番外編 黒い羽根

 まだ下町の風情を残している田園都市線の三軒茶屋駅から数分進むだけで、街並みの景色は一気に大都会へと変わる。

平日のど真ん中でも、渋谷は様々な目的を持つ人の群れでごった返していた。


――― 11月10日 水曜日 昼食時で大混雑の渋谷駅


 少し駅から離れた路地裏には、いかにもグレーゾーンな金融業の事務所や怪しいスナックがひしめき合い、猥雑な雰囲気が漂っている。

「本当に晴見と樫井が捜査以外でなんかやってるの?朱莉の病院とは全然関係ない場所ばっかりに目撃情報あるみたいだけど・・・何を調べてるのかしら?」

雑居ビル横の室外機に怠そうに腰掛けている香苗は、そう言って左肘に下げていたコンビニ袋を探り始めた。

話しかけられた事に僅かに反応した3羽のカラスは、各々が黒い瞳をじっと袋の方へ向けて小さな鳴き声を上げる。

香苗が袋の中から出したペット用ジャーキーを凝視して、一羽のカラスが次第に興奮した様子で羽ばたき始め、『グェー!』と大きく叫ぶ。

路地の外側を颯爽と歩いていたOLらしきスーツの女性は、薄暗い通路でカラス達に餌付けする香苗を発見してギョッとした表情を浮かべ、逃げる様に小走りで立ち去った。


「お嬢の言う通り、刑事たちが調べてるのは生霊ちゃんの生還方法じゃねーよ。

おい!おめぇーら、もっと行儀よく食えねーのか!・・・これだから畜生は。

偵察部隊の情報だとな、樫井は朱莉の父親の関係先をあたってる途中らしいぜ。

晴見はこの前、変な女とつるんで葛飾区の古民家辺りまで出かけてた。

こいつらは人間の言葉は分かんねーから、話を盗み聞きは出来ねーけどな。」

矢ガラスは体の中心に刺さった矢で器用にバランスを取り、斜めの通気ダクトの淵に掴まりながらそう話した。

「変な女・・・?」

無残に散らばって行くジャーキーの肉片を、3羽のカラスが代わる代わる啄む様子を眺めながら、香苗は眉根に大きく皺を寄せて呟く。


「おいー・・・気になんのはそこかよ!悪いこたー言わねぇ、あんなナヨナヨした優男、スパイシーなワイルドキャットお嬢には似合わねーよ。

もうちっと待っててくれたら、俺がお嬢にピッタリのタフガイに生まれ変わって戻って来てやっからさー、辛抱しててくれよぉー・・・。」

矢ガラスは香苗の頭上のダクトからぶら下がる様な体勢に変わると、ファー付きのモッズコートの下に見える白いリブニットの大きな膨らみを覗き込みながら、しゃがれ声を精一杯甘ったるくしてそう訴えた。


 冷たいビル風が空き缶を転がして、路地裏にカラカラと大きな音が響く。

命あるカラスたちは酷く驚き、3羽とも狭い通路一杯に羽を広げると一斉に青い空へ飛び立って行った。

香苗は肌寒くなった様子でスキニージーンズの太腿辺りを擦る。

そしてその仕草一つ一つをうっとりと見つめる矢ガラスを見て、呆れた様に溜息をついた。

「私は何歳まで待ってりゃいーのよ?・・・そんなことより、アンタがわざわざ朝っぱらから久しぶりのオフ日の私を起こしに来て、こんな寒い所で待機させてるのには相当な理由があんのよね?

ただのデートの誘いとかだったら、丁度串打ち終わってるし丸焼きにするわよ?」


「いいねぇー!お嬢にならじっくり炙られんのも悪くない・・・いや、絶対気持ち良いだろぉーなぁー。あぁーーーもう死んでて味わえないのが勿体無いぜ!

・・・ってのは冗談だがよ、この前たまたま俺が晴見を張ってたらな、その女と夜飯食いながら話してたのよ。

『11/10にまた待ち合わせしてもう一軒行きましょ』って内容だった。

重要なのはそこだけで後の時間はずーっと、その女が必死に晴見を口説いてただけだったぜ。待ち合わせの場所は駅前の広場、時間は・・・今から15分後だよ。」

矢ガラスは羽を広げながら地面に降り立ち、無駄に長い報告を終えた。


 香苗は大型の室外機からひょいと飛び降り、ヒールの高い黒のショートブーツをトントンと打ち鳴らす。

「情報ありがと。樫井達が急に朱莉の居場所を見つけて来た時は、やっぱり仕事柄そういう情報も入って来やすいのかな?としか思わなかったけどさ、私達に内緒で動いてるってことは、朱莉が事故に巻き込まれた理由が何らかの事件に絡んでて、二人だけでそれを探ってるとしか思えないよね。」

そう言って空になったビニール袋を結んでハンドバッグへ入れると、重そうなバッグを怠そうに肩に引っ掛けながら矢ガラスを見下ろした。

「そうだな。 合理的な晴見が興味もねー姉ちゃんと何度も会うのは、それなりに引き出したい情報があるからだろう。

あいつは二つのケツを追えるほど器用でもなさそうだしなー。

なんか悔しいからよ、今日はこの辺で失礼すんぜー。お嬢も頑張れよ!」

矢ガラスは地面から舐める様に香苗の細い脚を見上げてそう言うと、おどけた様子で羽を広げて一気に狭いビルの隙間を飛び立っていった。


 駅前の雑踏をかき分けて時刻通りに現れた女を見て、晴見は軽く手を振って合図する。

黒地に控えめな白いストライプが入ったパンツスーツは、弁護士や新人議員が好みそうな地味さなのに、艶やかな黒い巻き髪や手に持つバッグなどには相当な額をつぎ込んでいそうなアンバランスさは、若者が行き交う渋谷では良く目立っていた。

「お疲れ様。晴見さん、休日なのにスーツなんですね。」

「お疲れ様です。お年寄りに話を聞く時の身なりは重要ですので。

芳賀はがさん、お仕事の合間にわざわざありがとうございます。

場所は港区・・・ここから少し遠いですね。お時間大丈夫ですか?」

晴見は濃紺のベストの上に着たグレーのスーツの埃を払いながら、さりげなく芳賀の体を人混みから遠ざけて駅ビルの壁際へ移動させた。


「あー・・・その件なんだけど、今日は急な取材が入ってしまったんです!

替わりにと言ったらアレですけど、今まで私が集めた資料を・・・」

「そうですか・・・」

芳賀は大きな赤い革のバッグを探りながら、会話の途中でなぜか反応が薄くなった晴見の顔をちらっと窺う。

晴見は茶封筒を渡そうとしている芳賀の方ではなく、大勢の人間がひしめき合っている交差点の方を見て、唖然とした表情で固まっていた。


「あれ!?晴見さん、こんにちは。あ・・・お仕事中ですか。お疲れ様です!

声を掛けてしまってすみません。 今日の相棒はとても綺麗な刑事さんですね。」

香苗は笑顔で晴見の元へ駆け寄ると、芳賀の姿をじっと見て丁寧に挨拶をする。

驚いて狼狽える晴見は『香苗さん!いや、その、えっと・・・この方は』と口ごもりながら芳賀と香苗の間で視線を何往復もさせていた。

「まぁ!・・・こんな可愛いお嬢さんにそんなこと言って貰えるなんて!

お若いのにしっかりなさってるのね。・・・私は週刊真追しんついの記者をしております、芳賀と申します。宜しくお願い致しますね。」

柔和な笑みを浮かべながらも、芳賀は素早く香苗の全身をサーチする様に見つめ、不機嫌そうに自己紹介を済ませた。


「えー!有名な週刊誌の記者さんでしたか!

警察の方っぽくない華やかなオーラがありますもんねー!

私は晴見さんの上司の友人の宮崎と申します。

あ・・・お仕事じゃないならデートですよね?お邪魔してすみませんでした。

私はちょっとあの駅ビルにお買い物行く途中だったんです。ではまた今度ー!」

香苗は気まずそうな顔で俯き、大型ショッピングビルの方へと足早に去って行く。

その様子を最後まで目で追いながらも、晴見は伸ばしかけた手を引っ込めた。

「あ・・・すみません芳賀さん。この後お仕事でしたよね?

その書類、お借りしても大丈夫ですか?また今度食事する時にお返ししますね。」

「・・・追いかけなくて良いんですか?」

芳賀は自分の手元の茶封筒にしか視線を合わせず、ぼそぼそと呟く晴見を暫く見つめた後で、寂しそうにそう質問を返す。


「えっ・・・?」

驚いて重そうな厚みのある瞼を見開く晴見に、クスっと苦笑いしながら芳賀は封筒を手渡した。

「私、この業界に入りたての頃はかなりグレーゾーンなやり方で・・・つまりは、ハニートラップでスクープ取って来るタイプの記者だったんです。

本来はそういうのに納得できる性格でもなかったですし、社会の闇を沢山見ていくうちに巨悪を暴く快感の方にだんだんと惹かれて行きました。

そこで目を付けたのが警視庁の櫓木ろぎ警視天下り先と暴力団との癒着疑惑です。

まぁ・・・私の実力不足や相手側の巧妙なやり口のおかげで、まともな記事にはなりませんでしたが。

晴見さんから、櫓木の愛人が老人の連続不審死に関わってるかも知れないと情報を頂いた時には、正直・・・全身が震える思いでした。

でも、あなたになら安心してこの記事を託せます。

別に自慢じゃないですけど、私が『遊びでも良いから付き合って』と誘って全く取り合いもしなかった男性は、晴見さんが初めてだったんですよ?

全部、あの子の為なんですよね?」


「・・・直接香苗さんの為になるから動いてる訳じゃないんです。

あの子の守りたい世界を、守れる手伝いが出来ればなーと思っただけで。」

芳賀につられる様に苦笑いした晴見は、受け取った封筒を大事そうに抱きしめる。

「なにそれー・・・完全に敗北じゃないですか。結構苦労したのになぁ!」

「えっ?」

急に大きな溜息をついて拗ねた様に口を尖らせる芳賀を、困惑した様子で晴見は見つめた。

「だって、単純な下心や可愛い片思いってレベルじゃないですよね。

見返りを求めずに大切な誰かの日常を守るって、愛が無いと出来ませんから。」


 黙って芳賀の言葉を噛み締める様に聞いていた晴見は、冷たい北風に乱された前髪を整えて恥ずかしそうに俯いた。

流行りのショートマッシュに切り揃えられた色素の薄い柔らかい髪は、弱い日差しを浴びて鳶色に輝いている。

「クールなインテリ系の刑事さんだと思ってたら・・・そんな顔するんですね。

あぁー本当、余計にショック・・・。この苦しさは、次の取材対象にぶつけます!

あ、でも一つだけ忠告なんですけど、あの子の裏側は生易しいハニトラなんてものじゃないと思いますよ?

さっきここから立ち去った時も、あなたが絶対に追いかけて来ると確信を持って、わざわざ行き先を教えてた気がします。」

芳賀は少し不満げに背後のビルを見上げてそう呟いた。


「全部分かってます。・・・理解した上で網に引っ掛かりに行く僕は、たぶんもう病気なんでしょうね。」

「うーん・・・病気というよりも、もはや下僕?」

「それはちょっと・・・まぁ、そうなんじゃないかなって気もします。」

「恋の奴隷ってやつですね!まぁ、その書類は好きに使って良いですよ。

あ、でも事件の真相が解明したら、ちゃんとスクープは私に書かせて下さいよ?」

歯切れ悪く口籠る晴見をからかう様にそう言って手を振ると、芳賀は駅の方へ向かって颯爽と歩きだす。

晴見は上手く切り返せないもどかしさを滲ませながらも、芳賀の後ろ姿が人混みに紛れるまでじっと見つめていた。


 渋谷で一番大きなショッピングビルに入っている書店では、平日の昼間にも関わらず学校を休んだらしい女子高生たちが当たり前の様にたむろしている。

入り口近くに飾ってあるテレビガイド誌の表紙の男性アイドルに夢中な様子の一名を除き、残りの二人はスマホの動画に夢中だった。

時折甲高い声で大笑いして手を叩いている三人組の横を通り過ぎた香苗は、その隣の人気の少ないレーンへとゆっくり歩いて行く。

そして不機嫌そうに溜息をつきながら、手が届かない高い位置まで様々な資格の参考書が埋め尽くしている本棚を見上げた。


 不意に、先程から会話にならない自己主張を続けていた女子たちが騒ぎ出す。

「ねーねー!あのお兄さん、ジュンジェに似てない?カッコいいよね!?」

「えー!ほら、最近出て来たあのバンドの、ベースの人じゃない?」

「違うよージュンジェは今、韓国帰ってるもん!」

その言葉が一様に指し示している人物に心当たりがあるのか、香苗はわずかに眉根を寄せて反応したが、もう一度視線を斜め上に向け直すと『中卒でも正社員!』という本を睨みつけて腕を組んだ。

背伸びをして棚に指を伸ばした彼女の後ろから急に伸びてきた手が、目的の本をさっと引き抜く。

スーツから見える細い手首と不釣り合いな格闘ダコのある手を目で追いながら振り向いた香苗に、少し息を切らしながら晴見は笑顔で本を手渡した。


「あれ?デートには行かなかったんですか?

・・・どうして私がここにいるって分かったんですか?」

「香苗さんはミニマリストですから、雑貨や家具店には行きません。

服屋も趣味とは合わない店だし、残りは本屋か上のCDショップだと思いました。」

わざとらしい最初の問いかけには触れず、晴見は二つ目の質問に淡々と答えた。

「へぇー!さすが刑事さんですねー。凄い推理です。」

抑揚のない世辞の後で軽く感謝を伝えながら本を受け取った香苗は、すぐに晴見から手元の本へと視線を落とす。

香苗は業種の紹介ページをパラパラと捲りながら、『やっぱり流れ作業とか配送とかなんだ・・・』と呟いた。


「香苗さんは絵も上手ですし、居酒屋さんでは調理のお手伝いも出来るくらい器用ですからねー。クリエイティブな仕事や人と関わる仕事の方が向いてそうですね。

何かやりたい事でも見つけたんですか?」

素っ気ない態度を示している香苗に屈託のない笑顔で話し掛けながら、晴見は次々と旅行添乗員、デザイン作図、受付業務などの参考書を手に取って読み始める。

「え・・・まぁ。どうせ無理だとは思いますけど。」

香苗は意表を突かれた様に小さく答えると、真剣に本を読む晴見を直視できずに俯いた。

「・・・ソーシャルワーカーになってみたいなって思ったんです。

切羽詰まった人達に寄り添えるような仕事って良いなーって。でも・・・」


「そうなんですね!それなら、高卒認定からの国家資格受験ルートですかね。」

「いや・・・私はたぶん受験資格が・・・それに、」

「バイトしながらでしょうし2、3年位は準備にかかりそうですけど、その間に受験資格は戻ると思いますよ!」

戸惑いながらどんどん小声になっていく香苗の言葉に被せる様に、あっけらかんとそう伝えた晴見は手に持っている不要な本を棚に戻し始めた。

自分の持っていた本も戻して欲しいと態度で示して彼に渡した香苗は、唇をぎゅっと噛みしめて突然晴見の袖を掴む。


「そんなことは知ってます。晴見さんだってもう気付いてるでしょ?

いくら外面良く繕ったって、一度真っ黒になったものをいつまでも隠し通せる人間なんていない・・・。

私みたいなのに相談してくれた人が、前科の事に気付いたら絶対後悔する。」

香苗はそう呟いて彼の袖から手を離すと、自分のモッズコートの裾に張り付いていたカラスの黒い小さな羽毛をつまんで掌にそっと乗せる。

 

 晴見は香苗の掌を黒い羽ごと優しく包み込むと、泣きそうな彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「隠す必要なんてない。それで世間が就職を拒む確率が高いとしても、香苗さんが頑張って資格を取ることにはきっと意味があるし、諦めなければチャンスはゼロじゃないでしょ?そのうち世間の方が考えを変える日が来るかも知れない。」


「晴見さんって冷めてるようで意外とお花畑ね。ちょっと意外・・・。

『みにくいアヒルの子』がハッピーエンドなのは、本来の羽が真っ白だからだよ。刑事さんなんだし、そのくらいの現実は有り余る程見て来てるでしょ。」

香苗は不貞腐れたようにそう言い放ち、彼の手を振り払おうとする。

あっさりと自分から手を離した晴見は、飄々とした口調で『あー・・・その童話、僕小さい頃から嫌いだったんですよね。』と囁いた。

「はぁ・・・?」


「いや、だって・・・苦境にも負けず立派に育った主人公が、実は元々綺麗な種族だったんですーって、つまらなくないですか?

真っ黒な羽のまま幸せに生きる主人公が居たっていいじゃないですか。」

「口では何とでも言えますよね。晴見さん、苦労とかした事無さそうだし。」

「まぁ自分でもそう思いますけどね、いやー・・・最近は苦労しまくりですよ!

好きな女の子が悲しそうだったから、色々と時間外労働してやっと情報を手に入れたのに変な勘違いされちゃってますし、振り向いても貰えなそうなんですから。」

晴見は大げさに溜息をつくと、肩から下げたビジネスバッグの中から封筒を取り出して香苗の方へひらひらと揺らしてみせた。


「・・・立場的に手を出せないの、相手も分かってるんじゃないですか?」

香苗はそう言って興味のない様な顔をしながらも、大きな封筒をじっと見つめる。

「僕は立場とかどーでも良いんだけどね。

手を出す許可をもらえるならすぐにでも出したい所ですけど、仕事を完璧に終わらせるまで楽しみは取っておくタイプなんで・・・。」

「樫井が晴見さんにいつもやり込められている理由、なんとなく分かったかも。」


「先輩って可愛いじゃないですか?ついつい転がしたくなっちゃいません?」

晴見はそう笑って答えると、茶封筒を大事そうに鞄の中に戻す。

「樫井は転がされてる事にも気付かないからね。

・・・でも女は、そんな余裕こいてたらすぐに飛んでっちゃうと思いますよ?」

「そうなんですよねー・・・でも、僕は好きな女性には服従していたいので・・・華麗に飛び去った後に残された羽1枚でも貰えるなら、それでも良いかな。

あ、そうそう!僕はこれから港区まで行く用事があるんですけど、美味しいレストランいっぱいあるみたいなんで一緒に行きませんか?」

晴見は下僕発言を恥ずかしげもなく言い放ち、高卒認定試験と社会福祉士の過去問を手に取ると、店奥のレジの方へと歩き出した。


「ちょっと待って!まだ買うとは決めて・・・って、なんで晴見さんが払うの?」

「デートに付き合わせるんだから当然の御礼です。」

「いや、まだ行くとは答えてませんけど。」

「あぁ・・・やっぱり先約とかあります?突然のお誘い失礼しました。」

レジで支払いを終えた晴見は、書店の袋を手渡そうとしながら残念そうに呟く。

「べ、別に先約とか無いですよ。晴見さん達が朱莉の事調べてたのくらい分かってるんです!そろそろ意地悪はやめてその封筒の事、教えてくださいよ!」

「まぁまぁ・・・この話はトップシークレットなんです。

近くに車停めてあるんですけど、良かったら現地に向かいながらお話しますよ?」


 調子が狂った様に頬を真っ赤に染め、黙ってそっぽを向いた香苗の肩をポンポンと叩きながら、晴見はにこやかに出口へと誘導していった。

駅の近くの地下駐車場まで向かう道中も、訝しむ様な視線を斜め上の晴見の後頭部へと突き刺していた香苗は、納得がいかない様子で高い青空を見上げる。

その寂しそうな横顔をチラッと焦った様に振り返った晴見は、普段の彼が絶対に口にする事の無さそうな冗談を、幾度となくめげずに投げかけ続けていた。

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