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 猫を拾ったときのことを恵が思い出したのには理由があった。

 それは今年始めたばかりの、バイト先のケーキ屋さんで出会った一人の男子高校生が原因だった。

 その男子高校生の名前は、松野葉月くんと言った。

 葉月くんはケーキ職人、いわゆるパティシエ志望のすごくかっこいい高校生で、アルバイトの恵とは違い、本気でお菓子の勉強をするために、恵と同じお店でずっと前から働いている無口な少年だった。

 その葉月くんは、なんだか自分の拾った猫に似ている、と恵は思った。

 だから黒猫を拾ったときのことを、本当に久しぶりにこうして思い出したのだった。 

「ねえ? 葉月くん」恵は言う。

「今、仕事中」葉月は言う。

 二人の働いているお店は店内での飲食ができるように小さいけれど、客席が二つだけあった。恵はその客席で掃除をしていて、葉月くんはキッチンで厨房の後片付けをしている。

「聞いて欲しい話があるの」

 そう言って恵は自分の拾った猫が葉月くんに似ている、という話をした。

「ふーん」

 葉月は言った。

「まあ、でもその猫ちゃんは去年、死んじゃったんだけどね」

 恵がそんなことを言うと、葉月くんはなんだかひどく嫌そうな顔をした。

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