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それから数年後の春の日。
社会人になった早月は近くの公園に桜を見るために散歩に出かけた。
早月は一人だった。
そして満開の桜を見たあとで、早月は陸のお墓参りに行った。
「久しぶりだね。陸」
陸のお墓の前で早月は言う。
その日は、ぽかぽかとしたいい天気で、なんだかすごく気持ちが良くて、気をぬくとついうとうととして眠ってしまいそうになるような、そんな穏やかな日だった。
「私、今度奏と結婚することにしたんだ」
早月は言う。
「奏がね、プロポーズしてくれたの。すっごく高い指輪も買ってくれたんだよ。すごいでしょ?」
雀が一羽、飛んできて、陸のお墓の前に止まった。
「そのプロポーズを受けることにしたんだ。奏はかっこいいしさ、もう付き合って長いからね」
早月は言う。
「陸はどう思う? 私の結婚? 賛成してくれる? それとも反対?」
早月の言葉に陸はなにも言ってくれない。
少しして、雀がもう一羽、飛んできて陸のお墓の前に止まった。
それから先にいた一羽と一緒になって、二羽の雀は、それから青色の春の空の中に、ちゅちゅ、と小さく鳴きながら、飛んで行ってしまった。
その光景を見たあとで、早月は「またね、陸」と言って、陸のお墓の前をあとにした。
その半年後、早月は奏と結婚をした。
二人は都内のマンションの一室で二人で一緒に暮らし始めた。
二人の間には、すぐに一人の子供が生まれた。
それは元気な男の子だった。
その男の子に早月は、陸、と名前をつけた。
この子に陸の名前をつけることは、すごく悩んだし 奏は嫌がるかな? と思ったけど、「早月がそうしたいのなら、それでいいよ」と奏は言ってくれた。
だからこの子の名前は陸になった。
お母さんになった早月は、毎日すくすくと育つ陸と一緒によく公園に出かけるようになった。
そんなある日。季節は春の五月ごろ。
「お母さん。早く、早く」
陸は言う。
「ちょっと待って。今行くから」
早月は言う。
それから早月は「捕まえた」そう言って小さな陸の体を両手でしっかりと、ぎゅっと抱きしめるようにして、捕まえた。
「捕まっちゃった」
満面の笑顔で陸は言う。
この笑顔を、もう絶対に、二度と手放さない、と早月は思う。
そう自分の心に誓った。
「陸」
「なに? お母さん」陸は言う。
「愛してる」
最愛の笑顔で、早月は言った。
早月 終わり
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