第8話 竜巻の街 前話

 「ねえ、まだぁ?おなか空いちゃったよ、私」

 長たちに見送られ集落を後にしてからそろそろ一時間。馬車は北のオアシスを目指し進んでいた。ここまで馬車の中で休んでいたレイミリアが、チリンチリンと扉を開けて御者台に顔を出す。

 「さっき出る時に長さんから食料を貰っています。中に、袋に入って置いてありませんか?」

 御者台にはミラクーロと徐次郎がいた。手綱は徐次郎が握っている。

 「えー?どこよ?」

 レイミリアが、扉を開けっ放しでガサゴソと馬車の中を探り歩く音が響く。しばらくしてその音が止まった。

 「あったー!……けど、何これ。なんだか見たことない入れものに入ってる」

 そう言いながら御者台に顔をのぞかせたレイミリアは、手にプラスチックの容器を掲げている。

 「珍しい入れ物ですね。なんでしょうこれ。ずいぶんと軽い」

 「ミラクくんもそう思う?ガラスじゃあないし、陶器とか磁器でもないよね」

 「ええ、焼き物とは違いますね。かといって木材を加工したものでもありませんし……。ひょっとしたら何か動物の皮とかを加工したものかもしれないですね」

 すると、その会話を聞いていた徐次郎がぶっきらぼうに口を開いた。

 「……そいつはプラスチック容器だ。タッパーって呼ばれてるもんに似てるけど、お前ら見たことないのか?」

 徐次郎の言葉に、二人はあからさまに不機嫌そうな顔になる。

 「見たことないのかって言われてもねぇ」

 「ええ、まあ。見たことないですけど」

 レイミリアは不機嫌な顔のまま、タッパーを手に御者台へと座る。そうしてぶつぶつと徐次郎に文句を言い出した。

 「そりゃ、私は、学校へもたいして行ってもいない、世間知らずな子供です。でもね、おじさん。おじさんに馬鹿にされたって気にもしないけどね、けど今の言い方ってないと思う。見たことないのか……って、まるで馬鹿にした言い方じゃん」

 馬鹿にされても気にしないと言っておきながらなんだそれは?と、徐次郎は片方の眉を吊り上げた。


 三人が並んで御者台に座ると、まるで父親が子連れで旅をしているようにも見える。娘と息子とそのお父さんといった感じだ。お父さんが一番右側で手綱を握り、一番小さな息子が真ん中で、娘が左側に座っているといった感じだ。


 「レイミリアさん、学校、あまり行ってないんですか?」

 「えー、そこ?そこは今大事なところじゃないんだけど……」

 「すみません。でも気になって。……えと、ほら僕、もうすぐ学校へ行かなきゃ……な歳でしょう。それで……、学校ってところがどんな所か気になっているんで、教えて欲しいんです」

 ミラクーロがそう言ってレイミリアを見て首を傾けた。実にあざといそのポーズに、しかしレイミリアはコロッとのせられる。

 「そっか、ミラクくん、これから小学校なんだ。そしたらね、小学校は楽しいと思うよ。私も頑張って通ってたし。みんなと同じようにできれば……、たぶん仲間はずれにもされないと思うし……」

 段々とトーンが下がっていくその言葉に、徐次郎がちらっと顔を向ける。ミラクーロは気づかないようなふりをして、話題を変えようと慌てて口を開いた。

 「えっと、朝ご飯!食べましょう。他には何がありましたか?僕、中に行って取ってきます」

 そう言ってミラクーロは馬車の中へ。レイミリアは姿勢を正し頭を下げて、膝にのせたタッパーを眺めている。


 銀の鈴のおかげで難なく砂地を進んでいく、黒い馬車の先頭を引くキャロットが、主を想い鼻を鳴らした。ブルンブルン。そうして走りながら首を回しレイミリアを見ている。

 「キャロ、大丈夫よ。心配いらないって。前をしっかり見て、ちゃんと歩きなさい」

 レイミリアがそう声をかけると、キャロットは再び歩くのに集中するように前を向いた。

 「よく躾けられている馬達だ。たいしたもんだ」

 様子を見ていた徐次郎が、そう声をかける。声がどことなく柔らかく優しい。

 「当たり前よ。私とロイとで生まれたときから面倒を見てきたんだもの」

 「何歳になるんだ?この馬達は」

 愛馬の歳を聞かれ、レイミリアは宙を見ながら答えた。

 「キャロとエシャは……えっと前の方の二人ね。あの子たちが今年で七歳で、後ろのパセリとセロリは五歳。みんないい子よ」

 褒められたのがわかったのか、馬達が名を呼ばれるたびに嬉しそうに尻尾を高くふる。足取りも軽やかだ。

 「すごいな」

 「えへへ」

 「名前は誰がつけたんだ?」

 「ロイよ。あと、ヨホとお父さんも相談に乗ったって言ってたかな」

 「名のもとは、それぞれが好きな食べ物か?」

 「うーん、残念。そうじゃなくて……私が食べられなくて嫌ってた食べものなの。おかげで今は食べられるようになったけどね。最初のうちは名前を呼ぶのがちょっと苦手だったけど、みんな可愛いから」

 前の馬達を見て話すレイミリアの表情が、次第に明るくなっていく。徐次郎はそれを確認するとホッとした顔で視線を前に戻し、言った。

 「そいつはたいしたものだ。馬の世話は大変だったろう」

 「そうよ。朝は早いし、ご飯は重いし、ブラッシングもあっという間に手が届かなくなったし」

 「はははは。馬は成長が早いからな」

 「なに?おじさんも馬の世話したことあるの?」

 「ああ。ずっと昔だけどな。里にいた頃はずいぶんとやらされたよ」

 「へー。けど、やらされたって言ってたら駄目なんだよ。馬は頭がいいから、言われてることわかっちゃうんだから」

 「ああ、それもよく言われたな。それでよく髪の毛とか齧られた。馬に」

 「ああ、私も!特にキャロ、あの子私の髪の毛を藁かなんかと勘違いしてた頃があって、近くに行くとパクって!」

 「モシャモシャモシャってな」

 「そうそれ!モシャモシャモシャって咀嚼しながら、急にグイって引き抜こうとすんの。禿げるかと思った」

 「あはははは。あるある」

 「でもね、私が痛がってると心配そうな目で『大丈夫?』って顔を近づけてくるの」

 「へー、それはすごいな。俺の時なんか勝ち誇った顔で『ブヒヒン』って鳴いて終わりだったぜ」

 「それはジョジさんが口が悪いからでしょ。どうせなんか言ったんでしょ、その子に」

 「別にたいしたこと言ってないんだけどな。『お前トロイな』って言っただけだぞ」

 「それひどい。トロイとか言われたら髪の毛むしりたくもなるわよ」

 「そうか、そういうもんか」

 「そうです、そういうもんです」

 わはははは、と二人の笑い声が砂漠に響いていく。馬達は更に機嫌よく小走りで馬車を引いていく。その笑い声に誘われてか、ミラクーロが馬車の中から手にいっぱいのタッパーを持って御者台へと戻ってきた。

 「どうしたんですか、二人して笑い声なんかあげて」

 「わ!ミラクくん、すごい大量!」

 レイミリアがそのタッパーを両手で預かると、ミラクーロが御者台に座りなおした。そうしてからミラクーロがもう一度尋ねる。

 「何か笑い声が聞こえましたけど、どうかしました?」

 「えへへ。ジョジさんが髪の毛を食べられた話、聞いてたの」

 「なんですかそれ?」

 「トロイって言って機嫌を損ねて、そしたら髪の毛を齧られてブヒヒンって言われたんだって」

 機嫌よく話すレイミリアだが、いろいろと言葉が足りていない……。ミラクーロはその足りない言葉を補完するためにもう一度尋ねた。

 「なんでしょう、それ。相手はミノタウロスか何かですか?」

 「……そいつは牛だな。ギリシャの迷宮で会ったことはあるが、ブヒヒンとは鳴かん」

 徐次郎がぼそっとそう答えると、レイミリアとミラクーロは目をまんまるにしてその話に食いつく。

 「ジョジロウさん、ギリシャに行ったこと、あるんですか?」

 「ミノタウロスってどんな牛なの?なんて鳴くの?」

 ものすごい好奇の目を向けてくる二人に、徐次郎は困った顔で答える。

 「ミノタウロスってのは、遺伝子操作で作られた生き物だ。ギリシャで遠い昔に栄えた文明の遺産とも言える。今でもあの国にある組織が管轄して、クレタ島の地下にある迷宮で繁殖してるぞ」

 その返事に、レイミリアは何を言われたかわからないといった顔を浮かべ、ミラクーロはあからさまに疑いの目を向けた。

 「……ギリシャっていったらオリンポスでしょう。そこに住む神々の神話は僕だって知ってます。それに今はもうどこにもないギリシャに、ジョジロウさんはどうやって行ったって言うんですか?」

 真剣にそう言い寄るミラクーロ。徐次郎はかなり戸惑った顔で答えた。

 「いや、ギリシャは今でもあるぞ。そりゃ、何年か前に財政が破綻したとかってニュースが流れてたけど、国自体は今でもあるぞ……」

 「そんなはずありません。ギリシャは今から二千三百年以上昔に、突如として世界から消え去った国家です」

 「なんだそれ?俺は知らんし、実際に何年か前に行ってきた」

 怒ったような顔でミラクーロが徐次郎を睨みつけている。徐次郎は困惑した顔で手綱を握ると、前を見ようと姿勢を正す。レイミリアは御者台の反対側に寄るとふーっとため息をついた。

 「ギリシャがどうだって話は後にして、そろそろ到着するみたいだぞ。長の言っていた竜巻が見えて来た」


 徐次郎の言葉に、ミラクーロとレイミリアが前方に目を向ける。その視線の先、遥か数キロのあたり。砂を巻き上げながら空へ立ち上がる巨大な竜巻が見えた。長の言葉を信じれば、あの竜巻を中心に砂嵐が街の半分を覆っているのだろう。

 到着まであとおよそ数十分というところか……。



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