Page59:悪意黎明
天に向かって昇る魂の光と、それを見届ける四体の鎧装獣。
ソレは、彼らから幾らか離れた海上に居た。
黒い鎧に身を包んだソレは、海の上に仁王立ちして、スレイプニル達を見つめている。
「まさかガミジンがやられるとはな……」
『あいつを見届けるだけで終わらせるつもりだったけど、これは思わぬ収穫ができそうだね。フルカス』
「そうだな」
黒い鎧の騎士こと、フルカスは自身の契約魔獣に短く返す。
すると腰に携えていた一振りの黒剣を素早く引き抜いた。
「まさかこのような辺境の地で【王の指輪】が見つかるとはな」
フルカスの視線はスレイプニル、そしてその中に融合しているレイに定まる。
『フルカス、早くやろうよ。僕もうウズウズして仕方ないんだ』
「そう急くな。太刀筋がブレる」
定規を彷彿とさせるデザインの剣にガンメタリックの魔力を流し込む。
一撃で沈められるとは到底思っていない。
だが最初の一撃が大打撃になるよう、フルカスは静かに集中して狙いを定める。
「恨むなら恨め。だが王の指輪の回収は、俺の使命の一つだ」
術式を構築して装填。
あとは振り下ろすのみ。
「王邪――ッ!?」
フルカスが剣を振り下ろした次の瞬間であった。
――ガキンッ!――
突如目の前に現れた黄金の刃に、その太刀筋を妨害されてしまった。
フルカスは鎧の下から、その刃の主を睨みつける。
「俺の邪魔をするのか、黄金の少女よ」
≪フルカス……あの人達には手出しさせない≫
プレッシャーに負けることなく、黄金の少女も仮面の下から睨みつける。
『彼らに味方するなんて意外だね、君は僕達よりの存在だと思ってたのに』
≪ふざけないで。私達はゲーティアとは違う≫
「その割には、世界の敵とも呼ばれているようだが?」
黄金の少女は無言で、小さく唇を噛む。
だが手にした銃剣(プロトラクター)を握る力は弱めない。
≪私達のやる事はずっと変わらない。私達はあの人を守る。それを邪魔するなら、私達はここで貴方を滅ぼす≫
そう言うと、黄金の少女の身体から膨大な魔力が解き放たれ始めた。
人の数人程度なら一秒とかからず飲み込んでしまえそうな黄金の魔力。
流石にこれを直に喰らうのは不味いと感じ取ったのか、フルカスはバックステップで距離を取った。
「本気で死合うか、小娘……」
フルカスも対抗するように全身から魔力を解放しようとする。
だがそれを、彼の契約魔獣は許さなかった。
「……何をしている、グラニ」
『それはこっちの台詞だよ。相手を選びなよフルカス』
「俺が小娘如きに遅れを取るとでも?」
『普通のならね。でも相手をよく見なよ。あの
「……」
『それに、変に手を出さないなら、向こうも見逃してくれるみたいだよ』
フルカスは強者故に理解できた。
今の黄金の少女が、攻めではなく守りの体勢に終始している事を。
しばし睨み合う二人。
だが流石に分が悪いと感じ取ったのか、フルカスは静かに剣を納めた。
「戻るぞ、グラニ」
『まぁ、流石に分が悪いよね』
少しばかり笑い声を出すグラニに、睨みを効かせるフルカス。
フルカスはダークドライバーを取り出すと、後ろの空間に向けて一振りした。
空間に裂け目が出来て、こちらの世界と向こうの世界が繋がる。
「覚えておけ、黄金の少女よ。我らに敵対するのならば、先に身を滅ぼすのはそちらだぞ」
≪なら私達は、それより先にゲーティアを滅ぼす≫
黄金の少女を一瞥すると、フルカスは空間の裂け目に姿を消してしまった。
≪……≫
空間の裂け目が消えたのを確認した黄金の少女は、スレイプニル達の方へと目線を配らせる。
四体の鎧装獣は此方の異変に気付く事無く、未だ魂の光を見届けている。
黄金の少女がかけた認識阻害の魔法が効いたようだ。
≪レイ……また遠くないうちに、ね≫
黄金の少女がそう呟くと同時に、潮風が一つ吹きすさぶ。
風にかき消されたかのように、海上から少女の姿は消えてなくなっていた。
◆
暗く、重く、光では無く闇が支配する空間。
人の気配はそこに無く、獣の鳴き声も聞こえてはこない。
ここは本来、人も獣も入り得ぬ世界。
闇に魅入られた者だけが足を踏み入れる、裏側の世界。
その裏世界に絶対的な存在感を放つ、巨大な宮殿があった。
【反転宮殿レメゲドン】この裏世界におけるゲーティアの本拠地である。
表の世界から帰還したフルカスは、鎧の軋む音を出しながら宮殿内を歩いていた。
宮殿と言っても表世界のような雅さは欠片も感じられない。
薄暗く、湿度も高く、壁は何か生物のように蠢いている。
普通の人間ならその狂気に犯されそうな空間を、フルカスは無言で歩き続ける。
すると突然、近くの壁が轟音と共に貫き破られた。
破られた壁の向こうから、異形の影が現れる。
「ウゥ……だれか、そこにいる? 壊していいやつ?」
「相変わらずの乱暴者だな、ナベリウス」
煙が晴れて影の正体が見えてくる。
二メートル半を軽く超える巨体に、凶暴な猟犬の顔。
更に両肩にも猟犬の顔がついている、異形の悪魔がそこに居た。
ゲーティアの悪魔ナベリウスである。
「クンクン、このにおい……なんだフルカスか。おかえり。何年ぶりだ?」
『やぁ、ただいまナベリウス。元気してたかい? 僕達が帰ってくるのは五年振りくらいかな』
「グラニもおかえり。ナベリウス元気いっぱい。でもパイモンがいないから、ナベリウス少し寂しい」
「パイモンならじきに帰ってくるだろう。何故なら――」
「何故ならガミジンが討たれたから……ですね、フルカス」
「……そうだ」
フルカスの言葉を甲高い少年の声が遮ってくる。
宮殿の奥から現れた声の主は、その声の通りに幼い少年であった。
金髪翠眼の少年は、その見た目に反比例するような大人びた喋りをする。
「そして貴方はそれを見届けてきた、と言ったところでしょうか」
「正解だ、ザガン」
「え、ガミジンやられちゃったの?」
口元に手を当ててオロオロするナベリウス。
それを気にする事もなく、フルカスは静かに変身を解除した。
「ガミジンの残骸はどうなりましたか」
「パイモンが回収に向かった。あの再生能力だ、死にはしていないだろう」
「そうでしょうね……っと噂をすれば」
金髪の少年、ザガンが後方を指さす。
そこには大きな空間の裂け目が出来ていた。
裂け目の向こうからピンク髪のゴスロリ少女が姿を見せる。
「あっ、パイモン! おかえり!」
「んもー! 最悪ッ! 蛇のおっさん回収するのに海の中に入るとか聞いてないんですけどー!」
自慢の服が海水塗れになってしまったパイモンは、八つ当たり気味にソレを投げ捨てる。
四肢を失い、ボロ雑巾のようになったガミジンだ。
「うぅ……あぁ……」
「あのガミジンをここまで傷つけるとは、大した操獣者ですね」
「戦騎王とその契約者だった」
「ほう……それは厄介な相手ですね」
ザガンとフルカスが話し込む横で、ナベリウスは大慌てで服を掴んできた。
「パイモン、かえの服もってきた」
「ありがとうナベリウス。よしよししてあげる」
跪いたナベリウスの頭を、パイモンは微笑みながら撫でる。
握り締められた服が皺だらけになっているが、パイモンはあえて指摘しなかった。
「まったく、あの人たちは子供なんですから」
「それよりザガン。陛下の様子は?」
「変わらず、ですね。やはり義体の完成が急務になるかと」
「その状況下でガミジンの失態を伝えるのは、些か心苦しいな」
しかし伝えねばならない。
フルカスはガミジンの身体を掴み取ると、宮殿の最深部へ足を運んだ。
レメゲドン最深部にして玉座の間。
そこはゲーティアにとって最も神聖な場所でもあった。
だが玉座に座るのは人の形をした者では無い。
玉座の上に在るのは巨大な繭であった。
邪気を放つ肉が幾層にも重なり合って構成されている、肉の繭であった。
繭の中からは微かな呼吸が聞こえてくるので、生きているという事がわかる。
フルカスは肉の繭の前にガミジンを投げ捨てると、
「陛下、
フルカスの言葉に反応するかのように、肉の繭は瞳を開けて一瞥してきた。
『言葉にしなくても良い、フルカスよ。そのガミジンの姿で大凡の察しはついた』
肉の繭は触手を一本伸ばすと、床の上でもぞもぞと動くガミジンの頭にそれを押し当てた。
触手を通じてガミジンの頭の中を見る。
全ての顛末を知った肉の繭は、大きなため息を一つついた。
『そうか……最後の義体は破壊されたか』
「も、申し訳ありません陛下! 何卒、何卒お許しを!」
『ガミジン、我が友よ。何故余の為に働き傷ついた臣下を罰する必要がある』
「陛下……ありがたき御言葉」
「本当によろしいのですか」
『よい。悲劇は有れど、友を失う事に比べれば些末な事だ』
しかし、と肉の繭は続ける。
『これでとうとう、最後の義体候補が失われてしまったか……できる事なら、争い無くして計画を遂行したかったのだがな』
「しかし陛下。ここまでの計画が潰えた以上、最早秘密裏に動く事は儘なりません」
『口惜しいな……』
「陛下、ご決断を」
瞼を閉じて沈黙する肉の繭。
しばし考え込んだ後、一つの溜息と共に結論を出した。
『最早避けらぬか……レメゲドンに居る我が同胞よ、余の前に集え!』
肉の繭が発した声は反転宮殿全体へと響き渡る。
そしてものの数分もしないうちに、玉座の間に悪魔は集った。
「錬金術師ザガン。ここに」
金髪翠眼の少年の姿をした悪魔。
ゲーティアの天才錬金術師、ザガン。
「闘士ナベリウス。ここにいるよ~!」
三つの顔を持つ凶暴な闘士。
ゲーティア一の荒くれ者、ナベリウス。
「密偵パイモンちゃん。お着換え終了してここにいまーす☆」
ピンク髪と特徴的なゴスロリ服。
ゲーティアの密偵にして人食いの怪物、パイモン。
「あ、ガミジンおじ様ならそこでボロ雑巾になってますよ~」
パイモンは嘲笑いながら、転がっているガミジンを指さし笑う。
そして……
「騎士フルカス。この身この刃、常に陛下の為に」
跪いてなお威風堂々としたなりの男。
ゲーティアの騎士、フルカス。
玉座の前に集った悪魔達は、肉の繭を前にして一様に頭を垂れた。
『よく来てくれた我が友達よ。そして聞くのだ。余は今しがた重大な決断を下した』
玉座の間に重い緊張感が走る。
だがそれと同時に、悪魔達の間に一種の歓喜の気持ちが走った。
「陛下、遂に時が来たのですか」
『そうだザガン。我らが影に潜む時は終わった』
肉の繭は意を決して、声を張り上げる。
『雌伏の時は終わった。今こそ我々が表舞台に出る時が来たのだ!』
「キャハッ♪ 陛下~もしかしてぇ、もしかするんですかぁ~?」
「パイモン、静かに聞きなさい」
期待感が漏れ出るパイモンに、ザガンが注意をする。
だがその程度で抑えられる程、パイモンの喜びは小さくなかった。
『全てのゲーティアに通達せよ! 戦いの時来たれり! 我らは全ての人獣に対して、宣戦布告をする!』
その瞬間、パイモンとナベリウスは歓喜の声を張り上げ、ザガンは小さく笑みを浮かべた。
『フフ、フフフフフ』
「グラニ、陛下の御前だ。下品な声を出すな」
『だってフルカス。いよいよ始まるんだよ』
「そうだな、戦争が始まるな」
『それだけじゃない。人や獣を戦うって事は、僕もアイツと戦えるかもって事だ』
「戦騎王か、そんなに戦うのが楽しみなのか?」
『勿論さ。その為に僕は君達についているんだからね。フルカスだって楽しみでしょ、あの指輪持ちの操獣者達と戦うの』
「ふん、歯ごたえがあれば良いのだがな」
玉座の間は歓喜と狂気に満ち満ちている。
グラニは戦騎王との戦いを夢想し、胸を膨らませる。
フルカスも、まだ見ぬ強者との戦いに幾ばくかの期待を寄せていた。
『あぁ、早く戦いたいよ。スレイプニル……いや、兄さん』
この世ならぬ世界で悪魔達は笑う。
それは殺戮の悦びであったり、復讐の炎であったり、純粋な好奇心であったり。
黒い炎に包まれて、彼らは牙を研ぎ澄ませる。
破滅の足音は、着実に世界へと近づいていた。
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