えません」


「なぜだ?」


「それも言えません」


「ふ、言えないことだらけだな」


「それは・・・すみません」


 フォートが言えないのは、彼が“このままでは商会が襲われる”と判断した理由が、元いた世界での知識を元にしているからだ。


 それゆえ、まさか『自分は異世界からやってきた』なんて事を言うわけにもいかないので、理由を説明することも出来なかった。


「どの程度の値段なら、襲われる心配が無くなる?」


「おそらく・・・1.5倍程度が限界かと」


「1.5倍・・・例年通りか」


「ええ。前に1.5倍で売っても襲われなかったのなら、それが無難です。ただこの場合も、先ほど述べたように市民に“特定の人物に大量に売っている”という印象を与えないように、一人に売ることが出来る量に制限をつけるべきです」


「・・・話はわかった。だが、却下する」


 会長からの言葉に、フォートは耳を疑った。


「・・・なぜです?」


「お前の話には根拠が欠けている。そして何より、2~3倍で売ると言うことは商会で決めたことだ。俺の一存では変えられない」


「・・・それで商会がなくなるとしてもですか?」


 フォートは会長をじっと見つめる。


「・・・そうだ。それに、さっきも言ったがお前の話には確実性がない。それに賭けるよりも、商会としての決定を優先すべきと判断した」


「・・・ターラ、あれを」


 フォートに言われて、ターラは肩に掛けた体に合わないくらいに大きな鞄から二枚の紙を取り出し、それをフォートに渡した。


「さっき商会に寄ったときに居た、ドラガさんとミザリナさんからしかもらえなかったんですが、どうぞ」


 フォートはターラから受け取った二枚の紙切れを会長の前に置いた。会長はそれに視線を落とす。


「僕も合わせて、幹部以上6人のうち、これで半分の3人分です。後は会長にお任せします」


 そういうと、フォートはターラに合図して、二人で部屋を後にした。





「これは・・・」


 会長はそう言うと、再び沈黙した。そして、覚悟を決めた。


「・・・悪いが、アイツの言うとおり価格は1.5倍、そして一人に売る量を制限してくれないか?」


「・・・なに?」


 オットーフォンは会長からの言葉に耳を疑った。


「ビス、君は彼の言うことを信じるのか? 悪いが私は、そんな気にはなれないな」


「・・・そうか」


 会長はため息を漏らした。


「それなら、この話はなかったことにしよう。だが、先に断っておくが、我々は先ほどの条件で売る。そうなったら、お前達から小麦を買う奴らはどれほどいるかな?」


「・・・脅すつもりか?」


 仮にミカエル商会がこの条件で販売した場合、わざわざ高値でダリア商会から小麦を買う者はいないだろう。


 一人あたりが買うことが出来る量に制限を掛けるなら、それを絶妙に設定することで、ギリギリ市民がダリア商会から小麦を買わずとも飢えずに済むようにすることも可能かも知れない。


 そうなると、ダリア商会から高値で小麦を買ってくれるのは、金銭的に余裕があり、かつ、たくさん食べたい一部の王族と貴族だけだ。そして、その数はたかが知れている。


 できるだけ多くのもうけを得るために重要なのは、初めのうちにできるだけ市民から搾り取ることなのだから。


 そしてこのままではおそらく、それは叶わない。もしそうなったとき、一歩間違えれば赤字になることすら考えられる。


 何よりの問題は、これによってダリア商会に悪い印象がついてしまうことだ。


 小麦を市民にも買うことができる良心的な値段で売るミカエル商会と、弱みにつけ込んで高値で売るダリア商会。


 どちらがより好印象を得られるかは火を見るより明らかだ。


 会長は“脅すつもりか?”というオットーフォンからの問いに平然と答える。


「そう受け取ってもらってかまわない。それほどに、私は本気だと言うことだ」


「・・・いいだろう。そこまで言うなら受け入れよう。というより、受け入れるしかない」


「悪いな」


「思ってもいない事を言うな。おい、すぐに新しい契約書を用意しろ」





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「あなたは、彼のことどう思う?」


「・・・・・・」


 ミザリナからの問いに、ドラガは答えなかった。休み時間に入り、二人は椅子に座って休憩中だ。


「彼が言ってることは本当に起こるかしらね?」


「・・・かもな。でも、それを確かめることは出来ない」


「あら、なんでよ?」


「それが起きないように彼が動いているからだ」


 ミザリナは『確かにそうね』と、おかしそうに笑った。


「でも、もしかしたら会長は彼の言うことを無視して、そのまま進めるかもよ?」


「わかってるだろ? 会長はそんな人じゃない。少なくとも、俺たち二人と彼の反対意見書を渡されたら、あの人は立ち止まる」


 ほんの先ほど、ものすごいスピードの馬車に乗ってきたフォートは、商会本部に着くなりすぐさま、二人の元に向かった。


 そして二人の前で「このままでは商会がなくなるかも知れない」と言うことを必死で説明したのだ。


「あそこまで必死にされちゃあ、一緒になって反対するしかないわよね。だからあなたも反対したんでしょ?」


「・・・まあな」


 フォートの必死さは、目を見張るものがあった。それほどに彼はこの商会のことを考えていると言うこともわかった。


 ドラガはフォートと初対面であったが、今回のことだけで、ドラガの中にはフォートに対する絶対的な信頼が生まれていた。


「まあ私としては、“そんなこと起きないでしょ”って思ってるけどね。あなたは?」


「俺は・・・彼を信じているよ」


 ミザリナは耳を疑った。


「え・・・本気?」


「いや、正確に言うと“信じていたい”のかもな」


「信じていたい?」


 ドラガは立ち上がった。


「ああ。あんなに商会のことを考えているんだ。そんな彼が嘘つきだなんて、思いたくはないだろ?」




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 会長とナーベの二人が部屋を出て行った後も、オットーフォンと若い男は部屋に残ったままだった。


「どう思う?」


 オットーフォンは若い男に問いかけた。


「おそらく、奴でしょうね」


「お前もそう思うか」


 突然部屋に入ってきて、場を荒らしに荒らした少年、名前をグラシェ・フォートと言った少年。彼こそが、二人が探していた“何者”であることはほとんど確実だった。


 それを確かめるためにも、彼の役職を聞こうとしたのだが、どうやら何かに感づいたナーベというあの秘書に邪魔をされてしまった。


 しかし逆に、その“隠す”と言う行為こそが、あの少年が二人の探していた人間であることを裏付けてもいた。


「グラシェ・フォートという名前は、最近になって従業員として登録されているのを確認ずみです。しかしそれは、あくまで一従業員としての登録でした」


「さっきの話を聞く限り、彼は幹部クラスであるようだが?」


「たぶん、法律上はごく普通の従業員と言うことにして、実際は権限だけ与えているんでしょう」


「・・・情報漏洩対策か」


「おそらく。実際、こちらはそれに騙されて今の今まで彼を疑いすらしていませんでしたからね」


「・・・厄介だな」


 オットーフォンは静かに笑った。


「全くですね。正直、ここまで手強いと手の出しようもない」


「本音は?」


「俺が行きますよ」


 若い男は自信ありげにそう答える。


「俺の部下では多分、侵入は不可能でしょう。今日のことで警備もより厳重になるでしょうし」


「そうだな。まあ、この方面のことはお前に任せてるから好きにやれ。何をすべきかはわかってるな?」


 若い男はオットーフォンからの問いに平然と答える。


「情報の入手、その後、勧誘。もし駄目なら暗殺ですね」

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