Page70:凶獣強襲!
最初は、ガミジンが何を呷っているのかわからなかった。
だが小樽から漏れ出る禍々しい気配によって、スレイプニルはそれが
『あの樽の中身、魔僕呪か』
「馬鹿か、自爆する気か!」
叫ぶレイ。普通に考えれば、あんなボロボロの身体で魔僕呪を服用するなど自殺行為に等しい。
だが、ガミジンに躊躇いはなかった。
中身を飲み干した小樽を力任せに投げ捨てる。
「冥土の土産に見せてやろう……魔僕呪原液、その真の力を!」
憎悪交じりの叫びを上げるガミジン。
その身体は急速に再生していき、気がつけば一片の筋肉も露出していなかった。
「魔僕呪の原液って、たしか……」
「あぁ、通常の三百倍の濃度ってやつだ」
仮面の下で血の気が引くフレイアとレイ。
ジョージ皇太子が言っていた、魔僕呪の原液。
通常の魔僕呪でも厄介な事件を引き起こせるのだ、三百倍の原液を服用すれば何が起きるか予想もつかない。
「二人とも、十分に警戒して!」
「言われなくてもそうするよ」
「俺もだ!」
魔武具を構えて警戒態勢をとる三人。
いつ強力な攻撃が飛んでくるかわからない状況、三人がガミジンの出方を注視する。
だがガミジンは、蹲ってうめき声を上げるばかりだった。
やはり無理心中だったのか。レイ達が僅かに警戒を解いた次の瞬間――
「ヌォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
けたたましい叫び声と共に、ガミジンの身体に異変が起き始めた。
背中の肉が風船の如く膨張していく。
それの後を追うように、尻尾と腕も膨張を始める。
「な、何が起きてるんだ」
混乱するレイ。
それに答えることなく、目の前のガミジンは増々身体を肥大化させていった。
皮膚と鱗を突き破って膨らむ身体。破れた箇所は猛スピードで再生していく。
気がつけばその身体は、目算三十メートルはあろうかという大きさになっていた。
「己が命を削るから使いたくはなかったが、貴様らを殺すのであれば安い出費よ!」
肉体の破壊と再生を繰り返したガミジン。
遂にその全容が露わになった。
「これが我らゲーティアの悪魔にのみ許された秘技。凶獣化よ!」
三十メートル程の巨体に、所々鋼鉄化した皮膚。
先程までのダメージなど既に忘却の彼方と言わんばかりに、ガミジンは笑みを浮かべていた。
「きょ……巨大化しやがった……」
あまりの出来事に啞然となるレイ。
それはジャックとフレイアも同じだった。
「これが、魔僕呪の真の力」
ジャックは目の前で巨大化したガミジンを見て、その強大な力を思い知る。
【魔僕呪原液】
ゲーティアの悪魔が服用すれば、強化、巨大化した姿『凶獣体』へと変化させる特性を持つ。
しかし、その代償に服用者の命を削る為、これは彼らにとって最後の手段でもあるのだ。
「どれ、一つ準備運動でもしてみるか」
そう言うとガミジンは口を開けて、大量の魔力を溜め始めた。
だがその目線は、足元のレイ達には向いていない。
もっと遠くを見据えているように見える。
そのことに気が付いたレイは、咄嗟に叫びを上げた。
「やめろォォォ!!!」
嫌な予感がした。
そしてそれは現実となった。
ガミジンは目に喜々とした様子を浮かべながら、口にためた魔力を一気に放出した。
強力な破壊光線となった魔力は、はるか向こう側へと飛んでいく。
そして強烈な爆発音が鳴り響く。その音が、攻撃は首都のどこかに着弾した事をレイ達に告げた。
「アイツ、なんてことを……」
フレイアが怒りに震える。
先程の攻撃で、間違いなく何人かの人間は死んだだろう。
その事実が、更に三人の怒りを燃やした。
あの悪魔は、今すぐ討たねばならない。
「二人とも、
「「応ッ!」」
ガミジンの口に、次の魔力が溜まり始めている。
三人はすぐにグリモリーダーを操作して、呪文を唱えた。
「融合召喚! イフリート!」「フェンリル!」「スレイプニル!」
各々のグリモリーダーから魔力が解き放たれ、周囲に巨大な魔法陣を描き出す。
体内で魔力が加速し、レイ達の肉体は契約魔獣と急速に混ざりあっていった。
『グオォォォォォォォォォォォォォォォン!」
『ワオォォォォォォォォォォォォォォォン!」
『はァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
魔法陣が消え、光が弾け飛ぶ。
そこに三人の操獣者の姿はなく、ガミジンの前には三体の鎧装獣が君臨していた。
真っ赤な装甲と巨大な腕が特徴の、鎧装獣イフリート。
青色の装甲と蛇腹剣のような形状をした尻尾が特徴の、鎧装獣フェンリル。
そして鎧装獣スレイプニルだ。
『撃たせるもんか! フェンリル!』
「ワオォォォン!」
フェンリルは口から鎖を発射させて、ガミジンの口に巻き付けた。
溜め込んだ魔力の逃げ道がなくなり、微かに焦るガミジン。
だがその焦りは一瞬だった。
ガミジンはフェンリルの鎖を掴むと、力任せに放り投げた。
『うわぁぁ!』
鎖が解け、宮殿の一部に叩きつけられるフェンリル。
ガミジンは口内に溜まった魔力を、フェンリルに向けて解き放とうとした。
『させるかァァァ!』
「グオォォォン!!!」
ガミジンに向かって突進するイフリート。
口内の魔力が解き放たれるよりも一瞬早く、イフリートはガミジンの顎をアッパーした。
「ぐおッ!?」
渾身の一撃を受けたガミジンの口は真上を向いてしまう、
そしてそのまま、魔力弾を上空に向けて解き放ってしまった。
攻撃の衝撃で、数歩後退りしてしまうガミジン。
数秒の後、上空で大きな爆発音が鳴り響いた。
『レイ、スレイプニル!』
「承知している!」
怯んだ隙は逃さない。
スレイプニルは前半身と一体化している大槍二本を構えて、ガミジンへと突撃した。
――ガキンッ!――
「なに!?」
「馬鹿め! その程度の攻撃で、私に傷をつけられると思ったのか!」
嘲笑。そしてガミジンは巨大な尻尾を振るい、スレイプニルの身体に叩きつけた。
『ぐぅッ!』
吹き飛ばされるスレイプニル。
だが魔力で空中に足場を作る事で、何とか踏ん張った。
『くっそ。ただでさえ厄介だった鱗が、更に面倒くさくなってる』
「だが、このままにしておく訳にもいかん」
『アイツを倒すのも重要だけど、街に被害が行かないようにしなくちゃな』
レイが思考を巡らせ始めたその時だった。
風を切る音と共に、一体の鳥型鎧装獣がやって来た。
「レイさん、大丈夫ですか」
『てかなんスかあのでっかい蛇!?』
『マリー、ライラ。ちょうどいい』
幸運だった。
強力な助っ人が二人もやって来た。
「ガミジンが魔僕呪の原液を飲んだのだ。我々だけでは手に負えん」
『つーことだから、アイツ倒すの手伝ってくれ!』
『そういう事ならお任せッス』
「わたくしも協力しますわ!」
そう言うとマリーはガルーダの背中から飛び降りて、グリモリーダーを操作した。
「融合召喚、ローレライ!」
白い魔方陣が出現し、マリーとローレライの身体を融合させていく。
『ピィィィィィィィィ、ピャァァァァァァァァァ!!!」
魔方陣が弾けて消えると同時に、鎧装獣ローレライが姿を現した。
しかし鯱型魔獣であるローレライは陸地で動きにくい。
それを察したレイはスレイプニルと協力して、ローレライが落下している軌道上に魔力の足場を形成した。
『マリーとローレライは上から砲撃してくれ』
『サポート感謝いたしますわ』
「ピィィィ!」
ローレライ背中に備えた大砲を、ガミジンに向けて発射する。
――弾ッ! 弾ッ!――
強力な砲撃がガミジンに襲い掛かる。
凄まじい爆音を鳴らすが、ガミジンにダメージらしいものは与えられない。
「無駄だァ!」
ローレライの存在に気が付いたガミジンは、その手に黒炎を灯し、投擲した。
『マリー、避けろ!』
黒炎がダークドライバーから放たれるものと同じだと感じたレイは、回避する様に叫ぶ。
ローレライは身体を跳ねさせて、足場から落下するように回避した。
すかさずスレイプニルは、ローレライの下に足場を作り出す。
「足場は我に任せろ」
『ありがとうございます』
「ピャァァァ!」
バッタのように跳ねながら、ガミジンに砲撃を続けるローレライ。
レイとスレイプニルは、ローレライの動きを予測して足場を作り続ける。
『ボク達もいるっスよー!』
「クルララララララララララ!!!」
ローレライの砲撃をいなし続けるガミジン。
その背後に、翼に雷を溜め込んだガルーダが現れた。
『電撃食らうッス!』
翼を動かし、溜め込んだ雷を一気に放出する。
並の生物なら消し炭になるような電撃が、ガミジンの身体を包み込む。
目視が難しい光が生まれ、消える。
だがそれでも、ガミジンに大きなダメージは与えられなかった。
「無駄だと言っているだろォォォ!」
ガミジンは腕を猛スピードで伸ばし、空中を飛ぶガルーダの首を掴んだ。
「落ちろォ!」
そのまま強化された筋力を使って、地面に叩きつけた。
「クルァッ!」
『きゃっ』
建物の一部を破壊しながら、ガルーダは墜落する。
その様子を見て、レイは焦りを覚えていた。
『なんだよアイツ、頑丈すぎるだろ』
鎧装獣の攻撃ですらほとんど効いていない。
いや、更なるパワーを以ってすれば可能性はあるかもしれない。
レイがそう考えた次の瞬間だった。
「ンゴォォォォォォォォォォォォ!!!」
黒い巨体をもつ鎧装獣が、ガミジンに殴り掛かった。
ガミジンは慌てて、その拳を受け止める。
しかしパワーが大きすぎたせいか、その巨体ごと地面が陥没してしまった。
「ンゴー!」
『みなさん、大丈夫ですか?』
オリーブとその契約魔獣ゴーレムだ。
『オリーブ。見ての通り、かなり不味い状態だ……って、皇太子様は!?』
『皇太子様はアリスちゃんが守ってます。私はみんなが心配で来ちゃいました』
レイは色々言いたい事があったが、今はこの状況を喜ぼうとした。
『まぁ諸々の話は後だ。オリーブ、その蛇野郎倒すの手伝ってくれ!』
『はい!』
「ンゴンゴ」
ガミジンは強化された筋力を駆使して、ゴーレムの拳を押し返す。
「数が増えた程度で、どうにかなると思うなァ!」
そのまま口内に魔力を溜め始めるガミジン。
ゴーレムの拳を掴んだまま、至近距離で魔力を解き放った。
「ンゴォォォ!?」
『きゃぁぁぁ!』
鎧装獣の中でも重量級の身体を持つゴーレムが、容易く吹き飛ばされてしまった。
後方数十メートルで倒れ込むゴーレム。
『うぅぅ……負けません』
「ンゴ!」
立ち上がり、ガミジンに向かって突撃するゴーレム。
勢いよく拳を振りかざし、ガミジンと壮絶な殴り合いが始まる。
「ンゴンゴンゴ!」
「無駄無駄無駄!」
ゴーレムの強固な装甲のおかげで、ガミジンの攻撃はほぼ効いていない。
しかし、ガミジンの身体も頑丈すぎてゴーレムの攻撃も、あまり効いていない。
だがオリーブは、ガミジンが見せた一瞬の隙を逃さなかった。
『インクドライブ!』
ゴーレムの体内で魔力が加速する。
黒色の魔力を拳に纏い、ガミジンの懐目掛けて叩きこんだ。
――ドゴォォォォォォォ!!!――
強烈な衝撃音が鳴り響く。
流石にこれだけの一撃を受ければ、ガミジンもダメージを負うだろう。
誰もがそう思った。ただ一人、ガミジンを除いては。
『う……うそ』
オリーブは言葉を失う。
必殺技は確かに届いた。
しかしそれは、ガミジンの鱗を僅かに破壊したにすぎなかった。
「言った筈だ、無駄だと」
余裕風を吹かせて嘲笑うガミジン。
腹部で拳を受け止めたまま、お返しと言わんばかりに、今度は自分の拳をゴーレムに叩きこんだ。
――ドゴォォォォォォォ!!!――
今までにない威力の一撃を受けて、ゴーレムは上空に吹き飛ばされる。
『オリーブさん!』
「我らに任せろ!」
吹き飛ばされ、落ちていくゴーレムの下に、スレイプニルは魔力で足場を作り出す。
間一髪、首都に落ちることなくゴーレムを受け止める事ができた。
『あうぅぅ。レイ君、ありがとうございます』
『いいって事さ。しっかしゴーレムを吹き飛ばすとか、マジかよ……』
未知数の強さを持つ敵を前にして、レイは頭を悩ませる。
何か策を講じようにも、あれ程強力な身体を持つ相手をどうすればいいか、見当もつかない。
まずはガミジンの弱点を探るべきか。
レイが思考回路を高速回転させていると……
『どりゃぁぁぁ!!!』
「グォォォォン!!!」
イフリートが執拗にガミジンに殴り掛かる。
見てわかる。策も何もない。
とにかくパワーでゴリ押そうとしている。
『【
――業ゥゥゥ!!!――
イフリートの口から業火が放たれる。
だがガミジンの身体に大きなダメージは与えられない。
『うーん、やっぱり効かないか』
「だからそう言っているだろう小娘!」
ガミジンの苛ついた声が辺りに響く。
レイは少し焦りながら策を考えていたが、それを知ってか知らずか、
『これは……仕方ないよね。うん、仕方ない』
「なにを言っている」
『皇太子さんも心配だし、圧倒的なパワーがあればどうにかなりそうだし……うん。これは仕方ないよね』
ブツブツとしたフレイアの声が聞こえる。
レイは彼女の意図が理解できなかった……が、レイ以外のチームメンバーにはその意図が伝わったようだ。
『あ、あの。フレイアさん?』
『姉御……まさかッスよね』
『やっぱり、それしか手段はないか』
『ひぃぃぃぃ』
マリーとライラは声を震わせて、ジャックは諦めさえ感じる声色になる。
そしてオリーブとゴーレムは恐怖に震えていた。
『みんな……こんだけ強い敵なんだ。久々にアレやるよ!』
『……まさか』
ここまで来て、レイはようやくフレイアの意図を理解した。
フレイアが言っていた「奥の手」。
王の指輪を使った、荒唐無稽な技。
『みんな……合体するよ!!!』
『『『絶対に嫌だァァァァァァァァ!!!』』』
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