第12話 砂漠を渡る馬車 前話

 「なんでこんな急ぐ必要があるのよ。せっかくお祝いしてくれるって言ってたのに。またあの料理食べたいよ。今からもう一回戻れば、きっと食べさせてもらえるって。ねぇ、ミラク。ジョジさんだってそうしたいって言うよきっと!」

 まるで駄々っ子のように騒ぐレイミリアの言葉を、手綱を持つミラクーロが静かに聞き流している。砂漠を行く馬車はのんびりと移動していた。

 レイミリアがそれでもまだ諦めずに声をあげつづけていると、御者台の後ろ側にある馬車への開き戸が開いた。

 「俺は小僧に賛成だ。それと煩いから静かにしろ。次に騒いだら砂漠に捨ててくぞ」

 馬車の中から顔だけ出し、徐次郎がそう言ってまた馬車の中へ引っ込む。疲れもあるのだろう、中で眠る気満々の顔だ。

 捨ててく、と言われて黙り込んだレイミリアだが、今度は別のやり方を思いついたらしい。ドレスのポケットに手を入れると、中から銀の鈴を取り出してミラクーロに言う。

 「戻らないとこれ、捨てちゃうわよ」

 チラッとだけレイミリアを見て、もう一度正面を向いたミラクーロが、つまらなそうに言う。

 「それ、捨てたら未来永劫に呪われますから。たしか、一生恋人ができない呪いだったかな……」

 「ふん。それくらい何よ!自慢じゃないけれど私、これまでに一度だって恋人なんかできたことないから。それくらい平気だから!」

 鼻からフンっと息を吐いてレイミリアがそう強がってみせる。すると――

 「あ!違いました。たしか、『こいつとだけは絶対に恋仲になりたくない』って思う相手と無理矢理結ばれる呪いでした」

 と、ミラクーロが言った。これにはレイミリアの顔色が変わる。


――何その呪い?それってつまり、私とジケイとで?もしくは私とジョジさん?!どっちにしたって嫌よ、嫌!


 「なんなのよその呪いって!そんなの嘘でしょ!ミラクくんはそう言ってまた私をだまして、思い通りにしようって魂胆でしょ!」

 そう強がって言うが、レイミリアの表情はあきらかに怯えている。その顔を再びチラッと見ると、ミラク―ロはふぅっとため息を漏らした。


 馬車が砂漠のテントが立ち並ぶ集落を出てから、今日でもう三日目になる。東を目指して進む馬車を休ませながらの道中、レイミリアはずーっと同じことを言い続けてきた。いい加減諦めるものだと誰もが思うのだが、―実際に馬車の中にいる徐次郎はそう考えている―しかし、レイミリアは諦めようとはしない。


 「なんだか本当に煩い小娘ですね。見たところ体内の命素は通常よりもたっぷりとあるみたいですし、ボクが食べちゃってもいいですか?ミラク様」

 ミラクーロの頭の上で丸まって寝ていたベントスが、顔だけあげてそう話しかけてくる。言われたミラクーロは少しだけ眉をあげると、ひとことだけ言う。

 「駄目です」

 「でも、ミラク様。こんなのほっといたら障りますよ、命素。澱が増えちゃうとシンが育たないって怒らないんですか?」

 「どういう意味ですか、それって」

 ミラクーロはベントスにそう聞きながら、隣のレイミリアをちらっと見た。レイミリアは驚いたような怒ったような顔をして何か言いたげだ。

 「この小娘みたいなのは『輪廻』によって命素を洗浄するんでしょ?その時にシンを育てるための命素と、澱になった命素の障りを分けるって聞いてますよ」

 「初耳ですね、その話は。誰に聞いたんですか?」

 「ボクがその話を聞いたのは……、なんて言ったかな。確か、シオリ?シオレ?……そんな感じの名前のオウニの方からです」

 「へー、ベントスは本体の記憶があるんですか?君って小分けした一部ですよね?」

 「小分け……。風の精霊は大気の精霊です。別れて見えるかもしれませんが、ボクらはひとつなんです」

 「オウニって言いましたよね、今。それっていつぐらいのことか、覚えてますか?」

 「はい。ただ、どう言ったらいいのかわかりません。ボク、そこの小娘たちの使う時間ていうのがよくわかりませんから」

 「……その時の、例えばこの星の年齢はいくつくらいでした?星齢の数え方はわかりますかね?」

 ミラクーロからの問いに、ベントスが起き上がって耳に後ろを掻き始める。その後ぐいっと伸びをして、それから答えた。

 「オウニの方に教わった星齢の数え方なら覚えてます。それで言うと20あたりです」

 「星齢20ですか……。ちなみに今は20で合ってますか?」

 「はい」

 「……面倒な上に使えませんね、君」

 ミラクーロからそう言われて、ベントスは大きなあくびをして丸くなる。どうやらもう話したくはないといった態度のようだ。


 「ちょっと、今の何の話よ?ホシヨワイだとかオウニだとかって」

 ミラクーロとベントスの会話が終わるとすぐにレイミリアが話しかけてきた。その表情はすでにさっきまでの怒りや驚きは見られない。ベントスに本気で食べられようとしていたというのに、レイミリアはそれをただの脅しだと思っている様子だ。

 「レイミリアさんに言ったってわかりっこないですよ。あなたは早いとこ、元いた場所の洞窟の外を思い浮かべて銀鈴を使ってください」

 「嫌よそんなの!」

 「何でですか?その方がいいでしょう。そうしたらお風呂にだって入れますし、綺麗な服にだって着替えられますよ」

 「お風呂なんてしばらく入らなくてもいいわよ。それにこの服、お気に入りだし」

 「お気に入りって、その服もうずいぶんとボロボロですよ……」

 「うるさいな!お気に入りって言ったらお気に入りなの!少しぐらい汚れたって後で洗えば元通りになるわよ!」

 言われてレイミリアのドレスを眺めるミラクーロ。ドレスの方はといえば、砂汚れは確かに酷いが、それ以上にところどころ破れている。これはもう仕立て直しではどうにもならないように見える。むしろ新しく作り直した方が早いだろう。

 「……それならそれでいいです。僕は早く家に帰りたいんです。銀の鈴、使ってください」

 「だから嫌よ。そんなに言うんならミラクくんが使えばいいじゃない」

 「僕じゃあ戻れなかったから!だから言ってるんです!」

 「うるせえ!」

 突然、ミラク―ロとレイミリアの二人が騒ぐ御者台の後方、馬車の中から徐次郎の怒声が響いた。

 「何度も言わせんな!静かにしろ!」

 グラゴッシャンと、何かが馬車の戸にあたる音がする。ミラクーロとレイミリアは揃ってため息をつくしかなかった。

 「怒りっぽいわね。どうしちゃったのかした、ジョジさん」

 「わかりません。あのオアシスで何かあったのか、それともテント村ででしょうか」

 こそこそと小声で会話する二人の顔に心配の色が浮かんでいた。





 馬車の中で徐次郎は、湧き上がる自責の念に身もだえしていた。

 「すまなかった、すまなかった。俺が悪いんだ、全部俺が……」

 窓はすべてカーテンで閉じられ、馬車の中は暗い。ぶつぶつと小声で何度も何度も、誰にだろうか、謝り続けている。

 「ひかる、すまねえ。賢王がああなっちまったのは俺が悪いんだ。誰でもねえ、俺がちゃんと里に帰ってさえいれば」

 両肩を掴むように自身を抱きしめ、肘で膝が押さえつけられるように座っている。目はどこを見ているのか左右へ、上下へと忙しなく動きつづけ、唇が震えている。

 そうして暫くするとスイッチが切れたようにカクンと寝入ってしまう。肩を掴んでいた腕が下がり、足が伸びる。やがて寝息が聞こえてきた。


 馬車の中にあった、砂漠の民から譲られた食料がタッパーに入ったまま床に散乱している。先ほど怒りに任せ投げつけたものだろう。いくつかは蓋が外れ、異臭を放ち始めていた。



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