第14話 秘めたる古都アレクサンドリア 中話



 古都アレクサンドリア。エジプトの地中海沿岸部にある港湾都市。古代の七不思議に数えられている大灯台があった都市。その都市の外れには広大な田園風景が広がり、アフリカで最大の米の産地となっている。都市部には観光客用に石造りの建物がいくつか並んで見える。

 その都市部を少し離れ、田園を越え砂漠の近くまで行くと、崩れかけた石造りの建物が見えた。

 以前に、砂漠のオアシスで風の精霊を従え竜巻を起こしていたイリアが、手に買い物袋を抱えその建物まで歩いてゆく。相変わらず男装を身に纏い、顔を砂色の布で覆い隠し、歩き方はしかし女性の仕草を伝えていく。

 そのイリアが、崩れかけた建物の中に入るときに、辺りの風が舞うように立ち昇った。


 「イリア、少し大人しくさせろ。マルアハの連中にバレたら面倒なことになる」

 中に入ると、そこは割と広い空間が広がっていた。開けた天井には星空が広がって見えている。その星影に潜むように、イリアと同じ装束に身を包み男がいた。

 男は少しばかり焦っているような素振りで、座る席の前に置かれたテーブルから酒瓶を取り口に運んでいる。

 「しかたない。この子、まだ不安気でいる。別れた子を想って探しに行きたがっている」

 「そんなのさっさとなだめろ。お前ならそれくらいできるだろう」

 「それはしたくない。この子のストレスになる」

 イリアの言葉に、男はイラついた様子で唾を吐いた。

 「なんなんだよ、お前も。支配できるならしっかりと支配しきれ。自由を許すな。目的に邁進させろ。脇目などもっての外だ」

 「それはない。私のは支配じゃない。共生。強引に言うことを聞かせるのは誤りだ」

 「強制だって言うなら強引に言うことを聞かせて当然だろう」

 「そっちの強制じゃない。共に生きるの共生。何度もそう説明した」

 「ちっ……」

 そう言ってまた男は、手にした酒瓶に口をつけて煽った。


 イリアはそのまま、男の傍を離れ、奥に開いた入り口から別の部屋へと向かう。行きすがら男に向けて一言、こう言った。

 「なんで酔える。それ、酒じゃないのに……」

 そう言い残すと、大きなため息をつきながら部屋を出ていった。

 「うるせえ。……酔った気にでもならなきゃ、これからしようとしていることなんかできっこないだろうが」

 そう言って男は、三度酒瓶を煽りながら空を見上げていた。





 「ちょっとミラクくん、こっち見て、なんか変な茸が生えているよ」

 徐次郎の住処で、レイミリアとミラクーロは簡単な家探しを始めていた。家主がいないからいいようなものの、家主が戻ってきたらどんな顔をするか。

 「レイミリアさん、そうやって脱線ばっかりしていないでください。僕らが今探さないといけないのは、あの人の正体がわかる何かです」

 「そんなのわかってるわよ。でもほら、この茸、なかなか傘が広くて立派よ。もうずいぶんと長いこと、湿気てたのね」

 「え?」

 「えって、知らないの?茸って湿気がないと生えないのよ」

 「そんな馬鹿なこと……」

 「何よ馬鹿な事って。茸についてはうちの馬鹿従兄が、散々に部屋に生やしてたからよく知ってるのよ。マニちゃんがものすごく嫌がってたわ」

 「……なんでこんな所に生えてるんでしょう」

 ミラクーロのつぶやくような疑問に、頭上に眠っていたベントスが顔をあげて答えた。

 「ほんの少し、そのモドキが生えている辺りから嫌な感じがする。ここへ来る途中で見たあの黒いのの残り香みたいなのも感じるよ」

 「ベントス、それはどういう意味ですか?」

 「あの人、自分の手からもあの黒い輝きを出してたじゃない。あれって、あんまりいい物じゃないよね」

 「……もう少し、わかりやすく説明してください」

 「だからさ、命の素を運ぶ役目をする僕ら精霊からしたら、あの黒いのはその正反対に見えるんだ。僕らが運んでいく役目だとして、あれは回収する方かな」

 「回収……」

 ベントスの遠回しな言葉にミラクーロは頭を悩ませているようだ。そう見てとったレイミリアが、飽きたような口調で声をかける。

 「これ、どうする?」

 そう言ってレイミリアが指をさすその茸を、ミラクーロは困ったものを見るような目で見つめている。

 「引っこ抜いて、持って帰る?そうしたらお城で、誰か偉い人がこれが何なのか教えてくれるんじゃない?」

 レイミリアの口調は、あきらかにどうでもいい様子だ。さっさとこの件に片をつけて、とっとと別の物を見つけたいといった風にも見える。

 「それはやめた方がいいと思うけどな。たぶん、それ触ると、ひどい目にあうよ」

 ベントスがそう言って、再びミラクーロの頭上に丸くなった。

 「ひどい目、か……。それも楽しそうね」

 そう、言うが早いかレイミリアがその手を茸に伸ばす。少し黒ずんで見える茸は、レイミリアの手が触れようとするその瞬間に、黒い胞子を飛ばした。

 その胞子がレイミリアの指先に触れる。すると、レイミリアがガクンと膝を折って崩れ落ちた。

 「レイミリアさん!」

 ミラクーロがそう叫びながらレイミリアを支えようと近寄る。しかしレイミリアの意識は、既に何事かのひどい目にあっているようだ。目からは涙が溢れ、鼻と口から白濁とした泡を吹きはじめていた。

 「レイミリアさん!しっかりしてください!」

 ミラクーロの叫ぶ声も虚しく、レイミリアはそのまま意識が混濁していく。





 「よう、徐次郎」

 「おう。また暫く世話になる」

 寝床のある住処を出て、徐次郎はアレキサンドリアの中心街にやってきていた。かなり高名な宿の入り口を入り、その敷地の奥にあるこじんまりとした建物の中にいる。

 エジプトではカイロと、ここアレキサンドリアの二か所に『マルアハ』は拠点を持って活動していた。

 「『たそかれ』の中へ行ったって聞いてたがな。どうした?食い物でも合わなくて引き返してきたのか?」

 アレキサンドリアの支部を仕切る、サージェスという名の男が、さっきから英語で徐次郎に話しかけている。

 「食い物はまだ試してない。中に入った途端に放り出されちまったからな」

 「なんだ?ドレスコードでもあったってことか?」

 ヨーロッパ系の顔立ちだが、サージェスをはアメリカの出身だ。そのせいで徐次郎にはよくわからない冗談をいつも吹っかけてくる。しかし徐次郎はそれに笑って答えて見せた。

 「残念だがその通りだ。紋付と袴じゃないと入れてくれないってよ」

 その答えにワハハハハと笑って返し、サージェスは今度は真顔になって尋ねる。

 「一緒に行った連中は大丈夫そうか?」

 その質問に徐次郎は沈黙で答えた。サージェスはその答えに、うっすらと悲し気な表情が目元に浮かんでいることに気がついてこう言った。

 「なに、大丈夫だ。あいつらもお前ほどじゃないにしても、それでも『マルアハ』の上位を占める連中だ」

 「まあな」

 「それで、こんな時間に何の用だ?」

 「いや、たいした用じゃないんだが、箱を探しててな」

 「箱?何を入れる箱だ?」

 「馬を四頭」

 「馬?箱にか?」

 サージェスの顔に驚きが浮かぶ。もとより徐次郎が、自分からふざけたことを言うような人間ではないと知っているからだ。

 「流石にここには無いな。すまん、邪魔した」

 そう言って出て行こうとする徐次郎に、サージェスは一枚のカードを投げてよこした。

 「なんだこれは?」

 そのカードを手に取り、徐次郎が首をひねって尋ねる。

 「通りを三つ行った先の倉庫の入場キーだ。明日の朝には使えなくしとくから、返却しなくていい。必要な物があればそこの倉庫から持っていけ」

 そう言うとサージェスは、親指を突き立てておどけるように付け加える。

 「グッドラック。幸運も、ありったけ持って行ってこい」

 気障だなと思いつつ、しかし徐次郎は同じ仕草を返して言う。

 「ありがとうよ。嫁さんによろしくな」

 その言葉を受けて、サージェスは目元を手で抑えると背を向けて言った。

 「ああ。サーニャにはちゃんと説明しておく。ひかりさんや士元様にはいつもよくしてもらってたからな。おかげで子らも元気だ」

 「ああ。それが何よりだ」

 サージェスの言葉に心底の笑顔を浮かべ、徐次郎は手にしたカードを振って言った。

 「こいつは借りとく。後で勘定方が煩いだろうからな。お前ももう支部長なんだから、そうした細々したことで頭を悩ませたくはないだろう」

 「確かに」

 「あと、こいつで位置情報なんかも取るのは構わんからな。こっちのことは気にせず職務にしっかりと励めよ」

 「そうか、そいつはすまん」

 それを最後に、徐次郎は部屋を出ていった。後に残ったサージェスは、堪えきれず涙を滲ませながら、机の上にあるインターホンのボタンを押した。

 「ああ、俺だ。徐次郎が今来て、カードキーを手に出ていった。後はよろしく頼む」

 「了解しました。東京の支社から陽炎さんが来てますが、その事をお伝えしてもいいですか?」

 「……徐次郎の、妹だったか?」

 「ええ、そう名乗ってきました。念のため確認は済んでいます」

 「……今は伝えるな。徐次郎がここを出た後で、俺から伝える」

 「……わかりました。ではそのように手配いたします」

 「ありがとう」



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