第7話 たそかれと巫女 後話



 「ねえねえ、この料理おいしいよ。ほら、ミラクくんも食べて」

 宴会の席が用意され、案内される頃になって、テントから居なくなっていたレイミリアが合流してきた。聞けば馬たちの様子を見にいっていたらしい。そうして案内されるままに三人は宴会の席につく。並んで座りながら、実に一日ぶりの食事を楽しんでいる。


 「ねえ、おじさん。おじさんも食べなさいよ。昨日だってほとんど食べてないでしょう。そんなんじゃ力が出ないわよ」

 そう言われた徐次郎は、しかし二口三口食べただけで腕を組み目を閉じている。

 席の並びは左から、ミラクーロ、レイミリア、徐次郎となっていた。真ん中にいるレイミリアは、自分が食べたものを次々に、美味しいからと徐次郎とミラクーロの皿に取っては載せていく。

 「僕はもう、お腹いっぱいですから」

 「何言ってるのよ、あんたまだまだこれからが成長期でしょう。そんなんで立派な大人になんか成れないわよ」

 そう言いながらまた、大きな鳥のモモ肉だろうか、とろりとタレのついたそれをミラクーロの皿に乗せた。ミラクーロは困ったように笑って、小さくうな垂れる。

 「そう言えばおじさん、名前なんだっけ?私、聞いたかな?ミラクくんは知ってる?」

 「お嬢ちゃんが気を失っている時にな。その坊ちゃんには話した。俺は徐次郎っていう。日本から来た」

 徐次郎はよくある型通りの自己紹介をすると、再び目を閉じて腕を組む。

 「ねえねえ、ジョジロさん?なんか言いにくいからジョジさんでいい?でさ、ジョジさんて忍者なの?」

 「……ああ。そうだ」

 「でさ、ジョジさんに聞きたいことがあったんだけど。最初会った時、うちの二人がジョジさんに向かって走っていったでしょう。あの後の方から行った、ちょっと年配のおじいさんをさ……あの、ジョジさんに殺されちゃったりする?」

 レイミリアは焚火に照らされながら、いつの間にかその目に覚悟のような色を浮かべていた。徐次郎は片目をあけてその目の色を見た。レイミリアの手は少し震えながら、食事に使うフォークを握りしめている。


 この場で敵討ちと挑みかかって、自分は果てても周囲にいる皆が糾弾してくれるはず、と。そう考えてでもいるのだろうか。レイミリアの目は真剣な色をしたまま、隣に座る徐次郎の答えを哀しむかのように待ち続けている。

 聞かれた方の徐次郎は、しかし思い返していた。いったいいつのできごとを聞かれているのだろうか、と。だからそのまま片目でレイミリアの視線を受け止めて、今必死にここまでを振り返っていた。


――この娘と最初に会ったのは、どの時だ?砂漠に飛ばされて、テントを張っていた時には既にいたよな。それよりも前ってことは、あの迷宮か?いや、その後に変な洞窟でおかしなことに巻き込まれたか。


 自分に走り寄ってくる……。そう考えてようやく思い当たった。


――あれか……。


 「先に来た、変な動きをしていた奴はしびれ薬で眠らせた。あとから来た爺さんの方は知らん。俺は何もしていない」

 あの後に現れた強大な奴にやられていなければ生きているだろう。そう言いかけて、やめる。この場で覚悟を決めた女子に余計なことを言って暴挙に出られては困る。そう考えたからだ。

 「そっか。じゃあ、生きているのね、ロイは」

 フッと力が抜けたように、レイミリアはその場にへたり込むと、少しうな垂れた姿勢でポロポロと涙をこぼしはじめた。これには徐次郎も驚いた。

 「よかったね、キャロット、エシャロット。ロイじい、まだ生きてるって。セロリとパセリも、また気持ちよく散歩、連れてってもらえるね……」

 手に、フォークを握りしめ、その手の甲で涙を拭くレイミリア。そのつぶやきに少しばかりばつの悪い思いをしている徐次郎。目の前で焚火の炎がゆらゆらと揺らめいている。


 するとそこに長が来て、徐次郎に酒を勧めた。

 「これは勇敢な戦士に送る酒だ。遥か昔から我らが一族に代々受け継がれてきた。できれば一口飲んでやってほしい」

 長は手に上等な焼き物の壺を持って、それを徐次郎に差し出す。徐次郎はその様子をちらりと一瞥すると、足元にあるまだ使っていない素焼きの小皿を長の前に差し出して言った。

 「これに薄くたのむ。酒は苦手なんだ。嫁からもとめられている」

 その言葉に長は喜び、壺から酒をそっと小皿に注ぐと言った。

 「受けていただいて感謝する。聖なる聖霊の加護が君らの元に舞い降りることを祈っている」

 そうして長は、気分良さそうに自分の席へと戻っていった。

 宴会は一晩かけて行われていく模様だ。





 オアシスまでの移動について、問題が二つあった。砂漠では日中に移動するのはあまり得策ではない。気温もだが、周囲が見通しよく開けているため、簡単に視認されてしまうからだ。また場所によって砂が波打つように起伏の大きなところもある。そうした場所は砂が細かくて、通常であれば馬などが歩けるような場所ではない。

 ふたつ目の問題は銀鈴を使うことで何とかなると思われるが、ひとつ目の問題については鈴になんと願えばいいか三人には思い至れなかった。そのため、早朝のまだ夜が明ける前に旅立つこととなる。

 こうして翌日の早朝となり、まだ夜が明ける前に三人は集落を出る。出立の折り、長から沢山の食料を渡される。前の日の食事の残りだそうだ。一品一品を細かくわけて、薄いプラスチック製の入れものに詰めてくれたらしい。それがひとまとめになって、大きな袋に入れられていた。徐次郎がそれを預かり、馬車の中にしまいに行く。


 その間に集落の長はミラクーロの傍に来て、膝を地について頭を下げるとこう言った。

 「聖なる者の御子よ。どうぞ我らの族長をお救いください」

 ミラクーロは一瞬驚いて、しかしすぐに姿勢を正し、小さく頷くと長に手を伸ばしその頭に触れた。

 「ひょっとして……ここに暮らしているのはモリトの民ですか?」

 族長は頭を垂れたまま答える。

 「はい。今より二千五百年の昔、この地にあったモリトの国より出奔をしていた者達の子孫です。長きにわたり我らは、この地にてあなた方の還りをお待ちしておりました」

 「なぜわかったんです。僕がそのモリトだと」

 「言い伝えと、旅の巫女による予言が残されてきました。赤いドレスを着た少女と、黒の装束に身を包む従者と共に、聖なる御子がこの地を訪れると」

 旅の巫女と聞き、ミラクーロは首を傾げる。しかしすぐ姿勢を正すと、長に向かって別のことを聞いた。

 「……ちなみになんですが、ハバキはご存知ですか?」

 「はい。その言い伝えも残されております。ここより遥か南西の地にあったアトランティスという都市の名と共に」

 「では、オウニについては何か伝えられていますでしょうか?」

 「オウニ……でございますか。その名は言い伝えの中で禁忌とされる名。悪鬼羅刹のごとき存在で、我らの故郷であるモリトの都、アイオリアを滅ぼした者だと伝え聞いています」

 「……滅ぼした、ですか」

 ミラクーロの顔に再度、疑問の色が浮かぶ。しかしそこで、レイミリアがテントから寝起きの顔で近づいてくるのが見えた。

 「長さん、できればその話、あとの二人には内緒にしておいてください。あと、僕のことも普通に子供として話しかけてくれると助かります。聖なるなんとかはなしで、お願いします」

 そう言われ、長は顔をあげてミラクーロを見ると、膝をあげ立ち上がった。

 「仰せのままに」

 短くそう答えて長は馬車の方へと歩いていく。それと入れ替わるように今度はレイミリアがこちらへとやって来るのが見えた。





 「ねえ、ミラクくん。私のブラシ知らない?探しているんだけどなくって」

 もう既に眠そうな目で、レイミリアがそう聞いた。

 「馬車の中じゃないですか?僕もジョジロウさんも使ってませんから」

 そう答えたミラクーロの顔を眺めながら、ぼんやりとした顔でレイミリアはつぶやいた。

 「……うへへ。やっぱ、かわいいね、キミ」

 口元が怪しく緩んでいく……。ミラクーロは少しひきつった顔をしてそれに答えた。

 「ありがとうございます……」


 明り用に焚かれた松明からパチンと、何かが爆ぜるような音がしている。乾燥した砂漠なのに乾いていない生木が入れられたのかもしれない。夜が明けるまでの時間はあとわずかしかない。



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