第8話 竜巻の街 後話



 竜巻のすぐ傍まで来ると、そこにはオアシスを取り囲むように石造りの家々が立ち並ぶ、かなり大きな都市があった。

 「なんか、でけぇ……」

 徐次郎が竜巻を見てそうつぶやく。この都市の規模は確かに大きいが、ニューヨークや北京、東京といいた所に比べれば微々たるものだ。それよりも竜巻がすごい。都市の一画を丸々と呑み込み、まるでバベルの塔かと言わんばかりにそそり立っている。

 「ずいぶんとあからさまに怪しい竜巻なんですね……」

 「だな。普通の魔障なら、もっと自然かどうか判断に迷うところだからな」

 馬車は、ここから少し離れた場所に置いてきた。何が起こるかわからないと徐次郎が言ってレイミリアがごねたからだ。そうして三人はこの場所まで歩いて来た。しかしレイミリアは砂場を歩くのが苦手の様子で、何度も転んでは砂にまみれ、ついに今は徐次郎に背負われている。

 「ちょっと、さっきから降ろしてって言ってるでしょう」

 「うっさい。降ろしてもまた砂遊びで転がるだろう。それじゃ危険だし後で手間がかかる」

 そうして、三人は竜巻を見上げていた……。


 「で、どうやって族長さんを助け出すかだが……」

 徐次郎が真面目な顔で言う。しかし背負われたままのレイミリアが声高に大声をあげた。

 「降ろしなさいよ!降ろせ!なんでこんな……。やだー!」

 面倒だと思ったのか、徐次郎は背負った手をパッと放した。とたんにドスッと音を立ててレイミリアが砂地に落ちて転がる……。

 「なんでよ!なんでそういう降ろし方なのよ!馬鹿じゃないの、頭」

 「煩い」

 一言でバッサリ。そうして徐次郎はミラクーロを見て言った。

 「とりあえず俺があの中へ行く。お前さんはこのお嬢ちゃんを、危なくならないよう見張っておいてくれ。なんなら馬車まで引き返してそこで待っててもいい」

 「でも、これ……」

 「子供は黙って大人の言うことを聞いとけ。特にこういう時は、だ」

 そう強く言うと、徐次郎は振り返ってそのまま砂嵐の方へと歩いていった。あとに残ったミラクーロは、心配そうな顔でその背中を眺めている。

 「馬鹿!ジョジさんの馬鹿!」

 レイミリアが砂の上で上半身を起こして、徐次郎に向かい罵声を投げつけた。既に渦巻く風の前に立つ、徐次郎の耳にその声は届いてはいないようだ。

 すぐに、徐次郎の姿は竜巻の中へと消えていった……。





 「戻ってきませんね……」

 ミラクーロとレイミリアの二人は、徐次郎が砂嵐の中へと入っていってからずっと同じ場所で座り込んで、帰りを待っていた。

 「ふん。自信たっぷりだったんだから、その内に帰ってくるわよ」

 「だといいんですけど……」

 そう答えてミラクーロは、ポケットから平べったい石を取り出して見せた。その石には赤黒い染みがべっとりとついているように見える。

 「あの人、洞窟でこの石を持ってました」

 「それが何よ」

 「砂漠に来て、最初の野営の時、この石をいくつも捨ててたんで、僕がもらってきたんです」

 「だから、何よそれ」

 「血です、これ。たぶんあの人、大怪我していると思います」

 ミラクーロのその言葉に、レイミリアの顔色が変わる。

 「一つ二つは躱せたんでしょう。でも、全部は無理だったみたいです。洞窟の灯りが消されたときに、飛んできた石をいくつも受けて……。もしかしたら僕らをかばってくれたのかもしれません……」

 レイミリアは立ち上がると、ミラクーロの目を見た。そうして力強く言った。

 「助けなきゃ。ジョジさん、助けなきゃ」

 必死な顔でそう言ってミラクーロの目を覗きこんでいる。


 実のところ、今ミラクーロがした話はまるっきりの嘘話だ。徐次郎が平たい石をいくつか砂漠に捨てていたのは事実だが、怪我云々にいたってはミラクーロがたった今でっち上げた。石の染みは昨夜の赤ワイン。宴席で出されたそれを、こっそりと持ち歩いていた石にかけておいた。

 ミラクーロは、前日の交渉の席で聞いた話の中に思うところがあった。もうずいぶんと昔のことになるが、母から聞かされたあることに関わるものかもしれないと考えている。なので何としてもその竜巻の中に行きたいのだ。しかしそのためには、銀の鈴の力がいる。『主』であるレイミリアの協力も必要となるだろう。そう考えてあらかじめ仕込んでおいたのだが、レイミリアには思った以上の効果があった。


 真っ赤な薔薇色のドレス、その裾が風に煽られて真横へと伸びていく。はじめは風下に立っていたミラクーロは、その裾に何度も顔を叩かれ、嫌になって風上側へ移動していた。

 「この場所でいい?」

 レイミリアがそう、ミラクーロに聞いた。

 「問題ありません。あと姿勢ですが……」

 言いながら、ミラクーロがレイミリアの足の位置や肩の張り方などを細々と指摘していく。

 「こ、これでいい?」

 「はい。バッチリです」

 そうして二人は、竜巻のすぐ前で並び立って構えた。

 「手を、胸の前で合わせたら、そこに銀の鈴を挟んでください。そうして鈴が自分の腕の中に入っていく感じを……。そうそう、その調子です」

 ミラクーロの説明を受けてレイミリアの手の中に、銀の鈴が浮かんでいた。うっすらと輝くその光は、出てきたときと同じ銀の色だ。

 「……こんなのが手の中に埋まったら、痛くない?」

 レイミリアがそう口を開く。

 「ああ!駄目ですよ、今集中を切らしちゃ!」

 銀の鈴がふわふわと心もとなく浮かんでは沈む。

 「だって……絶対に痛いでしょこれ……」


――痛いわけないだろ。余を馬鹿にするのか?鞘入れと言って腕に仕込むイメージで実は深書庫へ一時保管するためのポーズだ、それは。


 「はぁ?ポーズって何よ?」

 また、あの変な声だ。人を小馬鹿にしたような、おちょくるような言い方。何よりもすぐ隣にいるミラクーロには聞こえないというのが、レイミリアには腹が立った。

 「こそこそ喋ってないで、用があるならここに出てきなさいよ!こないだっから煩いわね」

 「あの、レイミリアさん?」

 「ああ、ごめんね。声が聞こえてね、煩いのよこれが……」

 「え?」

 「ないでもない、なんでも!それよかほら、これからどうするんだっけ?」

 銀の鈴はまだ、レイミリアの手の間に浮かんでいる。

 「えーと、鞘入れって、腕に入っていく感じで、実は……新社会?紳士庫?……」

 「……それたぶん、深書庫です」

 「ああ、そう。ありがとう。その深書庫に預かってもらうイメージね。図書館みたいなものなのかな……」

 「え、ええ。いや、いいえ。深書庫は位相空間を使ったモリトの保管庫です」

 「ムズい!もっとわかりやすく!」

 「えーと、はい……学校の図書館でいいです。深書庫って言葉だけしっかりとイメージしてください」

 「シンショコ。シンショコ。シンショコ。……これでいい?」

 「深海のしん!深いって漢字のしんです」

 「なんか面倒ね」

 「面倒でごめんなさい。けど、……いいえ。何でもないです」

 「何よ。今何か言いかけたでしょう」

 「いいえ、何でもないです!」

 「けど、って言ったじゃない。なによ、気になるでしょ!」

 「いいから早く、銀鈴を収めてください!そうしないと力が全部引き出せないんですから!」

 ミラクーロがそう叫ぶのと同じタイミングに、二人の前にそびえたつ竜巻が勢いを増した。ゴゴゴゴゴゴゴゴっとしていた音が、グォグォグォグォグォグォグォグォグォっと。グレードがあがっていく。二人のかけあいが面白かったからか、あるいは単に煩いと思ったのか。今や竜巻は二人を巻き込まんばかりに広がっていた。

 「ミラクくん!これ、ちょっとヤバくない⁉」

 いよいよレイミリアのドレスも、横ではなく上に向かって広がりはじめている。中に部屋着のズボンを履いているレイミリアは、恥ずかしがりようもなく堂々としている。髪が逆立っているのも気にならないようだ。むしろ先ほどまで顔にぺシぺシとあたっていた髪が、上に向かってくれてスッキリしたようにも見えた。

 「……まずいです。予定変更です。竜巻そのものを消してしまおうと思ってましたが、これでは間に合いません」

 「どうすんの⁉」

 「僕がやります」

 そう、ミラク―ロは言うと、両手を合わせ祈るような姿勢で小さくつぶやいた。

 レイミリアの目に、ミラクーロの重なった掌が青色に輝くのを見た。その後に銀色が混ざり合う。そうしてミラクーロが、その幼い手のひらを開きながら「アイソレーション」とつぶやく。

 途端にミラクーロとレイミリアは透明な膜につつまれたようになり、竜巻が起こす風はその膜の中には一切入ってこれなくなった。

 「これで大丈夫。奥へ向かってジョジロウさんと族長さんを探しましょう」

 レイミリアは、目をまんまるにしてミラクーロを見つめていた。ドレスの裾は既に落ち着いていて、砂を掃いている。髪も元通り、寝起きの寝ぐせと大差ない。

 「何をしたの?」

 「内緒です。僕だけの特権なので」

 そう言って歩み出すミラクーロ。不思議なことに二人の距離が離れると、包んでいる被膜もそれぞれに別れる。そうしてまた近づくとひとつになる。

 「シャボン玉?」

 レイミリアはわけもわからず、しかし被膜の外に荒れ狂う風の暴力を見て、ミラクーロに遅れまいと歩いていった。



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