絶世の美女
「見えました!」
シェリアの作った壁の間を抜けヘレナが叫んだ。
飛鳥は目を凝らすと前方に盗賊と思われる装いをした馬に跨った人物、ざっと三〇人ほどが装飾を施された馬車に群がっている。そして、その周りにはシリュカール王国の鎧を身に付けた兵士は誰一人として立っている者はいなかった。
「シェリア! 『
「ん!」
揺れる馬車の中、シェリアが飛鳥に手を添えると、その手が淡く光り瞬く間に飛鳥を包み込む。飛鳥は自分の脚力が上がったことを本能的に感じ取り、一度シェリアに優しく微笑むとすぐに眉間にシワを寄せる。
そして、飛鳥が膝を曲げた次の瞬間、天高く跳躍した。
「……っ!? たっかぁぁぁぁ!!」
自分でも予想だにしなかったジャンプ力に飛鳥は思わず大声を上げてしまう。
「何だ、今の声は?」
「……上だ!」
「弓もってこい!」
思わず発した叫びに反応した盗賊はすぐに飛鳥の存在を確認し次々と飛鳥に向かって矢を放つ。
「やばっ」
だが、気づかれはしたものの地上からかなり距離がある為か飛鳥に届くことはなかった。
そして、高度が徐々に下がりだした頃、飛鳥はようやく冷静さを取り戻し
その瞬間、飛鳥の右手の周辺に数多の炎の槍が現われる。
「当たれ!」
飛鳥がそう言いながら右手を振り下ろすと炎の槍は一斉に盗賊に向かって降り注ぐ。
炎の槍により鎧や兜、剣はいともたやすく溶かされ盗賊たちの腹に、腕に、足に、そして頭に何の抵抗もなく貫いた。
聞こえる断末魔を尻目に飛鳥は正面やや下に目を向けた。すでにかなり地面に近づいていたにも関わらず、着地の姿勢が取れていなかった飛鳥は「足から降りれなかったら死ぬ!」と、何度も呟きながら身体を回転させ何とか地に足を向けた。
そして、盗賊に襲われていた煌びやかな馬車の上を通り過ぎ「いいっ!」と無様な声を出しながらも無事に両足で地面に降り立った。
足は法術のおかげで無事であったが、その衝撃は上半身へ伝わり数秒痺れはしたが身体を揺すり何とか気にならないほどまで回復した。
そこで飛鳥はようやく現状を認識することが出来た。
馬車の周りは地獄絵図だった。十や二十では収まらぬ人が横たわり呻き声を出す者もいた。肉が焦げた匂いが鼻に付き思わず吐き出しそうになるが何とか飲み込んだ。
未だに地面に突き刺さり肉を燃やす炎の槍はまるで地から生えているように見え、その景色をより一層残酷なものに変えていた。
飛鳥はその光景を作り出したのが自分であると理解しているものの、頭のどこかでそんなはずはないと現実逃避をし、思わず一歩後ずさる。
その時、飛鳥の足に何かがぶつかった。飛鳥は恐る恐る振り返り足元に目を向けた。
「ひっ」
そこには丸焦げになった肉塊が一つ転がっていた。肉塊に槍を受けたような外傷はない。そこから、槍により燃えた他の盗賊から燃え移ったと考えられる。
不恰好に口を開き炭化した肉がぶつかることにより崩れ去り骨格が剥き出しになる。その様子に飛鳥は再び嗚咽感が起こり口元と腹部に手を当てた。
人を殺した。
頭の中ではいつかその時が来るかもしれないことは分かっていた。日本と比べ全く優しくないこの世界で生き抜くためには、いつか自分の手で人を殺める時が来ることを覚悟していた。例えそれが人に害を与える悪だったとしても……。
「死ねっ!」
飛鳥が前かがみになったその瞬間、背後からそう叫ぶ声が聞こえた。
飛鳥はすぐに振り返り、その声の主を確認する。盗賊だ。やられたふりをしていたのか、それともさっきまで気を失っていたのかは不明だが、その男の瞳には炎の槍に負けぬほどの赤々とした復讐の炎が宿り右手一本で剣を振り上げていた。
飛鳥はとっさに背負った魔女の
「ふざけるなよ……! 初めから、初めっからこうするのが目的だったのか!?」
「何、わけわかんないことを……」
我を失っている盗賊はこちらの言葉を聞こうとはしない。
盗賊の左腕は炎の槍に貫かれ腕を引き千切り脱出したのか僅かな肉で繋がれているだけで、だらんとぶら下がっており腕としての機能を完全に失っていた。
だが、それでも飛鳥に劣る事もなく右手一本でじりじりと飛鳥を追い詰めていった。
「クソッ……」
比較的細身の飛鳥の腕はすでに限界が近く、盗賊の剣はもうすぐそこまで迫っている。
しかし、腰が地に着きもうだめだと思ったその時、飛鳥の腕がふっと軽くなり盗賊が真横に吹っ飛んで行った。
「アスカ」
その光景に呆気にとられていると背後からシェリアの呼ぶ声が聞こえてきた。
飛鳥は首を反らし背後を見やった。
「すまんシェリア。助かった」
「ん」
上から飛鳥の顔を覗き込みシェリアは微笑んだ。そして、先程蹴り飛ばした盗賊に目を向けた。
盗賊は吹き飛ばされた衝撃で未だに起き上がることは出来ていなかったが、今すぐに息を引き取る様子はなく飛鳥はシェリアに盗賊の拘束するよう頼んだ。
シェリアが盗賊の元に向かったのを確認し飛鳥は盗賊に襲われていた馬車に目を向ける。
車輪、荷台、そして繋がれている毛並の綺麗な馬を含めその全てが高価なものだと飛鳥にもすぐにわかった。
王族しか知らぬ道というヘレナからの前情報からもこの馬車にシリュカール王国の王族が乗っていることは明白で、出来れば関わりたくないと頭の中で呟きながらも飛鳥は馬車の取っ手に手を伸ばす。飛鳥の手が扉の取っ手に触れようとした時、突然扉が開き飛鳥の手に強打する。
「いっでぇぇ!」
思わず声を上げ赤くなった手の甲に息を吹きかける飛鳥。そして、涙目になりながら扉へとゆっくり目を向けた飛鳥は驚きのあまり声を失った。
フリルなどの装飾が一切ない至ってシンプルなメイド服を身に付けた長身の女性。薄い褐色の肌に切り長の目が青紫色の瞳を相まってより凛々しく感じさせる。だが、白桃色の長い髪や女性特有の丸みを帯びた身体がその鋭い目付きとのギャップを生み独特の雰囲気を醸し出していた。
そして、なんということだろうか。その頭の上に髪と同じ色をした猫耳が乗っているではないか。
飛鳥は人生で初めて見たけも耳に戦慄が走った。けも耳に特に思い入れや憧れがあったわけでもないのだが、ぴくぴくと動く猫耳から目を逸らすことが出来なかった。
「どうした、ミーシャ……」
そして、馬車のさらに奥から少ししゃがれたハスキーボイスが聞こえてきた。
ミーシャと呼ばれた猫耳メイドは馬車の中に振り返り、どうしようと言わんばかりに肩を上げ馬車から降りた。
その後、ミーシャに続きハスキーボイスの声の主が姿を現した。
ただただ美しい。それが飛鳥がその女性を見た感想だった。
肩で揃えられたアッシュブロンドの髪にエメラルドグリーンの優しい瞳。顔のパーツ一つ一つが完璧で絶世の美女という言葉は彼女のためにあるのだと思わされてしまう。
そして、彼女の身に付けた煌びやかな衣装が彼女をより鮮麗とさせていた。
飛鳥は彼女を目に入れ緊張のあまりつばを飲み込んでしまう。
そして、あの容姿からあのようなハスキーボイスを発していると思うと、それもまた魅力の一つだと思わざるを得ない。
彼女は馬車から降り飛鳥の作り出した地獄絵図を確認し、飛鳥に目を向けるとゆっくりと近づいた。
あまりにも残酷な風景ではあったのだが二人の女性を救ったことには違いない。飛鳥は目の前の美女からお礼を言われるのかと思うと柄にもなく舞い上がってしまっていた。
だが、美女は飛鳥の目の前に立つと、
「お前、よくもやってくれたな……」
と、超低音のしゃがれた声で飛鳥の耳元で呟いた。
飛鳥はそれを聞き別の意味で身体が強張り動けなくなってしまったのだった。
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