第十六話 追い求めた強さの先
私は絶望していた。
この地に逃れ、わずかな者達で隠れ潜みながら必死に生きてきた。
慣れない家造りや開墾。飢えや寒さに苦しみ、冬を越せない者もいた。
それでもどうにか……やっと生きていけるだけの土台は出来たはずだった。
そこに突然オーガ達がやってきた。
人間のように鎧兜を付けたオーガ、それを束ねる人語を話す真っ赤なオーガ。
私達は抵抗も出来ずに皆捕らえられた。
魔王の生贄として私達を連れて行くと……
どうして……私達はここまで苦しめられるのか!
バーゼル様は私達に死ねというのか!
皆悲嘆し、涙を流す中、一筋の希望が現れた。
だがそれはすぐに悲嘆へと戻る。
私達の元に現れたのは老人と子供、腰に剣を下げてはいるが、どう見てもオーガ達に勝てるとは思えない。
ああ……やはり私達は死ぬ運命なのか……
そして2人とオーガ達は戦い始めた。
どうせ幾ばくも持たぬ……
暗い考えが人々の頭の中に巡る。
老人はオーガ達にあっという間に囲まれた。
子供はあの真っ赤なオーガに立ち向かっていく。
だが……バーゼル様よ!もしこの場を見ていらっしゃるならどうか……どうか――あの2人に力を!
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ボルスの振る鉄塊が唸りを上げる。
その速さに、振るたび周囲に突風が起こり砂が舞い上がっていく。
ムミョウは暴風のようなボルスの攻撃を紙一重で躱し続ける。
端から見ればムミョウは絶体絶命。
いつかあの攻撃をまともに受け、原形を留めぬほどに潰されるだろうと皆考える。
だが、攻め続けるボルスと躱し続けるムミョウ、両者の顔は予想される結果とは別であった。
「ナゼダ! ナゼ我ノ攻撃ガ当タラン! コノ小僧ハナゼソコマデ躱セルノダ! ナゼダ! 」
ボルスの元々醜い顔が、更に醜くくゆがむ。
――左足を踏み込んで――袈裟斬り 1秒―2秒―3秒
――右足踏み込んで――薙ぎ払い 1秒―2秒―3秒
――左足を出して――もう一度袈裟斬り 1秒―2秒―3秒
なんだ……こんなものなのか?
ムミョウは笑っていた。
ムミョウの眼には、ボルスの気が波のように揺らめく白い1本の線となり、明確に次の動きを教えてくれる。
その動きも、トガとの剣筋を確かめる時の立ち合いのようにひどくゆっくりに見えた。
心の中で時間を数え、自分の頭を吹き飛ばそうと右に流れる白い線をしゃがみこんで躱せば、ちょうど3秒後には線をなぞって鉄塊がムミョウの頭をかすめていく。
師匠の剣は、白い線が見えた瞬間に飛んでくるし、時々騙しの線が入ってくるから避けづらいんだけどなあ……
しかしなんだかなあ……魔王四天王の1人というからどれくらい強いのだろうと緊張して損したよ。
師匠との立ち合いの方がよっぽど怖いし、命がいくつあっても足りやしない。
ようやく自分の腕を試せる相手と会えたという嬉しさは落胆へと急速に変わっていく。
とはいえこのままボルスの攻撃を躱し続けるのもつまらない。
さてどうしようかと、自分のすぐ横の地面をえぐった鉄塊を横目に見ながら考えていると、突然師匠の声がした。
「おーい、ムミョウ! わしとお主でどっちが先にオーガを倒すか勝負といくか! 」
ちらっと声の方を見ればすでにオークが3体ほど倒れている。皆首が無く、切り離された胴体から血が流れ出ている。
ボルスもトガの方を見ると、その光景を見て怒り狂う。
「キサマ……! ヨクモ我ガ部下ヲ! 小僧ヲ殺シタラ次ハオ前ダ! 」
「はぁ……わしらの実力を感じ取ることも出来ぬようなやつが、よくもそんな大言を吐けるのう」
「ナンダト……!? 」
1匹のオークが正面から大剣を振り上げトガに迫る。
振り下ろされた剣を、トガが後ろに飛んで躱すと、その場所へ後ろにいたオークが剣を斜めに斬り下ろしてくる。
トガは踵を軸に素早く回転すると、大剣をヒラリと躱しながら手首を返して短く飛び上がり、オークの首を飛ばす。
オーク達の一糸乱れぬ連携を木の葉のようにユラユラと躱し、返す刀で1人、また1人と倒していくトガ。
ついにオークの集団は半分を割る。
「ほれ、ムミョウよ。いい加減そいつのうるさい口を塞いでしまえ」
「はい! 師匠! 」
師匠に催促されたとなれば、もう時間をかけている場合じゃない。
どうやってこのオーガを倒すか思案し始める。
ボルスはもはや半狂乱で鉄塊を振り回し続ける。
「ナゼダ! ナゼダ! ナゼダ! 我ハ魔王様ヨリ強大ナ力ヲ頂イタハズ! ナゼコンナ小僧ト老人ニ我ラオーガガ一方的ニ殺サレテイクノダ! 有リ得ナイ! 有リ得ナイ! 」
まずはあの邪魔な鉄塊を叩き落さないと……
それならまずは……
焦りのあまり大振りになったボルスの斬り下ろしを、ムミョウはスッと左にずれて躱す。
鉄塊が地面に刺さり土煙が上がるが、ムミョウはある一点を狙って前に走り出し、剣を振る。
「――ガアアアァァァ! 」
ボルスが痛みで叫び声をあげ、鉄塊を落とす。痛みの先を見れば、鉄塊を握っていた右の親指が根元まで斬られ、皮だけで繋がっており、プラプラと揺れている。
コレデハ鉄塊ヲ握レナイ……!
すぐさま左手に持ち替えてムミョウへ飛び掛かるが、ムミョウの姿が一瞬で消え、足首の後ろに激痛が走り思わず膝をつく。
股の間を抜かれ、今度は両足の腱を斬られる。
ボルスはもう立ち上がることも出来ない。
「ふう、ようやく大人しくなった」
「グァ……ガァァ……」
ボルスが弱弱しく呻く。
最期の力でムミョウに向けて鉄塊を投げつけるが、当然のごとく躱される。
「師匠! 僕の勝ちですよね? 」
ムミョウの方へ近づいてきたトガが笑い出す。
「阿呆! わしの方が先にオーガどもを全滅させておったわい」
トガの後ろを見れば、首と身体が別々になったオークの死体が10体あちこちに転がっている。
信じられない光景を目の当たりにし、ボルスがやっとのことで言葉を絞り出す。
「オ前達ハ……マサカ勇者ナノカ……? 」
その言葉でムミョウの顔が怒りでゆがむ。
「あぁ…? あんなのと一緒にするなよ……」
「ヒィ……! 」
ムミョウの顔を見て、ボルスはその場から逃げようとするが、両足の腱と右手親指を斬られていては出来るはずもない。
「さて、覚悟はできたかの? 」
ムミョウが刀を構え近づく。
「ナゼダ! ナゼオ前タチノヨウナ者ガココニイル!? ナゼダ! 」
「決まっておる。修行じゃよ。ちとお主らでは歯ごたえが無かったがのう」
「さて、これ以上は生きていても恥であろう? さっさと去ね」
ムミョウが風のようにボルスに近づき、一気に首元を切り裂いた。
首の半分以上を斬られ、傷からは赤黒い血が噴水のように噴き出る。
ボルスの身体は力を失い、地響きを立てて仰向けに倒れ伏した。
その後縄で繋がれていた人々を助け出したのだが、皆から涙を流しながら感謝されてしまった。
「有難うございます……! 本当に有難うございます! 」
「いえ、本当に僕と師匠は偶然ここに立ち寄っただけなので……」
「ですが、あなた達はなぜここに住んでいるのです? 魔王が現れたのですから逃げた方がいいのでは? 」
ムミョウが尋ねると集落の長と思われる壮年の男性が答える。
「それが……我々は色々な領地の小作人で、領主様から逃げてきたのです」
「税を納められなかったり、借金を返せなくなったりで……やむを得ず」
「そして我々が集まり、この場所まで逃げて森を拓き、どうにか生活できるようになるまでにはなったのですが……」
長の男性が肩を落とす。
「魔王が現れたとなるともうこの場所では住むことが出来ません」
「我々はどうすれば……」
「師匠……」
「あ~ムミョウよ。言わずとも良い。お前の考えていることならよく分かっとる」
トガが悲しげな眼で見てくるムミョウを手で制す。
「わしらはここより南のノイシュ王国にあるフッケという街からやって来た」
「魔王が現れたというので修行も兼ねて来たのじゃがな、如何せん食料が心もとくなってきたので帰ろうと思っていた所じゃ」
「ここに残ってお主らを守るという方法も考えたが、さすがにそれは面倒じゃ」
「どうじゃ? お主たちもわしらについてきてフッケまで来る気はないか? 」
「よっよろしいのですか!? 」
長や集落の者達の顔が一気に明るくなる。
「どうせこの国では生きていけんのじゃろう? 」
「なーに、お主らを住まわせるアテはあるから安心するがよい」
「さて、では魔王の奴らがまた来るとも限らんし、さっさと準備をしようかの」
集落に残っていた食料や衣類などをかき集め、急いで準備するとトガやムミョウを含めた老若男女17名は一路ノイシュ王国のフッケを目指して歩き出す。
こうしてトガとムミョウの魔王の軍勢を相手にした1年目の修行は終了した。
道中は街道を進み、途中の街などで食料を買い集めたりしたので飢えなどに苦しむことはなく安全に戻ることにした。
時間が経てば集落の人達とも仲良くなり、特にムミョウは、自分より2歳ほど年下の男の子と女の子の2人とよく話をする機会があった。
レイとミュールと言うらしい。
「へえ! ムミョウお兄ちゃんまだ剣術習い始めて1年も経ってないの!? 」
「うん。師匠には才能があるって言われたからね! 必死で頑張ったよ」
「すごいなあ……それなのにあんなおっきいオークを簡単にやっつけちゃうんだもん……かっこいい! 」
「ねぇ! トガさん! ムミョウさん! 私たちに剣を教えて頂戴! 」
「ミュール……そんないきなり……」
「何言ってんのよ!私だって剣を習えばあんなオーガなんて一発よ! だからあんたもこの人達に一緒に剣を習うのよ! 」
「僕も一緒なの!? 」
「当たり前じゃない! レイも剣を習って私と一緒にあのオーガどもをバッタバッタなぎ倒すのよ! 」
「そっそんなぁ……怖いよぉ……」
「はっはっは! 可愛い子供達じゃ。わしは嫌いではないぞ? 」
こうしてトガとムミョウは、行きと違い帰りは大勢の人達に囲まれながらフッケへと帰還した。
フッケでは、連れてきた集落の者たちを住まわせてもらえるよう、冒険者ギルドにゴブリンの軟膏のためと強弁を張ってお願いをし、残っていた金貨を長の男性に渡して2人はゴブリンの村へと帰ることにした。
「トガさん! ムミョウお兄ちゃんまた来てね!」
大きく手を振るレイやミュールなど集落の人達に見送られながら2人はフッケを去る。
すでに季節は秋を過ぎ、そろそろ冬に差し掛かる頃であった。
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ブロッケン連合国ハインリッヒ州の廃城
人の気配のない崩れ落ちた王の間には見るからに禍々しい怪物の像が鎮座し、周囲に黒い霧を発している。
「まさか……ボルスが破れたというのか……」
「勇者はまだ忌々しい神々の鍛錬場で呑気に戦っているはず……」
「まだ計画は進められる……しかし、ボルスが破れたせいで与えた我の魔力もかなり失ってしまった……」
「しばらくは他の四天王にも動かぬよう厳命せねば……」
「一体……一体誰がボルスを倒したというのだ……」
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