16−2 過去と真実②
毎日同じルートを同じ時間に巡回するのだが、なんにも変わったことなんて起きない。たまにふらりとおかしな奴がやってくるけれど、村の人々が勝手に説得してくれる。自殺の名所、といわれていても、両津のやることといったら、村の者に既に諭され済みの悲壮感漂わせてるやつを駅前まで送ってやるくらいだ。
この村に一昨年赴任してから両津新吉は退屈ばかりしている。ここは事件は起こってくれるような現場では、ない。
勤務中、まったく会っていない彼女にラインをする。時間をあけて。毎日したらキモがられる。今日はひさしぶりに試みてみた。
『レイコ、いまなにやってんの〜』
二時間ほどして返事がきた。
『仕事』
スタンプもなにもありゃしない。ただの二文字。
『そっか、頑張ってね〜』
以上。自分のことを忘れないでもらうために送っている。そもそも、両津は彼女とまだ付き合えているのかも疑わしい。だってきちんと別れ話してないじゃん、俺ら、というのがこの男の見解だ。遠距離恋愛など、どだい無理。しかも勤務形態だって違うのだし。赴任がきまったとき、レイコが訴えたのを両津は止めた。とにかく、やってみよう、そんで決めよう、といい、レイコもいちおうは頷いた。しかし、メッセージを送るのは両津ばかりである。
村の連中からは、「両さん」「こち亀」などと呼ばれ(というか小学生の頃からずっとなんだが)、親しまれているが、自分はそんなのどかな世界になんて、そもそもいたくはない。レイコのいるトーキョーに行きたい。歌舞伎町とかブクロとかさー、いやむしろ刑事になりたいわけなんだが。いやいや、ていうか警察じゃなくてシティー・ハンターになりたかったんだけど。この男はいつだって夢想している。トーキョー勤務となったところで、この男が務まるものか。なにせぼんやりした男である。男の誇大妄想とは計り知れない。叶わないものを、心の奥底で追い続けている。
「こんちわ」
ラインの画面をじっと見ていると、声がした。駐在所の前に、色黒の男が立っていた。先日からこのあたりをうろうろしている男だ。初めてここを訪ねてきたときに名刺を渡された。名刺には『ルポライター 浅田光彦』と書かれていた。アサミミツヒコと一字違いですが、警視総監の兄はいません、とくだらないことをいった。超うさんくせえ、と怪しんだが、話しているうちにいいやつに思えてきた。両津の話に真剣に耳を傾けるところが好感度大。だいたいここにくるやつなんて、死にたいやつかバカしかいない。こいつはきっと、いいバカ! たかをくくっていた。
「どうよ、取材は進んでる?」
この男はふらりとここへやってきた。田島の伝説について記事を書きたいという。伝説については両津は不勉強だった。というか興味一切なし。去年やってきたクソユーチューバーを思い出した。あいつらは最悪だった。ぎゃあぎゃあ騒ぎ、注意するとゲンロンのジユーだのシンガイだなんだのと吠えた。後日動画を見ると、すげー滝〜とかやべークソ田舎〜としかいってなかった。ただのバカだった。浅田はきちんとしている、と両津は感じ、村のことを訊かれるまま答えてやった。
「そうですねえ、一長一短ですかねえ」
浅田はなかに入り、さっさと椅子に座った。わりと図々しい。まあ許容範囲だ。村の連中なんて両津に電話してきて、畑を手伝えだの便所が水浸しになったんでなんとかしてくれだの、なんでも屋扱いしてくる。
「なんかここ、のどかっすよねえ。まるでペンギン村みたいじゃないっすか」
ペンギン村だったらまだマシだ。そういえばこの村の盆踊りは、いまどき『アラレちゃん音頭』を流している。子供もいないし、オッサンオバサンたちがだらだらと回り続けるその光景は、まるでサバトだ。どれだけ時間が止まっているんだか。
「まーそうだね、なーんも事件なんて起こらないよ」
話相手にちょうどいい。両津は茶をいれた。
「平和ですねえ」
平和。俺はもっとロマンだのサスペンスだのを求めている。エンターテイメントの世界に身を投じたい。シティー・ハンターが無理ならせめて新宿鮫とかみたくなりたい。たしかにこんなとこにいたら、若者は狂っちまうよなあ。あんなわけのわからん小説でも書くようになるのかもしれん。別に面白くもなんともなかったが、両津は夜通しあの小説を読んでしまった。魔法ねえ。そんなものどうせない。あるのは、拳銃。ないのは、発砲されるべき対象……。
「お、電波が立った」
浅見は自分のスマホを眺め、驚きの声をあげる。
「へえ、珍しいねえ」
両津も自分のスマホの機内モードを解除してみた。バリバリ立っている。
「どういうことだ?」
この場所に赴任した当初、まったく電波が入らず困った。一部の連中がこっそり使っている特別なワイファイ端末とやらをもらうまで、なにもできなかった。一番レイコとコミュニケーションを取らなくてはならなかった時期に、迷惑きわまりなかった。
「いきなりどうしたんだろ」
両津は不思議でならなかった。これまでずっと圏外だったのに。レイコとの連絡に便利だから嬉しいけれど。
「あれですかねえ、突然時代が変わったんすかねえ」
浅田の言葉に両津は笑ってしまった。
「それだったらいいけどなあ」
なぜか二人とも大笑いをした。変わるわけねーべ。んちゃ! ってな。両津のスマホがラインメッセージを受信した。レイコか!?
『田島が死んだ』
『これるやつ集合』
グループラインだった。両津は思わず立ち上がる。レイコの返事どころじゃない、こりゃ一大事だ。引き継ぎをした際、先輩に「田島には絶対関わるな」と忠告されていた。喧嘩だ祭りだきっと面倒な争いが起きるに違いない。両津は興奮した。ついに俺にもおまわりらしいことをするときがやってきた!
「どうしました?」
不思議そうに浅田が見ている。
「いや、なんでもない」
いちおう情報を得ておく必要がある。みんながこそこそ噂していた田島の隠し財産を欲しがって、有象無象の荒くれどもが血みどろの争いをするに違いない! 事件だ。やっと現場に事件がやってきた。両津の妄想が掻き立てられた。
そろそろ見廻りにいくわ、と両津はごまかし、そうですか、じゃあ僕も滝のあたりに行こうかな、と浅田も立ち上がる。
じゃ、といって両津は自転車に跨った。
両津を見送りながら、浅田と名乗る男は痰を吐いた。タバコに火をつけた。あのこち亀野郎は出世しないだろう。これまで会ってきた警察のなかで一番脇が甘い。ちったあ疑えよ。まあ、おかげで随分といろいろ教えてもらったけどさ。
いつもの巡回とは反対方向、滝へ向かいやがった。つまり、例の呼び出しだ。男はラインを送った。
『6が向かっている。集合する模様、アサダミツヒコ』
しばらくして、返事がきた。
『アサダって誰だよ』
ほんっとうに、可愛くねえ女だなあ。タバコの灰を地面に落としながら、ニヤついた。同僚じゃなけりゃあんな女、引っ叩いて泣き喚かせてやりてえなあ。嗜虐趣味をシュミレーションしながら、ラインを送る。
『監視者6=こち亀確定』
ペンギン村に陽は落ちて……
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