美女の眼光
美人が睨むと怖い。それは全世界共通のものだった。
今、飛鳥の目の前にいる、一〇〇人すれ違えば二〇〇人は振り返るような超絶美女もまた例外ではなかった。
「え、えっと、あの……。お、俺……、じゃなくて、自分は盗賊ではなくてですね……」
馬車に群がる盗賊たちを倒したはずなのだが目の前の彼女には、どうやらそうは映っていないと悟った飛鳥は必死に弁明する。
だが、彼女は一向に飛鳥を睨むのをやめない。むしろその顔に拍車がかかり、まるで飛鳥をゴミを見るかのように目つきになっていた。
そして、額に手を当てながら溜息を一つついた。
「そんなこと、見れば分かっている」
ハスキーボイスのせいで少し怒っているようにも感じ取れるが、とりあえず、というかそもそも誤解されていなかったことに安堵する。
「じゃあ、何で……」
と、飛鳥がそこまで口にすると、女性は飛鳥の言葉を無視し猫耳メイドのもとへ戻る。
何かを話していたが飛鳥には聞こえず、その様子を眺めることしかできなかった。
すると、馬車の傍からシェリアが吹き飛ばした盗賊を担いで現れた。
「どうしたの?」
シェリアはそう言いながら盗賊を下ろした。未だ気を失っている盗賊だが、シェリアの回復法術により左腕は完全に止血されていた。
もちろん、千切れかけだった腕は流石のシェリアでも繋げることが出来なかったのか完全に切断されてしまっていた。
「えーと、あれ……」
と、言いながら飛鳥は今なお内緒話を続ける二人を指差した。
飛鳥の指差す先に目を向けたシェリアは常時眠たそうな目を見開いた。
「耳、可愛い。触ってみたい」
目をキラキラ輝かせながらそう言ったシェリアに飛鳥は同意した。口にこそ出さなかったが飛鳥もまた、その耳の魅力に取り憑かれた一人である。
そんな二人の獲物を狙うかのような視線に気づいた猫耳メイドのミーシャはぞくりと身体を震わせる。
そして、話は終わったのか謎の二人は飛鳥たちに向き直った。
「おい、そっちのはお前の仲間か? あと、向こうで死体除去をしているやつも」
アッシュブロンドの女性はシェリアに横目を向けたあと、四人から少し離れた場所を指差した。その先では馬車が通れるようにヘレナが盗賊や護衛であろう兵士を道の隅へと寄せている姿があった。
「そうですね……」
飛鳥がそう答えると女性は顎に手を当てて黙り込んでしまった。
(何なんだよ……)
飛鳥は要領を得ないこの状況にやきもきしながらも、それを顔に出すようなことはしなかった。
隣にいたシェリアに目を向けると彼女もまた、よく分からないといった様子で首を捻っていた。
そして、飛鳥の耳に馬の足音と車輪の転がる音が耳に入った。ヘレナがようやく馬車とともに飛鳥たちのもとに到着したのだ。
「どうされたのですか?」
ヘレナは馬をなだめ木に繋ぎながらシェリアに尋ねた。
だが、シェリア自身、今の状況を理解していないためヘレナの疑問に答えることが出来ず、首を横に振るしかなかった。
ヘレナはどうしたものかと溜息をつき未だに考え込む女性に目を向けた。
「あの方は……」
飛鳥の耳にヘレナのその言葉がわずかに届き振り返ろうとした時、ようやく目の前の女性が口を開いた。
「申し訳ないが私たちの願いを聞いてもらえないだろうか……」
少ししゃがれた声でしおらしく話す姿は先ほどの鋭い眼光を向けていた時とは一転し、儚げで今にも消えてしまいそうな、そんな雰囲気を纏っていた。
飛鳥はその姿に男の
そして、飛鳥はやや頭を下げる女性に言った。
「正直言って承諾しかねます。俺たちは旅の途中で他人の願いを叶えている余裕はありません」
飛鳥ははっきりとそう告げると何か引っ張られていることに気づき振り返る。
「どうした。シェリア」
そこには服の裾を引っ張りながら飛鳥の顔を覗き込むシェリアの姿があった。
飛鳥はじっと自分の目を見つめるシェリアに溜息を付いた。シェリアの言いたいことはすぐに理解したからだ。
——困ってるよ、助けないの?
飛鳥もできれば手を伸ばしてあげたいが今は状況が状況だ。一刻も早くニヴィーリアに向かい、賢者の
他人に構い本来の目的を達成できなければ元も子もないのだ。
そして、飛鳥はシェリアの耳元へ顔を寄せる。
「それに、名前も分からん奴とあんまり関わりたくない……」
「……」
飛鳥のあまりにもぶっちゃけたセリフにシェリアは溜息を付いた。
そんなことを話していると今度は猫耳の女性がアッシュブロンドの女性に耳打ちをする。
「ならば名乗ろう」
突然の女性の発現にひそひそ話を続けていた飛鳥たちは虚を突かれてしまう。飛鳥は耳打ちをしていた猫耳の女性に目を向け、自分の声が拾われていたことに気付いた。
「私はシリュカール王国、第二おうぶっっ!」
髪を翻し颯爽と名乗っていたのだが、猫耳メイドに突然口元を塞がれ中断させられてしまった。
「いきなり何をするんだ、ミーシャ!」
「お言葉ですが、今何て言おうとした?」
見た感じ猫耳女性は怒りを露わにする女性の従者だと予想されるのだが、それにしては不躾な言葉遣いだな、と飛鳥は思いながら二人のやり取りを眺めていた。
「うっ……だ、だが、私は今も認めたわけではない! 認めていないのだ!」
「でも、それだと国を出た意味がないだろ?」
ミーシャに諭され項垂れながら飛鳥に向き直った女性は先ほどの生き生きとした様子なく、完全に意気消沈していた。
「私はシリュカール王国、第二……王女、エスティノラ……」
肩を落とすエスティノラの頭をなだめるようにポンポンと叩くミーシャの姿は、まるで妹の機嫌を取る姉のようであった。
エスティノラがそんなミーシャの手を払いのけ、そんなエスティノラをケタケタと笑うミーシャの姿を見るあたり、この二人はただ単に主人と従者の間柄ではないことが窺える。
ミーシャが飛鳥たちの前に出ると頭を下げ話し始めた。
「私はシリュカール王国、第二王女エスティノラ・シリュカール様の御付のミーシャと申します。いきなりで大変恐縮なのですが私たちの願いを、せめて聞くだけでも……」
そこまで言うとミーシャは頭を上げた。
飛鳥はどうするべきか悩み口を噤んでいたが、ヘレナが真っ先に口を開いた。
「分かりました。お話をお聞きします」
あまりにも急な展開に飛鳥もシェリアも一瞬驚いたが、ヘレナが何も考えずこのような事を言うことはないと二人は知っていた。
先ほど、真正面から断りを入れたこともありその場から逃げ出したい衝動に駆られる飛鳥は、今にも動き出しそうな身体をグッと堪える。
そして、飛鳥とシェリアは顔を見合わせ頷いた。二人の意見が一致したのだ。
(ヘレナさんに全部任せよう)
(ヘレナに全部任せよう)
ヘレナは二人の雰囲気から全て押し付けられたと察したが、自分が言い出したことなのでそれも仕方なしと承諾する。
「ありがとうございます……」
ミーシャは全く同じタイミングでヘレナの後ろに引いた二人に若干疑問を抱きつつも、話を聞いてくれることに深く感謝した。
「……それで、たびたび申し訳ないのですが、そちらの馬車で移動しながらでもよろしいでしょうか?」
ミーシャがそう言ったときだんまりを決め込むと誓っていた飛鳥が「えっ」と反射的に反応してしまった。
別に馬車が狭いことはないのだが、荷台に四人が乗ると考えると特別広いというわけでもない。そんな空間に男一人でいるというのは、どうしても若干の居心地の悪さを感じてしまう。それに、
「あの馬車はお捨てになられるのですか?」
飛鳥が一番聞きたかった事をヘレナが代弁した。
「ああ……。あの馬車を持っていくわけにはいかない。ここに捨てていく」
ヘレナの疑問に答えたのはエスティノラだ。煌びやかな装飾を施されている馬車を眺めながらそう言ったエスティノラに飛鳥は少し違和感を覚えたが、今はそれを追及している時ではないと心の内に飲み込んだ。
一王国の王女が王族しか通らぬ道で馬車を捨てなければならない事情。
飛鳥はそれを考えるだけで、何かとてつもない事に巻き込まれた気がしてならなかった。
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