Page11:戦いという執念

 フレイアは掌に拳を思いっ切りぶつける。

 気合を入れるやいなや、フレイアは右手に装備した巨大な籠手(イフリートの頭部を模している)を構えてボーツに殴り掛かった。


「ボッツ!?」

「オラァ!!!」


 拳を振りかざす。

 ボーツはフレイアの攻撃を回避しようとするが、強力な炎を纏った一撃がボーツの腕を肩ごと抉り飛ばした。


「ボォォ、オッ、ツ……」

「逃がすか!」


 右肩から先が無くなり、ボーツは撤退しようとする。だがそれをフレイアが逃がす筈も無く、フレイアは籠手の口を展開しボーツに狙いを定める。

――業!!!――

 籠手の口から強力な魔力の炎が噴射される。背を向け逃げようとするも虚しく、炎の直撃を喰らったボーツはその場で消し炭と化した。


「オッシ! まず一体!」

「おいフレイア、こんな街中で炎を吐くな! 延焼したらどうすんだ!」

「大丈夫、火力調節には自信があるから!」

「説得力皆無だなァ、オイ!」


 フレイアが一体目のボーツを倒した横で、レイは二体のボーツと交戦していた。


「ボッツ!」

「ボォォォツ!」


 一体は腕を大鎌に、もう一体は腕を蛇腹剣の様な形状に変化させてレイに襲い掛かる。

 最初に動いたのは蛇腹剣のボーツだった。中距離地点から腕を鞭の如くしならせて、レイに振りかざす。


「遅いッ!」


 着弾前にコンパスブラスターで断ち切る。腕を切断された蛇腹剣のボーツは怯んだが、レイに隙を与える事無く大鎌のボーツがレイの眼前に迫って来た。


「ボォォォォォォォォォッツッッッ!!!」

「チッ!!!」


 レイの首を刈り取る様に、左から横薙ぎに一閃。だがそれと同じくしてレイは左腕に魔力を込めて、襲い掛かってくるボーツの大鎌に裏拳をぶつける。

 接触と同時に魔力爆破。

 至近距離で発生した爆風によってボーツの大鎌は粉々に砕け散り、そのまま全身弾き飛ばされ転げ落ちる。レイは足を踏ん張ったおかげて立っていたが、左腕の偽魔装に大きなヒビが入っていた。血も少し滲んでいる。


「ッ~~~、流石に痛いな」


 爆破の衝撃で骨が軋むが、今はボーツの方が先決だ。幸い目の前のボーツは二体共怯んで倒れ込んでいる。

 レイは痛みを押し殺しながら、コンパスブラスターを銃撃形態ガンモードに変形させる。


「動かない的なら、簡単に当てられる!」


――弾ッ!!! 弾ッ!!!――

 魔力を込めて、引き金を二回引く。

 腕の再生を終えようとしていたボーツ達が起き上がるよりも先に、レイが放った魔力弾がボーツの額を貫いた。


「これで後二体!」


 そう叫んだレイが後ろを振り向くと、フレイアが呆然と立ち竦んでいた。

 だがレイはそんなフレイアに言葉を投げかける事が出来なかった。フレイアの視線の先に広がっていた光景を見て、レイも唖然となったのだ。


「ねぇ……レイ。なんかメッチャ出て来たんだけど……」

「ハハ、こんな街のど真ん中で……冗談じゃねーぞ」


 二人の視線の先には、ボーツ達がいた。それも最初に出て来たボーツだけではない。今まさに地面から発生したばかりのボーツ達も含めて、目算約三十体はいた。


「これは……かなりマズいな。被害が及ぶより先にこの数を倒すとか、無茶にも程があるぞ」

「そうだね…………レイ、ちょっと時間稼ぎに協力してもらっていい?」

「まさか巡回の操獣者が来るまでとか言わねーよな?」

「それも一つ。本命はもっとスゴ腕の奴ら」


 その言葉を聞いたレイはフレイアの意図を理解した。本当は嫌だったが、今はそれが最善手だという事も理解していた。


「好き好んでこんな面倒に首突っ込んで来るとは思えないけどな~」

「大丈夫、仲間の事ならアタシはどこまでも信じられる」


 信じると言い切るフレイアを、レイは仮面の下で訝しく思っていた。


「まぁどの道か……アイツらを足止めして、逃げ遅れた人たちを逃がす時間を作らなきゃな」

「プラン変更でOK?」

「さっきも言ったけど、俺は好きにさせて貰うぞ」

「じゃあアタシも」


 そしてレイとフレイアは各々行動を開始する。

 先ずフレイアはグリモリーダーの十字架を操作して通信機能を起動した。


「ジャック、ライラ!すぐに第六地区の噴水広場まで来て!」


 フレイアが連絡をしている間、レイは迫り来るボーツの軍勢を足止めする事だけを考えていた。

 銃撃形態では全てを足止めするのは難しい。剣撃形態で『偽典一閃』を撃とうにも、発動後の余波で変身していない周囲の人間に怪我をさせる恐れがある。

 二つが駄目なら、選ぶべきは第三の選択肢。


形態変化モードチェンジ、コンパスブラスター棒術形態ロッドモード!」


 レイは銃撃形態のコンパスブラスターを、銃口中心に大きく展開させる。するとコンパスブラスターは2メートルはあろうかと言う、細長い棍棒へと姿を変えた。


「スッゲーーー!!! 第三形態とかあるんだ!」

「トリプルチェンジャーなんだよ!」


 そう言いながらレイはコンパスブラスターに栞を挿入する。

 コンパスブラスターに鈍色の魔力が纏わりついていく。


「「「ボッツ! ボッツ! ボッツ! ボッツ! ボッツ!」」」

「どらァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


――斬ァァァァァァァァァンンンンン!!!――

 ボーツが一斉に進攻し始めた瞬間、レイは魔力を纏わせたコンパスブラスターを用いて、ボーツ達の足元を一気に薙ぎ払った。

 纏わられていた魔力が斬撃と化し、ボーツ達の足を切り落とす。文字通りの足止めである。

 だが止められたボーツは精々半分程度。残り半分はレイの一撃を避けて、進攻を続けた。


「どりゃぁ! レイ、こぼしたのは任せてレイは思いっきり足止めして!」

「言われなくてもそうする!」


 再び棒術形態のコンパスブラスターでボーツの足を切り裂くレイ。

 攻撃範囲から漏れたボーツは、フレイアが炎を纏った籠手で次々に殴り飛ばしていた。


「足止めしつつ、燃やせる奴は燃やす!」


 レイが薙ぎ払い、フレイアが殴り燃やす。

 一体たりとも他の人間に近づけさせまいと、二人は戦い続ける。

 だが決して、ボーツの数を減らしている訳では無かった。最初に足を切断したボーツは、既に足の再生を終え始めていた。

 再生を終えて動ける様になったボーツが、キョロキョロと獲物を探し始める。

 そして一体のボーツが獲物を見つけ、歪んだ笑みを浮かべた。先にその事実に気づいたのはレイだった。


「ッツ、マズい!」


 そのボーツの視線の先には、一人の幼い少女がいた。混乱の中で親とはぐれたのだろうか、少女は建物の柱の影に隠れて一人身を震わせていた。

 ボーツは喜々として腕をグネグネと変化させ始める。槍か蛇腹剣か、殺して食えればどちらでも良い。ボーツは唾液を垂らしながら、じわりじわりと少女に歩み寄る。


「やだ……こないで」


 恐怖に涙を浮かべる少女。レイは目の前のボーツの胴体を雑に薙ぎ払うと、自然と少女の元へ駆け出していた。


「レイ!?」


 突然の事に困惑したフレイアだが、レイの向かう先を見て全てを理解した。

 ボーツの腕は大きな鉤爪を形成し、今まさに少女の身体を引き裂こうとしていた。

 ここからではフレイアは間に合わない。だが駆け出しているレイがそのまま腕を攻撃しても完全に防げるかどうか。

 レイは足に魔力を込めて自身の脚力を強引に強化した。

 その足で少女とボーツの間に割って入るレイ。

 そして……


――斬シュッッッ!!!――


「ガッ――ハッ!」


 振り下ろされたボーツの鉤爪が少女に到達する事はなかった。しかしその爪は、レイの肩に深々と突き刺さっていた。

 強引な脚力強化も相まって、仮面の下で血を吐くレイ。

 肩と両足に激痛が走る。思わずコンパスブラスターを落としてしまうが、レイは意地でも崩れ落ちようとはしなかった。


「あ……あ……」


 目の前で重症を負った人間を見た少女が顔を青ざめさせる。

 レイは動く方の腕を使って、少女の頭に優しく手を置いた。


「大丈夫。ちゃんと守るから」


 頭を撫でながら、少女に優しく語りかけるレイ。

 少女の頭上から手を離すと、そのまま肩に食い込んでいる鉤爪をレイは強引に引き抜いた。

 そのまま振り返り、仮面の下からボーツを睨みつけるレイ。


「痛てぇだろうが……雑草野郎……」


 レイの殺気を感じ取ったのか、ボーツは鉤爪の腕を引っ込めようとするが、レイが力いっぱいに握っているせいでビクともしない。

 レイはボーツの腕を掴んだまま、その懐目掛けて駆け出した。


「ボ、ボ、ボッツ! ボーツ!」

「フンッ!」


 ボーツの眼前に迫って来たと同時に、レイは掴んでいた腕を放し、魔力を込めた拳でボーツの顔面を貫いた。ボッと短い断末魔を上げて絶命するボーツ。

 ボーツから腕を引き抜くと、レイは少女の方へ振り向き叫んだ。


「今の内に逃げろ!」


 レイは大人たちが避難した方角の一つを指さす。少女は小さく頷きその方角へと逃げて行った。


「レイ、大丈夫!?」

「こんくらいなら大丈夫だ。それより巡回の操獣者はどうしたんだ?こんだけ騒ぎになってんのに来ないのかよ」


 傷の痛みを悟られないよう強がるレイ。既に大騒ぎと言っても差し支えない状態であるにも関わらず、援軍は来る様子を見せない。

 二人の前には再生を終えたボーツが次々と起き上がり始めていた。このままではジリ貧になるのは目に見えている。


 万事休すと思われたその時、ボーツの軍勢に一体の魔獣が飛び掛かってきた。


「ワオォォォォン!」

「レイ、フレイア、大丈夫か!?」


 青白い体毛をした魔狼が、背中に人間を乗せてやって来た。

 乗っていたのはジャック。狼の正体はジャックの契約魔獣であるフェンリルだった。


「待ちくたびれたよジャック。ライラは?」

「上っスよ、姉御ォォォォ!!!」


 空から聞こえた声に、レイとフレイアは思わず空を見上げる。

 黄色い羽を携えた巨大な鳥と、その足に掴まっている少女の姿が見えた。


「ガルーダ! ちょっと電撃お見舞いしてやるっス!」

「クルララララララ!!!」


 巨大な鳥が口を開け、地上のボーツに向かって電撃を放つ。


「ボッ!」


 直撃したボーツがその場で黒焦げになり、崩れ落ちる。

 鳥の足に掴まっていた少女ことライラが地上に飛び降りてくる。掴まっていたのは彼女の契約魔獣であるガルーダだ。


「よっと。着地成功っス……って~なんすか、このボーツの量!?」

「確かに、ただ事では無いみたいだね」

「そゆこと。アタシとレイじゃ戦闘と避難を同時にできないから、力貸してよ」

「そうゆう事なら」

「ボクらに任せるっス」


 そう言うとジャックとライラは、腰に下げていたグリモリーダーを取り出し、自身の契約魔獣に呼びかけた。


「いくよフェンリル」

「ガルーダ、お仕事タイムっス!」


 二人の言葉を聞いて、フェンリルは青い獣魂栞に、ガルーダは黄色い獣魂栞へと姿を変えた。

 獣魂栞を掴み取り、ジャックとライラは呪文を唱え始める。


「Code:ブルー、解放!」

「Code:イエロー、解放っス!」


 インクが滲み出した獣魂栞をグリモリーダーに挿入して、二人は最後の呪文を唱える。


「「クロス・モーフィング!!!」」


 十字架を操作して、グリモリーダーから魔力が解き放たれて魔装を形成していく。

 ジャックはフェンリルの意匠を持った仮面と、腰のベルトから生えた鎖が特徴的な青い魔装。ライラはガルーダの意匠を持った仮面と、ノースリーブのローブが特徴的な黄色い魔装に身を包んだ。

 これが二人の操獣者としての姿である。


「ジャック、鎖の魔法でできるだけボーツを一カ所にまとめて!ライラは漏れ出たボーツのフォローに回って、民間人に被害が出ないようにして!」

「オーケィ、リーダー」

「了解っス」


 フレイアの指示の元ジャックとライラが行動を始める。

 レイはフレイアのチームリーダーらしい姿を見て少々驚いていた。


「アイツ……ちゃんとリーダーやってたんだな」


 本格的に進攻を再開したボーツを前に、最初に動いたのはジャックだった。


「固有魔法【鉄鎖顕現】起動!」


 迫り来るボーツに怯むことなく、落ち着いた態度で魔法の発動を宣言するジャック。するとジャックの周囲に青色の魔方陣がいくつも出現した。

 銃で狙いを定める様に、ボーツを指さすジャック。


「残さず捕縛しろ、グレイプニール!」


 ジャックが指示を出すと、青色の魔方陣から無数の鎖が勢い良く射出される。だが直線的に進むのではなく、その軌道は意志を持った生物の様に柔軟なものだった。

 鎖が縦横無尽に駆け巡りボーツを捕縛していく。

 だが数が多すぎるせいで、何体かのボーツを取り逃がしてしまった。


「しまった、ライラ!」

「任せるっス!【雷刃生成】起動!」


 両手に雷を纏い、逃げ出したボーツに向かって駆け出すライラ。

 ジャックが取り逃がしたボーツからは40メートル程距離があったが、ライラにとってこの程度の距離は無に等しかった。


「逃げ足遅すぎっス」


 ライラの手に纏わられていた雷がクナイのような形状に変化する。

 ライラがそれを素早く振るうと、ボーツの身体は断面を焦がしてバラバラに崩れた。

 だが逃げたボーツはこれだけでは無い。


「お次はそこっスね!」


 今度は手に纏った雷を手裏剣の形に変えるライラ。複数枚作り、そのまま流れる流水の如く他のボーツに向けて連続投擲した。


「ボッ!?」

「ツッ!?」


 放たれた手裏剣は全て外すこと無くボーツの額に命中する。雷で出来た手裏剣なので、着弾カ所から強力な電撃を浴びたボーツはその場で絶命していった。

 だがまだ一体、ライラの死角にいたボーツが生き残っていた。


「あっ!」


 思わず声を上げるライラ。生き残ったボーツは逃げ遅れた人間に牙を向けんとしていたのだ。

 すぐに次の手裏剣を生成しようとするライラだが、それを投擲する事は無かった。


――弾ッ!――


 ボーツが襲い掛かるよりも早く、一発の魔力弾がボーツの頭を貫いた。


「まだ片腕なら動かせるんだよ!」

「レイ君ナイス射撃!」


 銃撃形態に変形させたコンパスブラスターを構えたレイだった。先程落としたのを拾って何とか片手と足で変形させたのだ。


 これで残るボーツはジャックが捕縛しているモノのみとなった。


「ジャック、そのまま放さないでね!」


 そう叫びながらフレイアが走り出す。

 フレイアは腰からペンシルブレードを抜刀し、その柄に獣魂栞を挿入した。


「インクチャージ!!!」


 籠手の口でペンシルブレードを咥える様に掴むフレイア。若干威力は抑え気味で、ペンシルブレードに大きな炎の刃を作る。

 ジャックの鎖から逃れようともがくボーツ達だが、炎の刃は容赦なく振るわれた。


「バイオレント・プロミネンス!!!」


 高い火力でボーツ一気に焼き切るフレイア。鎖で縛られたボーツ達は、その鎖ごと消し炭と化した。前回レイの前で見せた時程とんでも火力では無かったが、爆風と余波で噴水にいくつかヒビが入っていた。


「よし、今回は耐え抜いた! 十二本目!」

「……火力押さえてアレかよ」


 高らかに剣を掲げて喜ぶフレイアに、レイは思わず乾いた声を漏らした。


「流石にこれで全部だよね?」

「全部だ。そうであって欲しい」


 周囲を見渡し、ボーツが残っていないかを確認するジャック。

 傷の痛みと疲労が重なっていたレイは、これ以上の戦闘は避けたいと願望を漏らす。


 だが無情にも、その願望は打ち砕かれる事となった。

 戦闘の余波でひび割れていた地面から、鈍色のインクが再び湧き出す。


「ちょっとちょっと~、まだ出てくるの!?」

「流石に追加発注はご遠慮願うっス!」


 フレイアとライラの叫びも虚しく、湧き出たインクよりボーツが一斉に姿を現した。それも先程以上の数である。

 一体一体はそれほどの強さを持たないと言っても、こう数が多くては対処に困る。


「これは派手目に一掃した方がいいのかな?」

「街が壊れるから最終手段にして欲しいな」


 ペンシルブレードを籠手に咥えさせてぼやくフレイアと制止するレイ。

 レイは片手と足を使ってコンパスブラスターを剣撃形態に変形させ、逆手に構える。


「……俺が偽典一閃で一掃する。これだけ数がいれば建物まで到達する余波も少ないはずだ……」

「そのダメージでする気か!?無茶だレイ!」


 未だ肩の傷口から血が流れているレイを止めようとするジャック。だがレイはそんなジャックの制止を無視して突っ込もうとした。


「ッッッ――!!!」


 ここまでの戦闘で蓄積されたダメージが、レイの全身に襲い掛かる。

 脳裏を一瞬ホワイトアウトさせる程の激痛に、レイは膝から崩れ落ちる。それと同時に、耐久限界を迎えた偽魔装が光の粒子と化して、レイの変身は強制解除された。


「レイ君!」

「だから言ったんだ、無茶だって!」


 ジャックとライラはレイの元に駆け寄るが、レイはそれを払い除けようとする。


「止まってられるか…………こんな所で……怪我してでも、戦って……力をつけなきゃあ、夢に逃げられるんだ……」


 眼の奥に濁りを浮かべて、呪詛を吐くようにレイは呟く。

 コンパスブラスターを杖にして立ち上がり、ボーツを睨みつけるレイ。その背中からは「執念」が漏れ出していた。


 あまりにも壮絶な姿に、ジャックとライラは言葉を失っていた。

 レイは鈍色の栞を取り出し、再び変身しようと試みる。


起動ウェイクアップ:デコイ――」


 レイがデコイインクを解き放とうとした瞬間。レイの目の前で数体のボーツが串刺しにされた。

 それも何か剣や槍では無い。地面から突如として生えて来た木の根が、巨大な棘を形成してボーツを下腹部から貫いたのだ。


「む、少しズレましたか」


 レイ達の背後から男の声が聞こえる。振り向くとそこには、ウッドブラウンの魔装に身を包んだ、一人の操獣者がいた。


「……誰?」


 フレイアが訝しげに聞くが、レイやジャックは彼の正体を知っていた。


「キース先生」

「騒ぎが起きていると聞いて駆けつけたのだが、どうやら出遅れてしまったようだね……皆、レイ君を連れて下がってなさい」


 怪我で倒れ込んでいるレイを一見した後、後方に下がるよう指示を出すキース。 フレイア不服そうだっだが、ジャックとライラに諭されて渋々下がって行った。


「私が来たからには、もう大丈夫だ……早急に終わらせよう」


 そう言うとキースは全身に魔力を巡らせて、魔法術式を構築していく。

 ボーツ達はそんな事知るかと言わんばかりに、キースに向かって進攻し始める。だがそれこそがボーツ達が犯した最大のミスだった。少し距離を縮めただけで、そこは既にキースの攻撃範囲だったのだ。


「構築完了……術式発動、ニードル・フォレスト!」


 キースが魔法名を宣言して魔力を解き放つと、先程と同じ木の根で出来た棘が大量に現れ、ボーツ達を次々に串刺しにしていった。

 それも一発も外すこと無く、正確にボーツを狙い打っていったのだ。


「スゴっ」

「人間技じゃ無いっスね~」


 ジャックとライラが驚くのもつかの間、キースが地面から生やした根の棘を消すと絶命したボーツがボトボトと落ちていった。


「これでもう大丈夫でしょう。地中のデコイインクも根っ子に吸わせて回収しました」


 そう言って変身を解除するキース。

 フレイア達は念のため辺りを見回すが、キースの言う通りボーツが出てくる気配は無くなっていた。


 本当にもう大丈夫なのだろう。そう判断したフレイア達は皆、変身を解除した。


「ありがとうございます、キース先生」

「いいんですよ。困っている生徒を助けるのも先生の仕事なので」


 礼を述べるジャックに、笑みを浮かべるキース。

 戦闘が終わったので建物の中に隠れていた人たちも、続々と姿を現し始めた。


「終わったのか?」

「おい、あれキースさんじゃねーのか?チーム:グローリーソードの!」

「本当だ、キースさんだ」

「私たちを助けてくれた」


 姿を見せた民衆たちがキースの姿を見るや否や、その元に駆けつけてくる。

 集まった民衆にはじき出されるフレイア達。民衆は続々とキースに向けて感謝の言葉を投げかけていた。


「イタタ……キース先生人気っスね~」

「まぁ、流石大規模チームのリーダーって言ったところだね」

「…………?」


 民衆に囲まれてたじたじになっているキース。その姿を見てジャックとライラは感心するが、フレイアはどこかモヤっとしたものを感じていた。

 一方レイはコンパスブラスターを杖にしつつ、その場を去ろうとしていた。


「あ、待ってよレイ!先に怪我を――」


 フレイアがレイに怪我の治療が優先だと言おうとした瞬間、フレイアの耳に民衆の声が聞こえて来た。


「あんな一瞬で倒すなんて、やっぱりトラッシュとは大違いだ」

「バッカ、トラッシュなんか比較対処にもなりゃしねーよ」


「…………え?」


 フレイアは民衆の言葉に耳を疑った。


「まさかレッドフレアの娘がトラッシュなんかと共闘するとは」

「血迷うにも限度がありますわ」


 何故彼らはレイを貶めているのだ、何故彼らは街を守る為に大怪我をしたレイから目を背けているのだ。

 そういった思いが頭の中でグルグルと渦巻き、同時にフレイアは急激に頭に血が上って行くのを感じた。


「~~ッ、アンタ達ね――!!!」

「やめろフレイア!」


 民衆に向かって声を荒げようとしたフレイアをレイが止める。


「レイ。なんで止めるの!?」

「言っただろ、ここはそう言う街だって」

「けどアイツらレイに――」

「感謝されたくて戦った訳じゃない。俺が勝手にやった事だ…………これで解っただろ、俺を仲間にしても何の得も無いって」


 フレイアはなにか言葉を紡ごうとするが、レイに対して何と言えば良いのか分からなかった。

 レイは何も言わずフレイア達に背を向けその場を去り始める。

 フレイア達はその背中に、何も言う事ができなかった。


 その道中、小さな人影がレイの元にやって来た。

 先程の戦闘でレイが身を挺して守った少女であった。


「あ、あの……守ってくれてありがとうございました」


 ペコリと可愛らしいお辞儀をする少女。

 レイは少女の前にしゃがみ込んで、優しく頭を撫でた。


「怪我は無かったか?」

「うん。でもお兄ちゃんは……」

「こんくらい大丈夫。だって俺、ヒーローの息子だかんな」


 ニッと精一杯の笑顔を少女に向けるレイ。

 その心は少しばかり軽やかになっていた。

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