第10話 紅き竜・雷鳴の竜

 クロードはそこで一旦、話を切るのであった。眼の前のチワさんが話の冒頭部分から理解しがたいと怪訝な表情になっているのだ。これ以上、続きを話したところでわかってもらえるはずが無いと、そうクロードは感じたのであった。


 クロードがどうしたものかと考えていると、クロードたちが出てきた渦巻く黒い穴からブオオオンッ! という異音が発生する。クロードは突然の異音に驚き、後ろを振り向き、腰の左側に佩いた鞘から薔薇乙女の細剣ローズヴァージン・レイピアを抜き出し、身構えるのであった。


「クロードくん!? その細剣レイピアは!? あなたが何故、それを持っているの!?」


 オルタンシアはクロードが鞘から抜き出した薔薇乙女の細剣ローズヴァージン・レイピアを見て、彼女の顔は驚きの表情に変わるのであった。かつて、オルタンシアが父親から贈られ、そして、オルタンシアが夫であるカルドリア=オベールに手渡した細剣レイピア


 それを娘であるロージーの想い人の右手に握られている。オルタンシアの脳裏には『運命』という言葉が強烈に焼き付けられるのであった。


「オルタンシアさま……。あとで事情を説明します。ロージー、何かが来るぞっ!」


「えっ? 何かがって、何?」


 ロージーがクロードに問いかけるが、クロードはロージの方を振り向きもせずにただ渦巻く黒い穴に向かって、敵愾心を持ち続けたのであった。


 そんな渦巻く黒い穴からは全身が血だらけの筋肉隆々の男が両脇にヴァンパイアの男女、そしてニンゲンの3人を抱えて、さらには頭にはネズミを乗せて、黒い穴から転がるように飛び出してくるのであった。


「ヌレバ! ミサ! ハジュンさま! セイさま! コッシロー! 無事だったのねっ!」


 ロージーが彼らの無事? な姿を見て、またもや涙が両目からあふれ出しそうになったのであった。しかし、そんなロージーの涙をせき止めるようにクロードがロージーを一喝する。


「ロージー! 立ち上がってくれ! 皆の後を追ってくるやつがいるっ!」


 クロードは敵愾心を解いていなかった。渦巻く黒い穴からは、宮廷内で感じた圧倒的魔力と同じモノをクロードは察知していたのである。クロードはじりじりと下がりながら、ロージーの右手を左手で掴み、彼女を強引に立ち上がらせる。


 ロージーは気が動転しており、クロードが何故、自分を立ち上がらせたのか理解が追い付いていなかった。


「ロージー。あいつだ……。S.N.O.Jが転移門ワープ・ゲートを通って、こちらにやってくるっ!」


「嘘でしょ!? コッシローはこっち側にやってきているのよ? 誰があの黒い転移門ワープ・ゲートを作動させるっていうの!?」


 ロージーが悲鳴にも似た声でクロードの言いを否定する。だが、ロージーの否定をさらに否定する存在が居た。


「ちゅっちゅっちゅ。申し訳ないんでッチュウ。ボクだけあそこに残って、原始の転移門ワープ・ゲートを破壊しようとしたんでッチュウけど、その前にボクの魔力が底をついたのでッチュウ……。今、あの原始の転移門ワープ・ゲートを作動させているのは、メアリー帝かS.N.O.Jそのものなのでッチュウ」


 コッシローのキレイだった白い体毛は血や砂で汚れている。ハアハアと荒い呼吸をしながら、彼は地面の上に転がっていた。そのままの姿勢で、コッシローは申し訳なさそうにロージーに謝罪をするのであった。


 そこでようやくロージーは気づく。今、この場で闘える者は自分とクロだけであることを。あのヌレバですら、身体中のそこらかしこに大きな切り傷、火傷、凍傷があり、ヌレバでなければとっくに絶命しているような大怪我をしていたのである。


 そして、ハジュンは西塔の結界を破るために持てる魔力のほとんどを使ってしまったことはロージーもその場に居合わせていたので知っていることであった。


 残りの2人であるミサとセイ=ゲンドーも着ている服が何かしらの力でボロボロに引き裂かれている。さらにはそのボロボロの服は傷口からあふれ出す血で真っ赤に染まっていたのである。


 ロージーはバチンッ! と両手で自分の頬を叩く。


(しっかりしろ、わたし! 皆がボロボロになりながら、わたしとクロを逃がしてくれたのよっ!)


 両頬を幾度も叩くロージーの姿に、クロードは驚かされることになる。だが、クロードは、へへっと笑い、ロージーの頭を左手でワシャワシャと無骨に撫でるのであった。


「そんなに強く叩いたら、ただでさえふっくらしてるロージーのほっぺたがぱつんぱつんになっちまうぞ?」


「うっさいわねっ! わたしのほっぺたのどこがふっくらよっ! そりゃ、ここ最近、ハジュンさまの屋敷で美味しいモノばかり食べてたけどっ!?」


(それだけ言い返せれば、大丈夫か……。さって、俺の命に代えてでも、ロージーだけは護らないとな……)


 クロードは一度、ロージーに優しく微笑みかける。ロージーは不意打ちのようにクロードの笑顔を受けて、きょとんとした顔つきになってしまうのであった。そして、クロードは渦巻く黒い穴の方に向き直し、真剣な眼差しに変わるのであった。


 ロージーとクロードがそれぞれ、武器を手に取り、身構えてから数分後、渦巻く黒い穴は先ほどの3倍ほどの大きさにまで広がりを見せていたのである。


 その黒い穴から、ニョキっと2本の右腕が飛び出してくる。その2つの右手には炎が宿る長剣ロング・ソードと雷を纏う長剣ロング・ソードが握られていた。さらにかの者はズズズッと何かを引きずるような音を立てながら、右腕の上腕、右肩、頭の右半分を黒い穴から出してくる。


 ようやく口が黒い穴を潜り抜けたところで、かの者はハハハッ! と笑い声をあげる。


「これは困った也。しょせん、不完全なヤオヨロズ=ゴッドたちが作り上げた転移門ワープ・ゲート也。こんな中途半端なところで、身体がひっかかってしまった也。まあ、良い。右腕2本が通り抜けただけでも上等也。さあ、われと遊ぼう也!」


 始祖神:S.N.O.Jが口端を歪ませて、2本の右腕を単純に縦方向へと振り回す。ただそれだけで、何もかもを燃やし尽くすのかと思えるような高温を纏った炎が暴れ回る紅き竜レッド・ドラゴンの如く、グネグネと鞭がしなるようにロージーたちへと襲い掛かる。


 さらには、天から稲光が降り注ぎ、大地を穿ちながらロージーたちの後方から迫ってくる。さながら雷鳴の竜サンダー・ドラゴンがその場に現出したかのように稲光は咆哮をあげていたのである。


 ロージーたちは前方から何もかもを焼き尽くしながらうねり狂う炎と、後方から土を抉りながら轟く稲光に囲まれてしまうのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る