Page17:彼らは何故『助けて』と言ったのか?①

 偽魔装に身を包んだ変身ボーツの出現から三日が経過した。

 結論から述べると、あの日変身ボーツと交戦したのはフレイア達だけでは無かった。同じ時間違う場所、それも複数の場所で変身ボーツによる襲撃報告がギルドに相次いでいた。


 今日もギルド本部には荒々しい足音が鳴り響く。同時発生こそ起きていないが、変身ボーツの出現は今も短いスパンで起き続けていた。

 手の空いている操獣者達は、休む間もなく対処に駆り出されるのであった。


 想像以上の装甲と手強さを兼ね備えたボーツの大群を相手に、ギルドの操獣者は疲労が溜まり続けていた。

 そして、増える傷と募る精神疲労が、操獣者達の間に不穏な空気を流し始めていた。

 今やギルド本部内ではあちこちから愚痴が飛び交い、変身ボーツの対策に関する意見交換が絶え間なく聞こえてくる状態だ。


 だが一部の者達には、問題はそれだけで終わらなかった。むしろもっと厄介な問題と言えるかもしれない。

 変身ボーツをセイラムシティに発生させた犯人は。ギルド内でそう言う風潮が流れていたのだ。

 噂を流布しているのが操獣者至上主義の多いグローリーソードの者達だと言うのは割と早い段階で分かったのだが……問題はその噂を信じた者達が少なくなかった事である。



「あの三下どもめ、フザケやがって!!! 腑抜けたアホ面ハンマーで叩き直してやろうかってんだ!!!」


 魔武具整備課の工房でモーガンが声を荒げて、壁を殴りつける。衝撃でクレーター状に砕けた壁を見て、整備課の者達は戦々恐々としていた。


「親方さん、荒れてるね」

「レイ君が犯人だって噂、お父さんさっき知ったらしいっス」


 怒り狂うモーガンと必死に抑え込もうとする整備士達を見ながら、ジャックとライラは呟く。

 いつもなら食堂で駄弁るのだが、今は変身ボーツの件でピリピリした空気が流れ続けている。それを嫌ったチーム:レッドフレアの面々は、ライラの誘いで魔武具整備課の一角を借りていた。


「まぁ、あんな噂聞いたら怒るのも無理はないね」

「そっスよ! 何なんスかアレ! じんどーに反するってやつっス!」


 悪意ある噂に怒りを露わにするジャックとライラ。一方でフレイアは非常に珍しく、整備課に来てから終止無言を貫いていた。


「姉御もなんか言ってやって欲しいっス!」

「……」

「珍しいね、フレイアがここまで大人しくするなんて」

「ん、あぁ……ちょっと考え事をね……って、親方めっちゃ荒れてんじゃん!?」

「気づいて無かったんスか!?」


 モーガンの怒声に気づかない程、物思いに集中していたフレイア。


「……もしかして、レイの事かい?」

「うん……レイってさ、なんで『ギルドを恨んでる』って言われてるのかな~て思って……」

「急にどしたんスか?」


 若干今更なフレイアの言葉に、ライラは疑問符を浮かべる。

 フレイアの脳裏には、三日前のグローリーソードの者達が発した言葉が引っかかっていた。


「皆、レイはギルドと街をを恨んでるって言うけど……アタシにはそう思えなくって」

「それはヒーロー……レイのお父さんの事があったから」

「街が見殺しにしたってやつでしょ。そりゃレイも思う所はあるかもしれない……けどさ、本当に恨んでるなら街を守る為に戦うのかな?」


 しばし沈黙が流れる。

 確かにフレイアが言うように、本当にギルドを恨んでいるのであれば、これまでのレイの行動は矛盾そのものと言えるだろう。ジャックとライラも、その矛盾については分かっていた。だがその真理までは理解できない。故に上手く返答できなかった。


「僕も少し、気になっていた所ではあるね」

「ジャック……」

「父親を見殺しにされた件で、少なからずギルドに恨みがあるのは間違いないと思う。けどその先が解らないんだ。何故デコイモーフィングまで使って戦おうとするのか、何故あれだけ傷つきながらセイラムシティを守ろうとするのか……何故あそこまで操獣者になる事に拘るのか」

「レイ君、養成学校の頃はここまで無茶する人じゃ無かったんス……他人と距離を置く性格はあったっスけど、ここまで極端に拒絶する事はなかったっス」

「そうなの?」

「少なくとも、仲間は必要ないなんて頑なに言うような奴じゃなかった」


 ジャック達の言葉を聞いて、フレイアは内心「少し意外だな」と思った。

 だがそうなると次の疑問が湧いてくる。何がレイを変えてしまったのかについてだ。

 少なくともレイが父親を亡くした事件が関係あるのは間違いない。フレイアはセイラムシティで暮らす様になって一年と少々しか経過してないので、事件の詳細を何も知らなかった。

 そこからならレイの事情も何か見えるのではと思ったフレイアが、ジャック達に質問しようとしたその時だった。


「クソ、全然繋がらねェ! ライラァ、今日レイの奴見てねーか!?」


 握り潰さん勢いで、片手にグリモリーダーを持ったモーガンがやって来る。レイに何度も通信を試みて結局繋がらなかったのだろう、備え付けられた十字架にひびが入っていた。


「今日は見てないっス」

「フレイア達はどうなんだ?」

「僕は見てないですね」

「アタシも」


 それを聞いたモーガンは眉間に皺を寄せて、困り果てたように首の裏を掻きむしった。


「参ったな、レイ自身が無実だって言ってくれるのが一番なんだが……居場所が分からなきゃどうにもなんねーぞ」


 ブツブツ言いながら、モーガンは苛立ちを募らせる。


「アイツは街を泣かせるような奴じゃねーんだ……これ以上、レイを孤立させて堪るかッ」

「……親方は、レイを信じてくれるんだね」

「当たり前だ! 俺が信じてやらなかったら、アイツは本当に独りになっちまう!」

「……お父さん?」


 妙に焦りを含んだ声で叫ぶモーガンに、ライラ達は少し違和感を感じる。

 その時フレイアはふと、モーガンならレイの事情を詳しく知っているのではないかと考えた。

 ガチャガチャと音を立てて、グリモリーダーの十字架を操作し続けるモーガンにフレイアは問う。


「ねぇ親方、なんでレイって『仲間なんか必要ない』って頑固なの?」


 フレイアの言葉を聞いた瞬間、十字架を操作していたモーガンの手が止まった。 ほんの一瞬、振り返ったまま固まる身体。次の瞬間には眉をひそめ、モーガン顔を深く俯かせてしまった。

 その様子は、傍からみても分かる程に後悔の念溢れていた。


「仲間は必要ない、か……やっぱしそう簡単には変わらねぇか……」


 そう言うとモーガンは、近くにあった椅子にドカンと沈み込む様に座った。


「……レイがああなったのは、元はと言えば俺の……いや、俺も含めた三年前の事件に関わった奴全員責任だ」

「どういう事っスか?」


 掌で顔を覆い、モーガンは目を細める。普段からは想像もつかない様子にフレイア達は驚きを隠せなかった。

 なによりそれは、娘であるライラでさえ見た事の無いあまりにも弱々しい姿であった。


「ねぇ親方……三年前、レイに何があったの?」


 フレイアが問いかけると、モーガンは俯きながらポツリポツリと語り始めた。


「……三年前、セイラムシティのあちこちでボーツの大発生が有ったのは知ってるだろ」

「え、三年前にもボーツ騒動あったの!?」

「フレイアは越してきて一年程しか経ってないから、知らなくても無理ないね」

「三年前にも今みたいにセイラムがボーツまみれになる事件があったんス」

「被害は最小限に食い止めれた……とは言っても、見方次第では今より厄介なもんだったけどな……」


 そう言うとモーガンは、近くのテーブルに置いてあったワインボトルを勢いよく呷った。


「プハァ! 前兆なんて生易しいもんは無かった。ある日突然、文字通りボーツがセイラムの全地区に湧き出たんだ」

「同時!?」


 思わず驚きの声を上げるフレイア。だが同時発生という事で、三日前の変身ボーツの出現と似ているなと感じていた。


「僕もよく覚えてますよ。叫び声とか爆破音とか、離れの学生寮にまで聞こえてきましたから」

「最後の方は戦える学生まで駆り出されたっス。それだけ数と勢いがすごかったんスよ」

「幸いボーツ自体は大した強さじゃ無かったから、街が壊れた事と八区が火災で打撃を受けた事、後は何人か怪我人が出るだけで済んだ…………ボーツの発生が終わった直後、俺はそう思っていた……」

「……レイの親父さんが、犠牲になった」


 フレイアの言葉で場が静まり返る。

 整備課の外から漏れ聞こえる喧騒が皆の耳に、やけにハッキリ聞こえて来た。


「…………あの日。ボーツが大量発生した地区が多すぎたから、ギルドの操獣者は皆手分けしてボーツの討伐に向かったんだ。当然その中にはレイの父親……エドガーも居たさ。当時は街中が混乱してて誰がどの地区に向かったかなんて気にする奴は殆ど居なかった。皆眼の前で攻撃してくるボーツの大群を潰すのに手いっぱいだったからな」


 モーガンの脳裏に当時の光景が浮かび上がる。誰もが街を守る為に必死に戦った。だが湧き出るボーツの数が多く、徐々に操獣者達の身体に疲労の色が見え始めた。


「連戦続きで誰もが疲弊し始めた頃に、エドガーがある事に気づいたんだ」

「ある事?」

「八区の守りが薄くなってんじゃねーかって……」


 そう言うとモーガンは顔を上げて、フレイアに一つ問いかけをした。


「フレイア、八区ってどういう場所か分かるか?」

「ん? えと、森に囲まれていて……デコイインクがいっぱい採れる場所?」

「そうだな、最近の印象ならそれで間違いない……けどなフレイア、セイラムシティ第八居住区ってのはな他の国で言う所のにあたる場所なんだ」


 今でこそ随分改善されたが、モーガンが言う通り八区は本来貧民区にあたる土地である。デコイインクの採掘場に隣接しているのは、本来労働奴隷を現場に縛り付ける為だったと言われている(現在は奴隷制度自体が廃止されているが)。

 数十年前に行われた改革で大きく改善されたとは言え、現ギルド長政権になるまでは巡回の操獣者が全く付かなかったり、八区内の孤児院は苦しい経済状況で運営をし、幼い子供たちが通う学校すら無い始末であった。


「(てか、あのギルド長ってそんなに有能だったんだ……)」

「ギルド長の活躍で改善されたとは言え、八区は当時の上層部から予算を回して貰えず、巡回の操獣者が中々来ない土地のままだったんだ」

「……ちょっと待って欲しいっス。八区ってデコイインクが山程有る土地っスよ……街中でボーツが発生するって事は……」

「間違いなく、一番被害が大きくなる土地だね」

「その通りだ。今でも随分残っているが、八区に対する偏見意識ってのは根強いんだよ…………無意識にそこを避けてしまう奴が多いくらいにはな」


 そこまで言われてフレイア達は悟った。操獣者達がに集中していたのだ。


「一応八区には避難用シェルターがあるんだが、それでも心配になったエドガーは自分が八区の様子を見て来るって一人で行っちまった。ほとんど負け知らずなアイツに『一人で行くな』なんて言える奴は当時誰一人として居なかった! セイラムの憧れの的だったアイツの足を引っ張りたくなかったからな……俺も例外じゃあなかった」


 顔をくしゃくしゃに歪めて、モーガンは再びワインボトルを煽る。

 その悲痛な様相から、それがモーガンが見たエドガー・クロウリーの最後の姿だったのだろうと、フレイア達は悟った。


「エドガーが八区に行ってしばらく経った後だ……八区方面の空に救難信号弾が撃たれたんだ。けど俺達は自分が行かなくても大丈夫だろうって思っちまったんだ! 八区にはエドガーが居るから俺達に出番なんざ無いって思いこんじまった! まさか救難信号弾を撃ったのが、そのエドガーだとは欠片も想像できなかった!」


 自責する様に、罰する様に、眼に涙を少し溜めながらモーガンは叫ぶ。


「全てが終わった頃には、全てが遅かった。ボーツの発生が収まって街の被害状況を確認するための事後処理をやってると、八区に続く道からレイが出て来たんだ…………血まみれのエドガーを背負ってな」


 モーガンの脳裏に当時の様子が鮮明に想起される。

 血と煤の臭いに包まれたレイと、動くことなく背負われているエドガーの姿。血を流し続ける親友を前に、モーガンは応急処置をしつつ大声で救護術士を呼び治療をさせた。

 そしてレイの言葉で、救難信号弾を撃ったのが他ならぬエドガーであった事を知ったのもこの時であった。


「その後の結果は知っての通り、エドガーが助かる事は無かった…………全部はエドガーの力を過信して『アイツなら絶対大丈夫だ』つって妄信した俺達の責任なんだ」


 悔しそうに歯ぎしりをするモーガン。友を死なせてしまった喪失感は、彼の心の奥底に深く根差しているのだ。


「……これが三年前の事件だよ」

「ちょうどその直後っスね、レイ君が何も言わずに学校を卒業していったの……」

「養成学校を卒業した直後は特に荒れてたさ。事務所に籠りっきりで、グリモリーダーの通信にも中々出なくなって、完全に他人を拒絶する様になっちまった……」

「まぁ、アーちゃんがレイ君にしつこく構って大分良くはなってたらしいっス」

「その通りだ。最近になってレイの奴も随分立ち直って来たなと思ったんだが…………その矢先に今回の件だ」


 やってられないと言わんばかりに頭を抱えるモーガン。ジャックとライラも、何も言わず悔しさを醸し出している。

 彼らの感情は、フレイアにも痛いほど伝わって来ていた。だがどうにもフレイアの中で何かが引っかかっていた。


 モーガン達の話は、先日スレイプニルから聞いた話と一致している。

 レイの父親が死ぬ事となった事件の概要も解った。だが何か違和感がある。


「親方、その事件でヒーロー……レイの親父さんが死んだんだよね?」

「あぁ……そうだ」

「ねぇ親方。レイの親父さんはアタシよりも強かった?」

「当然だ! 今も生きてたら、間違いなくセイラム最強の操獣者だったさ」


 モーガンの言葉で、フレイアの中に芽生えていた違和感が正体を現した。

 この事件には、まだ続きがある筈だとフレイアは確信した。


「親方……レイの親父さんの死因って、何だったの?」

「そ、それは……」


 一瞬、だが確実にモーガンの顔が強張ったのをフレイアは見逃さなかった。


「起きた事件はボーツの大量発生。そのまま考えたら大量のボーツに集中砲火されて死んだって考えるのが普通かもしれない…………けどさ、変身している状態ならアタシでも通常ボーツは二・三十体は倒せれる。セイラム最強って言われた操獣者が、ボーツ相手に致命傷食らうなんて思えない」

「いやフレイア、それなら事故と考えるのが自然な流れ――」

「話を聞いてる限り当時レイの親父さんは変身状態だったと思うんだけど。八区にそんな、変身状態のヒーローが致命傷を負う様な事故が起きそうな場所……何処かにあった?」


 ジャックとライラは同時にハッとした表情になる。

 フレイアの言う通り、変身状態でかつセイラム最強の操獣者という前提条件を付けた場合、八区内で事故死する可能性がある場所は一ヶ所を除いて皆無である。


「百歩譲ってデコイインクの採掘場(大きな洞窟)で事故死したとしても、それだとレイがお父さんを背負って来たって説明に違和感がある……」

「て言うか、そんな事故起きてたら同じ八区に居た操獣者が気づかない筈無いっス!」


 ヒーローの死因は公表されていない。

 街の劇場や書籍などの結末は、大抵ヒーローが何処か遠い地に旅立つ所で終わっている。偶に死を描いている作品もあるが、専ら強敵との相打ちで幕を閉じる。

 それらをよく知るフレイアだからこそ、腹の中の疑念は留まる所を知らなかった。


 そして確信したのだ。今のレイを形作った原因にヒーローの死因が深く関わっていると。


「親方、なんだかんだ言ってレイは根っ子は優しい奴だってアタシは思ってる…………だからこそ、あそこまで他人拒絶するのは他にも何か理由があるんじゃない?」


 フレイアだけで無くジャックとライラの視線も、モーガンに集まる。

 少しばかり狼狽えた後、モーガンは観念したかの様に大きなため息をついた。

 そしてモーガンは整備課の扉に視線を向ける。


「扉は……閉まってるな。まぁこの時間に来るような奴はそう居ねーだろ」


 整備課にいる者以外、誰にも聞かれてない状況である事を確認したモーガンは真剣な眼差しでフレイアに顔を向ける。


「……今から言う事は、あまり大っぴらにすんじゃあねーぞ」


 フレイア達が静かに頷いた事を確認したモーガンは、ゆっくりと言葉を続けた。


「…………エドガーはな、三年前の事件で……操獣者に殺された」

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