Page08:王獣スレイプニルとテーブル下のスケベ②

 望遠鏡を覗くのにも飽きてきた頃、レイの腹が音を立てて空腹を知らせてきた。

 フレイアとスレイプニルの様子を見ると、未だにフレイアの質問攻めが続いており、スレイプニルが律儀に応え続けている。

 なんだか水を差すのも可哀そうに思ったレイは、アリスに鍵を預けて食堂へと足を運んだ。



 食堂の喧騒に包まれる中、目の前に運ばれて来たミートボール入りのパスタを食べているとレイの視界に一人の女性が写り込んだ。

 長い髪を一つにまとめ上げ、かけた眼鏡の向こうからはキツそうな印象を受ける吊り目が見える。

 手には手帳とペンを持ち、今にも噴火しそうな青筋を浮かべて何かを探している。

 レイが知っている人間だったが、正直彼女は苦手なタイプなのでレイは目を合わせない様にそっぽ向いた。が、件の女性はレイの姿を見つけたのかツカツカとヒールの音を立ててレイに近づいて来た。

 幸せは向こうから寄って来ないのに、どうして面倒事は向こうから走って来るのだろうか……レイはひたすら疑問に感じた。


「お食事中失礼いたします、ミスタ・クロウリー」

「何ら急用でふか……ングッ……ミス・ヴィオラ?」


 声をかけてきた女性はギルド長の秘書、ミス・ヴィオラ。

 GODで最も優秀な事務処理能力を持ち合わせた秘書である。

 その優秀さは、彼女一人で約30人分相当の事務作業を難なくこなしてしまう程であり、彼女が居なければGODの事務効率は5割減すると言われている。

 だがその優秀さ故に、彼女に仕事を押し付けたギルド長が執務室から抜け出す事多数。いつもギルド長を探し回っている苦労人でもある。

 ちなみに独身。優秀なのだが、性格キツいビジネスウーマンなせいで何人もの男を取り逃がしてきたと噂されている。


「単刀直入に要件を申します、ギルド長を見かけませんでしたか?」

「……いや、屋上から戻ってきてから一度も見てないですね」


 ある意味予想通りすぎる要件だったので、少しホッとするレイ。


「そうですか、それは失礼しました。ではもう一つの要件を」

「ん?」

「あまり頻繁に屋上に行かれるのも困ります。仮にもあそこは立入禁止という事になっているので」

「ギルド長の許可は得てますけど?」

「そうかもしれませんが、頻繁に出入されると他の者に示しがつきません。戦騎王の契約者ならいざ知らず、無関係の者が入り浸るのは感心しかねます」


 余計な一言が聞こえたせいか、レイはムッとした表情で言い返す。


「文句なら許可出したギルド長に言ってくれ。後、スレイプニルの契約は絶対にもぎ取ってやるかんな」

「……貴方も諦めの悪い人ですね」

「悪いか?」

「いえ、貴方の様な夢追い人はこの街では珍しくもないので」


 遠回しに「馬鹿」と言われて内心腹を立てるが、レイは必死にそれを抑え込む。


「夢に憧れて盲信する馬鹿に比べたら、自分の方が随分マシだとは自負しているけどな」

「似たようなモノだと思いますけどね……では、私はこれで。早急にギルド長を連れ戻さないといけませんので」


 言いたい事だけ言って、ヴィオラはその場を後にした。

 ムカっ腹が立っていたレイは、去り行くヴィオラの背中に向けてこっそりと中指を突き立てるのであった。


 ……ヴィオラの姿が見えなくなった事を確認するレイ。

 食堂から出ていく姿も確認したレイは、テーブルの下で丸まっているソレに軽く蹴りを入れた。


「アウッ!」

「怖~い秘書さんは居なくなりましたよ、ギルド長?」

「ふぉっふぉ、スマンのう。じゃがもう少し丁寧に扱ってくれんかのう」

「サボり常習犯のギルド長には相応しい対応かと?」

「お主は言えた義理じゃなかろうに」


 ブツブツ言いながらテーブルの下からギルド長が姿を見せる。

 実はレイがテーブルに着いた段階で既に潜んでいたのだ。


「つーか、テーブルの下で何やってたんですか?」

「決まっておる……アレじゃ」


 そう言ってギルド長が力強く指さした先をレイは見る。

 指さした先には、食堂の若い女性店員達が見えた。


「あの艶肌! あの桃尻! 見ているだけで寿命が延びるとは思わんかね!?」

「仕事サボってまでガールウォッチかよ、このエロジジイ!?」


 しかしそれではテーブルの下に潜んでいた理由が分らない。

 レイがその件についてギルド長に聞くと……


「決まっとる、ワンチャンパンツが拝めるかもしれんじゃろ」

「今すぐ執務室を地下牢に移しやがれ、セクハラジジイ!」

「カァーーーッ!!! 女子からの叱責が怖くてエロを探求出来るかァ!!!」


 ちなみにこれが初犯では無いからか、食堂の女の子のスカートの中は鉄壁の守りで隠されている。苦労したんだろうな……。

 サボり癖と女好きにさえ目を瞑れば、これでも歴代有数の超有能ギルド長だと評されているのだから、世の中分らないものである。


「フンッ!!!」

「あ、こりゃ! 何をする!?」


 一先ずギルド長のスカート覗きだけは阻止する為に、レイはギルド長を(無理矢理)椅子に座らせた。


「あぁぁぁ、おパンツ様がぁぁぁ……」

「アンタは便所で自分の下着でも見てろ」


 不服そうな表情のギルド長を睨んで黙らせるレイ。

 そこでふと、レイは先日の事を思い出した。


「そう言えば、ギルド長」

「ぐすん、なんじゃ?」


 完全に涙目のギルド長だが、同情の余地は無いのでレイは話を続ける。


「この間引き渡した中毒者ジャンキー、アイツどうなったんですか?」

「あぁあの男か、囚人用の救護室でまだ治療中じゃな。意識が戻らん事には何にも聞き出せんから、特捜部の奴らがヤキモキしとるわい」

「あぁ、運ぶ最中に散々揺らしたのに一度も起きなかったから、もしやとは思ったけど……やっぱり長期服用者だったか」

「そうらしいのう。まったく、年若いもんが一時の快楽の為に薬に手を出すなんぞ、情けない限りじゃ」


 眉間にしわを寄せてため息をつくギルド長。

 魔僕呪の長期服用者が昏睡状態になるのは、そう珍しい事では無い。むしろ命があるだけまだマシと言うものだ。

 今まで魔僕呪の服用者は何人も捕まって来たが、短期服用者は皆末端の末端売人から購入しているので大元には辿り着けず。長期服用者は皆中毒症状による昏睡か死かのどちらかである。


「一先ずは所持品と服装から商船で働いとった若手という事は分かっておる。今はその筋から調査しとるんじゃが……これが全然尻尾を掴めんでのう」

「結局は治療結果待ちってやつですか……ギルド長、起きたらキツめに尋問してやって下さいね。アイツのせいでエライ目に会ったんだからな!」

「ほほ、そう言えばそんな報告をしとったのう」


 愉快そうにギルド長が笑うが、レイは全く持って愉快では無かった。


「しかしのうレイ」


 突然。ギルド長は笑みを消し、真剣な眼差しでレイと向き合う。


「ようやった。被疑者を守っただけで無く、居住区にボーツが行かんよう戦ったそうじゃないか」

「……別に好きでやった訳じゃないです。男に死なれても困るし、ボーツが居住区に来たらもっと面倒――」

「それじゃよ」

「……」

「どれだけ勇猛の言葉を並べる強者がおっても、他者の為に一歩を踏み出せる者には決して敵わん」

「はぁ、結果的には殆どフレイアの活躍でしたけどね」

「だとしてもじゃ。お主が最初に戦おうとしなければ、フレイア君が間に合う事は無かった。お主が戦い作り出した時は、間違いなく勇気ある時じゃった」

「…………なら結局、俺は弱いままですね」


 レイの中にどす黒いモノが蠢き、眼に濁りが出てくる。


「必要なのは力なんですよ……全部倒して、全部背負える、そう言う力が……」

「……レイ……」


 レイの様子に若干の困惑を覚えるギルド長。

 だがギルド長はすぐに、レイの闇の正体を理解した。


「まったく……要らぬ所ばかり似おって」


 やれやれと言った様子で呆れるギルド長。

 レイを見るその眼には、彼の闇に関係する者の面影が重なっていた。


「お主は些か、眼が悪い」

「……アンタ達よりは、良い眼を持ってるって自負してるよ」

「見方を変えれば……そうやもしれぬな。じゃがのうレイ」


 ギルド長はビシッとレイの眼の前に一本指を立てる。


「道も光も一つでは無い。一度立ち止まって隣を見てみてはどうじゃ?」

「……そんな余裕無いですよ。俺は、人より劣り過ぎた……他の奴が十歩進む時間で、俺は一歩進めるかどうかすら分からない。だったら多少の無茶くらいしないと、夢が離れて行くんですよ」

「そうしてまた、怪我を繰り返すのか?」

「……それしか道が見えないから……」

「強情じゃのう」


 そう言うとギルド長はポケットから一枚の紙を取り出す。

 先ほどレイがギルド長に渡したメモだ。


「いつもこのメモ用紙くらいは、友を信じてやって欲しいもんじゃがのう」

「そう言うのは必要ないです。後、そのメモは緊急性が高めだから――」

「解っとる解っとる。ちゃんと巡回の操獣者に通達済みじゃ」

「なら良いんですけど……」

「そしてお主はもう少しレディに優しく生きてみたらどうじゃ?聞いとるぞ~、中々ええ乳した娘からラブコールを受けとるって」


 突然の言葉に思わず吹き出すレイ。


「は!? ラブコール!?」

「しっかし、アリス君だけでは無くもう一人娘を侍らすとは……中々ヤル男じゃのう」

「勘違い!!! それ絶対盛大な勘違いだから!!! 俺は専属整備士のスカウトしか受けてねぇぇぇぇ!!!」

「専属……整備士(意味深)じゃとッ!? ……それはあんな所やこんな所を整備して、ハァンッ!? ……最近の若者はマニアックなプレイをするのう」


 よし制裁しよう今すぐしよう方法はどうしよう。

 間抜けな衝撃顔を晒しているギルド長を見て、レイの中で「尊敬の意」の文字が粉々に砕け散った。

 どうやって目の前の色ボケジジイを懲らしめようか考えていると、レイの視界にある人物が写り込んだ。

 その人物を見つけるや否や、レイは無意識に右腕を高く上げて、そのままゆっくりゆっくりとギルド長の頭上を指さした。


「そうして貴方専用に整備された私を~~……って、何じゃレイ。その指は?」

「ギルド長、お迎えの時間です」

「ふぇ? ……グフォウ!!!」


 突然背後から首根っこを掴まれたギルド長。

 ギルド長の背後にいる人物、レイがギルド長の位置を伝えた相手であるヴィオラが居た。


「探しましたよ……ギルド長」

「ヴィ、ヴィオラ!? これは、その」


 無表情ながらも、ヴィオラが放つ怒りを肌で感じ取ってしまうレイ。

 そうとう長いこと逃げ回っていたのだな。


「ご協力感謝します。ミスタ」

「いえいえ」

「さぁ、執務室に戻りますよギルド長! 仕事は山の様に積み上げられていますので!」


 ギルド長の首根っこを掴んでズルズルと引きずって行くヴィオラ。

 この光景も別段珍しいものでは無いので、食堂の者たちは誰も気に留めない。


「何故じゃぁぁぁぁぁぁ!? レイ、何故ワシを売ったァァァァァァァァァ!?」

「俺がサボっても困るのは俺だけですが、貴方がサボるとギルドと街が困ります。なら仕事をサボっている貴方を秘書さんに引き渡すのは、善良な市民として当然の義務です」


 笑顔でそう答えるレイに、ギルド長はただ「ノォォォォォォォォォン!!!」と叫ぶのみだった。

 ヴィオラに引きずられ、あっという間に姿を消したギルド長。

 レイは特別同情の念は感じなかったので、そのまま大人しくパスタを食べ続けるのであった。

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