第38話 勝負の行方 1

 やって来た和風喫茶は、劇の公演前に来た時よりも明らかに人の入りが多かった。お昼時ということももちろんあるだろうけど、劇での宣伝効果もあるのだろう。その証拠に。


「結構な人がカボチャの煮付けを注文してるね」


 二つテーブルがあるとその中に最低一つはカボチャの煮付けが置かれている。

 劇の最後に言っていた恋愛効果を本気にしているわけでは無いのだろうけど、せっかくだから食べてみようと思ってくれたのだろう。何となく思い付いたアイディアだったけど、思ったよりも効果があったようだ。


「調子良いみたいね。頑張ってシンデレラを演じた甲斐があったよ」

「今日はお祭りだからね。きっと皆ノリが良くなってるんだよ。楽しめる時は楽しんでおいた方がいいからね」


 まあ繁盛しているおかげでお店は混んでいて、アタシ達は順番待ちの状態だけど。十分ほど待ってようやく、奥の席へと通される。

 案内してくれたのは琴音ちゃんではなく、別の女子生徒。アタシ達が席につくと、その子はそっと尋ねてくる。


「あの、春乃宮さんですよね」

「そうだよ。あ、敬語は使わなくて良いよ。同級生でしょ」

「はい……じゃない、分かった」


 女子生徒はちょっと戸惑ったようだったけど、すぐに柔らかな口調になる。お嬢様として一目置かれるよりも、こんな風にフレンドリーに接してもらえた方が嬉しい。


「劇見たけど、シンデレラとっても素敵だった。それにありがとう、カボチャの煮付けを宣伝してくれたお陰で、お客さんが増えたよ」

「こっちこそ見てくれてありがとう。ねえ、こんなこと聞くのもアレなんだけど、完売はできそうなの?」

「この調子だとカボチャの煮付けは売り切れるかもだけど、他はどうだろう?例の御門さんとの勝負の件、倉田さんから聞いてるよ」


 誰かに聞こえないよう辺りをうかがう女子生徒。つられてアタシも声を細める。


「ごめんね、何か巻き込んじゃって。御門さんに絡まれたのはアタシなのに」

「気にしないで。お陰でうちの売り上げが伸びてるんだし、皆むしろ感謝してるよ。負けないようにアタシ達も頑張るから」


 勝手に勝負の材料にされたと言うのに随分と寛大なようだ。これもひとえに、琴音ちゃんのクラスでの人望のお陰だろう。

 アタシ達はカボチャの煮付けとおにぎりを注文し、女子生徒はメモをとる。


「倉田さんとも話したいよね。ちょっと待ってて、呼んでくるから」


 そう言って奥へと引っ込んでいく。

 琴音ちゃん、入学当初は特待生故に周りと距離があったはずなのに、彼女の態度を見る限りどうやらクラスに馴染んでいるようだ。そう思うと感慨深くなる。琴音ちゃん…仲の良いクラスメイトに囲まれて…幸せなんだね……


「ちょっ、どうしたのアサ姉?急に涙ぐんだりして」

「琴音ちゃんがクラスに馴染んでいるのかと思うと嬉しくてつい。娘の成長を見守る親のような心境なんだよ」

「こんな親絶対に欲しくない。娘に嫌われるタイプの親だよ」


 まるでコントのようなやり取りをしながらしばらく待っていると、やがてトレイを持った琴音ちゃんがやって来た。


「お待ちどう様。あと、旭ちゃんはお疲れ様。シンデレラ姿、素敵だったよ」

「ありがとう。最初は躊躇しちゃったけど、お陰で今では悪くないって思えるようになったよ。午後の公演も頑張らなくっちゃ」

「そのいきだよ。風見君が王子様役なんだから、しっかりやらなきゃ」

「そ、そうだね」


 壮一の相手役を盗っちゃった事に関しては未だに心残りなんだけどなあ。

 もちろんそんな事を知らない琴音ちゃんは、ニコニコしながらアタシを見ている。まさかとは思うけど、アタシと壮一をラブラブだなんて思ってないよね。アレは劇なんだから。横恋慕なんてしないから、心配しないでね。


「壮一の方はどうだった?見ていて格好良いって思った?思ったよね」

「風見君?もちろん格好良かったよ」


 よしっ!

 とりあえず壮一の格好良さをアピールする事はできたようだ。


「旭ちゃんの手を引いて駆け出すシーンなんて特に。やっぱり演じる人の相性が良かったからかなあ。見ていてドキドキしちゃった」


 ドキドキしたの?それは良かった。これは琴音ちゃんの心が、確実に壮一に向いていていると思って良いよね。


「二人ともとってもお似合いで、憧れるなあ」


 憧れる。壮一に憧れるんだね。よしよし、琴音ちゃんが劇に出られなくて焦ったけど、どうやら壮一に対する好感度はちゃんと上がっているみたい。よし、ここでもうちょっとアピールしておこう。


「本当、壮一の王子様ははまり役だよね。そもそも壮一は普段から……もがっ」


 壮一の事を誉めちぎろうとした矢先、後ろから伸びてきた手に口を塞がれた。

 誰の仕業?そう思って振り返ってみると。


「壮一?」


 手を伸ばしていたのは、話に上がっていた本人だった。壮一は呆れた顔をしながら息をつく。


「旭、余計なことは言わなくていいから」

「余計なことなんかじゃないよ。アタシはただ、壮一の良い所を言おうとしただけだもん」

「それが余計なことなの。そんな話されても、倉田さんが困るだけだろ。ごめんね、旭が変な事言って」


 壮一は頭を下げたけど、琴音ちゃんは笑顔で首を横に振った。


「そんなことないよ。話を聞いてると、二人は仲良しなんだって思えて楽しいし。それに風見君の話をする時の旭ちゃんは、とっても生き生きしてるもの。聞いているこっちまで幸せな気分になれるよ」


 ほら、琴音ちゃんも壮一の話を聞きたいってさ。それにしても、アタシは壮一の話をする時はそんなに生き生きしていたのか。確かに壮一と琴音ちゃんをくっつける事を生き甲斐としているから、語る時は自然とテンションが上がっているのかも。

 壮一も誉められているんだから、恥ずかしがること無いのに。


「それじゃあ、琴音ちゃんの承諾も得られた事だし話の続きを……」

「アサ姉ストップ!ソウ兄、御門さんのお店の偵察に行ってきたんだよね。まずは報告を聞いた方が良いんじゃないの?」


 あ、そうだった。二人をくっつけるのも大事だけど、御門さんとの勝負にも負けるわけにはいかないのだ。


「それもそうだね。それで、どうだったの?」


 空太も琴音ちゃんも、心配そうに壮一を見る。壮一はアタシの正面の席についた後、ゆっくりと口を開いた。


「そうだね。それじゃあ、良い知らせと残念な知らせ、どっちから聞きたい?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る