第11話 たそかれの王 前話

 「三日だ。もう三日も帰ってきてない。これは大問題だ」

 大きく開かれた広間のごとき室内に、男の声が響く。片側全面を一枚のガラスで覆われたような室内には、夕陽が入り込んでいた。橙色をした光が斜めに部屋全体を切り取っているように見える。その光に胸元から下を照らされ、声の主はふたたび大声をあげた。

 「ミラクーロがこんなに長い間家を空けたことなんて、今まで一度もないんだ。それなのになんでだ?私が間違っていたということなのか?」

 自問するようにそう叫ぶ男の表情は、夕陽の陰に隠れていてよく見えない。するとそこに、もう一人の声が聞こえてきた。


 「まあ、そういうことだろう。お前、あの子のことになると過激過ぎだからなぁ」

 どこかすっとぼけたような口調は、ずいぶんと年季の入った男の声だ。

 「そうは言うけど叔父さん、あの子は大切に育てるってそう決めたんだ。私のようにならないように、できれば父上のような優しい大人に育てたいんだ」

 「言っていることはわかるけどよ、矛盾しているってことはわかってんだろう?」

 「それは……」

 叔父さんと呼んだ男からの指摘に、男の声に戸惑いが浮かんだ。

 「それは、常々わかっています。……自分のようにと言うのならまだしも、今は亡き父上のようにというのは……。でも、父親であれば当然でしょう。僕は僕だったためにずいぶんと苦労ばかりしてきたんだから……」

 「そんなこたぁねえだろう。お前さんの『謎食い』って性格だったから救われた連中もかなりいると思うぜ。それにこの国だってずいぶんと良くなった」

 素っ気なくそう言って、年配の男が椅子に腰かけるような音が響く。すると言われた方の男が、つぶやくように言った。

 「……家に帰ると、ミゼリトが。この三日間というもの話しかけても返事すらしてくれないんです」

 「やれやれ、だな。姉さんがいたら今頃、お前城の最上階から紐でぐるぐる巻きにされて吊るされてたぞ」

 「……はい」


 「とは言え、ミラクーロの件については困ったな。……お前、ベータには確認をとったのか?」

 「ええ。洞窟からあの子の乗っていた馬車が消えたのを知ってすぐに端末を確認しました。ベータさんからはとりあえず、探査可能な場所にはいないと答えがありました」

 「あらら。ベータが探査可能な場所っていったら、この星全体だろう?」

 「……念のため、それ以外の場所もとお願いしておきました」

 「……お前、それすぐに止めさせないと、ハバキの科学力を結集させて他の惑星探査とか始めちまうぞ」

 「はい。昨日の夕方には、月への探査機を打ち上げたって連絡が入ってます」

 「既にか⁉もう造って打ち上げちまったってのか?」

 「ええ、それで一週間後には、近隣の惑星へ向けて無人探査機を打ち上げると言ってました」

 ふーっとため息が聞こえた。それも二人分。そうして暫くの間、無言の時間が過ぎ、窓の外に見えている夕陽が山向こうへと沈み切った頃になって、年配の男がつぶやいた。

 「……それよりも先に探さなきゃいけないところがあるだろう」

 「それは、どこですか?」

 「『綻び』の先と、あとはエイシャだ」

 「エイシャはともかく、『綻び』の先はありえないでしょう。ミラクーロはモリトではないにしても、僕らと同じなんですから」

 「『たそかれ』からはでられっこないって、お前が言うのか?」

 「僕の時はミゼリトが、『銀の鈴』を持っていましたから」

 「同じことが起きたって可能性は?ねえのか?」

 「ありえないでしょう?親子二代にわたって『銀の鈴』に逢うなんて。それに……」

 「お前から聞いてた話だと、ミラクーロが乗っていた馬車には、他に二人くらい『人類』が乗っていたんだよな?」

 「ええ。どちらも普通の『人類』でした」

 「ミラクーロが、お前に黙って『契約』をした可能性は?」

 「あの子が?だって、『契約』なんてまだ教えても……あ」

 あきらかに動揺した男の声が、室内に響く。

 「ほらな。思い当たることがあるんだ」

 それを面白がっている様子の声も響いた。

 「そしたらそれだろう。家に帰ったらミゼリトさんにちゃんと謝っとけよ」

 そう言い終わる前に、悲鳴に近い絶叫が部屋中に響きだした。

 「ああああああ、あああああああああああああああああああああああ」

 「……なに壊れてんだ、お前?」

 「どうしましょう、ケイサン。僕、あの子に簡易契約の手法しか教えてません」

 「……それが、どうかしたか?」

 「簡易契約の場合、それは即時的な効果を持って現れますが、その分『主契約者』に負担を強いてしまうんです」

 「だから、それがどうしたって?」

 「一言でいえば、時間に限りがあるってことです。道具を使うたびに『主契約者』の命素を使用して放出しますので!」

 「……何を言っているのだか、俺にはわからん」

 「今の話だと、仮にあの子があそこで馬車に乗っていた二人と、お試し版的な簡易契約をしたとして話してますよね。それでそこに『銀の鈴』が出たんじゃないかって」

 「ああ、そういう話だったな。月や他の星へ行ったって考えるよりは現実的な仮定だろう」

 「それで仮に銀の鈴が出たとして、主契約をする者が普通の人であれば……『人類』であるならば……『輪廻の者』である限りは、体内にある命素の量はたかが知れてます。ミゼリトの時がそうでした。彼女は『輪廻の者』であったために、『銀の鈴』の使用限度でずいぶんと辛い思いをさせてしまいました」

 「だから、何が問題だって言ってるんだ?ルミネ!いい加減に怒るぞ。何を言っているんだかどんどんわからんくなってきてる」

 ケイサンと呼ばれた年配の男が、腹を立てたようにそう言った。ルミネと呼ばれた男も逆ギレをしたのか、同じように怒ったような口調で話を続けていく。

 「『綻び』の先は、この『たそかれ』とは違うんです。命素が巡る『輪廻』が……。だから僕は急いでたんです。あの子がその鍵なんですから……。ミラクーロがオウニのシンと会って、この『たそかれ』から僕らモリトとハバキのシンを、『綻び』の向こう側に戻してくれるよう交渉していかなければならないのに!」


 一人で盛り上がっていき、やがて逆ギレする。いつごろからかルミネはそんなことが増えた。ケイサンと呼ばれている彼の叔父は、そんなルミネを見ながらため息をつく。そうして部屋の隅に用意された建物内部通信用の装置に向かった。


 「だからまだ早いって、僕はあの子に言ったんだ。モリトの技術だとか、道具の契約だとかは。なのにあの子ったら、僕の言うことなんか一つも聞かない。だいたい親に向かって『馬鹿親父』だの『クソ親父』だの、なんて口の利き方だ!だから僕はアイリさんのところにあの子を連れてって、少し厳しめの説教でもしてもらいたかっただけなんだ。白の部屋にニ三日閉じ込めてもらえば、それで少しは目上の者に対する礼儀のひとつも身に作かなって。でもあの子は、逃げ出すんだ。そういう時に限って」



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