36 平坦なセンジョーでぼくらが生き延びること
「ひゃははははははっ!」
大笑いしながら荷台からテイラー順子が飛び降り、美智代が続いた。テイラーと美智代の派手な着物がおぞましくはだけていた。
「やっぱり、こいつらをなんとかしないとダメか」
みゆきはいった。できることなら、余計な殺生などしたくはなかった。
「やるしかないわね」
洋美がいった。そういいながらも、自分はできるのだろうか。
「ゴギョウさん、ナズナさんをお願いします」
返事を聞くまえに、テイラーがみゆきに向ってマイクを投げつけた。みゆきはよけることができたものの、倒れるかたちになった。
「うらぁっ!」
テイラーはスコップを両手で持ち、振り下ろした。みゆきは転がり、その一撃から逃れた。
「いいかっ、てめえっ、明日からのっ別府の営業っ、こんなでっできると思ってんのかあっ! クリーニング代だせっ! くぬやろうっ!」
「知るかっ!」
みゆきはテイラーの足元めがけてゴルフクラブを叩きつけた。テイラーは倒れ込んだが、みゆきの左足を掴んだ。
「はなせ!」
「はなさなーいっ! はなせなーいっ! はなせっていわれてっ、はなすアホウがっどこにいんだあああああああ、つれてこいっっっっっっっ!」
テイラーはみゆきに覆いかぶさった。いてえっまじでいてえっいたすぎてっもうテイラーいやんなっちゃうよっ! いってええええええ。叫びながらテイラーはみゆきの首を締めだした。
「洋美ちゃん、あんた逃げたりなんかしないよね。こんだけおおごとにしたんだよ? トンズラなんてそりゃあんた人の道外れてるってもんじゃないの?」
洋美を前にして、美智代はぺらぺらと喋る。美智代の手にはバットが握られている。
「あたしはね、昔自分の兄貴をこれでぶん殴ったことがあるんだよ。ほら、あんたも知ってるだろ? うちの兄貴、めちゃくちゃヤンキーだったじゃない。ばあちゃんから金盗むわお父ちゃん殴るわ母ちゃんのご飯食わないわ大変だったんだよ。わたしほんとうにいやでいやで、一度ね、兄貴後ろからぶん殴ったことあんの。そしたらね、兄貴、血ぃ流しながらめちゃくちゃスローモーションで倒れてねえ、あたしいまでも覚えてるよ、あのときのこと。わたしはね、それ見ながらね、正義は勝つって思ったの、かならず最後に愛は勝つの、やまかつでもいってたでしょ、カンもクニちゃんも心配ないからねーって」
「美智代さん、お願い、正気に戻って」
美智代がにじり寄るのと同じだけ退きながら、洋美はいった。
「ねえ、誰が正しいか正しくないか、わかってないの? 洋美ちゃん? たくさんシラハで人殺ししたのはあんただよ? あたしたちはね、あんたを退治しなくちゃならないのよ。あんたは鬼だよ。鬼。鬼はね、ヒトに退治されるものなの。泣いた赤鬼なんていないんだよ。そんなものどこにもいないの、あんたはただの鬼。鬼退治なのよ、これは。あたしたちはね、モモタローなのよ……」
美智代は完全に我を失っている。なんてことだろう。洋美はもう、殺したくなかった。目の前にいる女を、撃ち、だまらせ、気を失わす。それしかない。
「わたしね、女子プロ野球あったらめちゃくちゃいけると思うんだよねえ。こんな村で燻らずにすんだのに、女子プロ野球があればさあ」
そういって、みゆきは豪快なスイングを見せた。
ナズナは頭をかかえて蹲っていた。ゴギョウはこのありさまのなか、どう振る舞えばいいのか、わからなかった。ナズナ、逃げろ、といっても、ナズナは震えたまま動けない。
さっきみゆきは、ナズナを守れとゴギョウに命じた。しかし……。
「ぎろちんぎろちんしゅるしゅるしゅ……」
ぎろちんぎろちんしゅるしゅるしゅ…不吉な言葉を呟きながら、近づいてくる。吉宗だった。
「ごめんねえ、ごめんよお」
吉宗は日本刀を持っていた。体の震えが刀に伝わっている。へっぴり腰だ。おそろしいのは吉宗ではない。刀だ。
「僕はね、きみとおなじように、作家になりたかった。可能性があった。誰だって可能性はあるんだ。文字をかければ、教育を受けてれば、ね。でもねえ、毎日を精一杯暮らしていくうちに、どんどん可能性っていうのはこぼれ落ちていくんだよ。いつのまにかね、僕の手のひらには、なにもなくなってしまったんだ。だからここにきて、死のうと思った。きみとおなじにね。でもできなくてね、白洲さんじゃなくてさ、美智代に拾われたんだ。だからね、僕は、美智代のいうことは、全部従わなくちゃなんないんだよ。さっき綺麗事をきみにいったね。あれはね、嘘じゃない、嘘じゃないんだよ。でもね、ほんとうでもないのかもしれない。ごめんなあ。きみを殺さなくちゃ、僕がここで生きていけないんだ。ごめんなあ」
ぎろちんぎろちんしゅるしゅるしゅ、ぎろちんぎろちんしゅるしゅるしゅ……。ぶつぶつと、吉宗は呟きながらゴギョウに近づく。
「頼むからゴギョウくん自分で死んでくれないか。僕は介錯をせめてしてあげるから、なあ、頼むよ、僕のために死んでくれよ……」
いやだ、いやだ。でも、声がでない。
そのとき、銃声が聞こえた。
一瞬銃声に気をとられた吉宗がひるんだ。ゴギョウは目を瞑ったまま、吉宗に向って飛び込んだ。二人は倒れ込んだ。日本刀がナズナのそばまで飛んだ。
ナズナは日本刀を手にした。揉み合っている二人を見た。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。二人とも謝りながら殴り合っていた。なんなんだ、これは。なんなんだ? わたしたちは、ここから抜け出せるんだろうか。これは現実なのか? 地獄じゃないか。ここは戦場なのか? 女の叫び声が聞こえた。セリの声だ。やめて、離せ、やめてえっ! ナズナは声のほうへと、近づいていった。
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