Page65:皇太子の依頼
襲撃者の正体であり今回の依頼人は、まさかの皇太子であった。
あまりの出来事に空いた口が中々塞がらないレイ達。
その皇太子であるジョージから謝罪の言葉を受けた一同は、彼の隠れ家へと案内された。
それは村の最果てにある、小さな小屋だった。
中は掃除が行き届いているとはいえ、ぱっと見はとても王族が使うような場所には見えない。
ジョージは小屋の中に入ると、ケットシーに餌の干し魚を与えてから本題に入った。
「改めて名乗らせて貰おう。ブライトン公国皇太子、ジョージ・ド・ブライトンだ。今回は僕の依頼を受けてくれて本当に感謝している」
小屋の隅でロキとケットシーがじゃれ合う音が、やたら目立つ。
爽やかな顔をして頭を下げてくるジョージに、レイは更に訳がわからなくなってくる。
それはフレイアも同じだったのか、彼女は率直に質問をぶつけてみた。
「あの……なんで皇太子様が裏クエストを? こう言っちゃあなんだけど、王族なら表の依頼を出せるだけのお金持ってるよね?」
「フレイア、それも含めての訳あり依頼って事だろ」
「あ、そっか」
フレイアの質問に、ジョージは思わず苦笑いをしてしまう。
「はは、確かに彼女の言う通りだ。本来なら正当な報酬を合わせて依頼を出すべきだっただろう。だけど今回は赤髪の彼が言うように色々訳ありなんだ」
「先の戦争の事はここに居る全員存じておりますわ。いくら王族といえども今は敗戦国。多額の賠償金も重なって、自由に動かせるお金が無い……そうですわね?」
マリーの言葉に「正解だよ」とジョージは返す。
金銭面に関してはそうなのだろうが、どうにもレイにはそれだけが理由とは思えなかった。
「で、皇太子様はどうして俺達を襲撃したんだ? それも依頼と関係あるんだろ?」
「あぁ、勿論だ」
「強い人、必要だった?」
「結論を言ってしまえばそうなる。どうしても実力のある操獣者に来て欲しかったんだ」
己の非力を呪うかのように、ジョージは拳を強く握り締める。
「それで皇太子様。俺達は要人の護衛としか聞かされてないんだけど、具体的には何をすればいい?」
チーム全員の視線がジョージに集まる。
依頼書には『要人の護衛』としか書かれていなかった。
具体的に誰をどこまで護衛すればいいのか、それが分からなければ何も出来ない。
ジョージはレイの質問に、重々しく口を開いた。
「護衛して欲しい要人は僕自身だ。行き先は宮殿内の謁見の間。そこまで僕を連れて行って欲しい」
真剣な眼差しと、ある種の覚悟が籠った声で告げられた依頼内容。
だがそれは非常に奇妙なものだった。
眼前に居るのは仮にも一国の皇太子。それが王宮までではなく、宮殿内まで護衛が欲しいと言っているのだ。
「えっと、宮殿って皇太子様のお家ですよね? それって私達が守らなくても入れるんじゃないですか?」
「いや待てオリーブ。わざわざ俺達に連れて行って欲しいって依頼してきたんだ、迂闊に中に入れない何か理由があるって事だろ。そうですよね、皇太子様?」
ジョージは小さく頷いた。
「話してくれますか、皇太子様の事情を。俺達はこっから命張るんだ、せめて事情くらいは教えて貰わないと割に合わない」
「……わかった、話そう」
先の襲撃を根に持っていたレイは少しトゲトゲしく問う。
ジョージは苦々し気な表情を浮かべつつ、語り始めた。
「僕はこの国を腐敗から救いたい。この国を治める者として、民を苦しめる原因を取り除きたいんだ……だから僕はッ――」
それは、強い覚悟と決意を秘めた発言のように聞こえた。
「僕は現ブライトン公国元首であり、我が父ウィリアム公を討ちたい。その為にも、君達に力を貸して欲しいんだ」
「…………みんな、帰るよ」
「だな」
「スね」
ジョージの言葉を聞いたフレイア達は、白けた表情で小屋を後にしようとする。
「ま、待ってくれ。どうか話を最後まで聞いてくれ」
「あのね、アタシ達は殺し屋じゃないの。どんな理由があろうと、親殺しに手を貸すわけないじゃん」
「それだけじゃない。仮にも現国家元首を討つ? 思いっきり身内の謀叛じゃねーか。んなもん関わりたくもねーよ」
「仮に関わっても、トカゲの尻尾切りで罪を背負わされたら、堪ったもんじゃないっス」
ジョージは必死に皆を引き留めようとするが、レイ達は聞く耳を持とうとはしない。
裏クエストには色々と黒い依頼もあるとは聞いていたが、流石にこれはレイも予想外だった。
いくら何でも皇太子の謀叛に手を貸す道理はない。
レイが小屋の戸に手をかけようとした瞬間、小さな手がそれを防いできた。
「なんだよアリス」
「話だけでも聞いてあげたら?」
「いや流石にこれは……」
「向こうも訳あり。とりあえず聞いてからでも遅くはない」
アリスの言葉に、少し考え直す。
確かに、話を最後まで聞いてから判断を下すのも悪い選択肢ではない。
レイはフレイア達に軽く目配せをする、
「フレイア、どうする?」
「うーん……」
「判断、時期尚早。話だけでも聞いてあげたら?」
「アリスがそこまで言うなら……」
渋々といった様子で、フレイアは再びジョージに向き合う。
チームリーダーがそう判断したので、他のメンバーも話だけは聞こうと決めた。
「ありがとう」
「いいけど、依頼を受けるかどうかは話の内容次第だからね」
「重々承知しているさ」
まだまだジョージを信用できないフレイアは、訝しく思う様子を隠そうともしない。
だがそれは、ジョージの方も分かっていたようだ。
なんとかフレイア達から理解を得るためにも、彼は落ち着いて状況を話し始める。
「現在、我がブライトン公国はある組織に乗っとられてるんだ」
「ある組織。どこの組織っスか?」
「彼らは自分達を、ゲーティアと名乗っていた」
ゲーティア。
その言葉が出た瞬間、レイ達の間に言い知れぬ緊張感が走った。
特にレイは先の認定試験でガミジンと戦ったばかり。その時の様子が脳裏にフラッシュバックしていた。
そしてジャックも無言で顔をこわばらせる。
「その様子、ゲーティアを知っているのかい?」
「あぁ、知ってるよ。厄介この上ない奴らだった。でもなんで国がゲーティアに乗っ取られたんですか?」
「……先の戦争が開戦してすぐだった。宮殿にゲーティアの使者がやって来た」
ジョージの話を纏めるとこうだ。
戦争が始まってすぐの頃、宮殿の謁見の間にゲーティアの使者を名乗る少年がやって来た。
その少年は「どんな敵にも勝てる、至上の力は要りませんか?」と言い、一つの薬を差し出してきた。
「オイ待て、まさかそれって」
「あぁ……
「原液!? どういうことだよ」
「言葉の通りさ。ゲーティアの使者が持ってきたのは300倍に希釈する必要が有る魔僕呪の原液。それを大樽で一つ用意してきた」
ジョージは話を続ける。
ゲーティアの使者は魔僕呪の効能を魅力的に説明した上で、その原液を無償で提供してきた。
ウィリアム公は試しに、死にかけの兵士に魔僕呪を服用させた。
すると兵士は瞬く間に屈強な戦士へと復活を遂げ、もう一度魔僕呪を服用すると、何物にも負けない強者へと変貌した。
「父は一瞬にして魔僕呪の虜になった。渡された魔僕呪を使い、国中の兵士にばら撒いたのだ」
「な……なんてことを……」
マリーは思わず絶句してしまう。
そんな事をすればどうなるかは目に見えていたからだ。
そしてジョージの話の続きは、案の定と言うべき内容だった。
本格的にゲーティアをスポンサーにつけたウィリアム公。
魔僕呪の力で強化した兵士は、瞬く間に敵軍を蹂躙していった。
戦争は誰の目から見てもブライトン公国の優勢、そう語られていた筈だった。
ある時期を境に、兵士達が急激に弱体化していったのだ。
何故だ、誰にも原因が分からなかった。否、誰もが原因から目を逸らしていた。
魔僕呪の副作用だ。
兵士達は手足が老化し、魔僕呪の毒素に全身を侵される事となった。
そして、戦争は終わった。
ブライトン公国の大敗という結果で。
「僕は何度も父に言った、魔僕呪は危険だと。だが父は何かに取り憑かれたかのように、魔僕呪の使用を止めなかった……兵士だけではなく、父自身も」
「ウィリアム公も、魔僕呪を服用されたのですか?」
「恥ずかしながらね」
「まぁ、事情は分かったけど。やっぱり父親殺しを手伝うのはね~」
「その事なんだが、一つ補足させてくれないか」
ジョージは何やら困ったような表情でそれを告げる。
「こんな事を言っては、気が狂っていると思われるかもしれないが……父は、ウィリアム公はもう、人としては死んでいるも同然なんだ」
「どういうことだ?」
「魔僕呪の副作用さ。父は魔僕呪を乱用して、その身体を完全に侵されきっているんだ。もう自力で動く事もできなければ、意思疎通を図る事もできない」
沈痛な面持ちで告げられる事実に、レイ達は返す言葉が出てこない。
しかしここでふと、マリーはある疑問が出て来た。
「あら? でしたら、終戦後に表舞台へ出て来たウィリアム公はどなたでしょうか?」
「……本人だよ。ただし、ゲーティアに心身を操られた傀儡だけどね」
「なる程、乗っ取られたってどういう事か……」
レイの中で色々と腑に落ちる。
先程ジョージが言っていた国の腐敗というのも、ここに繋がってくるのだろう。
「あの、皇太子様はどうして、お父さんを討とうとするんですか? 救護術士の人に跳んで治療して貰えないんですか?」
「それは……」
オリーブがおずおずとジョージに質問する。
だがその内容にジョージはおろか、レイも目を逸らさざるを得なかった。
「オリーブ、それなんだけどな――」
「魔僕呪の中毒者を完全に治す治療法は、未だに見つかってない」
「えっ」
レイとジョージが言いにくそうにしているのを察したのか、アリスがオリーブに説明する。
そう、魔僕呪中毒の完全な治療法は未だ見つかっていないのだ。
初期段階ならある程度治す事が出来るものの、後遺症からは逃れられない。
まして、ウィリアム公のような明らかな末期患者となれば、最早悪戯な延命以外に道が残されていないのだ。
ショックな話だったのか、オリーブは俯いてしまう。
暗い空気が漂って静寂が出始めたので、レイが話を進めた。
「えっとつまりだ、皇太子様はウィリアム公を討つ……と言うより解放してやりたいって事ですか?」
「その通りだ。僕は父に、これ以上あのような醜態を晒して欲しくない。あの人の息子として僕自らの手で、父を呪縛から解放したいんだ!」
決死の叫びとでも形容すべきか。
ジョージは心の底から、己の覚悟を口にした。
そしてその決意は、少なくともレイには届いた。
「……だってさフレイア」
「うん」
「どうする? 様子からして、間違いなくゲーティアの奴らとの戦闘は避けられない。かなり危険度はたかそうだけど……受けるか?」
「そんなの、聞くまでもないでしょ」
そう言うとフレイアは、ジョージの元へと近づき……
「皇太子さん、王宮でゲーティアの奴らと鉢会う可能性は分かってるよね?」
「無論だ」
「一応聞いとくけど、死にに行くつもり?」
「そんな事はない! 父を討った後も、僕には国の為に成すべき事が山のようにあるんだ! ゲーティアからこの国を取り返し、再興するという夢があるんだ!」
「……わかった。皇太子さん、アンタの依頼受けるよ」
「っ! ほ、本当か!?」
「本当本当。ね、みんな」
フレイアは振り向いて、チームメンバーを見渡す。
皆、既に覚悟は決めた様子であった。
「まぁ、フレイアがそう言うなら」
「姉御が決めたのなら、異論はないっスよ」
「が、頑張りましゅ! あうぅ、噛んだ」
「ゲーティアとは前回戦いました。今回も華麗に勝利を収めてみせますわ」
「俺はもう受けるつもりだぜ」
「レイに同じく」
チーム全員が乗り気になった事に、ジョージは微かに感涙した。
「皆……本当にありがとう」
「いいってことよ。これもヒーローの務めだからね~」
「それでも国を取り戻すなんて、中々デカイ仕事だけどな」
「きっと大丈夫。チーム全員いるんだから、なんとかなるでしょ。あと皇太子さん。一人で突っ走るのはやめてね」
「勿論さ」
「皇太子様、ゲーティアの方は俺達に任せてくれ。漏れなく全員ぶっ飛ばしてやる」
掌に拳を叩きつけて、気合いを入れるレイ。
前回の戦いでゲーティアを倒した事で、少し自信がついていた。
『レイ、あまり天狗になるなよ』
「大丈夫だって。俺達ならやれる」
『(……心配だな)』
スレイプニルが心配しているとは露知らず、レイ達はこれから戦う相手への闘志を燃やしていた。
次に目指すはブライトン公国首都。
宮殿の座する場所である。
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