Page76:黒騎士フルカス②

 グラニ。

 スレイプニルがその名を叫んだ途端、フルカスの背中から魔力が溢れ出てきた。

 魔力がグネグネと動いた後、一つの像を作り出す。

 浮かび上がってきたのは、青鹿毛をした魔獣の姿であった。

 圧倒的な存在感を放っている魔獣。見ただけでその強さを感じ取れるような錯覚さえ覚えてしまう。

 だがレイが気になったのは、そんな点ではなかった。


 馬型の魔獣。そして雄々しき一本角が特徴的な頭部。


 それは、あまりにも酷似していた。

 レイの契約魔獣、戦騎王スレイプニルと瓜二つだった。


『グラニ……やはり、貴様だったのか』

『久しぶりだね兄さん。こうして会うのは百五十年振りくらいかな?』

「……兄さん? どういうことだスレイプニル」

『アレレ~? 兄さん、もしかして僕のこと言ってなかったのかい? それは酷いな~、傷ついちゃうな~』


 スレイプニルは忌々し気な声で、レイに説明した。


『奴の名はグラニ。我の血を分けた弟だッ!』

「弟だって!?」


 それは、レイ自身初めて聞く事でもあった。

 長い付き合いだが、スレイプニル自身はおろか、父親からもグラニの存在を教えられてこなかったのだ。


『昔から力に貪欲な愚か者だと思ってはいたが……外道にまで堕ちたかァ!!!』

『外道だなんて酷いなぁ。僕はただ兄さんと違って、日和る事を知らない強者であり続けただけだよ』


 ケタケタと笑い声混じりに語るグラニ。

 レイは信じられなかった。目の前にいる魔獣がスレイプニルの弟である事も、その弟がゲーティアに手を貸している事も……上手く飲み込めずにいた。


『それにね、兄さん……これはお別れの挨拶でもあるんだよ』

『なに?』

『僕と兄さん、どちらが王に相応しいのか、ハッキリさせようじゃないか』

『……あの時も言った筈だ。貴様に王を名乗る資格は無い』

『力こそが自然の中における正義だ。なら力を示した獣が王を名乗るのは、何もおかしくはないだろう?』

『その結果がゲーティアへの加担なのか、グラニ』

『さぁ……どうだろうね? 少なくとも僕は、自らの意思でフルカスと契約しているよ』


 それを言い終えると、フルカスの背に浮かんでいた像は徐々の解けていった。


『話はここまでだ。後は互いの契約者にやらせようじゃないか。任せたよ、フルカス』

「ふん。あの程度の小僧では、気休めにもなりそうにないがな」


 像が完全に消え去り、フルカスはレイに目線を向ける。

 凄まじい殺気と威圧感が、レイに襲いかかる。

 再び怯みそうになったレイだが、すかさずスレイプニルが喝を入れた。


『狼狽えるな。隙を見せた瞬間が死ぬ時だと思え』

「わかってるさ。けどアイツ……」

『うむ。今の我々では到底辿り着けない極地に至った猛者だ。だがレイ、奴を止めねばどれだけの被害が出るか想像もできんぞ』

「……そうだな」


 レイはコンパスブラスターを握る手に力を込める。

 実力差はありすぎる。だが戦わなければ、もっと悲惨な事になる。それだけは何としても回避したかった。

 腹に力を込める。絶対に勝つ。


 永遠にも錯覚する一瞬が、両者の間の流れる。


『来るぞ!』


 スレイプニルが短く叫ぶ。

 最初に動き出したのは、フルカスだった。

 拳を握りしめ、瞬間移動の如きスピードで、レイの眼前に迫ってくる。


「破ァ!」

「ッ!? 武闘王波!」


 拳による強烈な一撃が、レイの腹部に叩き込まれる。

 その直前、レイは咄嗟に武闘王波で魔装の耐久性と脚力を、極限まで高めていた。

 十数メートル後方へ押し出されるレイ。

 強化した魔装のおかげで致命傷は避けられた。だが身体に響くダメージは小さくない。


「痛っ、てぇ」

「ほう、あの一撃を耐え抜いたか。流石は戦騎王の契約者。少しは骨がありそうだな」

「少しじゃないってとこ、見せてやる」


 レイはコンパスブラスターを銃撃形態に変形させ、銀色の獣魂栞を挿入した。


形態変化モードチェンジ銃撃形態ガンモード! そんでもってインクチャージ!」


 超高速で術式を構築し、コンパスブラスターに流し込む。

 距離さえ取れば、殴りにはこれない。

 レイは引き金を引き、最大出力の魔力弾を撃った。


「流星銀弾!」


――弾ッッッ!!!――


 銀色に輝く魔力弾が、目にも止まらぬ速さで突き進んでいく。

 流石にこのスピードなら避けれはしないだろう。

 実際、フルカスは棒立ちのまま魔力弾を受け入れようとしていた。

 しかし、直後の展開はレイの予想を大きく裏切ってきた。


「……無駄だ」


 最大出力。最高の破壊力を誇る魔力弾。

 それはフルカスの鎧に衝突すると共に、呆気なく霧散してしまった。


「なッ……!?」

「この程度の攻撃では、俺の鎧を破ることはできん」

「だったら、壊れるまで撃つまでだ!」


――弾ッ弾ッ弾ッ!!!――


 連続して高出力の魔力弾を撃ち込むレイ。

 だがその悉くが、フルカスの鎧に弾かれていった。


「なんだよあの鎧、硬すぎるだろ」

『グラニの固有魔法で作られた鎧だ。並大抵の攻撃では傷一つ付けられん』

「そういうことは最初に言え!」


 だが悪態をついても何かが変わる訳ではない。

 魔力弾による攻撃が効かないなら、もっと純粋な破壊力を持った攻撃を使う他ない。


「形態変化、剣撃形態ソードモード!」


 レイはコンパスブラスターを変形させて、フルカス目掛けて駆け出した。

 率直に言えば、近接戦は相当に分が悪い。

 しかし現在レイが持ち得ている最大火力は、この剣撃形態による攻撃だった。


「どらァァァァァ!!!」


 レイは勢いよくコンパスブラスターで斬りかかる。

 だがそれすらも、フルカスには届かなかった。


 迫りくる刃、フルカスは魔力を纏わせた指先で軽々といなしていく。

 諦めずに斬りかかるレイ。しかしどれだけ攻撃を仕掛けても、結果は変わらなかった。


「甘いな。この程度の太刀筋では、俺を斬ることなぞできん」

「ふざけんな! テメェも少しは本気できたらどうなんだ!」

「ふむ?」

「腰の剣は飾りなのかって言ってんだよ!」


 レイがそう言うと、フルカスは小さなため息を一つついた。


「貴様程度の相手、剣を抜くまでもない」

「この野郎!」


 どこまでも手加減をしてくるフルカス。

 レイは頭に血が上るのを感じた。

 だがそんなレイの心情を察したスレイプニルは、すぐに諌めようとする。


『レイ、挑発に乗るな。冷静に戦え』

「わかってるっつーの!」


 全く届かない攻撃に、レイの中で苛立ちが積もる。

 その苛立ちが、レイの警戒を微かに緩めてしまった。


「隙!」


 漆黒の魔力帯びたフルカスの拳。

 それがレイの顔面に強く叩き込まれた。


 防御が間に合わず、レイはそのまま後方の民家まで吹き飛ばされてしまった。

 壁が崩れる轟音と共に、砂煙が立ち上る。


「……この程度か。つまらん」

『本当だよ。拍子抜けってやつだね』

「指輪を回収して、終わらせるか」


 フルカスは淡々と、レイが吹き飛ばされた場所まで歩みを進める。

 あのガミジンを倒したというだけあって、それなりの期待は持っていた。

 しかし、今のフルカスには虚しい失望しか残っていなかった。


 晴れ始めた砂煙の中を進むフルカス。

 早く王の指輪を回収しようとした、その時だった。

 フルカスの眼前に、強大な魔力の気配が現れた。


「なにッ!?」

「どらァァァ!!!」


――斬ァァァン!!!――


 それは、銀色の魔力に覆われたコンパスブラスターの刀身であった。

 レイが放ったその一撃は、フルカスを驚かせるには十分なものであり。

 フルカスが、無意識に抜刀するに事足りるものでもあった。


 鍔迫り合いが始まる。

 フルカスの黒剣と、レイのコンパスブラスターがぶつかり、音が鳴り響く。

 一部が砕け、顔の一部が見えているフルフェイスメット。その向こう側から、レイがフルカスを睨みつける。


「ほう……」

「やっと剣を抜きやがったな」

「俺にコイツを抜かせるとは、思った以上面白い小僧だ」


 フルカスは黒剣を大きく振るい、レイを弾き飛ばす。

 その心に、先程までの失望はない。

 今のフルカスは、喜びに支配されていた。


「小僧、名は何という」

「……レイ・クロウリー」

「レイ・クロウリーか覚えたぞ。そして誇りに思え。この【冥剣】エクセルーラーの錆になれる事をな」


 それは、定規のような意匠を持つ、黒い剣であった。

 ただの魔武具と呼ぶには些か禍々しい雰囲気を持ち合わせている。

 しかし、以前バミューダシティですれ違った時のように、レイはその黒剣がとてつもない業物だと理解していた。

 強力な魔武具に、それを使う強大な敵。

 油断すれば、一撃で殺される。

 ならば出すべき結論はただ一つだ。


「やられる前にやってやる……」


 レイはコンパスブラスターに銀色の獣魂栞を挿入し、逆手持ちに変える。

 構築するのは、受け継いだ最強の必殺技。


「なるほど。ならば一瞬で終わらせてやろう」


 レイの意図を理解したのか、フルカスは静かにエクセルーラーを構える。


 必ず、一撃で終わらせる。

 構築が完了すると同時に、レイは駆け出した。

 コンパスブラスターの刀身が白銀の魔力刃で覆われる。


銀牙一閃ぎんがいっせん!!!」


 全力全開の一撃。

 レイは躊躇う事なく、フルカスに叩きこもうとした。

 これならいけるだろう。これなら通用するだろう……そう、思いこんでいた。


――ガキンッ!!!――


「……えっ」


 それは、最強の技だった。

 それは、父親ヒーローから受け継いだ奥義だった。

 それは、何物をも討ち破る一撃だった。


 しかし、今目の前で広がっている光景はなんだ。

 白銀の魔力に覆われたコンパスブラスターは、いとも容易くフルカスの黒剣に防がれていた。

 レイはその光景を理解するのに、数秒を要した。


「中々の技だ、褒めてやろう……だが、俺を討つにはまだ遠い」


 力任せにエクセルーラーを振るうフルカス。

 微かに力が抜けていたせいで、レイはコンパスブラスターを弾き飛ばされてしまった。


「しまっ――」

「終わりだ、レイ・クロウリー」


――斬ァァァァァァァァァァァァァン!!!――


 黒い、一太刀だった。

 レイの身体を、斜め一線に黒い刃が走っていった。

 邪悪な魔力がレイの身体を破壊し、魔装を破壊していく。


『レイ!!!』


 ダメージに耐え切れず、レイの変身は強制解除に追い込まれた。


「ガッ……ハァッ」


 そのままレイは血を吐き、前のめりに崩れ落ちる。

 スレイプニルは必死に名前を呼ぶが、レイの返事はなく、無情にも血が流れ出るのみだった。


「……流石は戦騎王の力が宿った魔装。エクセルーラーの一撃を受けても即死はしなかったか」

『むしろ残酷な気もするけどね~』

「せめてもの礼儀だ。俺を楽しませた礼も込めて、エクセルーラーで斬り捨ててやろう」


 フルカスは何も言わずエクセルーラーを構える。

 スレイプニルは何度もレイの名を呼ぶが、やはり反応はない。


『呆気ない最期だったね……残念だよ、兄さん』


 早々に終わらせてやろう。

 それこそがレイ・クロウリーという戦士に捧げる情けだ。

 フルカスは容赦なくエクセルーラーを振り下ろした。


――ガキンッ!――


 だが、その刃がレイに到達する事はなかった。


 レイとフルカスの間に割って入る、小さな人影。

 仮面で顔を隠し、巫女装束を着た少女。

 黄金の少女だ。


 フルカスは後ろに跳ね、一度距離をとる。


「……邪魔をするのか、黄金の少女」

≪言った筈。レイには手出しさせない≫


 フルカスの頭の中に、黄金の少女の言葉が文章として入り込んでくる。

 黄金の少女はプロトラクターで、フルカスのエクセルーラーを受け止めていた。


「戦士との真剣勝負に水を差すのは許せん!」

≪レイを傷つけるなら、私達は戦う≫


 鎧越しに怒りを露わにするフルカス。

 それに対して黄金の少女は、怯むことなく対峙する。

 犯されるべきでない領分がある。守るべき人がいる。

 譲れないものの為に、両者は剣を向け合う。


『やるのかい、フルカス。相手が悪くない?』

「あの女は許されざる事をした。剣を交えねば気が済まん」


 グラニの制止は一切聞かず、フルカスは黄金の少女へと斬りかかろうとした。

 しかし……


「はい、ストーップ♪」


 突如現れたゴスロリ服の少女、パイモンによって黒剣を掴まれてしまった。


「パイモン……貴様も邪魔をするのか!」

「もーフルカスちゃんったら〜、そんなに怒っちゃダーメ♪ 胃痛の元になっちゃうぞ〜」

「戯れるな小娘。何の用でここに来た」


 フルカスがそう言うと、パイモンは黒剣を掴んでいた指を離し、要件を伝えた。


「ザガンから伝言でーす。陛下が呼んでるから戻ってこーいだってさー」

「指輪の回収が優先だ」

「そんなの後でいいじゃーん。どうせ持ってるのは雑魚操獣者なんでしょ。それともフルカスちゃん、苦戦でもしちゃったの?」


 ニヤニヤしてフルカスを揶揄からかうパイモン。


「ふざけるな。俺があの程度の操獣者に遅れを取るとでも思うのか」

「いんや、ぜーんぜん。だから後回しにしてもいいじゃん。どーせいつでも殺せるんだから」

「……帰投は、陛下の意思なのか?」

「とーぜん。もちろんフルカスちゃんは、拒否したりしないよね~?」


 しばしの沈黙が、場を支配する。

 少し思考を巡らした後、フルカスはエクセルーラーを鞘に収めた。

 そして踵を返す。


「命拾いしたな、戦騎王。そしてレイ・クロウリー」

『次はもう少し強くなってね、兄さん』

『待て、グラニ!』


 スレイプニルは己が弟を呼び止める。

 しかしその声が届く事はない。

 フルカスはダークドライバーを取り出し、空間に裂け目を作り出した。


「黄金の少女よ、いずれ貴様も始末する」

「おぼえとけー!」


 わざとらしい声をあげたパイモンと共に、フルカスは空間の裂け目に姿を消していった。


 悪魔の消えた街道に、黄金の少女とレイが残される。

 黄金の少女はレイに近づくと手をかざし、魔法で出血を止めた。


《レイ……》


 仮面に隠れて表情は読めない。

 しかしその声色は悲しみに溢れていた。


《残酷な事になるけど、許してね》


 そう呟くと黄金の少女は、レイの身体にピタリと手を触れる。


転送ジャンプ、セイラムシティ》


 呪文を唱えると、レイと黄金の少女は忽然と姿を消してしまった。

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