6.側に居る

 ゴブリンの縄張りであろうエリアに入ってから、よく探せば彼らがこの辺りに居た痕跡を見付ける事が出来た。

 木の実の食べカスや、森で狩った動物の骨が稀に落ちている。食料を手に入れたその場で食事をしているのだろうか。

 魔物の巣がすぐ近くにあるのだという緊張感に包まれながら歩いていると、ふとウォルグさんが立ち止まった。


「……前方から奴らが来るな。戦闘準備は良いか?」


 声を潜めて、そのまま視線を前に向けたままの彼。

 私はその言葉を受けて、身体が強張りながらも小さく頷いて答える。


「は、はい。いけますわ」

「初めての魔物との戦闘だ。授業では習わなかったような事態も考えられる。落ち着いて行動するよう心掛けていけ」


 そうは言われても、緊張は解れない。

 魔物とは、人々を襲い命を奪う異形の者達だ。

 世界のどこかには魔物達を統べる魔王が治める国があり、魔物よりも上位の存在である魔族という種族が暮らしているのだと言われている。

 しかし、そんな国は世界地図のどこにも記されていない。

 本当に魔族の国があるのかも怪しい話だけれど、それでも魔物は世界のどこにでも蔓延はびこっているという事実は確かなのだ。

 魔王が何らかの目的を持って、人間を襲わせているのだとしたら──

 そう思うと、直接的な恐怖とはまた違ったものが込み上げて来る。


「お前に怪我を負わせるつもりは無い。俺はお前を守り、お前も俺の手助けをする。それがパートナー……俺とレティシアが組んだ意味だ」


 けれど、私達のように戦う力を持った者が動かなければ、被害は増える一方なのだ。

 私は今の人生でセイガフを選んだのだから、セイガフ生として相応しい行いをしよう。


「ウォルグさんの仰る通りですわ。私は、私の役割を果たしますっ……!」

「その意気だ。……来るぞ!」


 ウォルグさんが槍を構えた次の瞬間、前方の木々の隙間からゴブリンの群れが飛び出して来た。

 数は十体。教科書で見た、どこにでも生息する種類のゴブリンだ。

 ウォルグさんはすぐさま駆け出して、一番近くに居たゴブリンを槍で一突きする。私は後方で全体を見渡しながら、彼から離れた位置のゴブリンに炎の魔法で攻撃した。

 だが、私の放った火炎弾ではスピードが足りなかったのか避けられてしまう。


「はあっ!」


 対してウォルグさんは激しく槍を振るい、次々に敵を薙(な)ぎ倒していくではないか。


「お前のコントロールなら的は外さないはずだ! ケントにみっちり鍛えられたんだろう!」


 入学試験に向けての魔法の猛特訓。

 そうだ。私はケントさんにあれだけ鍛えてもらったのだ。


「お前なら……やれる!」


 他のゴブリンを滅しながら、彼は言う。

 その恐ろしいまでの戦闘力を危険視したのか、残ったゴブリン二体が私に向けて走り出した。

 私は自分を奮い立たせ、あの特訓の日々を思い出す。


「鮮烈なる炎よ、の者を貫け……」


 身体に巡る魔力を操る感覚を意識し、炎の精霊とマナを通じて共鳴する。

 私は右手を掲げ、はっきりとしたイメージを浮かべて叫ぶ。


「ファイアアロー!」


 その手が下げられると同時に、炎で形作られた矢が四本解き放たれた。

 先程の火炎弾とは比べ物にならならい速度で飛んだ炎の矢は、避ける間も無くゴブリンを貫いている。

 弱点である炎で攻撃された二体は、不快な断末魔の叫びをあげ、黒い煙となって消滅した。


「私、やれましたの……?」


 それを見届けたウォルグさんが頷き、こう言った。


「ああ。お前の魔法で、ゴブリン二体は消えた」


 いざ戦ってみると、案外呆気なく決着がついてしまった。

 さっきまでの過度な緊張感は何だったのかと笑いたくなってしまう。


「お前の実力では手応えの無い相手だっただろうが、これが魔物との戦闘だ。人間相手の模擬戦とは感覚が違うだろう?」

「ええ……凄く緊張して、怖かったです。けれど、もう大丈夫。こうやって場数を踏んで、もっと魔物との戦いに慣れて……より強い魔物とも戦えるようになりますわ」


 私は、ウォルグさんに近付く。


「お怪我は……無いですわね。流石の腕前でした。これがもし模擬戦だったとしたら、思わず見惚れてしまいそうな槍さばきでしたわ」


 私の防御魔法があるから擦り傷一つ無いはずだけれど、それでも確認してしまう。

 彼は槍に付着した血を振り払いながら、小さく笑った。


「そう言ってもらえて、悪い気はしないな。お前も落ち着いてやれば、ああやって実力を発揮出来るんだ。……俺が側に居る。安心して戦えば良い」

「はい! ウォルグさんが一緒ならとても心強いです。この調子でゴブリン達を一網打尽にしてしまいましょう!」

「ああ」


 私達は足取り軽やかに先へ進み、遂に南の巣のある洞穴へとやって来た。

 木の陰に隠れながら出入り口を覗くと、二体のゴブリンが見張りをしているようだった。

 まずはあの見張りを撃破して、他のゴブリンを見付け次第全て倒していく。

 最後にまたこの洞穴が別の群れに再利用されないよう、出入り口を火薬で爆破するのだそうだ。魔法で破壊するより、火薬を使った方がその臭いでしばらくはゴブリンが近付かなくなるらしい。


「ねえ、ウォルグさん。初めに出入り口を爆破するのはいけないのですか? その方がわざわざ全滅させなくても、勝手に飢え死にしてくれそうなものですけれど……」

「他にも出入り口があったら逃げられるだろう。中へ突っ込んでしまえば、戦闘本能に逆らえないゴブリンは全て俺達に向かって来る。そうすれば、逃げられる事無く奴らを全滅出来るだろう?」

「ああ、確かにそうですわね」


 逃がしたゴブリンがその繁殖力を活かして増えてしまっては大変だ。

 ならば、多少は面倒でも彼の提案通りに動く方が良いのだろう。


「納得したところで、そろそろ作戦実行に移るぞ」

「ええ」


 見張りゴブリンを狙い、私はもう一度ファイアアローを小声で詠唱した。

 ピギャッと叫んで煙になったのを確認してから、ウォルグさんが先頭に立って洞穴へと走り出す。

 暗闇でも視界を確保出来るゴブリンと違い、私達は奥へ進んでしまうと何も見えなくなってしまう。

 私は魔法で明かりを灯し、二人の周囲が照らされる範囲を保って彼の後を追って行く。

 明かりに反応したゴブリンがおびき出され、最初の時のように二人で連携して撃退していった。


「結構な数を倒しましたわね……」

「他に出口らしきものは無いようだな。そろそろ仕上げといくか」


 ほとんど絶え間無く戦っていたけれど、二人共無傷でゴブリンを全滅出来たようだ。

 私達は洞穴から出る。


「火薬の設置は任せろ。着火は頼んだ」


 前日準備でケントさんとウィリアムさんが買って来た火薬。それをウォルグさんが丁度良いポイントに配置して、最後に私の炎で離れた場所から着火した。

 爆発によって出入り口が砕けた岩で塞がれ、私達が担当する南の巣はこれで潰し終えた事になる。

 ケント達の方もそろそろ東側を片付けた頃だろうから、私達は予定通り、このまま北の巣へと向かっていく。



 ******



「これで終わりだね」


 俺の魔法銃とケントの魔法を炎属性に変化させて、ゴブリンの巣を火薬で爆破した。

 やっぱケントは魔法が強い。

 俺の銃は一体ずつしか狙えねぇけど、ケントの魔法なら纏めてゴブリンをぶっ潰せる。

 魔法もちゃんと使いこなせるようにならねぇと困るから、俺もこいつに魔法を教えてもらうのも良いかもしれねぇな。

 けどまあ、ケントもレティシアを狙ってるっぽいから負ける訳にはいかねぇ。馬車での移動中、サーナリアの事があったのを気にしてる風だったが、ずっとレティシアの方ばかり気にしていたのを俺は知っている。

 こいつがレティシアに近付かねぇように監視する意味も含めて、俺はパートナーを申し込んだんだ。この遠征で、絶対にレティシアと二人きりになんてさせねぇぜ!


「それじゃあ北の方へ向かおうか。きっとウォルグ達も終わらせた頃だろう」


 俺の企みなんざ微塵も知らねぇケントが、清々しすぎる笑顔でそう言った。

 ハッ。笑ってられんのも今の内だぜ。気付いた時にはレティシアの心は俺のモンになってんだかんな!


「だな。さっさと全部終わらせて、夜に備えて早めに休もうぜ」

「うん。ええと、北はあっちだね」


 ……そうあるように、今度こそは動いてやるんだ。

 家のしがらみに囚われず、あの日の俺を貫く為に──

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る