第14話 秘めたる古都アレクサンドリア 後話
◇
「帰った。お前ら、飯は何を食う?」
ほどなくして徐次郎が自分の住処へと戻ってきた。手には色々なものが入った袋がいくつかと、少し大きめの木箱が抱えられている。
「おーい?坊ちゃん、お嬢ちゃん?飯まだだろう?それとも何か食ったか?」
返ってこない返事を怪訝に思い、徐次郎は奥へと歩き出す。記憶に残る限り、この住処には食べ物など一切ないはずだ。あるいは外へと出たか?そんなことを考えながら、奥の間に当たる部屋に入ると、二人がそこに横になっているのを見た。
「……なんだ、寝ちまってんのか。ったく、人がせっかく美味そうなものを見繕ってきてやったって言うのによ」
そう言って手の荷物を床にこっそりと置く。こういった気遣いも、もうずいぶんと久しぶりな気がしていた。
「ん?なんだこの茸は?あたりは砂漠だってのに、なんだってこんな場所に生えてやがる?」
徐次郎の目には、床に横たわって寝息を立てているミラクーロとレイミリアの先に、三本ほどに増えて生えている茸が映った。
いくら乱雑で汚くしているとはいえ、ほぼ湿気のない土地柄だ。これまでもこの住処で何度か過ごしてきたが、こんな茸を目にしたことはない。
「おい、坊ちゃん、嬢ちゃん。おい?おい⁉」
目は茸を見つつ、徐次郎はつま先でミラクーロの頭をコツンと蹴った。するとミラクーロの顔はゴロンと転がり、その口元からあふれる白い泡が。
「……魔か。なんだってこんな所に……」
そう言いながら徐次郎は、ミラクーロとレイミリアを担ぎあげ、先程床におろしたばかりの荷物を再び手に持った。そうしてくるっと踵を返すと急ぎ足で奥の間から外へ向かう。
その間に茸は、またもその数を増やし、五個目の傘が開きはじめていた。
住処の外に出た徐次郎は、そのまま街外れにある少し大きめの倉庫まで二人を運んだ。その中に入ると、レイミリアの馬車がある。馬達が既に気がついていてレイミリアを想ってかブヒンブヒンといなないている。
「俺だ。サージェスに繋いでくれ。……ああ、徐次郎だ。さっき会ったばかりだぞ?サージェスに大至急と言って急がせてくれ。……だから、魔障だ魔障。このアレキサンドリアの街中に魔障を食らった茸を見つけた。今ものすごい勢いで増え続けている。……ああん?馬鹿かお前は!俺たちの仕事に業務時間外だとかあるわけねえだろう!」
徐次郎は、ミラクーロとレイミリアを馬車の中にある椅子に横たえ、スーツに仕込まれている通信装置を使って『マルアハ』のアレキサンドリア支部と通話していた。
「出かけたなら最初からそう言え!時間の無駄だ!」
そう叫ぶと通信装置のボタンを指先で二回叩く。今度は、アメリカにある本部と通話が繋がった。
「徐次郎だ。……ああ、久しぶり。悪いけど急ぎの用なんだ。……ああ、そうだ。そこにいるのか?……よう、エリー。……ああ、悪い。……その件もすまなかった。……被害を抑えようにもどうしようもなかったのは確かだ」
本部付の上位職が、時差十時間のシアトルで捕まったのは良かった。しかしその相手が、エリーことエリザベート・シュタイン・マーカスであったのは最悪だ。彼女はまだ二十代の前半で、経験もほとんどないにも関わらず親の力で上位職に就いた難物である。本人もそのことを気にしてかやけに人当たりが厳しい。それに何よりも最悪なのが、自分の用件が済むまでは一切こちら側の要件に耳を貸さないところだ。
「その辺りはついさっき、アレキサンドリアのサージェスに報告してある。……ああ、そうだ。……ああ」
こんな面倒になるのであれば、自分もさっさと最新の端末に切り替えておけばよかったと徐次郎は思った。
だいたいの場合において、現場から口頭で報告を入れると面倒なことが多い。要点をかいつまんで報告すれば詳細を尋ねられるし、最初から事細かく報告をしようものなら、どうでもいい細々とした重箱の隅みたいなところをチマチマといくつも尋ね返される。
現場経験の少ない上位職が増えたことと、その連中が、自分たちの方が知識があると自負しているために起こるゴタゴタだ。無駄に時間はとられ、肝心ではないところを重要視され、そのせいで起こる悲劇も数知れない。
「ああ。……ちょ、ちょっと待て、こっちの要件が残ってる。アレクサンドリア、セレム街、24番にある拠点に魔障化した茸が発生している。アレクサンドリアの支部にも連絡は入れたが、二十時過ぎたら時間外だと言われた。サージェスは外出中だそうだ。……ああ、そうだ。頼む」
ようやく先程の件の報告が終わった。徐次郎は大きくため息をつくと、買い物袋の中から小さな箱に入ったハンバーガーを取り出して口にくわえる。
「ったく、なんだってんだいったい。砂漠のあれだけじゃないってことか?どうなってんだ、いったい」
頬張ったハンバーガーを口いっぱいでもぐもぐと咀嚼し、三口ほどで食べ終えると、徐次郎はミラクーロとレイミリアの様子を見るために馬車へと戻ることにした。
倉庫内の暗闇がその時少しだけ揺らめくように揺れると、やがて静かに静寂が戻っていく。
そうしてそのまま一夜が明ける。朝になってもミラクーロとレイミリアは、まだ意識を失ったままだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます