第七十二話 ヘイダル皇国

「師匠……助けて……もう何も出ない……ウップ――!」


 レイが船の縁に寄りかかり、顔面真っ青で何度も海に吐いている。

 ミュールはオロオロしながらレイの背中をさすっていた。


 海がこんなに揺れるものだと思わなかった……


 僕はというと、頭では海の不思議さに感心しつつ、船の上でも相変わらず刀を抜いて型の稽古に勤しんでいる。

 むしろ船が揺れる分、踏ん張るのでむしろ足腰の鍛錬になっていいくらいだった。


 バルターク大陸を出発してからはや1週間。

 やることも無いので、型稽古やレイやミュールとの打ち合いをやっていたわけだけど、レイが二日目くらいからああいう状況で、寝てるか吐いてるかのどちらかなため、ほとんどミュールとしかやれていない。


 ただ、船員さん達は僕やティアナの事を知っていたようで、剣の指導や鍛錬場の話、四天王ドランを倒した時のことを聞かせてくれとせがんだりしてくる。

 おかげで暇を潰せたし、向こうも感謝してくれていたので嬉しい限り。


 ティアナの方といえば、いつの間にかギルドや公爵様、図書館などでヤパン大陸の情報を集めてくれていて、念のためと世界地図なんかも買ってくれていたようで、船に乗ってからも船員さんから積極的に大陸の情報を集めていた。


 そしてその夜に船員さんから明日に到着するという事を聞くと、ティアナが集めてくれた色々な情報を僕達に分かりやすく教えてくれた。

 

 ・龍の巣は大陸中央部にあるクリード山にあり、そのふもとには額の角が生え、強靭な肉体と高い戦闘力を持つ鬼人族オーガの集落があること。

 ・ヤパン大陸の大部分を支配しているヘイダル皇国は、過去に大陸の統一とクリード山の鉄鉱脈を狙い何度も鬼人族と戦ったが敗北し、唯一鬼人族の集落だけが支配できていない事。

・鬼人族は積極的に人を襲うことはなく、ヘイダル皇国が戦争に敗れた後も集落から離れることはなかった事

・鬼人族は人間との交流を避けており、龍の巣への道も鬼人族が守っていて通れず、ここ百年近くは龍の巣に入った者がいないが、鬼人族との鉄鉱石の交易は細々とおこなわれている事。


ティアナの話を聞いて、僕は考え込む。


「そうなると……鬼人族からすれば僕達が来るのは良く思わないだろうし、皇国からしても相手を刺激してほしくないから……最悪許可が下りないかもしれない……」


「そうね……とりあえずは話をしてみないと分からないけれど、皇帝陛下が話の分かる方ならいいんだけどね……それよりムミョウ、私の集めた情報役に立つでしょ?」 


 分厚い手帳を閉じながら、ティアナが僕達に自信満々な顔をしながらウインクをしてくる。


「すごいなあ……ティアナ。 僕らと一緒に稽古とかもやっていたのに、そこまで調べてくれてたんだね。」


「ふふっ! これでも賢者ですからね! ムミョウが剣を振るなら、私は頭を使わなくちゃね」


「いやあ! 本当にすごいなあ! 炎の賢者ティアナ様! これからもお世話になります!」


 僕が頭を下げながら冷やかすと、ティアナの顔が瞬く間に赤くなる。

 最近のティアナはこうやってからかうとすぐ顔が赤くなるから楽しいもんだ。


 一方、レイとミュールはそんな僕達を見ながら半目でああ、またか……という顔になっていた。

 そんな和気あいあいとした光景の中、僕は鬼人族の事についてふと考える。


 あの時……イットウ様の額にも角があった……もしかすると……イットウ様も鬼人族?


 ティアナによって得られた情報、そして新たに湧いてくる疑問を胸に秘め、その日は皆ベッドに入る。



 そして翌朝、船員さんの声とともに目を覚ます。


「皆さん! ヤパン大陸が見えてきましたよ!」


 相変わらずベッドから起きられないレイを尻目に、三人は船の甲板に出て船員さんの指さす方を見る。

 海の向こうを見れば、陸地があるのがかすかに分かる。


 あれが……イットウ様の故郷……そして……


 船の上から陸地を眺めたり、降りる準備をしながら数時間が経ち、ようやく船は大陸の港町に到着し、僕達は久しぶりの陸地に降り立つ。

 その足で皇国の首都であるラームに向かいたかったけど……

 ミュールに引きずられて船から出てくるレイがとても耐えられる状況じゃないので、やむなくこの町に一日滞在することとなった。


 そして翌朝には手配した馬車に乗って一路首都へと向かう。

 港町から首都ラームまでは約5日。

 街道沿いは綺麗に整備されており、道幅も馬車が2台並んで走れるくらいに広い。

 

 快適な移動が続き、途中の宿で泊まったりするなどしてようやく首都に到着。

 すぐさま僕達は城へ行き、衛兵に王国から頂いた身分証明書を見せて皇帝への謁見を願い出る。


ノイシュ国王の署名入りの身分証明書は効果てきめんだったようで、城内に通され一室でしばらく待たされた後、すぐに会うことが出来た。


皇帝のいる謁見の間にて拝謁し、一人ずつ素性を述べた後、僕が前に進み出て王国より承った連絡内容を伝える。

勇者バーンが魔王へとなりつつあり、それを討伐したもののいずれまた復活する可能性が高い事。

バルターク大陸では各国が協力し、鍛錬場の攻略に全力を挙げ、少しでも魔王に対抗するための40階層突破者を増やすことを目指している事。

ヘイダル皇国にも、ヤパン大陸での鍛錬場攻略の支援を依頼といずれ魔王が復活した際に協力してほしいという内容をつらつらと述べた。


「皇帝陛下。 私は以前、鬼人族の者と思われるイットウという方から龍の巣へ向かえという言葉を受けました。 その直後バーンが魔王となり、討伐するに至ったのですが、私は龍の巣という場所が魔王に対して何かしらの関係のある場所なのではないかと考えています。 どうか私達に龍の巣へ向かう許可を頂けないでしょうか?」


だが、船の中で考えていた通り……皇帝は鬼人族の所へ僕達が行くことに難色を示す。

だが理由は考えていたのとは違い、現在鬼人族の集落と皇国の境界辺りで殺人が多発しており、皇国の仕業ではないと弁明している最中で、僕達が龍の巣へ行くことでそれが破たんするのを恐れているかららしい

僕達としては龍の巣にどうしても行かなければならない以上、魔王の危険性を改めて訴え、鬼人族とは絶対に事を構えないようするなどと説得を続け、どうにか許可を取り付け検問を通るための書類を発行してもらうことが出来た。

僕達が龍の巣へ向かいたいという事を鬼人族に伝える早馬も出すそうだ。


城を出た僕は急いで龍の巣へ行こうとしたけど、ティアナが僕の服を引っ張る。


「ムミョウ。 今日はここで休みましょう?」


「え……でも急がないと……」


「あなたや私ならともかくレイやミュールもいるのよ? 今から向かったら疲れ切ってしまうわ。 明日からも恐らく長い距離を移動するのだし……皇国の方でも早馬で私達の事を伝えてくれるのなら、なおさら無理に急がず行きましょ」


ティアナの気づかいに僕は頷きつつ、その日は首都で宿を取る。


翌日は朝早くに馬車でクリード山へ向けて出発する。

徐々に近づくにつれて街道の舗装も荒く、道幅も狭くなり、外の風景もどんどん木々で埋め尽くされていく。


そして、検問となっている要塞に到着し書類を見せた際にも話を聞かされた。


「あなた方の事は鬼人族へ伝えましたが……良い対応は期待しないでください……また、殺されたものは腕に自信のある兵士や冒険者、鬼人族で、皆一太刀で斬り殺されており犯人はかなり手練れであると考えられています。 皆さんもお気をつけて」


僕達に注意を促してくれた兵士にお礼を言いつつ、僕達は要塞を出る。

ここから先は馬車も通れないくらいに道が荒れているので、歩いていかなければならない。


僕が先頭を歩き真ん中にミュールとティアナ、レイが後方で黙々と道を歩いていく。

だが……


「レイ……気付いているかい?」


レイに対して僕が尋ねると、息をのみながらうなずいた。

剣の柄に手を掛けようとしたけど、僕は首を振ってそれを制した。


「レイ、それはダメだ。 今は剣を抜いてはいけない。 鬼人族に敵対する意志があると思われてしまう」


僕は意識を集中させて周囲を見るが、白い線は見えない。

ティアナが僕達の様子を見て、不思議そうな顔をする。


「どうしたの? ムミョウ?」


「誰かが……僕達をずっと見ている。 じっと……まとわりつくような感じだ」


ティアナとミュールがそれを聞いて慌てて周囲を見渡す。


「大丈夫。 今すぐ襲ってくる……というわけではなさそうだ。 ただ僕達が何者なのかと見ているんだと思う」


僕はティアナ達を安心させるようにそう言つつ、警戒を解くことなく歩き続けた。

しばらくするとその不快な視線も消えたたので、一安心しつつそれから何時間か歩いていくと、突然目の前に人影が現れる。


「お前達! ここに何しに来た!」


二人の男と一人の女性。

三人とも額に角を生やし、僕と同じ刀を構えていた。

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