5.元悪役令嬢系女子と雑食系女子と薄幸系女子の会

 今学期の成績で一通り騒いだ後は、女子だけでのショッピングの時間がやって来る。

 午前中に終業式が終わったので、その後は街でランチも済ませてしまう予定だ。


「楽しみだなー、アルマティアナ! 南国のリゾートなんて生まれて初めてですよぉ!」


 校門を出たあたりで、ミーチャが興奮気味に目を輝かせて言う。


「あ、でもレティシアは公爵家のご令嬢だし、サーナリアだって商会のお嬢様だったよね? やっぱりそういう場所には慣れてたりするんです?」


 物心つく前にバカンスに連れて行かれた、という話は知っている。

 けれども、私自身が覚えていない旅行を経験としてカウントしても良いものなのかしら。


 以前の人生では、セグの花乙女に選ばれるべく、様々な勉強やレッスンに励む日々が続いていた。

 そのせいもあって、遠出をする余裕はほとんど無く、最初の花乙女として選ばれたのはルディエルの学院に通い始める前だった。

 公爵令嬢に相応しい生活は送れていたはずだけれど、途中から生活の基盤を後宮に移した私は、実はそれほど旅行らしい旅行の経験が無かったりする。


「私はほとんどそういった経験はありませんわ。ですから、今度の遠征はとても楽しみにしておりますのよ」


 今の人生でも、すぐに家を出てミンクレール商会でお世話になる道を選んだから、それほど変化がある訳でもない。

 しかし、セイガフ生として討伐遠征で見知らぬ土地に赴くのは、ある意味旅行であるとも言えるだろう。

 そう考えれば、以前の私よりも多くのものを見られている。


「わたしもレティシアさんと同じですね。療養中は滅多に外には出られませんでしたから」

「あ……悪い事聞いちゃいましたね。無神経な話を振ってしまってすみません」


 顔を曇らせたミーチャに、サーナリアさんが首を横に振って反論した。


「良いんですよ、ミーチャさん。わたしが療養生活をしていた場所は、リゾートとは言い難い所ではありましたが……空気が美味しく、緑がとても豊かでした」


 サーナリアさんは、胸に手をあてながら穏やかな表情を浮かべる。


「……そのせいもあってか、昔から他の景色を──青い海を見てみたいと思っていたんです。だから、こうして皆さんとアルマティアナに行けるのが、楽しみで仕方が無いんです」


 彼女の声には、どこか寂しさを感じた。

 それと同時に、もうすぐ訪れる機会への希望も滲ませたサーナリアは、私達に笑みを向ける。


「それなら精一杯海を楽しみましょう、サーナリアさん」

「ええ……!」


 足取り軽く、私達は目的の店に到着した。

 大通りに面したカフェに入り、美味しいと評判のサンドイッチをそれぞれ注文する。

 ふわふわのパンには玉子とベーコン、レタスにトマトが挟まれていて、見ているだけで食欲をそそられる。

 店員さんにお勧めの紅茶も頼んで、それを堪能して、少しまったりしてから店を出た。

 腹ごしらえが済んだら、次は今回の最重要目的となるアイテムを調達に向かう。


 リゾート地。

 南の海。

 そしてビーチ。


 ここまでヒントが揃えば、私達が何を欲しているかは一目瞭然だろう。

 そう──


「この水着、可愛い〜!」


 ミーチャが歓喜の声をあげたのは、ミンクレール商会のとある一室。

 アルマティアナ行きが決まってすぐに、私とサーナリアさんは、商会で水着を用意してもらおうと話し合っていたのだ。

 入学前までビジネスパートナーだったマルコさんを通じて、夏に向けた新作の水着を何点か揃えてもらった。

 水着を選ぶのは勿論、試着もしなければならないので、彼には退室して頂いている。


「これなんてミーチャに似合うのではありませんこと?」


 大きな籠の中から私が手に取ったのは、オレンジ色の布地に白い花をあしらったビキニ。

 彼女の柔らかなミルクブラウンの髪と、活発なイメージにピッタリの水着だと思う。

 早速ミーチャはそれを受け取ると、カーテンで仕切られた向こう側へ姿を消した。

 一方、サーナリアさんはうーんと唸りながら籠の中を覗いている。


「どうかなさいました?」

「あ、いえ……」

「好みのデザインがありませんでしたか?」

「そんな事はありません。ただ、レティシアさんに相応しい水着はどれなのかと悩んでおりまして……」


 彼女も将来、ここで働く身。

 相手の為に商品を選ぶ目を養うのは、この先重要なポイントの一つだ。

 けれど、サーナリアさんには大きな見落としがあった。

 私は彼女にこう告げた。


「私の為に水着を選んで下さるのは嬉しいです。けれどサーナリアさん、何か気が付きませんこと?」

「…………?」


 首を傾げる彼女を前に、私は適当に籠の中から一着を選ぶ。


「この中にあるのは、スレンダーな女性……といいますか、少し幼い身体つきの方向けの水着です」


 両手で持った水着と私を、サーナリアさんは何度か見比べた。

 そこで彼女はハッとした。


「……! そういう事だったんですね、レティシアさん!」

「ええ、そうです。この水着は……私には着られません」


 彼女の視線は、私の身体のある一点に注がれる。

 十五歳の少女にしては発育の良い、お母様譲りの女性の象徴。


「わたしやミーチャさんに向けたサイズでは、収まりきらない……ですね……」

「ええ……。喜ばしいのか悩ましいのか、自分でも判断に困りますけれどね」


 レオノーラお姉様には及ばないけれど、私は彼女達よりも乳房が膨らんでいる。

 それは制服の上からでもよく分かる丸みで、年齢を重なるにつれて、それは大きさを増していた。


 胸が大きいというのは、男性受けがとても良い。同性にもある程度は羨まれるステータスだ。

 しかし、この年齢で支えが無ければ歩くだけで揺れるサイズなのだから、一般向けの衣服では着られないものが多いのだ。

 先程サーナリアさんにも言った通り、この水着は私には着られない。例え、どれだけ可愛いデザインだったとしても。

 だから私はこんな事もあろうかと、以前から別で私用の水着を頼んであった。


「私のサイズの合うものを今日受け取る予定でしたので、代わりと言っては申し訳が無いのですが、私にサーナリアさんの水着を選ばせて頂けませんか?」

「わ、わたしの水着を? ええ、レティシアさんのセンスの良さは聞き及んでおりますから、こちらとしても願ったり叶ったりと申しますか……」

「では決まりですわね。……ミーチャさん、着心地は如何ですか?」


 カーテンの向こうに居るミーチャは、丁度着替えを済ませたタイミングだったらしい。

 私が声を掛けるとほぼ同時にカーテンが開く。


「サイズはピッタリですね! どうでしょう、似合ってますかね?」

「その場でくるっと回ってみて頂けますか?」

「はーい!」


 指示通りに一回転したミーチャ。

 やはりオレンジ色は彼女によく合っている。

 私は満足げにそれに頷くと、ミーチャは嬉しそうに笑った。


「とてもよくお似合いですわ。水着はまだありますけれど、他のものも試してみますか?」

「ううん、あたしこれが良いです! このお花の模様が可愛いし、胸元についたリボンも気に入っちゃったの」

「それは良かった! ではサーナリアさん、貴女はこちらをお試しになって?」


 続いて私がサーナリアさんに手渡したのは、パステルピンクにフリルのついたビキニ。

 それを見た彼女は、顔を真っ赤にして慌てだしたではないか。


「び、ビキニですか!?」

「あら、ビキニはお嫌いでしたか?」

「だ、だってその……あまりにも、肌の露出が……っ」


 私はそっと彼女のツインテールの一房に手を伸ばし、その滑らかで光り輝くような金髪を指先で撫でた。


「露出は若い内にしか出来ませんわ。こういった事は早くに楽しまなければ、後になって悔やんでも遅いんですのよ?」

「そ、そうは言ってもですね……!」

「初めての海なのですから、素敵な思い出にしたいではありませんか。私にとっても、大切な友人達との思い出作りですから……」



 ******



 レティシアがサーナリアの毛先を弄び、その優雅な顔立ちに慈愛の女神が如き微笑みを宿らせる。

 サーナリアはビキニへの恥じらいか、それとも彼女からの熱烈な賛美の言葉への照れなのか、白い頬を薔薇色に染め上げた。

 そしてあたし──ミーチャは、興奮していた。

 目の前で突如として繰り広げられる、金と銀の美少女達による甘い空間。

 二人のバックに白百合が咲き乱れ──多分きっとこれは幻覚──夏を目前にした部屋の空気は、一気に常夏の楽園のような華やかさで満たされていた。

 ……夏なのか百合園なのかハッキリしろとか言わないでほしい。あたしだって、目の前で起きている現実を直視するのに精一杯なんです。


 ああ、美少女って最高ですなぁ!!


「……分かりました……。に、似合わなかったら絶対に当日着て行きませんからね!?」

「着て頂きます。絶対にお似合いですから」

「ううぅ〜……」


 自信満々に言い切ったレティシア。

 サーナリアはあたしに助けを求めるような目を向けてきたけれど、残念ながら味方にはなれそうにない。

 何故なら、あたしもサーナリアの水着姿を拝みたいから!

 美少女の水着最高! 可愛い女の子万歳!!



 あたしと入れ替わりで場所を移した後は、サーナリアが着替えている間、レティシアはどんな水着を選んだのか話を聞いた。

 でも、それは当日までのお楽しみだと言われてお預け状態。

 もう昨日の内に試着を済ませていたらしい。ミーチャさん大ショックである。

 だけどアルマティアナで水着の二人と遊べるのは間違い無いから、寮に帰ったら遠征の準備と、もうすぐ帰れるよって手紙を家族宛に書いておかないとね!


 それに、楽しみな事はまだまだあるんだから。

 だって海だよ? 水着だよ?

 リゾートなんだよ?

 水着の男女が揃えばラブへの発展間違い無しでしょ!?


 お調子者なのに、顔と成績だけは完璧なウィル。

 そして無愛想でちょっと近寄りがたい一匹狼。でも明らかに過保護な面を覗かせているウォルグ先輩。

 不定期に開かれる夜の女子トークでは、何やら二人から告白されちゃったみたいじゃない?

 あと、レティシアはこの商会で二年も働いてたっていうんだし、ケント先輩とも何かあってもおかしくないでしょ?

 それに、鈍感そうだけど、リアンだってレティシアの事は悪く思ってない。

 ルーク先輩は……髪と背が伸びて大人っぽくなって、前よりレティシアによく絡むようになったんだよね。この前だって二人きりで話があるとか言って、生徒指導室に行ってたし。


 何なの、恋のハリケーンですか!?

 めくるめくラブロマンスの必殺コンボ決めちゃいますか!?

 はー、レティシアしゅごい……!

 男も女も虜にしちゃうとか、ウィルじゃないけどホントに女神のような女の子だよね〜。

 男子達の行動には目が離せませんなぁコレは!

 ああ、なんか興奮しすぎて暑くなってきちゃった。


 大事な大事な友達の恋、あたし目一杯応援しちゃいますからね! レティシア!

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