番外編

第26話 有明の月 ~綾乃&夏樹~

目が覚めて寝ぼけ眼で時計を見ると、5時を過ぎたばかりだ。


(まだ二時間位しか寝てないのか…)


白々と射し込む光が、部屋の中をぼんやりと明るくする。隣に視線を移すと、こちらを向いた夏樹さんが静かに寝息をたてて眠っていた。彼女の寝顔が少し疲れて見えるのは、少し前まで夏樹さんを求めて、離さなかった為だろう。一応、自制したつもりだったが、私より経験のない夏樹さんには、少しハードだったかもしれない。彼女も望んでいたことだし、全く反省するつもりもないのだが、起きてからフォローすれば良いか、と考え直した。


白く、細い肩が布団から見えている。そっと掛け直すと「ん…」と身動ぎして、私に身体を寄せてきた。起こさないように優しく抱き寄せると、素肌と素肌が触れて心地好い。

恋愛は初めてじゃない。だけど、好きな人と傍にいて、笑い合って、キスして、身体を重ねることが、こんなに幸せな事だと思わなかった。彼女を眺めながら、そう思う。

このまま、また抱いても良いのだが、さすがに夏樹さんの身体がもたないだろうと思い、彼女の身体を包むように抱きしめて、目を閉じた。


腕の中で、身動ぎを感じる。夏樹さんが目を覚ましたらしく、うつらうつらと瞼を閉じたままでいると、彼女が「っ!?」と息をのむ声が聞こえた。そう言えば、昨晩はそのまま眠ったので、二人とも服を着ていなかった。意識を失うように眠った夏樹さんは、覚えていないのだろう。

硬直した身体が、やがてゆっくり動き出す。夏樹さんはベッドの壁際に眠っているので、私を乗り越えていかないとベッドから降りれないはずだ。ふと、いたずら心が起きて、私はわざと眠った振りをして彼女を抱く腕を強めた。


「っ!!」


眠っている私を、起こさないようにと咄嗟に抑えた声が聞こえて、再び柔らかな身体が腕の中に戻る。きっと彼女は赤面している事だろう、触れている身体がほんのりと熱い。

やばい、彼女の表情を想像しただけで、ぞくぞくするくらい、凄く楽しい。彼女の反応が可愛い過ぎて、新しい性癖に目覚めてしまいそうだ。

夏樹さんの困った顔が思い浮かんで、腕の拘束を緩めると、彼女は身体を起こした後、ほっとした様子で小さく息を吐いた。

残念に思いながら、そろそろ起きようかな…と思った私の唇に、柔らかい感触があった。


「…愛してるよ、綾乃ちゃん」


すぐ近くで、優しく小さく声が聞こえ、驚きのあまり目を開けると、両手を顔の直ぐ傍について私を見下ろす夏樹さんと目が合った。彼女の髪が肩から流れるように落ちていて、朝日が夏樹さんの白い上半身を照らしている。美しくて、どこか扇情的な光景が広がっていた。


「!!」

「…おはよう、夏樹さん」


にっこり笑うと、夏樹さんは気の毒になるくらい赤くなった。見下ろす夏樹さんの背中に指を這わせて、私は彼女を見つめた。びくっと身体が震えたが、夏樹さんは赤い顔のまま私を見つめ返す。


「おはよう、綾乃ちゃん…」


ふっと微笑んだ夏樹さんに、少しあざといかな、と思いながら、上目遣いにおねだりしてみる。


「夏樹さん」

「うん?」


「もう一度して…?」

「えっ!?な、何を!?」


「キス」

「あ、綾乃ちゃん、起きてたの!?」

「ううん、さっき起きたの」


"さっき"という言葉がいつを指すかと訊ねられれば困るのだが、嘘は言っていない。幸い夏樹さんは、私の言葉を素直に受けとめてくれたらしい。

自分からは恥ずかしいらしくて、もじもじする夏樹さんを後押しするように彼女に告げる。


「私も、愛してるよ。夏樹さん」

「綾乃ちゃん…」


夏樹さんは、笑った。幸せそうに、私だけを見つめて…

それから、ゆっくりと彼女は私にキスしてくれた。普段とは違う彼女からの、たどたどしい、だけど優しい感触に溺れそうになる。

唇を離した夏樹さんの頬に手を添えて、もう一度キスする。唇を重ねる毎に、夏樹さんの身体から力が抜けて、私に幸せな重みが加わっていく。


「…あ、…綾乃、ちゃん…」


背中に回した手を彼女の腰に這わせると、潤んだ瞳の夏樹さんが私を見つめてきた。濡れた唇が艶かしい。


「何?」

「もう朝だよ。私、ご飯作るから、もう少し眠っていて?」


「…ねぇ、夏樹さん」

「ん?」

「たまにはブランチしない?

夏樹さんの好きそうなお店を見つけたんだ。今日は料理をお休みして、一緒に食べに行こう?」

「だって、綾乃ちゃん、今日は朝から講義でしょう?」

「言っていなかった?今日の講義、二つとも休講だよ」

「聞いてないよ。それなら、起きて準備しないと…」


嬉しそうに起き出そうとする夏樹さんの腕を取る。私の言いたい事が伝わらなかったらしい彼女を、抱き寄せてベッドに戻すと、濡れた唇を指でなぞった。


「まだ、時間はたっぷりあるから、大丈夫だよ」

「ふぇっ!?何が大丈夫なの!?」


「夏樹さんと、続きをする事」

「そ、それは…」

「心配しないで。きちんと手加減して、休む時間も作るから。

…ね?」

「綾乃ちゃん!?」


再び顔が赤くなった夏樹さんの唇を塞ぐと、私は彼女と、幸せな時間を過ごす為、もう一度ベッドに戻ることにした。

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