加工の弊害


 写真を撮るのは、とても楽しい。

 便利になった世の中のおかげで、加工という素晴らしい技術も出来た。

 その技術を全て駆使して、私は可愛いを手に入れた。


 美白、顔をシャープに、目を大きく、鼻を小さく、唇はつやつや、しわも全部消す。

 それを丁寧に設定すれば、リアルではブスだと言われる私でも、女優と比べても勝てそうなぐらいは美人になった。


 そうして綺麗になった写真を、SNSのアイコンにすれば、騙された馬鹿な人達が群がってくる。

 綺麗可愛い付き合いたい、そんな言葉を投げかけてきて、私の機嫌を取ろうとする。

 それを見ているだけで、現実での辛いことが無くなるような気分だ。

 私は今日も、容姿を褒める言葉を見ながら笑みが止まらなくなる。


「『女神すぎて』……ふふ、知ってる。『綺麗』? 当たり前じゃない」


 ありきたりな言葉だけど、いい気持ちになるには充分だ。

 これを一日の終わりに見るのが、私の楽しみである。


「みんな、もっともっと私をほめなさいよ。そうしたら、いーっぱい写真をあげるから」


 全ての言葉を確認し終えると、スマホの電源を落としてベッドに寝転がる。

 この前投稿した、あざとい寝顔の写真も好評みたいだし、次はどんな写真にしようか。

 写真を投稿したあとの盛り上がりを想像すれば、自然とまた笑ってしまう。


「着物とか着てみても良いかもね。ちょっと化粧も頑張れば、もっと綺麗になるでしょ」


 そしてみんな、私を褒め称えればいい。

 綺麗で可愛くて美人な私を、もっともっと気持ちよくさせて?


 私は満足しながら、その日はすぐに眠りにつくことが出来た。





「おいおい! ここミスってるけど! 君、何年この会社で働いているんだったっけ?」


「すみません」


「謝るよりもさあ、先に手を動かしてくれないかな。……全く目の保養にならないんだから、せめて仕事ぐらいはまともに出来ないかね」


「……すみません」


 私は上司のはげ頭を見ながら、小さく謝罪をした。

 ここは働いている会社で、現在上司に怒られている状況なのだが。


 そのミスがあった仕事は、私がやったんじゃなくて、お前のお気に入りのまどかちゃんがやったやつですけど?

 髪の毛と一緒に、記憶もどこかになくしたんですか?


 そう言い出したい気持ちをなんとか抑えながら、内心で罵倒していた。


「もう謝らなくていいからさ、さっさと書類の不備を直してくれない? 目の前にいられると、気分悪くなってくる」


「はい、すみません」


「……性格は暗いし、ブスだし、本当使えないな。いる意味ないだろ」


 我慢我慢。

 脳内では既に、上司の頭を何度もバットで殴っているが、表情には全く出さなかった。


「ふふふ。大変でしたね。吉田さあん。私だったら、あんなに言われたら泣いちゃうかもお」


「……そうですか」


「こわーい。睨まないでくださいよお。その書類直し終わったら、私が出しますから」


「……そうですか」


 席に戻れば右隣に座っている、私が怒られた原因である上司お気に入りのまどかちゃんが、嫌な笑い方をしながら話しかけてきた。

 私はそれに淡々と返事をしながら、頭の中ではメッタ刺しにしていた。


 お前の点数稼ぎのために、私は仕事をしている訳では無い。

 寿退社をするまでの腰掛けなんだとしたら、さっさと馬鹿な男をたぶらかして辞めてくれないか。それか顔面がぐちゃぐちゃになって、死なないかな。


 会社の中では可愛いのかもしれないけど、比較対象が多くなったら、そうでも無いくせに。

 それに加工したら、私の方が絶対に可愛い。

 だから馬鹿にしないで欲しい。



 会社で、色々と言いたいことはある。

 でも言った後が怖い。

 もしもそれで泣かせたとしたら、絶対に責められるのは私だ。

 下手すれば、辞めさせられるかもしれない。

 あのクソ上司だから、それはありえる。


 私は大きなため息を吐いて、隣の声をシャットダウンすると、パソコンに向かう。

 そうしていれば、諦めたのか話しかけられなくなった。

 キーボードをカタカタと勢いよく鳴らしていると、自然と仕事に集中していく。

 周りの私を馬鹿にして笑う声も、嫌な視線も気にならなくなる。

 そうやって数時間パソコンの前にいれば、ようやく書類の不備を直すことが出来た。


 背を伸ばすとバキバキと音が鳴って、完全に疲れが体に出てしまっていた。

 それでも仕事はしなきゃいけないから、書類を提出するために席を立とうとしたのだが。


「あっ、終わったんですかあ? それじゃあ、私が出してきますよお」


 ハイエナのごとく目ざとく見つけられて、持っていた書類を右側から、サッと奪われた。

 私は声を出す暇もなく、ただ呆然とクソ上司の所に向かう背中を見ていることしか出来なくて。


「あのー、書類の不備直したのでー、確認お願いしまーす」


「おっ。まどかちゃん早いねえ! 助かったよ! 本当まどかちゃんは仕事もできて、美人さんだから部下で良かったと思うよ」


「そんな、褒めすぎですよお。私はただ、仕事をしているだけなのでえ。でも褒めてもらえて、とーっても嬉しいですう」


 声が大きいせいで、嫌でも耳に入ってくる不快な会話。

 ちゃんと見ていれば、その書類を作ったのは私だとすぐ分かるはずなのに、使え無さすぎて笑えるレベルだ。

 それを分かっている周囲も、私の味方ではない。


「まーた、やってるよ」


「かわいそー」


「しっ、聞こえるよ」


 こそこそと話しているみたいだけど、丸聞こえだ。

 私は無表情になるように、気をつけながら席に座り直す。

 そして、溜まっていた自分の仕事に手をつける。


 私に仕事を押し付けるのは、なにもまどかちゃんだけではない。

 それを先に処理するせいで、私の仕事はいつも後回しになり、残業する羽目になる。

 他の仕事をやらなければ、すぐに終わるはずなのに、本当に理不尽だ。


 しかも、残業をする部下がいると上司の評価が下がると言って、タイムカードは定時で切らされる。

 だからどんなに頑張っても、給料になることは無い。

 それなのに、どうして訴えたり退職をしないのかというと、この会社を辞めても私を拾ってくれるような所なんてないからだ。


 この会社に入る前だって、色々なところに就活して落とされていた。

 すぐに他の仕事が見つかるとは、到底思えなかった。


 だから内心では、みんなを殺しているのに、表立ってはそれを出していない。

 これからも何かが突然怒らない限りは、ずっとこんな日々が続くのだろう。



 そう思っていた。





 その日、家に帰ってきた私は今までにないぐらいにイラついていた。

 原因は、言わずもがなクソ上司とまどかちゃん。

 何を血迷ったのか分からないけど、仕事をしていた私の元に来て、とんでもないことを言い出した。


「あのー、お願いがあるんですけどお」


「……何でしょうか」


「今日も相変わらず暗い顔だな。これからまどかちゃんと俺、少し外回りをしてくるから二人分の仕事やっておけ」


「……は?」


「それじゃあ、よろしくお願いしまーす!」


 何が何だか分からないうちに、二人はいなくなっていた。

 後に残ったのは、呆然としている私とクスクスと笑う周囲の人だけ。


 そんなわけで二人分の仕事を押し付けられ、終電ギリギリの時間まで会社にいた。

 肩や目、首筋など色々なところが痛くて、私の苛立ちはピークに達している。


 不倫の後始末を、なんで私がしなきゃいけないのか。

 さっさと奥さんにバレて、会社にいられなくなればいいのに。

 私はスーツを脱ぎ捨てながら、大きなため息を吐いた。

 そしてスマホを取り出し、SNSを開く。


 そこには私の加工された写真が、称賛されていた。

 綺麗美人可愛い付き合いたい。

 そんな言葉で溢れていて、普段だったら私の気分を上げてくれるはずだった。

 しかし今は、全く嬉しくない。


 どうしてSNSの私はこんなにも色々な人から褒められるのに、現実の私は虐げられているのか。

 どっちも同じ人間なのに、どうしてこんなにも差が出てくるんだろう。

 私はスマホを放り投げて、目を閉じた。

 そして、深く深く考える。


 顔が良ければ、人の態度は随分と変わる。

 それは今までの流れで、確認済みだ。

 だからブスのままじゃ、誰にも優しくしてもらえるわけがない。

 綺麗にならなくては、これからの人生闇しかない。


 綺麗に。

 綺麗に。

 加工した写真みたいに、綺麗になるのだ。


 そうすれば私は一番になれる。



 そこまで考えて、私は閃いた。

 加工すればいいのだ。

 アプリで何度もやっているんだから、現実でも出来るはず。

 私は台所に行き、包丁。

 後はリビングからカッター、ホチキス、のり、ハサミを取り出した。


 それを全てテーブルの上に並べて、カッターを手に取ると顔に当てる。

 あとは、ためらい無くやるだけでいい。



 私は未来の自分を想像して笑い、そして勢いよく腕を横に動かした。





『加工の弊害』

 ・SNSに投稿するために、少しでも良く見せようと自分の写真を加工する。

 ・自分の理想通りの顔。

 ・それに慣れると、逆に現実の自分の顔が嫌になってくる。

 ・そして、現実でも加工。

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