第4話 命運賭ける契り 後話



 徐次郎が目の前の二人に質問を投げかけて刹那、辺りを照らしていた灯りが一斉に消える。何が起きたかわからぬまま、馬たちが怯えブルブルといななきはじめた。


 「……アレが、来てます。もう近いところまで……」

 ミラクーロの言葉に、残る二人に緊張が走る。徐次郎もレイミリアも姿勢を正し再び身構えた。


 少し考えてみれば、この場でこのミラクーロを置いて、馬車で逃げれば済みそうな話ではある。しかしそうしたとしてまたミラクーロが馬車に走り乗ってくれば元の木阿弥。堂々巡りを繰り返すだけのことになるのかもしれない……。


 その束の間を縫うように、ミラクーロが不意に徐次郎とレイミリアの手を掴むと、何事か呪文のような言葉を唱え始めた。

 「汝、我と彼の者達との合間にモリトの理を敷き、我と此の者達との合間に仮初の契り約定を定めん。我こそはモリトに連なる者なり。ここに集いし命の素を以て我と彼の者、此の者とに秘められし深書庫への仮初の繋がりを築かん」

 ミラクーロがその呪文らしきものを唱え終わるのと同時に、ミラクーロに握られたレイミリアと徐次郎の手が光りに灯る。徐次郎の手には紫の光が、レイミリアの手は赤銀の光が、それぞれを包み込んでゆく。


 その輝きを見てミラクーロが驚いた顔を浮かべた。口をあけ、握った二人の手をまじまじと見ている。

 「なにこれ?」

 そう言ったのはレイミリアだった。見るとその手に、銀色の光に包まれた小さな鈴をのせていた。

 「こ、これは……まさか、銀鈴?」

 ミラクーロがそう驚く声をあげる。すると今度は徐次郎が訝し気な声で聞いた。

 「こっちは、なんだこれ?ちっちゃな扉か?」

 徐次郎の手には、ちょうど手のひらに収まるサイズの青い扉がのせられていた。こちらは青い輝きに包まれている。それを見てミラクーロは、声を絞り出すように一言つぶやいた。

 「青の扉……」

 そう言ってしばらくの間、ミラクーロは放心するように固まっていた。レイミリアが手の鈴をチリンチリンと鳴らして玩ぶ。徐次郎は自分の手に現れた小さな扉をじっと眺めている。


――何もない所からいきなり現れた。なんだこれは……?

 その答えを知っている幼子は、まだ隣で口を開けたまま固まっている。


 「それで、これ何に使えるの?」

 暫くの間だった。手のひらで湧いて出た道具を玩んでいたレイミリアが、何気ない口調でミラクーロにそう尋ねた。聞かれたミラクーロは、しかしまだ口をあけたままでいる。レイミリアが鈴の端についている赤い組み紐を指先でつまむと、ミラクーロの前で振って見せる。鈴はチリンチリンとまた音が鳴った。


 「……それは、銀の鈴トランと言います。正式な名前は確か、トランセンデンス。超越を意味する、……伝説とされている道具です」

 ミラクーロは鈴を見つめながら、たどたどしくだが説明をしようとしている。

 「僕が教わった話では、その鈴は持ち主のイメージを具現化する力がある、って聞いてます。けど、まさか……。本当だったなんて……」

 ミラクーロの表情は、銀の鈴に銀色の光で照らされたところだけがうっすらと見える。その口調と同じように、その顔は驚愕に震えている。ありえないと思っていたことが目の前で起こった。そんな顔をしていた。


 「俺のこれはなんなんだ?なんか、ちっちゃいが、どこから出てきたんだ?」

 暗がりの中で徐次郎も口を開く。その手の中の青い扉が、ゆったりと青い光を吐き出しながら、浮かんでいるのが見える。


 「青い扉は、ホラ。正式名称は確か、ルカス・ホラ。時間と空間を操るモリトの道具です」

 「へー、かわいい扉ね。ところでミラクーロくん、この鈴と扉が、さっき言ってた契約ってこと?」

 徐次郎の青い扉を横目に眺めながら、レイミリアがミラクーロにそう尋ねた。少し眉がきつくなり、怒っている顔だ。

 「まだするって言ってなかったよね、私。条件だってよくわからなかったし、メリットもデメリットも説明されてないわよ」


 どうやらレイミリアは、契約にあたっての条件説明などをされないまま、こうして実行されてしまったことに腹を立てているようだ。ミラクーロが慌ててそれに答える。

 「それは必ず説明しますから、まずはその銀の鈴でここから脱出してからで、お願いします」

 とにかく今は、目前に差し迫っている父親の叱責から逃げ出したいのだろう。ミラクーロは必死になってレイミリアにそうお願いをはじめる。言われてレイミリアは、少し嫌らしい目をミラクーロに向けはじめていた。


 「説明を後から、ってのは納得いかないわ。ペナルティとして、私の言うことを何でも聞いてくれるって言うんなら考えなくもないけど」

 レイミリアは努めて表情を崩さぬようにそう言うと、ミラクーロを見た。


 徐次郎はその様子を脇で見ながら、少し前のあの異常ともいえるレイミリアの様子を思い返した。そうして男の子を不憫に思い、深くため息をつく。

 するとミラクーロが何かを覚悟したかのような顔でレイミリアに答えた。

 「……わかりました。ここから洞窟の出口まで、その銀の鈴で逃げることができたら、……なんでも言うことを聞きます」

 その表情は心底嫌そうだ。見ていて徐次郎も可愛そうにと思うほど、嫌そうな顔をしている。

 「それじゃいいわ。どうすればいいか説明して」

 うきうきした表情でレイミリアがそう言うと、肩をガックリと落としたミラクーロがたどたどしく説明をはじめた。


 「銀の鈴は、使い方は難しくはありません。最初に、結果をイメージします。何か欲しいものを出したりだとか、どこか行きたい所へ行くなどのように。ですので今は、洞窟の出口を思い出してください」

 ミラクーロの説明を聞きながら、レイミリアは言われたようにイメージを頭の中に思い描こうとしているのか、目を閉じて眉間に皺を寄せている。

 「イメージができたら、今度は実行させます。銀の鈴に向かってこう告げてください。リアライズと……」


 ミラクーロが説明したその時、地底湖側からふわりと風が吹いてきた。真っ暗な中に波が音をザザザザザーっと響かせていく。

 「リアライズ……」

 レイミリアが、つぶやいた。その直後に「あっ⁉」と、レイミリアの声が響く。途端に銀の鈴は輝きを増しはじめ、辺り一面が銀色の光に包まれていく……。


 しばらくして、ようやく洞窟の奥部に闇が戻った。そこにいたはずの馬達も馬車もその乗り手たちすらも、既に姿を消している。風が再び湖側から吹き寄せ、その風にさざ波が音をたて響いていく音が木霊している。

 その音が止み、地底湖に再び静寂の時が戻ると、今度は時が停まったかのような静けさが辺り一面を覆いつくしていた。



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